第5話 台貴知高校、ストライカー

『台貴知高校のレイダーは十秒以内に相手コートのアタックサークルへ』


 台貴知高校側のレイダーは副キャプテンで二年生女子の《紀藤きとう

 長い黒髪を後ろで縛り、日々、合気道を精進しているストライカーである。

(龍造先生の門下生と言っても所詮付け焼き刃のチーム。これならあたし一人で全滅させ……)


「紀藤、あまり入れ込みすぎるなよ。足下をすくわれるぞ」

 鬼灯からの言葉に紀藤は”ハッ!”と現実に戻される。

「大丈夫です”キャプテン” 私はいつでも冷静よ」


 アタックサークルへ走る紀藤。徐々に肉体も魂も高ぶってくる。

 しかしそれは龍堂学園チームへではなく、ある男子へ向けられていた。

(なによ! 普段はあたしの気持ちなんて気がつかない鈍感のくせに、マギカ・バディの時だけ敏感になるんだから!)



『『『『『マギディ! マギディ! マギディ! マギディ! マギティ!』』』』』


 味方からの【マギディ】によって、アタックサークルに立つ紀藤の体が輝き始める。

「【加速】、【跳躍】、【防御】……そして両手に【魔力付与】、台貴知高校 紀藤 あい! して参ります!」

 風のように音も立てずアタックサークルから飛び出す紀藤。

 その先は魔術杖を両手に持った金剛だった。


(一番弱そうに見えたから、悪く思わないでね……)

 そんな紀藤の心のつぶやきが聞こえたかのように

「【対物防壁】!」

 すぐさま甲斐が金剛の前に【対物防壁】の盾を展開するも


「き、きたぁぁぁ~~~!」

 すぐさま金剛は魔術杖を両手で握りしめながら紀藤に対し背中を向け、一目散にサイドラインの外へと走っていった。

 あっけにとられる紀藤。そして甲斐。


「よくも珠洲を! 【悪霊退散】!」

 鳥居は術を唱えながら御幣を振ると、二メートル大の竜巻が紀藤を包み込もうと地を走る。

「やはりこいつは術使いか!」

 紀藤は顔の前で腕を交差させ飛ばされないように踏ん張るも、竜巻は紀藤の体を素通りし、やがてつむじ風となって消えていった。


「あ……いっけねぇ、つい”仕事”モードに入っちまった。生身の人間に【悪霊退散】もないわな! ハッハッハ!」

「鳥居さん後ろ!」

”ポンッ”

 甲斐の叫びもむなしく、鳥居の後ろをとった紀藤はその肩にタッチをした。


「どけぇ鳥居!」

 黒い弾丸のように目黒の体と拳が紀藤を襲う。

 すぐさま後ろに跳んだ紀藤は、目黒と距離を取る。


「やっぱりストライカーにはストライカーってな! 女だからと言って容赦しねえぜ!」

「むしろ望むところ! 推して参ります!」

 マシンガンのように放たれる目黒のパンチやキックをハエや蚊のようにはたき落とす紀藤。

 わずかな隙を見逃さず、紀藤は抜き手や手刀(しゅとう)を目黒の体に浴びせるも、致命傷には至らなかった。


 ――ストライカー同士の戦いは肉弾戦となるため、タッチ攻撃は無効とされる――。


『おおぉぉ……』

『いけいけ!』

『どっちも頑張れよ!』

 やっとマギカ・バディらしくなった試合の流れに、観客からも歓声が沸き起こる。


「この”力の流れ”……合気道か!?」

「ご明察恐れ入ります。ではそろそろ決着を……」

 紀藤は目黒の両腕を払いのけ大きく一歩を踏み出すと、右手の平に力をためた掌底を繰り出す。

「やべぇ!」


”ドォ~ン!”


 目黒の胸元から衝撃の波紋がわき起こるが、目黒の体はまるでフィギュアスケートみたいにつま先を軸に後方に回転し、紀藤から距離を取った。

 動きの止まった目黒の左肩からは白い煙が漂う。


「……やりますね。正中せいちゅうを狙ったんですが、わずかに体をズラして直撃を避け、なおかつ体を回転させ勢いを殺すとは」

「へっ! これぐらいストライカーのたしなみってやつさ。んじゃ! こっちもいくぜ!」

 目黒の足下が爆発し、その体をジグザグに跳ばす。


「くっ!」

 紀藤はすぐさま後ろへと跳び、少しでも目黒の体を視界に収めようとする。

(……かかったな。最大【跳躍】!)

 忽然と紀藤の目の前から目黒の体が消える。

「右!? 左!? まさか、さっきみたいに足を滑らせて!?」

 紀藤の体に影が落ちる。

「上!」

 紀藤の視界はようやく目黒をとらえた。


「くらえ! 目黒流! メテオキィィィック!」

 獲物を狙うハヤブサのように落下しながら、目黒の右足の踵(かかと)は紀藤の顔面を捕らえていた。

「甘いですね」

 極限まで集中力を高めた紀藤は、目黒の右足首を掴むと、その落下&運動エネルギーを殺さず体を回転させ、目黒の体をまるでハンマー投げのように放り投げた。


「なんの! これぐらい織り込み済みよ!」

 飛ばされながらも目黒は華麗に体を宙返りさせ地面に降り立つと、無防備な紀藤の背中に向けて体を跳ばす。

「これで終わりだぁぁぁ!」

 目黒の拳が紀藤の背骨を破壊する直前!


”ゴイィィィィン!”


「あ……あ……」

 何が起こったか理解できず固まる目黒。

「武雄、あんた場外よ」

 稲津は冷淡に状況を目黒に説明する。

 目黒の拳は、龍堂学園コートを包み込む【絶対魔防壁】を直撃し、その振動は目黒の体中に響き渡った。


「いってぇ~! 真理! そっちいったぞ!」

 紀藤の体が稲津に向かって跳ぶ。

「馬鹿なストライカーさんのおかげで体力を消耗せずにすみました。これならもう一人ぐらい!」

「稲津さん! 【対物防壁】!」

 甲斐の詠唱によって稲津の前に【対物防壁】の盾が展開される。


「展開が早すぎますね。今ならまだ避けられます!」

 紀藤は右に跳び、【対物防壁】の盾を回り込んで稲津に攻撃をかけようとする。

 しかし稲津も左に跳び、両者相対する。

(こいつの術は何だ? まぁいい 潰してやる!)

 紀藤は右手の平に力を込め、稲津の胸へ向けて掌底を打つ!

 だが稲津も同じように右手の平を紀藤に向け、一気に突き出してきた!


”パァーン!”


 澄んだ音がコート上に響き渡る。

 稲津は両手を”パンパン!”と払うと”クイッ!”っと眼鏡をあげ、淡々とつぶやいた。

「はい、タッチしゅ~りょう~。わたくし、ただの数あわせです。それに痛いのはキライですから。では、ご健闘をお祈りいたします」

 紀藤に向かってビジネスマナーのお辞儀をする稲津。

 自ら自爆の道を選んだ稲津の行為に紀藤、甲斐、台貴知高校メンバー、そして観客もあっけにとられていた。


『【炎の鳩! 大盛り!】』

 遠くで詠唱される白鳥の声を、紀藤の耳は聞き逃さなかった。

 二匹の炎の鳥が紀藤を襲う。

「ここまでか! ならばサイドラインへ」 

 華麗な動きで炎の鳥を避けながらサイドラインへ向かうも


「ようやく”味方からの”傷が癒えました。紀藤様、今少し、この白鳥の【交響曲シンフォニー】をご堪能なさってください」

 白鳥はまるでオーケストラの指揮者みたいに、左手に握ったステッキを指揮棒に見立て、左右の腕の振りで二匹の炎の鳥を華麗に操っていた。


 十字砲火のように紀藤を襲う二匹の炎の鳥。

 サイドラインからコート外へ逃げることのできない紀藤は、炎の鳥を避けながら徐々にコートの中心へと押し戻されていた。


「すばらしいです紀藤様。貴女様のすばらしい舞! この白鳥、感嘆の極み……」

 紀藤はなすすべもなく、二匹の炎の鳥にその体をもてあそばれる。


『マギディ! マギディ! マギディ! マギディ! マギディ!』

 そんな紀藤のピンチに、台貴知高校メンバーの【マギディ】の詠唱は、なおいっそう熱が入る。


(せっかく4点分倒したっていうのに……このままじゃやがて力尽きる。……ならば!)

 紀藤の脳裏にある男子の顔が思い浮かぶ。

 しかしこれは真剣勝負! と紀藤はその想いを封印した。


 いきなりその体を白鳥へ向けて跳ばした紀藤。その口からは

「し~ら~と~り~さ~まぁ~! お慕いしておりますぅ~」

 満面の笑みを浮かべながら両腕を広げ、白鳥の胸に飛び込む為、体を跳ばす紀藤。

 その後ろを追いかける二匹の炎の鳥。


「おおぉ! 美しき乙女の想いを無にしてはこの白鳥、末代までの恥! さぁ紀藤様! 心置きなく我が胸にぃ!」

 白鳥はステッキを放り投げ、両腕を広げ、今まさに紀藤の肢体を抱きしめようとした瞬間、その姿は忽然と消え去った。

「え? ……あ!」

 白鳥の眼に写るは二匹の炎の鳥。

 あるじが操るのを止めた瞬間、炎の鳥は一直線に白鳥へと向かう。


””ドドググォォ~~ンン!!”


 二つの爆炎が噴き上がり、炭になった焼鳥状態で地面に倒れる白鳥。

 再びあっけにとられる競技場すべての人間。

 煙に紛れて紀藤は悠々とサイドラインから外へと脱出した。

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