第9話 告白

 病欠のスタッフと変わった早番シフトのおかげで、いつもより帰宅時間が早かったあの日の夜。

 家まであと少し、いつも通り彼女のバルコニーを見上げた俺を思わず動かしたもの。


 風に残る彼女の薫り。

 閉められた窓に挟まったまま、手を振るようにヒラヒラ動くカーテンの裾。


 電気もついていない、一見誰も帰宅していないような家の様子に見つけたこのサインは、彼女の存在を教えてくれる以外の何物でもなかった。


「……明里さん、そこにいるの?」


 窓の中に声を送ったけれど、返事は期待していなかった。


「俺を避けてるって、わかってる」


 バルコニー越しに会えないどころか、ただの同居人としてもあまり話せていない日々が続いていた。


「もうバレてると思うんで……言います」


 冷静に考えたら、かなり恥ずかしいことをしたと思うけど。


「明里さんが好きです、堪らなく」


「だから想像もします。俺の知らないところで、フリーになったことを知った奴らが明里さんに近付いてんじゃないかって。気付いたらまた、彼氏持ちになってるんじゃないかって」


「……だから、余地がないならハッキリ言って下さい。 なんなら俺、ここ出てきますから」


 だって俺、ただの同居人には戻れそうにないから。


 相変わらずカーテンは手招きしてくれていたけれど、肝心の彼女が現れることはなさそうだった。

 真っ暗な部屋の窓では彼女の影さえも掴めやしない。


「……困らせただけですみません」


 最後の言葉を窓ガラスに投げ掛けたあと、体を玄関へと向かわせた。



 ――カララ――



 意識をそちらに向けていなければ、聞き逃してしまいそうなくらいに微かな窓を開ける音。


「……明里さん」


 再び見上げたバルコニーには、少しだけ開いた窓から僅かに顔を出した彼女がいた。


 けれど、どれほど待っても彼女の声は聞こえてこない。夜に慣れた目でさえ彼女の表情を見極められなかった。


 ――無意識に近かった。


 塀の溝に足をかけて手を伸ばす。武田さんに泥棒と間違えられ後ろから怒鳴られなければ、俺はちゃんとロミオになれてたかもしれない。そんなの願望でしかないけれど。


 ***


「レオさん!サッカー始まりますよ」

「あ、あぁ」


 三上に呼ばれリビングに行くとテレビ前に酒とツマミが準備されていた。あんな告白さえしなければ楽しくサッカー観戦に集中出来たかもしれないのに。


「あ! 明里さんも帰ってきた!」


 カナコさんのその声が俺の体を強張らせた。

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