第14話 勧誘
「魔法遣い? 魔法師?」
「あ、はい、魔術を使う人の呼び名……階級と言ってもいいでしょう。例えると……」
考えている白鳥を助けるかのように、固まっていた目黒の口もようやく開いた。
「それはだな、さっき龍一が言った将棋の”段”とか、ボクシングやテニスの世界ランキングとか言えばいいんじゃないのか?」
「なるほど、目黒君もたまにはいいことを。……で、魔術を使う人間の熟練度、いわばランキングですね。いろいろと流派があって独自の分類もあるのですが、一般的に下から順に言えば……、
《術遣い、術師、魔術遣い、魔術師、魔法遣い、魔法師、魔導遣い、魔導師》
となっております」
白鳥はさらさらと、メモ用紙に呼び名を記した。
「術遣いや術師は”魔”以外のものを扱う人たちに対する呼び名ですね。”魔”の勢力が強い為、例え強力な術を使う人でも、”魔”の人間からは下に見られる傾向があります。演芸で言うところの、いわゆる”色物”扱いですね」
白鳥はメモ用紙に書いた”魔導遣い、魔導師”の部分を指さし、
「もっとも魔導の名がつく人間は人類史でも数えるほど。しかも当時は魔導師と呼ばれていても、よくよく調べたらその力は現代の魔法師より下ぐらいだったとか……。ですから今は魔法師が最高ランクとされています」
「さっき、ひいじいちゃんを魔法師と呼んでいましたけど、そういう事だったんですね」
「ええ、それに先ほど龍一君が見せた魔炎、あれほどの力は並の魔術師、いや魔法遣いでもできません。まさに庵堂龍造先生の後継者と言ってもふさわしい……」
「ちょ、ちょっとまってください。いきなりそんなこと言われても。……それにこんな力が現実に存在していたらそれこそ大騒ぎに……」
「龍一君、貴方が知らないだけで、魔術というものは確かに存在しています。それに、この学園の生徒は、魔術や他の術に関係がある人間、それに先ほど目黒君が言った魔因子を宿している人が大勢います」
「え? 魔因子?」
「魔因子というのは、生まれながらにして持っている魔術や他の術を扱える素質、能力ですね。むろん私も持っています。この魔因子がなければ、先ほど行った魔蝋燭の炎はいくら念じてもぴくりともしません。いわばあの実験が、魔因子を持っている人間の判別方法の一つなのです」
白鳥は肩をすくめ、苦笑を交えながら説明を続けた。
「もっとも例え魔因子を持っていても、多くの人間がその力を発動する間もなく一生を終えます。現代の科学があれば、例え魔術を使わなくても、携帯電話で遠くの人と話せ、ホウキよりも飛行機に乗れば、手軽に空を飛び早く快適に旅行ができ、魔炎を使わなくてもライターで火をおこせます。
ノーベル賞でおなじみのアルフレッド・ノーベルが、ダイナマイトを発明しましたが、当時の魔法遣いや魔法師達はこれを見て、『これで魔術の歴史が終わった』と記録に記したほどですから」
一時間ぐらいの時の中で、立て続けに自分の身に降りかかった事象は、もはや驚きを通り越して、龍一の体から発声という力を沈黙させた。
「先ほど魔術の存在が知られれば大事になるとおっしゃいましたが、……そうですね、例えるなら、龍一君はインドの競技、《カバディ(Kabaddi)》というのをご存じですか?」
「あ、ハイ。昔、ひいじいちゃんと観戦したことがありますが……」
「魔術の知名度や認知度は、いわばカバディ程度と思って下さい。一般人から見れば確かに現実に存在する。そして多数の人が名前ぐらいは知っている。しかしオリンピックの競技ではないし、テレビで放送するほどメジャーではない。さらに学校の部活にも存在しない。あってもなくても一般人の実生活に何ら影響を与えない。……その程度の認識なのです」
「そう……なんですか?」
たたみかけるように、白鳥の言葉は熱を帯びた。
「いきなり、と思われるでしょうが、龍一君、貴方は確かに魔術の素質があります。ゆくゆくは曾祖父、庵堂龍造先生を超える魔法師、いや現代の魔導師となれるお方かもしれません。我がマジュツ部の為に、ぜひその力を私たちに貸してくれませんか?」
あまりにも大げさな白鳥の勧誘、そして、どこかしら龍一を利用しようとするその《眼》は、龍一から質問や思考すら奪っていた。
やがて、部室を埋め尽くす沈黙を破壊するかのように、部室のスピーカーから放送部による下校を促す放送が流れ始める。
「……考えて、おきます」
今の龍一の口から唯一、発することの出来る言葉を二人に伝え、部室をあとにした。
「いささか強引すぎましたか……。ん? どうしたんですか目黒君? 私と出会った、一年前の時のような顔をして……」
「へ、やっぱりこの学園は捨てたモンじゃねぇな。おもしろくなってきたじゃねぇか!」
そう呟いた目黒は、己の手の平に固く握りしめた拳を叩きつけた。
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