第二章 後継者の男子、現わる

第8話 葬儀

 ――《庵堂龍一あんどうりゅういち》と言う名の僕は十五才の誕生日を、遅咲きの梅が散り始めた曾祖父、庵堂龍造の旧家で迎えた。葬儀という名の儀式と共に……。


 幼い頃走り回っていた座敷や居間は親族で埋まっていた。

 お嫁に行く叔母さんを見に集まった近所の人たちに向かって、屋根の上からお菓子や饅頭をばらまいた軒下や、夏休みに曾祖父と一緒に変な体操をした庭では、弔問客が列となって参列し、故人である曾祖父に最後の別れを送っていた――。


「それではお別れの儀を執り行います。ご遺族の方は故人の元へお集まり下さい」

 葬儀会社が準備した華を手にし、近親者が順番に故人、庵堂龍造が眠る棺へと献花し、最後の別れを告げていた。


「ほら、龍一も、ひいおじいちゃんへさよならを……」

 父に促(うなが)され、龍造のひ孫にあたる庵堂龍一が、華を手に龍造の棺へと歩を進めていった。


 既に多くの華がちりばめられた龍造の顔。

 それを見た龍一は、そこで初めて曾祖父が死んだことを実感し、体中にこみ上げてくるあらゆる想いを抑えながら顔を近づける。


「ひい爺、いろいろと遊んでくれてありがとう。四月からひい爺の龍堂学園に通うことになったから……。あ、あと、ひい爺って早く僕に十五才になれって言っていたよね。”おもちゃ”がどうとかって……。安心して……、ぼぐ、ぎょう、じゅうございに……なっだよ」

 最後は嗚咽が混じる龍一の別れは、棺を取り囲む遺族の悲しみをより増幅させた。


「庵堂の家系は子供も孫もみんな女の子で……娘達はみんなお婿を迎えて……」

「龍一君が生まれた時、お爺は”やっと跡継ぎが出来た!”って大はしゃぎだった……」

「名前も龍造から”龍”の字をとってつけたぐらいだからね……」

「これで庵堂の家も安泰だ……。義父(おやじ)もあの世で胸をなで下ろしているだろう」


 龍一から見て祖母、叔母、そしてそれぞれの婿は、龍造の顔に涙を落とす龍一の背中を見ながら、口々に故人の想い出を口ずさんでいた。


 曾祖父への想いを故人に向かって涙という形で表した龍一は、閉じたまぶたをゆっくりと開き、両の眼に溜まった想いを手の甲でぬぐった。


「ごめんね、顔を濡らしちゃった。じゃあ、さようなら。ひい爺」

 最後に曾祖父の顔を記憶という写真に焼き付けようと、龍一は改めて龍造の顔を凝視した。


 涙でにじむ龍一の二つの瞳に映ったモノは、

”まぶたが開かれた龍造の顔”と、

”吸い込まれるような二つの漆黒の瞳”だった。


 ―― ※ ――

 真夏の日差しが照りつける縁側で、龍造と幼い龍一が、西瓜にかぶりついていた。

『龍一、早く十五才になれよ。十五才になったらひい爺から贈り物をしてやるからな』

 『おくりものってなんだよ? おもちゃか? おもちゃならいまほしい!』


『はっはっは! おもちゃか。確かにおもちゃとして遊ぶ方がいいかもしれんな』

『おもちゃ! おもちゃ!」

『じゃがな龍一。そのおもちゃは遊び方によっては危ないおもちゃになるんじゃよ』

『あぶなくなんかしないよ! みんなであそぶんだ!』


『そうじゃな、みんなで楽しく遊んでくれ。もし出来ればな、そのおもちゃでな、”困っている人”を助けて欲しいんじゃ!』


『うん! ぼく! そのおもちゃでせいぎのヒーローになるんだ! でも……』

『ん? どうしたんじゃ龍一』


『”こまっているひと”って、どうやってみつければいいの?』

『フム、そうじゃな……。なら《眼》、相手の”おめめ”をみるんじゃ』

『おめめ……?』


『ああ、困っている人は助けて欲しい《眼》をしておる。もし、そんな人を見つけたら、龍一はすぐさま正義の味方になって助けておくれ。ひい爺との約束じゃ……』

 

 ―― ※ ――

 ――それから僕がどうなったかは憶えていない。僕が気がついたのは、帰路につく父さんの車の助手席だった。後日、夕食時に父さんが言うには、僕は棺を抱くようにして気を失っていたらしい。


 母さんが言うには、

「葬儀会社の看護師さんが言うにはね、葬儀の疲れが溜まってたり、故人との別れの悲しみから、倒れる人がいるのは珍しくないみたいよ」

と、ご飯をつぎながら僕に話してくれた。


 父さんも、缶ビールを飲みながら話す。 

「そういえば、同い年の従姉妹の……ほら、外国の人と結婚した、母さんの妹の娘さんの、《リヒト》ちゃんだっけ? 龍一が倒れた時なんて泣きながら『リュウイチがしんじゃう!』と叫んでたな。この果報者め!」


「あの子、見違えるほどきれいになったよね。あのあと、気を失って離れで寝ていたあんたの横にずっといたのよ。みんなで担いでお父さんに車に乗せる時も側にいたし……って龍一、あんた、リヒトちゃんのこと憶えていないの?」


「あ~、金髪のモデルさんみたいな人がいたなって。顔の前に黒い布があったからよくわからなかったけど……あの人がそうなの? 確か全寮制の学校に入ったって聞いたから、もう何年も会ってないし、顔もよく覚えていないよ」


「あっきれた。いくらチュールがかかっていたからと言って、顔ぐらいわかるでしょうに。せっかく会ったんだから、ツバくらいつけておけば……」


「こらこら。ひいおじいちゃんが亡くなった席で、女の子をナンパする甲斐性が龍一にあるわけないだろ」――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る