第12話 錬金術

 数刻後、制服からカッターシャツ、下着のシャツまで燃えて上半身裸の龍一が、白鳥を串刺しするような目力で睨み付けていた。


「お、おい。どうなっているんだ。何にも術を使わなかったぞ」

 目黒は目を見開きながら、龍一と白鳥を交互に眺めていた

「こ、ここまでされながらも素性を隠すとは、まさに天晴れ……」


「いい加減にして下さい! 僕が何をしたというんですか! 買ったばかりの制服が……あ! カッターもシャツも燃えちゃってる! ……ヘクシュン! 生徒手帳は……よかった無事だった」

 白鳥の声を遮って龍一は怒鳴るも、自身のくしゃみで中断された。


「おい白鳥、こいつはひょっとして、ひょっとするんじゃねぇのか?」

「そんな馬鹿な! 彼はまさしく庵堂龍造の後継者の男子、庵堂龍一です」


「そんなことより! 僕の制服を何とかして下さい!」

 龍一の二度目の怒鳴り声に、白鳥もさすがにしおらしくなった。


「わかりました。いささか度が過ぎました非礼はお詫びいたします。ですがこちらの質問にお答え下さい。さすれば学生服その他諸々を、今すぐご用意いたします」

「わかりました! もう何でも聞いて下さい!」


「ではまず……貴方は庵堂龍一君ですね?」

 白鳥はメモ用紙にボールペンで名前を書き、龍一に見せた。


「はい! そうです!」

 龍一は自分の体を両腕で抱きしめながら、怒気を含んだ声で白鳥の質問に答えた。


「貴方の曾祖父、ひいお爺さまは庵堂龍造先生で間違いございませんね?」

「はい!」

 自分の名前の横に書いてある龍造の名を確認すると、怒鳴るように返事を返した。


「貴方が十五才になった時、龍造先生から魔術についてなにか教わったり、例えばその……儀式みたいな事をなさったりしたとか?」


「え? 魔術? なんですかそれ? それに、ひいおじいちゃんは僕が十五才になる前に死んじゃったんですけど……」

「「な! なにぃ~!」」

 幾分トーンの下がった龍一の答えに、白鳥と目黒が顔を見合わせながら、同時に叫んだ。


「これは、目黒君の言うとおり、ひょっとしちゃいましたか……」

「あぁ、最悪のパターンだな」


「あの、質問は終わりですか? なら制服を何とかして下さい」

「わかりました。今すぐご用意いたします。恐れ入りますが立ち上がって下さい」

 龍一が椅子から立ち上がると、白鳥は左手を胸にあて、右手の平を龍一に向けると、呪文を唱え始めた。


『我が身印(みしるし)を、彼の者の身印へ……【元素解縛げんそかいばく】!』

 白鳥の左手が輝き、白いタキシードが白鳥の手を中心に徐々に消え始めた。瞬きほどの時の後、今度は右手から龍一に向かって光が放射され、龍一の体を包み込んだ。


『そして……【元素結合げんそけつごう】!』

 白鳥が右手の拳を握ると、上半身を包む光の粒子が、下着、カッターシャツ、そして制服へと形成されていった。


「え、うそ、なんだこれ?」

 自分の体の周りで起こる光景に、龍一はさっきまでの怒気はどこかへ吹き飛んだ。

 そして全てが終了すると、驚きながら脇の下や背中を眺めていた。


「す、すごい……。あ、カッターもシャツも元通りに。そうか! マジュツ部って手品、マジックをやる部活だったんですね。さっきの熱くない火といい、それに、そのタキシードとシルクハットって、まさしくマジシャンの格好……」


 初めて手品を見た無垢な子供のような笑顔のまま、顔をあげた龍一の目に写ったモノは、限りなく全裸に近い白鳥の姿だった。


「な、何で全裸なんですか!」

「龍一君、言葉は正確に使うものですよ。今の私は全裸ではありません。我が股間を彩るのはそう! 禁断の果実を食したアダムとイブと同じイチジクの葉! もっとも、危うくウルシの葉を付けるところでしたが……」


 白鳥はボディビルのポージングの一つ、《アブドミラル&サイ》のような、両手を頭の後ろに組み、胸を反らし、足を交差したポーズをとりながら、龍一に向かってさわやかな笑顔と白い歯を見せていた。


「はっはっは! 気にするな龍一。こいつはよく美術部のモデルを頼まれるから、裸になるのには慣れているんだ。さすがに今日は薔薇の花をくわえていないけどな」

 目黒もいつのまにか龍一を名前で呼んでいた。


「僕は慣れていませんから! と、とりあえず何か着て下さい!」

「わかりました。ちなみにタキシードは他の色も取りそろえております。ちなみに、龍一君のお好みの色は?」


 白鳥がロッカーを開けると、そこには色とりどりの、中には電飾や背中にふさふさの白い羽根がついたタキシードが現れた。

「何でもいいです!」


「錬金術? なんですかそれ?」

 龍一はぽかんと口を開け、初めて聞くようなそぶりを見せていた。


「おい白鳥、やっぱりどうもよくわかっていないみたいだな。こりゃ一から説明しないとまずいんじゃねぇのか?」

「わかりました。でもまぁ、目黒君にレクチャーするより遙かに簡単ですから……」


 赤いタキシードを着た白鳥は龍一の側に椅子を持っていき、軽く咳払いをすると、顔を若干引き締め、教師のように説明を始めた。


「錬金術とは先ほど、貴方の制服を造った術の名です。その術によって私のタキシードを一度分解し、そして龍一君の制服を再構築したんです。いわばタキシードという積み木を一度ばらして、制服という積み木に組み替えたと言えばわかりやすいでしょうか?」


「術? マジックではないんですか?」

「いえ、マジックはあくまでタネがありますが、今起こったことは全て現実です。このような練金術にみならず、他の術、つまり俗に言う魔法ですが、貴方の曾祖父、庵堂龍造先生も使っていたのです」


「へぇ~。そんなこと、初めて聞きました」

「もっとも私はまだ未熟な為、制服の上着やカッターシャツ程度を生成する為に、私の下着まで使わなければいけないほどロスが発生してしまい、なおかつ今の術で私の魔力はほとんど使い果たしました」


 説明するのもつらいほど消耗しているかのように、白鳥は胸ポケットからハンカチーフを取り出し、額に当てた。


「もし龍造先生なら、タキシードの上着と制服の上着が同じ質量ならば、タキシードから制服を生成することが可能です。逆もまたしかり。なおかつ何十回と唱えることが出来るお方なのです。これを《等価変換とうかへんかん》と呼びます。」


「はぁ。ひいじいちゃんがそんなことをしていたなんて、全然知りませんでした」

「白鳥、そもそも魔術自体、信じるどころか別の世界のことのような顔をしているぜ」

「わかりました。ではあれを使いますか」

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