第9話 入学式

(あれ? 学生証のカード、生徒手帳の姓が『安藤』になっている?)

 入学式の日に受け取った学生証や生徒手帳の名前が、父親の旧姓の安藤になっているのを見つけた龍一は、すぐさま担任に申し出た。


「ああ、それなんだが、どうも『庵堂』の姓が入力できないんだ。先日お亡くなりになった学長先生と同じ姓だから入力出来なきゃおかしいんだけどね。一応、ご両親の了解を取ってあるし、図書室とかの施設は使えるから、しばらくそのまま使ってくれないか」

「そうですか。わかりました」


(入試、そして入学式の時、確かに女子が多いな~とは思っていたけど、ひい爺の造った高校ってまさか四分の三が女子生徒だなんて……)

 龍一は女の子の甘い香りが漂う講堂の中で、校長の挨拶を聞いていた。


『――え~始業式に先立ちまして、皆さんもご存じの通り、この龍堂学園高等学校の学園長である庵堂龍造氏が、去る○月○日ご逝去されました。故人へのご冥福を祈りまして黙祷を捧げます。黙祷!』 


 講堂の中は昨日の入学式、そして始業式の二回、庵堂龍造の黙祷が行われた。

 その後、生徒会長の挨拶が行われた。


 舞台の袖から現れた生徒会長を一言で表すなら才色兼備。

 ボブカットの髪に整った顔立ち。

 大人の女性のように凛とした姿勢で、壇上の演台に向かって歩を進めていた。


(きれいな女の人……いやかっこいい? っていえばいいのかな? やっぱり生徒会長ってカリスマみたいなのがあるんだな……)

 壇上の生徒会長の姿に、思わず龍一の眼が釘付けになった。


『新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。龍堂学園高等学校、生徒会会長、甲斐登貴子と申します。我が龍堂学園は昨年度新設したばかりの、いわば赤ん坊みたいな学校です。入学された新入生の皆様には勉学、部活、そしてなによりより多くの先輩、そして仲間と触れ合いまして、この学園ともに成長なされ、共に歴史と伝統を作っていただくことこそ、私以下、全ての先輩達の願いでございます……』


 ゆるみも隙もない挨拶、それでいて緊張する新入生をほぐす少女のような微笑みを忘れないその姿は、男子新入生のみならず、女子新入生すら魅了の魔術にかかったように頬を赤らめていた。


 始業式が終わった新入生はそのまま講堂に残り、部活動の紹介が行われた。


『来たれ! 男子生徒よ! 我が男子サッカー部は四人しかいない! 現状紅白戦をやるにしても、一人がフォワードとミッドフィルダーを、もう一人がバックスとゴールキーパーを兼任しているのだ!』


『サッカー部は恵まれている! 我が野球部は部員が三人しかいないのだ! キャッチボールでさえ、一人仲間はずれになってしまう! もし紅白戦を行いランナーが出たりしたら、”重いコンダラ君”を代走にするしかない! さらにヒットを打ったら、重いコンダラ君を”押して”……いいかい! 重いコンダラ君は絶対”押して”使うんだ! これ絶対体育のテストに出るから二回言ったよ! ゴホン……ランナーは重いコンダラ君を押しながらダイヤモンドを走らなくてはいけないのだぁ!』


『我が男子テニス部は他の男子運動部とは違い、美しきコートの妖精である女子テニス部員との合同練習が行われている。むろん”初心者”大歓迎だ! 先輩女子部員から熱いお仕置き……、ゴホン……熱血指導を手取り足取り、そう彼女たちの持つラケットとボールが、君の”ラケット”と”二つのボール”めがけて”飛んで”くるからすぐ”美味しい想い”……おい、ちょっと待て! 手を離せ! まだ部活紹介は終わってないぞぉ!』


『我が男子バレー部も部員が少ない為、女子バレー部との合同練習が行われてる! 新入生のみんな、ここに私は宣言する! バレーボールの質量と、女子部員のスパイクから放たれる運動エネルギーから来る”ご褒美”は、テニスボールなんぞの比ではない! ……っておい! 羽交い締めにするな! まだ僕の青年の主張は終わってないぞぉ!』


『道具やボールを使うのは所詮二流! 我が男子柔道部では女子部員の生の肉体による押さえ込みや締めが、君たちを喜びの園へと……ってなんで俺に首輪が! おい、引っ張るな。こんな道具に俺は屈しないぞぉぉ!』

 

 舞台の袖に引きずられる各男子運動部長の悲痛な叫びは、見学しようとする部活に黙々とチェックを入れている龍一の耳には全く届かなかった。

(ひい爺と将棋をしていたから、将棋部があれば入りたかったけど……なさそうだな)

  

 始業式の翌日から龍一達新入生は、簡単な学力テスト、校内の施設案内、そして身体測定などを数日かけて終わらせた。

(ひい爺の高校ってすごいんだな。”CTスキャン”なんて初めてだ) 


 そして初めての授業が行われた放課後、部活動勧誘が解禁された。

 龍堂学園は新設校で生徒が少ない為、新入生は部活への入部が義務づけられた。


 しかし入部届は七日間の勧誘、体験期間が終わってから提出すればいい為、無理矢理勧誘されて入部届に名前を書かされる心配はなかった。


下足場の前の広場から校門へ向かう道の両脇には運動部や、学園の敷地内にある弓道場や武道場を活動場所にしている弓道部や剣道部、茶室がある草庵(そうあん)を活動場所にしている茶道部や華道部も出張し、新入部員の勧誘を行っていた。


 水泳部は、女子部員が競泳水着の上からジャージを羽織り、

 体操部は女子部員がレオタードをまと

 テニス部や応援団も女子部員がアンスコをわざわざ見せびらかすようにポーズをとり、明らかに男子部員を誘惑、いや、勧誘する為の装いをしていた。


 龍一は幼い頃から従姉妹と遊んでいた為、女子に対して全く免疫がないというわけではなかったが、それでも目の前、いや右も左も大人の体つきをした女性のこの光景に、龍一は目のやり場に困っていた。


(ねぇ、あの子ちょっとかわいくない?)

(あそこの男子はどう? ほら、あのきょろきょろしている子)

(あたしの目に狂いがなければ、絶対いい男になると思うんだ)

 狩りをする雌ハイエナのような視線が、目が泳いでいる龍一に向かって注がれていた。


《貴方に最適な部活を占います。占い&オカルト部》


そんな中、ある勧誘場所の机に貼ってある紙に龍一の目が止まる。

 そこには、つばの広い紫の中折れ帽子をかぶり、紫のローブを羽織った魔女のコスプレをした女生徒が、机の上に小さい座布団と水晶玉を置き、相談に来た新入生達を占っていた。


(へぇ~さすが高校だな。あの格好ってコスプレって言うんだっけ? 何かおもしろそう。しかも結構並んでいるし当たるのかな? なかなか部活決められないから占って貰おう)

龍一は行列の最後尾に足先を向けた。

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