第7話 試合終了

 あっけにとられる両校メンバー、そして観客達。

 ただ一人、目黒だけが勝利を確信した微笑みを浮かび上がらせていた。


 しかし、これで終わりではない。

 ミッドライン、もしくはサイドラインより外に出なければ龍堂学園に勝利はない。

 目黒の体は再びゾンビのように体を揺らして、一番近いサイドラインへと向かう。

 

 させじと目黒の背中を追う台貴知高校メンバー。

 しかしあまりに予想外の攻撃に、最初の一歩が出遅れてしまう。


 それでも副キャプテンでありストライカーでもある紀藤は、最後の気力を振り絞り、目黒の背中を追う。

(へ……サイド……ラインまであと……三歩……二歩)

 心の中でカウントダウンする目黒。


(もはや……担ぎ上げて……デッドエンドラインに、放り出すのは……無理! ならば……ここで……潰す!)

 ぶつ切りの意識の中で紀藤の眼は、目黒の背中をロックオンする。

 そして右手の平に最後の力をためると、ゆっくりと突き出した。


「……あ……破あぁ!」

 己の肉体を鼓舞する為、最後の気合いを放つ紀藤。

(なに!)

 それに気づき振り向く目黒。

 目黒の背中を襲う紀藤の掌底。

 さざ波のような優しい波紋が、目黒の背中を満たす。


「……ぐはぁ!」

 背中をくの字に曲げ、舌と唾液を口から吐き出すも、目黒の格闘本能は何とか足を踏ん張り、飛び込むように両手をサイドラインの外に伸ばす。

 そしてサイドライン外に両手がつくと、両脚でジャンプし、体を前転させた。

”ドスン!”

 サイドライン外で大の字に倒れる目黒。


 両校のメンバー、そして観客達は《神の眼》の判定に注目する。

 もしコート内で足の裏以外が地面についていたのなら、そこで試合は終了。

 勝敗は《神の眼》の審判にゆだねられる。


 しかし、レイダーがアンティをタッチまたはダウンさせた後、ミッドライン、サイドライン、デッドエンド外でレイダーがダウンしたのなら、カウント十以内にレイダーが立ち上がればレイド成功。

 目黒はサイドライン外でダウンした為、立ち上がれば龍堂学園に一点が加えられるのである。


《龍堂学園レイド成功! レイダーダウンによりこれよりカウントダウンを開始します。十……九……八……》


『おおおおおぉぉぉぉ!』

 龍堂学園応戦席、そして一般観客席からも怒濤の歓声が沸き起こる。


『め・ぐ・ろ! め・ぐ・ろ! め・ぐ・ろ! め・ぐ・ろ!』

 レイド中、龍堂学園メンバーは【マギディ】以外の言葉を発することは禁止されているので沈黙したままだが、龍堂学園応援席、そして一般観客席からも目黒コールがわき起こっていた。


『……』

 もはやなんと声を出せばいいかわからず、ただ呆然としている台貴知高校応援席。


 目黒の体がゆっくりと盛り上がる。

『……三……二……一……』

 立ち上がった目黒は右手を高々と上げる!

「ナンバー……ワン!」

 プロレスラー、『バング・ボウガン』のように人差し指で天を貫く目黒。


『ゼロ! ……龍堂学園レイド成功! 龍堂学園一点獲得! 龍堂学園100 台貴知高校99。以上をもちまして試合終了! 龍堂学園100 台貴知高校99 龍堂学園、二回戦進出です』


 そして試合終了の宣言が《神の眼》から放たれた。


『いやったぁ~!』

 龍堂学園の応援席から歓声が噴き上がる。

『な! なぜだぁ~!! なぜ99点取って負けるんだぁ~!!』

 台貴知高校の応援席からは阿鼻叫喚の悲鳴が尽きることなくうごめいていた。


 それに反して、一般観客席からは惜しみない拍手が沸き起こる。

 それは両者の健闘を称えると言うより

”おもしろいものを観させてもらった!”

感が多く含まれていた。


『『ありがとうございました!』』

 両校挨拶の後、互いに握手が交わされる。

「紀藤……さんだっけ? 惜しかったな」

 目黒は、最後の攻撃を放った紀藤に声をかけた。

「惜しいもなにも、私が未熟だっただけだ……それ以上でもそれ以外でもない」

「そうでもないぜ。もしあんたが最後の攻撃の時に”声を出さなければ”、俺はまともに掌底を食らっていたぜ!」


「!」

 紀藤の脳裏に浮かぶ最後の攻撃。

 目黒が振り向いた為、掌底は”再び”正中から外れていた。

「……フッ。やっぱり私が未熟だった事じゃないか。だが、次は外さぬぞ」

「ああ、期待しているぜ」

 再戦を近い、固い握手を交わす両者であった。


 台貴知高校の控え室では鬼灯は皆に声をかけていた。

「今はお疲れ様としか僕の口から言えない。おのおの反省すべき点は多々あるが、今日はゆっくりと休んでくれ。では、解散!」

 廊下をうつむいて歩く紀藤の横を、鬼灯が近づき声をかける。


「完敗だな」

「ああ……」

「んんっ! ……秋大会は三年生が復帰するから、俺達がスタメンやレギュラーになれるかどうかわからないが……」

「……?」


「俺はもう一度、紀藤おまえと試合に出たい!」

「!」

 思わず振り向き、鬼灯の横顔を眺める紀藤。

 鬼灯の顔はまっすぐ正面を、そして二人の未来を見つめていた。

「ああ、約束だぞ!」


「これでいいのかね?」

「ちょっとは前に進んだのかな?」

「愛ちゃん! 頑張ったね!」

 二人の背中を見ながら、台貴知高校のメンバーがひな鳥のようにささやいていた。

 

 甲斐以下メンバーはボロボロの姿で応援団席へ挨拶し、体を引きずるように控え室へ戻っていった。

「おみゃ~さんたち、どえりゃあすごかったがね~」

 そこへ龍造が飛び込むように入室し、メンバー一人一人を抱きしめ、その健闘を称えていた。


 目黒は「へっへ! 俺様にかかればこんなもんよ」

 稲津は「とりあえず勝てばいいですから……」

 鳥居は「まぁなんだ。終わりよければってヤツだな」

 金剛は「龍造先生! やったよ!」

 白鳥は「フフ……この白鳥にかかれば、あんな雑魚共、造作もありません!」


 そして甲斐は「……至(いた)らないところが多々ありました」

と、しおらしくうつむいていた。


「甲斐ちゃんよ。楽しくなかったがや?」

 龍造の問いかける眼差しに甲斐は満面の笑顔を浮かべた。

「……楽しかったです!」

「そうか! それでいいんじゃ! ぐわっはっはっは! そうじゃ、タクシーを手配してある。今日はゆっくり休めよ」

「「「「「「はいっ!」」」」」」


 ジャンボタクシーの助手席で揺れに体を預けながら爆睡する甲斐。

 それを眺めながら鳥居は甲斐には聞こえないよう運転席、助手席と中、後部座席の間に【結界】を貼り、他のメンバーも眠りを妨げないよう呟いた。


 鳥居が「ちょっと振り回しすぎたかな? 本当はあたしも暴れたかったんだけどな」

 金剛が「珠美ちゃん、怒鳴りすぎだよ。あたしも走り回って疲れちゃった」

 稲津が「まったく……”なだめ役”になった私の身にもなって下さいよ。”ストレス”が溜まりに溜まって……」

 目黒が「いいじゃねぇか。”雨降ってなんとか”って言うだろ」


 そして白鳥が

「我々がここまで”道化”を演じておけば、多少、二回戦を有利に進められるでしょう。レイダーも私と目黒君の、”ふざけた”攻撃しか行っておりませんし……。何せ二回戦の相手は甲斐さんの”故郷”。そしてマギカ・バディはもとより、魔の世界における”最凶の魔王”! 大凶魔學院ですからね……」


 後に甲斐は述懐する。

 ”裏切り者”と呼ばれながらも、再びマギカ・バディの舞台に立てたこと。

 かけがえのない仲間を得ることができたこと。

 そして、自分に向けられた龍造の笑顔を……。


 後に甲斐は後悔する

 今では三つ全てを失ってしまったこと。

 そしてその内、前者二つは、己の独りよがりの行動によるものだということを……。

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