2-1 森のエラー
自分でやっておいて何だけど……グロい。至るところが穴ボコで、そこから重油のようにドロドロっとした紫色の体液が流れている。
自慢であっただろう八本の足も、たった一本だけ折れ木のようにプランプランと体に残して、他は無残に四方八方に散らばっている。
絵面だけ切り取ったらまぁまぁの惨状だ。横で突っ立ってるルルメアも口をあんぐり開けて目を点にしている。
勢いにかまけてこうなったけど、危機を脱したっていう意味では結果オーライと考えていいだろうか?
あのアフロの適当な力で、というのが釈然としないが。
「はぁ~。あれ?なんか異常なくらい疲れてる……?」
〈スキル【不倶戴天】のレベルリセットの反動で通常の数倍の疲労感と虚脱感が襲っているものと思われます〉
「マジか。こんな副作用もあるとかアフロ印最悪だな」
天智の言う通り、今までに経験のない疲労感と虚脱感に襲われている。気力どうこうとかじゃなくて体が正常に動かないそんな感覚。
正直一歩たりとも動きたくないし、1mmたりとも体を動かしたくない。出来ればもう寝そべりたいんだけれども、蜘蛛の無残な死骸と一緒に添い寝とかどんな性癖だよって思うとそれは出来ない。
ここはルルメアにどうにかしてもらいたいとこだけど、その肝心のルルメアはさっきからずっとマネキン化していて役に立ちそうな気配がしない。
ならば、なけなしの力で実力行使。
「イタァ!?」
力を振り絞って指で弾いた小石がてルルメアのおでこにヒットする。この体で寸分狂わずおでこのど真ん中に当てられたのは我ながら見事だろう。
《スキル【スナイパー】を得ました。【隠者】の効果によりアクティベートされます》
おい。こんなのでスキルが手に入ったぞ?なんで蜘蛛の時には何もなくてこんなしょうもない事で手に入るんだよ?バランスがおかしいだろ。
「な、なにするんスか!めっちゃ痛いんスけど!?」
「いや、反応が無さそうだったから」
「声かけてくれれば良くないッスか!?女の子の顔に石ぶつけるってどうなんスか!?」
「まぁそれは置いといて」
「置いちゃうんスか!?」
「正直今ので俺もう動けないからここからお前にどうにかしてほしい」
「え?動けないってどういう事ッスか?」
「さっきの反動で物凄い疲労感と虚脱感なんだよ。マジで一歩も動けない」
「ほ、本当ッスか……?」
「……」
「ご、ごめんなさいッス!!疑って申し訳ないです!!だから無言で石を構えるのはやめてくださいッス!!(動けてるじゃないッスか……!)」
「何かスキルとかでビュンッと安全な所まで行けたりしないの?」
「う、うーん。わたし単体ならこの森を自在に移動も出来るんスけど、誰かを転移させたりするとかそういうのはちょっと難しいッスね。かと言って腕力は人並み以下のわたしが仄さんを担いで行けるわけもないですし……」
「おいおい。もう手詰まりかよ」
「手詰まりというか手いっぱいというか……。わたしも結構いっぱいいっぱいなんスよ。ここまで森がハチャメチャになるなんて思わなかったですし、ゾディアが倒されるなんていうのも微塵にも思ってなかったんで、これから何をどう処理していいのかもうさっぱりで……これ盟主として大丈夫なんスかね……?」
「いや俺に聞かれても」
「大丈夫ではありませんよ?」
「「え?」」
突然の第三者の声に俺とルルメアで同時に反応する。いつからそこにいたのか全然分からなかったけど、俺の真横に一人の女が平然と立っていた。
なんかこの手の登場に妙な既視感がある。
「リリリリリリリリリリリリザベイラ様!?」
ルルメアが慌てふためく。お前は壊れたラジカセかというツッコミを俺が頭に思い浮かべていると、その俺を覗き見るように緑のロングドレスを着こなしたその女が顔を急接近させて来る。
そのあまりの近さにさすがに俺はたじろんだ。
「初めまして。私はリザベイラと申します。その子と同じドライアドです。どうぞお見知りおきを」
「あ、あぁ。どうも」
こんなに顔面近くで自己紹介された事がないので何をどう反応していいか分からず、俺はさらにたじろいを重ねる。おそらくだけどプロの水商売の人だってこんなに接近しないと思う。
「えっと……ちょっと離れてもらっても?」
「あら。申し訳ございません」
「ふぅ。どっから現れたのか知らんけど、
「えぇ。そうですね」
「し、知り合いなんてそんな軽いものじゃないッスよ!リザベイラ様は上位種族に属するドライアドの一族の長ッスよ!凄い方なんスよ!!」
テンパりと熱弁が相まって、頭突きでもするつもりなのかと思うぐらいの勢いでこいつも顔を寄せて来る。ドライアドっていう種族は顔面ゼロ距離がスタンダード文化なのか?
鼻息も荒いし、目は見開いてるし、なんか凄くめんどい気分になってはいるんだけど、主訴であるその「凄い方」っていうのはなんとなく分かる気はする。
美をそのまま絵に描いたような端正な顔立ち。艶めかしいプロポーション。どことなく隙が無い佇まい。溢れ出る気品。前に聞いたドライアドの特徴がぴったし当てはまるようなそんな存在。
「うん。言われてみれば確かに本物のドライアドだ」
「分かってくれたッスか……って『本物の』ってなんスか!?」
「何者かっていうのはそれで分かったけど、結局その本物のドライアドさんはここで何をしてんの?」
「わたしも本物ッスよ!?」
「ルル。少し落ち着きなさい」
「あうぅ……はいッス……」
「失礼いたしました。私はあなた様に用がありここに参りました」
「え?俺に?」
「はい。なにせこのゾディアが倒されたというのはこの森として大変一大事な事ですので」
「一大事?え?なんかヤバイの?」
「えぇ一大事です」
神妙な面持ちで俺の目を見据えてるその空気は何か嫌な緊張感を醸し出す。
すぐそこで肩を落とすルルメアとは違って、こっちのドライアドは風格っていうのが漂っている気がする。だからこそ嫌な予感しかしない。
「ゾディアが討伐された事で起こりうる事象が2つほどあります。まず1つは森の盟約への影響です」
「影響?」
「それぞれの森によって盟約の内容も少しばかり違うのですが、この『深淵の森』ではその中の一つに【スキルイーター】の抑止というものが重要項目としてあります。当然これはこのゾディアの事を指しているのですが、そもそも魔物で称号を持つという事が極めて稀で前例もほとんどありません。本来、一個体にだけ適応する盟約など無いのですが、この【スキルイーター】で力を蓄え極めて凶悪な存在となったゾディアについては森の守衛として特例が設けられたのです」
「まぁ、この蜘蛛がヤバ過ぎるのは身に染みて知ってる」
「そして今現在、対象としていた存在がいなくなった為、改変と再構築をするのにこの森の盟約は一時的に機能を停止しています」
「そ、そうだったんですか……!?」
「気付きませんでしたかルル?」
「なんか感覚が変だなー、とは思ってました……」
「機能が停止すると当然盟主としての力を使って森を管理する事が出来なくなります。ですので、その間の応急的な措置を講じるために私がここに来たのですが、それに付随して起こりうるもう一つの事象もどうにかしないといけません」
「もう一つの事象って?」
「危険分子が討伐される事自体は特別な問題はありませんが、その危険分子であったが為にゾディアがいなくなった事でこの森のパワーバランスが崩れるという事態が起きます。今までゾディアを敬遠していた他の上級種はこぞってナワバリ争いを始めるでしょう。森に生息する魔物の数を考えると、森全域でナワバリ争いが勃発すれば完全に生態系が崩壊します」
ウサギですら人の命を平気で取りに来るこの森で、規格外の生物達がそこら中で骨肉の争いをしているのを想像すると……それは地獄絵図だ。
「それはヤバイだろうけど、あんたはそのヤバイ状況をせき止められるって事?」
「そうですね。一族の長である私は唯一どの管轄にも干渉する事が出来ますし、それを抑えられる力はあると自負しております」
「じゃあ取りあえずは安心じゃん」
「いえ。そうも言ってられないのです。特にあなた様は」
「へ?」
「ゾディアを討伐されたあなた様は、いの一番に他の魔物達に狙われる事になるからです」
「は!?なんで!?」
「ステータスをご覧ください」
「ステータス……?」
よく分からないままステータスを開く。
《名:篠崎 仄 Lv.1
種族:人
ジョブ【アサシン】
称号【隠者】
膂力/81
速力/122
魔力/0
練力/0:100
特記事項:魔力欠落 深淵の盟主
スキル:【立体機動】Lv.10 【縮地】Lv.10 【極致感覚】Lv.10 【ノイズキャンセラー】Lv.10 【万里眼】Lv.10 【隠形】Lv.10 【暗殺拳】Lv.10 【無香】Lv.10 【投擲術】Lv.10 【情動抑制】Lv.10 【ヴェノムフォーム】Lv.10 【迦楼羅】Lv.10 【スナイパー】Lv.10 【不倶戴天】Lv.10》
ちゃっかり【不倶戴天】がスキルのとこに入った……じゃない。
見事にLv.が1に舞い戻った……でもない。
『深淵の盟主』……なんだこれ?見知らぬものが特記事項に追加されとる。
「ここに来た時に拝見させて頂いたのですが、見ての通りあなた様は『深淵の盟主』を授かってます」
「いや、うん、まぁ、あるね」
「うぇ!?仄さんが盟主を授かってるってどういう事ッスか!?」
「おそらくなのですが、盟約の重要項目であった【スキルイーター】を処理したという事により、再構築に入る前にこの森があなた様を盟主として定めてしまったようなのです」
「うえぇーーー!?ほ、本当ッス……!!わたしから盟主の証印が消えてるッス!!!」
左の手首を見て慌てふためくルルメア。そこからまるでスリにでも遭ったかのように体中をくまなく
それに同調するかのようにふと自分の左手首を見ると、そこには何やら見慣れない刺青のようなものが入っていた。
「うおっ!?なんだこれ?」
「はい。それが盟主の証印ですね」
「えぇーーーー!?なんでそれが仄さんにあるんスか!?」
「いや俺も知らんわ!」
「先ほども申した通り、あなた様が『深淵の盟主』を授かったからです」
「わたし史上で最もパニックになってるッス……」
「だから知らんて!つまりこれはどういう事になるんだよ?」
「それが授かった以上、盟約の再構築が済めばあなた様がこの森の盟主となります。極めて異例です。しかし。本来盟主はドライアドしか担う事が出来ません。ですので、ドライアドではないあなた様は盟主の力を行使することは出来ずそのまま森を管理をすることになります」
「え?結局それの末路はどうなるの?」
「盟主の力を使えないあなた様は格好の魔物の標的かつ餌食となるのは明白でしょう」
「何だよそれ!?貧乏クジどころの話じゃねぇじゃねぇか!!」
思わず語気が強まる。なに勝手に引き込んでおいてフルボッコにされる予定組まれなきゃいけないんだよ!?とんだ迷惑としか言いようがないわ!
「私としてもこんな事は初めてです。ですので、これを解決する術を持ち合わせていないのが現状なんです」
「勘弁してくれよ……」
「そこで提案です。ルルと一緒に森を出てその解決策を探して来て下さい」
「「え?」」
ハモる疑問符をドライアドの長に投げ掛ける。
「あなた様に授けられた盟主の証印をルルに戻す術を外界で見つけてくるという事です。証印がルルに戻ればあなた様に降り掛かる難は当然無くなります」
「ちょっと待て。じゃあそのまま俺が森から出てどっか行っちまえばいいんじゃないのか?」
「それは出来ません。盟約の再構築が完了してしまえば盟主であるあなた様はどこへ居ようともここに強制的に引き戻される事になります」
「マジかよ……」
「ですので、あなた様方が外で方法を探している間は私がここで調整を行います。しかし、私の力と言えどそう長く引き延ばせられるものではありませんので悪しからず」
ペコリと気持ち程度にお辞儀をされた。これ、もう決定事項かよ……。
とにかく気が重すぎてしょうがないんだけど……。ルルメアなんか、鳩が豆鉄砲どころかエアガンで撃たれたぐらいの面食らいをしている。
「さて。お時間もありませんしどこへ行きますか?可能な範囲まで送り届け致します」
「……どこでもいいよ」
「どこでもとは殊勝ですね。では北の方へ送りましょう。それとルルのストレージに旅に必要な物も入れておきますね」
「うおっ!?」
「うえぇ!?」
ガラスのような球体にそれぞれ包まれる俺ら。それは長の手の動きと連動して風船のように浮かび上がる。
「では、いってらっしゃいませ」
「「へ?……のわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!」」
長が指を鳴らしたと同時に全く遊びのない速度で射出される球体。
図らずもハモる叫びが空の彼方へ木霊していった。
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