2-7 ゴブリン!ゴブリン!!ゴブリン!!!

「……帰りてぇ」


 村は林の中にポツリとあって木々に囲われている。展望の為に木に登ってそこから様子を窺ってるが、もう早くも後悔が血流にでも乗ったかのように全身に巡っている。


 この位置からだと【万里眼】を使わずとも村の中はよく見える。予想を裏切らず村はゴブリンでいっぱいだ。


 あっちを見てもゴブリン。そっちを見てもゴブリン。向こうを見てもゴブリン……頭で理解している数と実際に目にしてみる数とでは圧倒感がまるで違う。


そして、その中に混じってタイプが明らかに違うゴブリンがちらほらいる。


兜を被り槍のようなものを持ったゴブリン。


身の丈以上ある鉄製の盾を持つゴブリン。


体も筋肉量も一回り以上ある巨漢なゴブリン。


〈順にゴブリンナイト、ゴブリンガード、ホブゴブリンです〉


 数だけでも鬱陶しいのに、それぞれに役割を持ったのがいるとか想像以上に軍勢としてのクオリティがあるように見える。


そして極めつけは、他と一線を画す2体のゴブリン。


《固体名:ゴブリンリーダー Lv.35

種族:魔族

膂力/310

速力/101

魔力/186

錬力/200:200

スキル/【統制】Lv.5  【カリスマ】Lv.4 【ハードブレイク】Lv.7》


《固体名:ジェネラルゴブリン Lv.52

種族:魔族

膂力/422

速力/189

魔力/513

錬力/350:350

スキル/【号令】Lv.8 【身体強化】Lv.6 【思考活性】Lv.6 【ゴブリンフィールド】Lv.8 【火炎魔法】Lv.7》


 名前の通りゴブリンの支柱って感じがプンプンする。チームゴブリンのキャプテンと監督って感じか?


 こんなバリエーションに富んで圧倒的に数で勝る集団に、こっちから何かアプローチしようとか考えるなんて俺はどうかしてたんだと思う。どう考えても俺一人でどうにかなる事じゃない。


 現状を踏まえて今の俺に出来る事。それは、俺の失態かもしれないあの石鎚ゴブリンをキッチリと仕留め直す事。それで俺のこの罪悪感を帳消しにするのが現状のベストだろ。


それ以上は無理。自分の尻拭いだけを全うしたいと思う。それで許せ親父。


 そうと決めて【万里眼】で石鎚を探す。それはもうくまなく探す。村の中だけじゃなく警備みたいな感じで外側をうろついているゴブリンもいるが、その外側の方でこめかみに傷痕のある石鎚を持ったゴブリンを見つけた。アイツで間違いない。


 ターゲットをガッチリ絞って林の中を木を伝って移動して行く。天智に索敵をさせて他のゴブリンに見付からないよう注意しつつ、標的のゴブリンを肉眼で捉えられる位置まで辿り着いた。


 周囲に仲間がいない事を確認して石鎚の頭上付近まで移動。【ノイズキャンセラー】を使いながらそのまま一気に石鎚の背後を取る。


 【ヴェノムフォーム】を発動した状態で思いっ切り脳天に手刀を食らわせてやると、石鎚は短い呻き声と共に一瞬で絶命した。


 要はただのチョップなんだけど、これで即死するんだからこの【ヴェノムフォーム】はただただえげつない。でも攻撃手段に四苦八苦する俺の境遇においては真面目に使える代物だから、今後も惜しまず使っていこうと思う。練力消費も差ほどじゃないし尚更ね。


リリン!リリン!リリン!


 え?なんだ?急に仕留めた石鎚から鈴の音みたいなのが鳴り出したんだけど……?いやこれは絶対よろしくないでしょ?だって盛大に鳴り響いてるし。


 案の定、草木が擦れる音をさせながら複数の足音がこっちの方に向かって来るのが聞こえた。


 とにかく慌ててすぐ近くの木の上に退避すると、入れ違うようにゴブリン達が石鎚の遺体のもとに駆け付けた。


これって、やられたら仲間に知らせる手段を持ってたって事か……?


 だとしたらやっちまった。ゴブリンの連携を甘く見ていた。見た目とは裏腹に、緊急時への対策を練る知恵があるとは……。


 鈴の音警報を聞いてわらわらとゴブリンが集まって来る。これでもうウカウカと下に降りられなくなった。これは、ほとぼりが冷めるのを木の上で待つ方がいいか?


「げっ!げげ!」

「あぶっ!?」


 紐を括りつけた石が勢いよくこっちに飛んで来た。最悪のパターン。あっさりと見付かった……。


 いやなんでだ?アサシンの状態で気配は消せてたはずなのに。どうして気付かれた?


そんな目まぐるしく回る疑念を落ち着かせてくれる暇もなく投石が来る。


 幸い、アサインはOFFになっていない。これってつまり、アイツらは姿は見えてないけどって認識だけで攻撃を加えて来ているという事になる。


 なんでそんな事が出来るのか全く分からないけど、このままじゃ不味い。もっと仲間が集まって来たらこれはもう集中砲火だ。


 何の計算も勝算も無く木の死角を狙いながらがむしゃらに移動をする。それでも包囲網は途切れず、下にはゴブリンが追い込み漁でもするかのように集まって来ている。


 どこを移動しているかも分からないまま、ついに林の切れ目に出てしまった俺。進んでいた方向はどうやら村の方だったらしく、勢いのまま村の中に侵入を決め込んでしまった。


「ここまで入る気なんてなかったぞ……!?」


 明らかな焦燥感に駆られながら、取りあえず身を隠せそうな場所を探す。どうにかして体勢を立て直さないとこれは不味過ぎる。


 辺りを見回すも、どこもかしこも老朽化もしくは倒壊している建物ばかり。上手く身を潜められそうな場所が見当たらない。


「アサシンスキルでどうにか気配消せば何とかなるか……って、ん?」


 どこからともなく地面を踏み鳴らす音が聞こえてくる。しかも複数。そしてその音は迷いなくこっちに近付いてきているみたいだった。


「ちょ、ちょ!?」


 とにかく慌てて半壊している家屋に飛び込む。息を潜めながら外の様子を窺うと、数体のゴブリンが俺のいた位置に群がって周辺を物色している。


 おかしい……さっきからおかしい。明らかにゴブリンどもが俺の位置を予測つけて追って来ている。偶然とかじゃない。動きが必然としている。


これは一体何が起きてるんだよ……!?


〈原因を分析。ゴブリンジェネラルが保有するスキル【ゴブリンフィールド】が原因だと推察します〉

「ゴブリンフィールド?」

〈【ゴブリンフィールド】はスキル使用者を中心に、一定範囲内において配下に置くゴブリンへ意思を伝達することが出来ます。また、フィールド内の魔力を常に感知する事も出来るので敵味方の動向もスキルによって把握出来ます〉

「……いやちょっと分からん。それは魔力のある奴の話だろ?魔力0の俺がどうして位置バレしてんだよ」

〈正確にはではなく、マスターの左手首から発せられる微弱な魔力に反応していると思われます〉

「左手首……あ。証印これが!?」

〈リンク者ルルメアの魔力がそこを介して影響を及ぼしているようです〉

「いや初耳だけど!?」

〈はい。今分析して判明しました〉

「マジかよ……じゃあ証印これがある限り、相手のそのスキルでこっちの位置はもろバレってこと?」

〈【ゴブリンフィールド】内にいる限りはおおよその位置は特定されてしまうと推察出来ます〉


 一難去らずにまだ一難。しかも身内に足を引っ張られる始末。俺の魔力は無いのにアイツの魔力が漏れてるとかどんだけの欠陥だよ?栓があるなら閉めとけや!!


「くそっ……!」


 【極致感覚】にゴブリンの気配が引っ掛かる。疑う余地もなく一直線に今俺が隠れているここに近付いて来ている。やっぱりこのフィールドの中にいる以上は隠れても無駄っぽい。


 正面切って反撃なんか出来る訳もない。今はとにかく姿を見られずに逃げるの一択しか手がない。


 半壊状態の家屋の隙間から【縮地】を使ってそのまま移動をする。今把握出来ている範囲で俺を追跡しているのは全部で3体。まだ他は【極致感覚】でも気配は感じられない。


 でも、数の不利も地の不利も、時間が経てば経つほど深刻さを増す事は嫌が応にも分かっている。もたもたはしてられない。


 移動先からゴブリンらの動向を観察していると、俺を見失った直後は戸惑いを見せつつ数十秒静止をしているように見える。多分だけど、その静止している時にボスから指令を受け取っているんじゃないかと思う。


 それだったらそれをどうにか利用するしかない。タイミング見計らって【縮地】で奴らの裏をかければ、指令を受け取るためにもう一回このタイムラグが出来るはず。


 この村の中にいる以上ゴブリンからのGPS追跡から逃れられない訳だし、そのタイムラグを利用して相手のスキル圏外まで脱出をする事しか方法が今はない。


 まさかこんな生死を分けた文字通りの鬼ごっこに陥るとは……。俺は命まで張るつもりはないんだって。とりあえず元凶仕留めたからいいだろ親父よ?


 そんなこんな考えている内にゴブリンどもが動き出す。再度指令を受け取ったみたいだ。また実直にこっちへ向かって来ている。


 こっちはリプレイのように【縮地】で移動をする。タイミングはバッチリ。これであのゴブリンどもがまた戸惑う間にどうにかして村の外へ出よう。


 そう思った瞬間だった。急に月明かりが陰ったと思い振り向くと、1体のゴブリンが俺を狙って背後で攻撃体勢に入っていた。


「!?」


 咄嗟に横っ飛びをしてそのままゴロゴロと地面を転がる。突然の事で頭は整理し切れないままも転がる勢いのまま上体を起き上がらせた。


 降って湧いたようなゴブリンはまさかまさかのジェネラル。姿は確認済みだから間違いない。他のほとんどのゴブリンが布っ切れを腰に巻いた半裸状態なのに、こいつは革と鉄で出来た鎧を装備して大剣を握っている。見た目からしていかにも上物感を醸し出している。


 下っ端ゴブリンに任せておけないと思ったのか、はたまた下っ端追跡が囮でここで罠を張って俺を仕留めに来たのかは分からないけど、状況が一気に不味い方へ超加速し出しているには変わりない。


 そして何が一番不味いって、ジェネラルにがっちり目視されててアサシンが使えない。


 つまり……ピ―――――ンチ!!敵地ど真ん中で丸腰の一般人になっちゃったぞ!?


 ここまで行き当たりばったりで逃げて来たけど、こんな早々に軍団のトップが来る?全然予想外だったんだけど。普通はもっと下っ端を働かせない?


俺が言いたいのは今は一つ……なに率先して出張って来てるんだよこいつは!!


「フンガッ!」

「!!!」


 こっちの不満など露知らず、大剣を情け容赦なしに振り下ろしてくる。それを受け身無視の横っ飛びでどうにか躱すも、大剣での豪快な一撃は地面の土石を飛散させ、その破片がつぶてになって俺を襲う。そんなの防げる訳もなく至る所が裂傷する。


「いってぇな!もう!!」


 苛立ちを声で発し、形振り構わず走り出す。今は感情をぶつけるよりも先に身の保全を優先しなきゃいけない。速力は絶賛一般人並みだけど、とにかく走らねば!


「「「ぎげっ!」」」

「マジかよ……」


行く手を阻もうとするように3体のゴブリンが前方で待ち構えている。


絵に描いたような挟み撃ち。まさしく絶体絶命……。


「になってたまるかぁ!!」


 もうヤケクソと言わんばかりに立ち塞がるゴブリンに全力でタックルをかます。ゴブリンどももよもやそのまま突っ込んで来るとは思わなかったらしく、1体を勢いのままに巻き込んで押し倒す。


 その拍子にそのゴブリンが握っていた短剣が落ちたのを見て、急いでそれを拾い上げる。それをそのまま倒れているゴブリンの喉元目がけて突き刺した。


 それを見た隣のゴブリンが激高して俺に襲い掛かってくる。慌てて短剣を引き抜こうにも収縮した筋肉のせいで中々引き抜けない。


「こんのっ!」


目一杯力を込めて短剣を引き抜くとそこから返り血が噴射する。


「がっ!?」


 詰め寄って来たゴブリンの目に丁度良くその噴射した血が降り掛かる。視界をやられたゴブリンが一瞬その動きを止めたその隙を逃さず、もう俺は反射的に短剣をゴブリンの胸に突き刺した。


 的確に心臓にヒットしたかどうかは分からないがその一突きで絶命するゴブリン。転がる2体の死骸を前に半ば過呼吸気味に息が切れているんだけど、そんな俺を休ませまいと言わんばかり残りの1体がにじり寄って来る。


「追い詰められた人間なめんなよ」


 息も切れながら残りのゴブリンと対峙したその瞬間だった。周囲が急激に明るくなったかと思うと謎の轟音が背後から聞こえる。


〈高出力の魔力を感知。【火炎魔法 豪炎球】認知。大変危険です〉


 危険なのは分かってるわ!と声を張りあげたくなる。でも息が絶え絶えでそんな余裕はない。


 辺りを煌々と照らすように燃え盛る炎の球をジェネラルが片手に携えている。小さな太陽みたくなっているそれを、こっちに息を飲む暇すら与えず撃ち出して来る。


 距離が縮むほどに体感が上がる熱気。迫り来るそれは目映い恐怖を俺に充満させる。


 自分でも何を思ってそう行動したかは分からない。気が付くと俺は目の前にいたゴブリンを羽交い締めにして、そいつを盾にするように迫り来る炎の球にぶつけた。


 それが功を奏したのか、炎で視界が遮られた瞬間にアサシンの力が戻ったのを感じた。咄嗟に俺は【縮地】を連続使用して、形振り構ず移動したせいでどこかの建物の中に勢いよく転がり込む形になった。


 中は物だらけで異臭まで放っていて、本来なら絶対に居たくないそんな場所。もう最悪だ。


 急激に熱せられた空気を吸い込んだせいで喉が焼けていて、大小含めて冗談じゃないくらいの火傷が体を蝕んでいる。


 特に酷いのが右腕。庇い切れなかったのか、指先から肘関節までにかけて引くほど焼きただれていやがる。痛みも尋常じゃない。さっきから喚き散らしたくて仕方がないレベルだ。


 でも今は【隠形】発動のため、文字通り死に物狂いで我慢をしている。ただこれも長くは持たない。体力的にも練力的にも、精神的にも……。


 ここまでやるつもりはマジで無かったんだけどなぁ。胸がすく程度にちょいちょいと狙いのゴブリンを仕留めれたら十分だと思ってたのに。なんでここまでの事になるかな、クソ……。


 親父のためとか犬っ子のためとか、『誰かのため』にが俺の行動原理ではないのは自信を持って言える。俺は俺のためにここまでの選択をしたつもりなのに、結果全然俺のためになっていない。これはもう言葉そのままに本末転倒だ。


 こんなに痛い思いをしてるのに結果がことごとくマイナスなんて……胸のモヤモヤなんか無視してとっとと街を出れば良かった。そうしたら痛い思いもしなくて済んだし、そのあと街がどうなるとかも無関係を貫けたかもしれないのに。


 気持ちなんてそんな曖昧なもの、時間が経ちさえすれば自然と修正されたんだろうからそっちの方が断然建設的だった。


リスクなんて真っ平ご免なのに。ホント、らしくなかったな俺……。


 こんな回想をすればするほど、残っていたモヤモヤが腹が立つことにまた募っていく。もうそれは無視だ無視。マジで無視。この割に合わない私情なんかのせいでこんな最悪な事になってんだから、モヤモヤがどうとかじゃなくて自分が生き残れることに全力を注がないといけない。


 そう決めたのも束の間に、もう痛みで集中力がアウトっぽい。【隠形】をキープ出来ない。多分これでこっちの居所がバレたと思う。


奴らが来る前にどうにか体を奮い立たせて動かねば……。


「うわっ!いてっ!?」


 上手く力が入らず、そのままよろけて躓いた。乱雑に置かれているその辺の物に体も打ちつけて尚一層痛い。


……チクショウめ。


 悶々としながらも起き上がろうと手をついた瞬間にまたバランスを崩す。今度は倒れずなんとか耐えたものの、手をついた丁度そこに物が落ちてて、それのせいでバランスを崩した。


 流れで掴んだそれは巾着サイズの麻袋に入ってて、硬いような柔いような、なんか微妙な感触をしている。


 なんでそう思い立ったのかは自分でもホントに分からない。でもなぜか俺はその袋を開けて中身を確認していた。


「これは……」


 手にしたそれを思わず投げ捨てたい衝動に駆られる。寸でのところで投げ捨てるのをしなかったのは、その中身に妙な見覚えがあったから。


 袋の中から出てきたのはすでに冷たく硬直し切った獣の手。白と灰が混じったその毛色が俺の記憶を突いて来る。


 これは……親父の手だ。切断されて無くなってた右手。もちろん確証があるわけじゃない。でもなぜか、煩わしいほどに増長してくる俺の中のモヤモヤがそうだと告げて来ている。


 辺りを見回す。よく見ると麻袋は大小様々にそこら中に置いてある。乱雑に置かれたボロボロの武器具や装飾品なんかもある。考えが間違ってなければ、これ全部ゴブリンどものなんじゃないか……?中に充満しているこの異臭も、もしかしたら麻袋から漂う死臭かもしれない。


「……なんだ、コレ。胸糞わりぃ……」


 ゴブリンの習性とかルールは知らない。力の誇示なのか、奪うという行為への悦楽なのかそれも分からない。


本来ならどうでもいい。


 ただ、そんなしょうもない理由で殺した親父からわざわざこの手を奪い取ったとか考えると、なんでか自分でも理解し切れないほどのモヤモヤとザワザワが身体中を埋め尽くす。それはもう合理的に無視なんか出来ないくらいに……。


 その時だった。重くて、暗くて、冷たい……そんな何かが俺の心を瞬く間に支配した。


《アサシンコードの発動を確認。それによりスキル【情動抑制】の効果領域を越えました。スキル補完の為新たなスキルの構築を行います……スキル【転迷開悟】を獲得しました。【隠者】の効果によりアクティベートされます》

《条件を満たしました。スキル【転迷開悟】の獲得によりスキル【六道暗器】を得ました。【隠者】の効果によりアクティベートされます》


スキルを得たその瞬間、無機質だった親父の右手から鼓動のようなもの感じた。


そんなのはあり得ないはずなのに、俺の感覚はそれを肯定する。


それと同時に脳裏に浮かぶ言葉。俺はそれを疑いもなく口に出す。


「"畜生道"」


その言葉に呼応するかのように突如強烈に発光する親父の右手。


 時間にして5秒ほど。まるで閃光弾でも放たれたのかと思うぐらい眩い光が建物の中を覆い尽くす。


 光に覆われていた視界がゆっくりと景色を戻すと、持っていた親父の手は消えていて、なぜかそこには見慣れぬ武器みたいなのが俺の右腕に装着されていた。


 それは白銀の毛皮で装飾された籠手。五指それぞれには刃のような爪が物々しく伸びている。違和感はなく、なぜか妙に馴染んでもいる。


〈【暗器"畜生道"・塵狼じんろう】が錬成されまた〉


 俺の意志に反して目まぐるしく起こる変動。それでも何故か心は恐ろしいほどに落ち着いている。


 だからだろうか。右腕のそれから流れ伝わってくる思考なのか感情なのか分からないものを容認している自分がいる。


"ゴブリンを滅殺しろ"というそれを。


ガタンッ!

「ぐげっ!がっ……!?」


 俺の位置を捕捉して来たのか、扉を破って来たゴブリンを瞬間的に爪で斬殺する。【極致感覚】で近付いて来ている事は認識していたけど、仕留めるまでのその動きは自分でも理解してないほどの洗練さがあった。


なんだろう。この爪が俺を突き動かしているようなそんな感覚。


 正直動かすだけでも激痛がある。火傷している右腕は今も容赦なく俺の痛覚を掻きむしっているから。それでも、ゴブリンをその爪で葬った事でそこから流れ込んでくるものがさらなる強さで増してくる。


嬉々としているような、恐々としているような、何とも得難い感覚。


「あぁ……もう、やってやるよ」

〈保有しているスキルを一つ代償にすることで【塵狼】の固有アビリティ【アンリミテッド】の使用が可能です〉


 流れ込んでくるそれに応えるように呟きながら、即断即決でスキルの中から【無香】を代償にする。


 この【アンリミテッド】は俺が指定したステータスに効力を移すらしく、俺はステータスの中から迷わず練力を指定した。


 その瞬間に数値の表示が∞に変わる。そこからは俺の意志だったのか爪からの意志だったのかは分からない。ただただ目に入るゴブリンを片っ端から爪で切り裂いていく。


 捜索で外に出払っていた他のゴブリンも、緊急事態を察してか次から次へ帰還して来ていて数は簡単には減ってくれない。それでも、練力の消費が無くなったことで息継ぎもなく【縮地】でゴブリンの死角を突き続ける俺。


 ゴブリンは俺の姿を捉える事は出来ていない。見えない辻斬りにあってるかのように、死屍累々と仲間の死体がそこら中に出来上がっていく光景は、まだ生存している他のゴブリンどもに恐怖と戸惑いを与えていく。


 一向に手を緩めずゴブリンを仕留めているそこへ、今までの奴らと様相の違う集団が姿を現す。


 ゴブリンリーダーを中心に、ナイトとガードが前後左右を位置取って布陣を敷いて気を荒立てている。


 自分達のテリトリーで起きている突然のイレギュラーに対しての厳戒態勢。その布陣をリーダーが指揮しているようだ。


 雑兵ゴブリンとは違って、布陣を組むナイトとガードも辺りを見回しながら警戒しているのが分かる。


 慄く他のゴブリンとは違って、こっちを迎え撃つ気迫を感じさせるリーダーどもは倒すのは容易じゃないかもしれない。でもそんな事はお構いなく俺は一気に攻勢に出る。


 体の軋む音が聞こえながらも【縮地】で後方位置のガードを背後を取ってそのまま抹殺。「ぐがっ……!」という声が漏れ、リーダー含め全員が振り向いたそのタイミングで前方位置のガードの背後に移動。全く同じように仕留める。


 そのまま浮足立つ隙を突いてナイトの一角を首から狩ると、首の飛んだ仲間を見て狂乱したかのようにもう片方のナイトががむしゃらに槍を振り回し始める。


 下手するとそれはリーダーにも当たりそうな勢いで振り回され、思わずリーダーも槍の方に気を削がれている。


 それを見逃さず死角を突いて先にリーダーを両断。五爪は他より一回り以上大きい図体のリーダーでも難なく切り裂く。それに気取られた残りのナイトもサクッと仕留める。


 この時点で50以上のゴブリンを肉塊にした。それでもまだ【極致感覚】で感じ取れる残りのゴブリンの気配に爪が疼いているのを感じる。


『まだだ。もっとだ。やり尽せ』

そんな渇望する疼きが止めどなく俺に……。


 一つだけ大きく息を吐く。形振り構わず使っている火傷の右腕だけじゃなく、【縮地】の無理な連続使用のせいで足にも激痛が走ってる。おそらく筋肉とか腱が切れているかもしれない。それでも、疼きに従うようにこっちへ近付いて来る一番大きな気配に意識を集中させる。


【迦楼羅】も発動し、一気に【縮地】で間合いを殺す。


 【迦楼羅】で一時的にフィールド効果を打ち消して、上手く物陰を利用しジェネラルの背後を取る。


狙うは……首。


「グゥ……!!!」


 一撃にジェネラルの体がよろめく……が、死んではいない。首は繋がったまま。手応え的にも浅く、今までのゴブリンとは感触が違った。


〈スキル【身体強化】により体の強度が上がっています〉

「チッ」


 攻撃と舌打ちに気付いたジェネラルがこっちを向く前に【縮地】で再度死角を突く。もう一度攻撃の体勢に入ろうとしたその時、突如ジェネラルの体から噴き出るように炎が燃え盛った。


 おそらく自分の魔法による緊急回避。ダメージの有無は知らないけど、俺への対策である事は間違いない。


 炎は轟轟と燃え、周囲の家屋を焼き払っていく。その熱気は俺の肌も容赦なく焼く。それでも、離れたい気持ちを無理矢理剥がされるかのように疼きが強まって、俺を前へ突き出す。


 【迦楼羅】でその炎を消失させ、今度はヴェノムを乗せた爪でジェネラルに一撃を与える。


「グガッ!?ガアァアァアァアァアァ!!!」


一瞬の雄叫び。ジェネラルはその場に倒れ込み、強く痙攣を起こしながら絶命した。


 その雄叫びを聞いてなのか、力の繋がりが切れたからなのか。感じ取れる残りのゴブリンの気配が一斉に停止したのが分かった。


 疼きはまだ消えない。俺は息も整えないまま、烏合の衆と化したゴブリンの残党を仕留めに激痛の増す体を動かす。


 それからどれくらい経ったのかは分からない。意識も理性もあったとは思うけどハッキリとは覚えていない。ただ一心不乱にゴブリンを仕留め続けた。


 気付けば辺りには、見るに堪えないゴブリンの死骸と鼻をつんざく不快な死臭だけしか残っていなかった。


「ハァ……ハァ……どうだよ……これでいいかよ……おい」


誰に言ってるかも分からないそれを、ただうわ言のように俺は呟いていた。

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