第一章 初陣

第1話 選手入場

 『巻貝池まきがいいけゴルフ場』……の地下に存在する広大な競技場。

 人によってはそこは”闘技場”と呼ぶのがふさわしいと力説するのかもしれない。


 プロサッカースタジアムが丸ごと地下に潜ったと形容するにふさわしいその競技場は、たった一つの競技を行う為に造られた施設。

 その競技とは数千年もの間、人類の歴史の中で幾度となく人々の口から語られた、魔術とカバディが融合した魔術競技。


 その名を

 《マギカ・バディ(Magika Baddy)》。 


 『第○○回 全国高等学校マギカ・バディ選手権夏大会 地区予選大会』

 横断幕が張られたマギカ・バディ競技場内を、さわやかな女性アナウンスが満たされる。

『試合開始まであと十分です。《龍堂りゅうどう学園》、《台貴知だいきち高校》両チームの選手は競技場に入場して下さい』


 あらゆるスポーツの競技場には絶対存在しない”モノ”が、マギカ・バディ競技場の空中に”浮かんでいた”。

 それは”水晶のような”直径数メートルの巨大な玉。

 つい先ほど場内に響いた選手へ向けてのアナウンスも、ここから発せられた。


 なお、マギカバディ競技場には、俗に言うウグイス嬢なる者は存在せず、競技場内のアナウンスは全てこの”玉”から発せられる。

 観客へのお知らせから、競技者に向けての指示や警告も……。

 その”力”は大会役員どころか、この世全ての”魔”にたずさわる者すら超越する絶対的な存在。

 空中に浮かぶその玉は、マギカ・バディにおける絶対的な審判であり、競技場全てを支配するモノであった。


 マギカ・バディ競技者はその”玉”を畏敬の念を込めて


《神の眼(かみのめ:Dio okuloj)》と呼んだ。


「新設校の龍堂学園と、一回戦敗退常連の台貴知高校。俺ですら賭の胴元にはなりたくない組み合わせだな」

 両校の名を聞いたサイドライン後ろの一般観客席からは、早速、他校の生徒から冷やかしと言う名の分析が行われる。


「でもよ、龍堂学園って《魔の龍王》と呼ばれた《庵堂龍造あんどうりゅうぞう》先生の造った学校だろ? その高校のメンバーなら……」

「へっ! 龍堂学園って《出来損ない》、《半端者》を集めた高校って聞いたぜ。ま、さすがに”裏切り者”が率いるこのメンバーは多少”できる”やつだろうけど。じゃなけりゃ超弱小高の台貴知高校が虐殺者の”勇名”をもらっちまうぜ」


 サッカーの試合のように、コート両端にあるデッドエンドライン後方の観客席は両校の応援団が陣取り、龍堂学園側の観客席も半分ぐらい埋まっていた。

 その最前列の中央に座る、龍堂学園の学園長であり、魔の世界から《龍王》と呼ばれる庵堂龍造。


 高齢のおとこにふさわしい、燃えさかるような白髪と髭。

 しかしその年齢と、魔に携わる者とは思えない、プロレスラー以上の恵体めぐたいを持ち、それを紋付き袴が包み込んでいた。

 そして相手チームのみならず、この競技場全てに対し不敵に笑みを浮かべるその姿を、観客は幾度となく己の視界に収めていた。


 対する台貴知学園の応援席は『初の一回戦突破!』、『最弱の栄光を貴校に!』の垂れ幕や旗を所狭しと掲げ、応援団から龍堂学園に向かってプレッシャーという攻撃を存分に浴びせていた。

 

 マギカ・バディにおいては登録された《魔具まぐ》と呼ばれる衣装やアイテム、そして《神の眼》が認可した武器、アイテム、各種ポーション以外の使用が禁じられている。

 それらをチェックするゲートをくぐり、両校の選手がコートへと入場する。


『おおおぉぉぉ……』


 歓声と言うよりどよめきが、観客席のあちこちで沸き起こる。


 ジャージをベースとした、今日のラッキーカラーである緑のユニフォームにその身を包んだ台貴知高校のメンバー達。

 その構成人数は男性キャプテン(仮)、《鬼灯ほおずき》を先頭に男子四人に女子三人。


 片や龍堂学園のメンバーは女性キャプテンを先頭に女子四人、男子二人の構成で、彼らは統一されたユニフォームではなく、様々な”衣装”を身に纏い入場を行う。


 ――マギカ・バディが究極のスポーツたるゆえん、それは公式試合において身長、体重、年齢、そして男女の区別なくチームを作ることができる点である。

 もちろん、中学、高校等の部活においては、年齢の部分はその限りではないが、それでも男女混成チームが当たり前である――。


 龍堂学園チームの先頭を歩むのは、絶対領域すら容易に突破したスリットを持つ、白のナイトドレスにその身を包んだ龍堂学園生徒会長、そしてマギカ・バディ部部長でありチームキャプテンでもある一年女子


 《甲斐登喜子かいときこ》。

 ポジションは《ディフェンダー(防衛者)》で魔術つかい。


 ボブカットの髪に谷間すら出し惜しみしない豊満な胸を揺らしながら先頭を歩くその姿を、観客の一部はその口から惜しみないブーイングを甲斐に向けて吐き出していた。

 しかしそんなブーイングですら、甲斐は魂を高揚させる燃料としていた。

(……また、私はこの舞台に立てたんだ)


 そんな甲斐の想いを邪魔するかのように、体毛と神経を逆なでする声を、後ろの男が甲斐の頭頂部に塗りたくっていた。

「ふっふっふっふ! この白鳥羽斗しらとりはとの華麗なる初陣。さあ! 我が奏でる”舞”によって観客全てを魅了して差し上げましょう。あぁ~! 今から体がほてって……あぁっ! あぁっ!」


 甲斐の後ろを歩くのは固められた銀髪に白のタキシード、白のシルクハットをまとう長身の男。

 マホガニーのステッキを手にしながら颯爽さっそうあゆ……まず、体をクネクネしながらもだえているこの男は、これでも龍堂学園生徒会副会長であり、チームの副キャプテンである一年男子


《白鳥羽斗》。

 ポジションは《マギカ(魔術者)》で魔術遣い。


「……白鳥君。お願いだから練習中に見せた”アレ”は絶対! やらないように! 私の言うとおりにしていれば勝てる試合なんだから」

 同じメンバーでありながら顔を合わせるのも嫌悪するかのように、甲斐は白鳥に向かって背中ごしに注意をする。


「ご安心を会長。いや、キャプテンとお呼びすべきでしたな。こんな事もあろうかと、今日の勝負パンツは染み一つない、まっさらの新品でございます!」

「だ・か・ら! そういう事を言っているんじゃないの!」


 甲斐の叱責を浴びる白鳥の後ろに続くのは、昭和の学ラン姿に身を包んだ、絶滅危惧”生徒”、『不良』のコスプレかと思わせる一年男子


目黒武雄めぐろたけお》。

 ポジションは《ストライカー(格闘者)》


 彼は競技場の空気の思いっきり鼻の穴に吸い込みながら、指出し革手袋を纏(まと)った己の手の平に、自らの拳を叩きつけた。

「へっへ! いいじゃねぇか、この空気。正に戦場いくさばよ! 血がたぎりまくるぜ!」

「武雄、いい子だから私の手をわずらわせないで頂戴ね」

 目黒の後ろで”武雄”と呼び捨てにした一年女子。


稲津真理いなづまり》。 

 ポジションはマギカで術遣い。


 背中にまで届く黒髪。

 就活生か秘書かと思わせるような紺色のスーツを、わざわざ胸部と臀部の膨らみを強調するかのように身に纏う。


 なおかつ競技者にもかかわらず黒縁の眼鏡に黒ストッキング、ハイヒールを身につけた稲津は、こめかみに指を当てながら幼なじみの男子生徒に向かって、無駄とも言える忠告を吐き出した。


「《ヒーラー(治癒者)》もいないこんなチームで勝とうなんて、まったく、龍造先生は何を考えているんだろうな。ま、あたしは自分の仕事をするだけだからさ」

 茶色の天然パーマの髪に巫女装束、御幣ごへいを持った一年生女子


鳥居鹿島珠美とりいかしまたまみ》。

 ポジションはマギカで術遣い。


珠洲すず。大丈夫か? 気分悪くないか?」

「大丈夫だよ珠美ちゃん。龍造先生もいらっしゃるし、みんなもいるからさ」

 鳥居の後に続く、珠洲と呼ばれた一年女子


金剛珠洲こんごうすず》。

 ポジションはマギカで術遣い。


 ハロウィンには数ヶ月早い、紫の中折れ魔女帽子に紫の魔女ローブを纏い、おもちゃの魔術杖を両手で握った金剛は龍堂学園側の応援席に顔を向け、学園長である龍造の顔をその眼に収めると、その顔から淡い微笑みを浮かべていた。

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