マギカ・バディ ―魔術とカバディが融合した、究極のノベルスポーツ―

宇枝一夫

第一部 魔導男子の本懐

序章

召還

 光、そして闇すら存在しない虚空。その空間に一つの《水晶のような球体》が浮かんでいた。


 その球体表面にはこの世のあらゆる幾何学、紋様、法則にもあてはまらない陣が描かれており、虚空に存在する《意志》によって、途切れることのない詠唱が、無限という時の中を響き渡っていた。

 やがて、球体の表面が白く輝き、一羽の《白い鳥》が陣から顔を覗かせる。


『おお、すまんのぅ、こっちじゃ! こっち!』

 白い鳥は首を振り辺りを見渡すと、声を発する意志の方へ、陣の上を泳いでいった。


『この私を呼び出したのは……貴方ですか?』

 さわやかで礼儀正しい、紳士のようなさえずりが、白いくちばしから発せられた。


『これは驚いた。その体の色もそうじゃが、もっと、おどろおどろしい、聞けば魂が凍り付くような姿形、そして咆吼ほうこうを想像していたんじゃが……これではかえって拍子抜けじゃな。なにしろ先人達はそろってお主のことをそう記していたからな』

 声を発する意志は、気さくな態度で白い鳥へと話しかけた。


『私を”あんな奴ら”と一緒にしないで頂きたい。それに、《契約》を欲する人間を驚かせてしまっては、元も子もありません……。人間に惹かれやすい姿形、わかりやすい声色を使うのは当たり前のことです』

 白い鳥はその意志の奥をのぞき込みながら、感心したようになおもさえずる。


『しかし、私も驚かされましたよ。貴方のように魔術師と名の付く者は、せいぜい我々にとって


”なんの価値もない平面”に、これまた

”よくわからない模様”を描いて

”《私》や《眷属》を呼び出した気になっている”


やからと思っておりましたが……』


『ん? 違うのか?』

 意志の問いに、白い鳥の顔は妖しく歪み、この世の真実を意志に告げる。


所詮しょせん、平面によって呼び出されるのは薄っぺらいモノ……。なにしろ彼らが実際に呼び出しているのは、彼ら自信があがたてまつる《天遣てんし》、そのものですからね』


『なんと! これは初耳じゃ! しかしその……天遣、とやらは、召還したモノの魂を奪っていくと聞くが?』


『出来損ない、あるいは崩壊寸前の魂を回収するのも彼らの仕事です。悪魔という名の”モノ”を信じて呼び出している時点で、その魂は壊れていると見なしています』

 なおも白い鳥の笑みは歪み、甘美なさえずりを意志に向けて発する。


『その点、貴方はなかなか賢明な御方、いや、くせ者と言ってもいいでしょう。貴方の世界やその御身おんみに被害が及ばぬよう、《虚空こくう》を造り、私がいるこの球体にわずかな歪みもつくらず《陣》を形成し、意志のみで私を召喚する……。かなりの力の持ち主ですね』


『わっはっは! ”究極の欲”、”至高の力”である【神殺し】をもつモノからお褒めの言葉を頂けるとはな。《男子のひ孫》も生まれたし、まさに幸福ずくめじゃ!』

『……そのお言葉から察すると、私の正体も気付いていらっしゃる?』


『おうよ! 力は欲であり、欲は力じゃ! 強大な力を持ったモノはより絶対的な力、すなわち神をあやめる欲望に取りかれる。ぬしはそれを唯一、体現したモノじゃ!』

 意志はまるで胸を張るように、”どうだ!”と誇らしげにえた。


『私をのぞくその力……。ふむ、異界の神、《龍》の力ですか。なるほど、それならば私を召喚できた理由も理解出来ますが……。それより、私が今泳いでいるこの《眼》はどこで手に入れたのですか? もしこの《眼》の力があったのなら、貴方のおっしゃるように神殺しが実現出来たかもしれないのに……』


『ああ、ワシらの世界にゴロゴロ落ちておるぞ。って、やっぱりこれは眼なのか?』

『やっぱり、とおっしゃるには、ある程度は見当が付いていたと?』

 白い鳥は小首をかしげ、意志からの返答を待つ。


『ああ、ワシらの世界には


《眼からウロコが落ちる》


という言葉があってだな。ワシはこれを神の眼のウロコと思っておったんじゃ。何でもワシらの世界には《三十六万の眼を持つ神》がいるらしいから、こいつも何かの拍子に落ちたヤツじゃとな。もしそうなら、こいつはいい触媒に使えると思い、こうやってお主を呼び出したんじゃ』


『……まさかこの私が《    》の眼の力で召喚されるとは、皮肉なモノですね』

 白い鳥は意志には聞こえない、理解も認識も出来ない神の名前をさえずる。

 わずかに落ち込んだ風に見えながらも気を取り直し、意志に向かって尋ねる。


『……貴方が気に入りました。ところで、こうして私を召喚したのは何か願いがあるのでは? 微力ながら尽力いたしますが?』


『それはありがたいが、正直、お主ほどのモノが呼び出されるとはつゆほどにも思っておらなくての。それに、お主ほどのモノなら、代償にワシの魂では物足りず、ワシのおる世界ぐらい要求しそうじゃ。はたして願ってよいものかどうか……』


『私は天遣ほど欲張りではありません。先ほど貴方がおっしゃったように、私は究極の欲を追い求めるモノ。貴方との愉快なやりとり、そして私が今いるこの眼が貴方の世界にあるならば、代償に十分値します。あと、そのお姿を拝見したいのですが……』


『なぁに、すぐに会える。ワシの願いを聞いてくれたならな。実はな……』

『はい……なんなりと』


『ワシのひ孫と、遊んでやってはくれまいか?』

『は……、は……、はひぃぃぃ!』


 素っ頓狂な鳴き声が、虚空の隅々まで響き渡った。

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