第13話 魔炎

 白鳥はスチール書庫の下の扉を開け、二つの皿を手に取り、机の上に置いた。

「ろうそく……ですか?」


「ハイ、こちらの白いのはスーパーとかで売っている普通のろうそく。こっちの紫色のは《魔蝋燭まろうそく》と呼ばれるものです。龍一君、この《点火くん》を使って火を付けてみて下さい」


 白鳥から柄の長い点火ライターを渡された龍一は、二つのろうそくの芯に火を付けようとするが、紫の魔蝋燭にはどうやっても火がつかなかった。

「あ、あれ? つかないや。芯が湿気っているのかな?」


「そこで先ほどの魔炎の出番です」

 白鳥は人差し指を上へ向け【魔炎まえん】と唱えると、指先からライターほどの紫色の火が点火した。そのまま魔蝋燭の芯に当てると、紫色の灯がともった。


「へぇ~、普通の火の赤や、ガスコンロの青じゃなく、紫色の火なんて初めてみました」

「この魔炎が普通の火と違うのは、指向性を持たせることが出来るのです」

「指向性?」


「先ほどの龍一君の制服のように、特定のモノだけを燃やすことが出来ます。もっともこの魔蝋燭から立ち上る魔炎は無指向となっておりますので、熱くもないですし、紙ですら燃やすことが出来ません。どうぞご確認を」

 白鳥は自分の手の平を魔炎に近づけたり、メモ用紙を近づけが、煙すら出てくる様子もなかった。

 それにならって、龍一も手を近づけてみる。

「……本当だ。熱くない」


「あとは、そうですね……ミステリーや超常現象によくある《人体自然発火》や、廃墟となった教会や幽霊船のマストの先端に輝く、俗に言う《セントエルモの火》などは魔炎によるものと考えられています」

「はぁ、そうなんですか……」


「白鳥、やっぱただ見せるだけじゃピンとこねぇんじゃねぇか? 庵堂家の男子なら一応、《魔因子まいんし》を持っているだろうから、なにかやらせてみろや」

 話が進まないもどかしさに堪えかねた目黒が、白鳥に提案した。


「そうですね。では龍一君、この魔蝋燭の魔炎を外側から両手で包み込んで下さい。そしてこの魔炎があと二回りほど大きい炎のイメージを、頭の中で想像してみて下さい」


「あ、はい。やってみます」

 龍一は両手の平で魔炎の外側を包み込むと、目を閉じた。


「あ、眼は開けて下さい。魔力を注ぎ込む対象物は主に目で確認しますから。イメージしづらかったら、そうですね……先ほどの制服が燃えた炎を思い出して……。そして命じて下さい……【拡炎かくえん】! と」


「はい……すぅ~【拡炎】!」

 軽く息を吸い龍一が呟いたとたん、爆発するような光と共に、天井を突き破らんとする火炎放射器のような炎が、魔蝋燭から一直線に噴き上がった。


「う、うわぁ!」

 噴き上がった魔炎はそのまま天井に紫のペンキをぶちまけるように一面に広がり、部室という空間は紫色に染め上げられた。びっくりした龍一は手足をバタバタさせ、椅子ごと背中からひっくり返った。


「!」「!」

 目の前に噴き上がる炎を目撃した目黒、白鳥は、驚愕の表情をしたまま固まった。


「し、白鳥……こ、こいつぁ……ひょっとしてひょっとする……ぜ……」

「ええ、私の想像以上、いや遙かに凌駕しています。今の私は炎を見たのに全身、”鳥肌”状態ですね。いえ、蛇に睨まれた蛙ですか。もし、この場で粗相そそうをしてしまったら申し訳ありません」

「気にするな。俺も少しチビったからよ。お互い様だぜ」


「あいててて……。こ、これが魔術なんですか? それにこの蝋燭の火、まだ燃えていますね。どうやって消すんですか?」

 何とか立ち上がり、椅子を元に戻した龍一は、ほこりを払いながら、再び席に着いた。

 魔蝋燭の炎は龍一が手を離したことにより徐々に小さくなっていき、やがて元の大きさに戻った。


「ああ、魔蝋燭の炎を消すにはこの《魔消水ましょうすい》を使います……それより龍一君、体はだいじょうぶですか? めまいがするとか、体がだるいとか?」


 白鳥は目薬の容器みたいな入れ物をポケットから取り出し、魔蝋燭の炎の上に一滴垂らすと、紫の火は電球が消えるように音も湯気も立てずに消えた。


「あ、体ですか? はい、べつになんとも……ないです」

「そんな……これだけの魔炎を吹き上げておきながら何ともないとは。……これは、魔術、というチンケなものではありませんね。魔法遣い、いや、素質だけなら魔法師クラス……」

 白鳥の、ただでさえ白い肌が、さらに蒼白くなった。

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