2-8 価値の基準

「…………ん…………さん…………ノ、さん…………仄さん!!!」

「……あ?」


耳元で誰かの声。鼓膜がキンッとする。


重い瞼をどうにかこじ開けると、そこには俺を覗き込むルルメアの顔があった。


「お?お?えっと……って、いつっ!」

「あー動かないでください!今治癒かけてるんで!」

「治癒?お前そんなこと出来たの?」

「これくらいは出来るッスよ!まぁ本来の力じゃないから大分弱まってはいますけど……。それにしても、何がどうしてどうなったらこんなんになるんスか?」


 ルルメアが引きつった顔をしながら俺の右腕を治癒している。どうしてこうなったかって言うと……なんでこうなったか俺にもよく分からない。頭も少しぼやけていて、上手く記憶も引き出せない。


 体もどこが痛いのか分からないくらい痛い。そんな状態で目だけ右へ左へ動かして辺りを確認すると、視界に村の入口らしきものが映り込んだ。どうやらここは村のすぐ外っぽい。


「ここは村の外?」

「そうッスね」

「お前がここまで俺を運んだのか?」

「何言ってんスか。仄さんがここで倒れてたんッスよ?」


全く記憶がない。


 いや、正確にはゴブリンを殺し回っていた記憶までは残っている。でも、そのあとからここで俺が倒れるまでの記憶はすっぽりと無い。


 要因は分からんけど、ゴブリンを殲滅してから無意識に歩いてここで力尽きたって事か?こんな見知らぬ土地で?


記憶が無いっていうのは結構怖いな……。


「妙な胸騒ぎがしたんで、わたしとリンクしているその気配を辿って来たんスよ。そしたら仄さんがこんなになってるじゃないッスか……ホントに心臓止まるかと思ったッスよ」

「おい。お前の心臓が止まったら俺の心臓も止まる事になるから気をしっかり持て」

「ひとまず、それだけの皮肉言える分には元気そうで良かったッスけど」


 気の抜けたような溜め息をして治癒の作業を続けるルルメア。案外マジで言ったつもりだったんだけど、でもまぁ、こんな状態にまでなったのはさすがの俺も反省はせざるを得ない。


 思い返してみても、どれが間違った選択だったとかそんな話じゃなくて、言うなら「どれも甘かった」が正解だろう。


 自分のケアレスミスなんかを帳消しにしようとした事も、ゴブリン程度なら差ほど危なくないだろと高を括った事も、中途半端に敵に手を出した事も、全部が甘かった。


『俺のせいで親父を死なせた可能性がある』

この、確証も無い罪悪感をちゃんと理屈で処理しなかったのがやっぱり元凶だ。


 生きてたから良しとかじゃなくて、今ここで死の際が迫ってたっていう笑えない結果はスルー出来ない大事件。自分で首を突っ込んでその首を絞めてたんじゃ本末転倒もいいとこだ。


 今回で身に染みて、面倒事は何があっても無視すべきだと学んだ。人間は学習できる生き物だ。感情論も精神論も優先事項を妨げる要因にしかならない。他人を構ったところで益は無し、っていうのを自分の命題にしておこう。


「ふぃーーー。動かすには支障ないくらいになったかと思うんスけど、どうッスか?」

「んー。動くけど、まだじんじんしてる。延長」

「延長!?いや、わたしの今の魔力量と練力じゃこれが限界ッス!」

「チッ」

「舌打ち!?不満がられる要素はないッスよね!?」

「不満じゃない。反射だ」

「舌打ちが反射って、どんだけわたし期待されてないんスか!?……もう。ひとまず街戻りましょ」

「まぁそうだな。ここにいたって仕方ないし街へ戻って……あ」

「え?」

「無理だ。足が動かねぇ」

「えぇ!?なんでッスか?」

「そういえば足の筋肉もズタボロだった」

「えぇーーー!!」

「これじゃ立てんし歩けん。治癒カモン」

「あのッスね……?お話した通りもう限界量が来てるんスが……」

「ほう。じゃあお前が俺を背負って街まで行くのか?」

「そ、それは……」

「非力なお前が男一人を背負って?」

「ぐぅぅ……!!」

「街までの距離を?」

「ぐぬぬぬ……!!!やります!やるッスよ!ふおぉぉぉぉぉ!!集まれわたしの治癒力ぅぅぅ……!!!」


 治す側として不釣り合いな食い縛り顔をしているが、そこはスルーしといてやろう。優しいな俺。


 あと、これは我儘とかじゃなく裁量だから。こうしないと何も進まないから言ってるだけ。ルルメアが俺を背負って街まで戻るのは、体力的にも絵面的にも厳しい。だからここで歯を食い縛ってもらう方がよっぽど有益だろう?早速反省を活かした自分を褒めてやりたい。


 治癒の間ルルメアの食い縛り顔とか見ていてもしょうがないから、他に違和感ある箇所がないか調べておこう。


俺だって二度手間三度手間はめんどいし。


腹、腰、胸、首、顔。順に触って確かめていくその過程でふと違和感に気付く。


 頬に何か硬いものが当たった。パッと手を見ると、見知らぬ指輪が右手人差し指にはまっている。


 丸っこいオーソドックスなリングじゃなく、爪と爪が合わさったような独特のデザイン。


一目であの爪の篭手だと察した。


 使わない時は指輪になるん?まぁ四六時中あんなのが装備されてたら生活しにくくてしょうがないから、そうであるならこっちの方が全然いいけど。


 でも。よくよく思い返してみると、俺の記憶が混濁しているのは篭手を装備してからのような気がする。変に荒ぶったというか、気持ちの抑えが効かなくなったというか、一切の理知的な思考が塗り潰されるようなそんな感覚。


思わず天智検索を指輪にかける。


〈【暗器"畜生道"・塵狼じんろう】:六道暗器によって錬成された武具。六道・畜生道を司る。従者の潜在能力を引き出し、仕留めた敵の数だけその効果が増幅する。畜生道の性質能力により、増幅した力に比例して従者の戦闘衝動も増幅される。

固有アビリティ【アンリミテッド】/スキルを代償に一時的にステータスの上限を最上値にする〉


気になる言葉がある。

〈畜生道の性質能力により、増幅した力に比例して従者の戦闘衝動も増幅される〉

……これじゃね?ゴブリンを倒せば倒すほど、俺の意志に反してやけに攻撃的な感情が剥き出しにされていったような感覚だった。あれだけの数を倒してたんだから、その衝動っていうのもかなりハイ状態になってたって事か?


 俺がアサシンでいる以上、あんなアグレッシブプレーは本来厳禁だ。それくらい分かってる。


 だとすると、今後この武器を使う時があってもおいそれと多用は出来ない事が判明した。固有アビリティっていうのでかなりの荒業はやってのけたけど、それで結果体が持たないんじゃ話にならない。


使い方は追々考えていこう。


 そういえば、俺の感覚とは別になんか違う感覚があった気がしたけど気のせいかな?ゴブリンに対して特に強い念みたいのが。


……親父の念?いやまさかね。


「ど……どうッスか……?や、るだけ……やってみました、けど……ぜぇぜぇ……」

「んー。これは延長……」

「もう無理ッス!!」

「仕方ない。これで行くか」

「歩けるじゃないッスか……」


 具合を確かめながら歩く俺を、ルルメアがフルマラソンでも走り終えたかのようにぐったりとしながら苦言を呈す。


 歩けると言っても実際まだ痛みはあるんだけどな。まぁ歩行できるまでにしたって事で今回は言わないでおいてやるとしよう。懐が深いな俺。


 そんなんで街に向かって歩き出したものの、そこから街までの道のりは中々にしんどかった。


 微妙に残る痛みがやはり厄介で、感覚的には足をつりっぱなしにしながら歩いてるそんな感じ。だから当然スピードもペースも上がらない。


街に着く頃には、村を出た時に白じんでいた空がすっかり朝空になっていた。


「どうにか着いたッスね。とりあえずイシオくんのとこに戻りますか」

「いや。戻らない」

「へ?なんでッスか?」

「恰好がつかんから」

「ちょっと意味が分からないんスけど……?」

「分からなくていいんだよ。それよりあれ見ろ」

「あれって何が……あ」


 すっ呆けたような声でルルメアが反応する。俺らの視線の先には羽の生えた爬虫類が数体、街に降り立つのが見えていた。


「あれって……」

「親父の言ってたあれだろ」

「〔シシルシーア〕からのワイバーンで間違いなさそうッスね」

「よし。行くぞ」

「え?行くってどこへ?」

「あそこに決まってんだろ」

「え!?なんでッスか!?」

「なんでも何も、あれで目的地に行くんだろうが」

「いや、それはバズさんに口添えしてもらっての話じゃないッスか。何か当てでもあるんスか?」

「そんなもん無い。黙って乗り込む」

「いやダメですって!下手しなくても捕まっちゃうッスよ!?」

「うるさい。俺はもう歩きたくないんだよ」

「あーーー!!!仄さん!早まらないでください!!」


 問答無用でワイバーンが降りて行ったであろう方に向かう。街の中で比較的拓けた広場がどうやら集荷場所のようで、到着を待つように住人達もすでに集まっていた。その周辺には厳つい感じの獣人が全部で10人。テキパキと準備を進め、列を5つ作って住人達の徴収品を順々にチェックし始めている。


ひとまずの流れを俺は物陰からジッと見つめる。


「仄さん……!絶対にマズイですって……!大人しく諦めましょ……?」


 俺の肩を揺らしながら訴えかけて来るルルメアをガン無視して隙を伺う。徴収品はコンテナ型のドでかい木箱に入れていて、それをどうやら2匹ずつのワイバーンで持ち運ぶっぽい。コンテナ木箱は全部で5つ。そのどれでもいいから、どうにかして見付からずに乗り込みたい。


何かいい手はないかな……。


「何をしている。早く品を出せ」


 ドスの利いた声が広場に響く。見るとそこには、体格のデカいゴリラのような獣人が仁王立ちで住人を睨みつけている。その目線の先は……犬っ子だ。


「……これだけしかないです」

「これだけって事はないだろう。明らかに量が足りん」

「でもこれだけしかいまはなくて……」


 バツが悪そうに俯きながら小袋を一つ渡す犬っ子。ゴリラの獣人の目付きが鋭くなる。


「ちょ、ちょっと待ってください!彼の父……バズさんは亡くなってしまって……!今回だけは温情を頂けませんでしょうか!?」

「ほう……?バズが死んだ?」


 あの蜥蜴の店主が割って入るようにゴリラ獣人に便宜を計らっている。人様の子だっていうのに身を挺すまでとは、そうさせる親父のコミュニティは強く健在ではあるんだな。


「どうかお願いします!」

「そうか。話は分かった」

「では……!」

「酌量は一切ない。決まり通り徴収する」

「なっ!?」

「バズが死んだから大目に見ろだと?フンッ、片腹痛いわ。他の徴収員がアイツと親しかろうが俺には関係ない。きっちり徴収させてもらう」

「そんな……!」

「なんだ?オレはれっきとした仕事をしているんだぞ?それにケチを付けるのか?」

「そ、それは……」

「死んだ奴の事情など知った事ではない。むしろ無責任に死ぬ方が悪いだろう」


犬っ子らの周辺が瞬時にザワついたのは目に見えて分かった。


 愚弄。そう取って間違いのないゴリラの態度。でもそれに強く異議を唱えられない住人ら。俺には街の実情なんか分からないけど、あのゴリラは言ってみれば国からの使者的な位置にいるんであろうから、ここで揉め事を起こせば反乱だの反逆だのとかになるのかもしれない。


一時の感情で取り返しのつかないことになるのを大人達は理解している。


「とうちゃんを……ばかにするなぁぁぁ!!!」

「!」


 そう。大人は理解している。でも子どもはそうじゃない。そうなるべくしてなったように、犬っ子がゴリラに飛び掛かった。


それでもゴリラは、それを待っていたかのように犬っ子を叩き落とし問答無用で腕を踏みつける。


「見たか!これは反逆だ!徴収を拒んだばかりでなくあまつさえ強襲を図って来た!コイツに情状酌量の余地は無い!異議のあるものは申してみろ!」

「……!!」


 若干笑みが見えながらこれみよがしに捲し立てるゴリラ。さすがに他の列の同僚や住人達もその光景を目の当たりにしている。


 暴力的に投げ付けられる理不尽に葛藤が隠せない住人達。どこの世界でも『大人の事情』っていうのが正しさを歪ませる。


 吐き出すが正しいのか。飲み込むのが正しいのか。正義なんてあってないようなものだと改めて意識付けられる。


 ただ一つ言えるのは、住人らにも、俺にも、ここで奮い立つ程の正義感はなさそうだって事だけだ。


「賢明だな。ではこの小童はここで処分する……」

「ダメに決まってるじゃないッスかぁぁぁ!!!」

「GIYAAAAAAAAAAAA!!!」

「!?」


 突如としてゴリラに尻尾を振り下ろすワイバーン。その雄叫びを上げながらの一撃がゴリラを吹っ飛ばす。


 そして、その謀反のワイバーンの前には見知った顔の奴が息を荒立てて皆の前に立ち塞がっていた。


「何が反逆ッスか!!!完全ないちゃもんじゃないッスか!!!」


吹っ飛んだゴリラを指さして憤慨するルルメア。


 そう言えば『大人の事情』とかそういう暗黙の領域に踏み込める人種がいた。それは親しみを込めてこう呼ぶんだ……馬鹿野郎と。


 アイツは一体何をやってるんだ……?さっきまで俺を嗜めてなかったか?それがどうしてあーなる?


 それに、あのワイバーンも偶然に暴れたっていうよりかはあの馬鹿になんか付き従ってないか?え?なんなの?どういういきさつ?


〈スキル【隷従】が使われています。あのワイバーンは一時的に従者

ルルメアの支配下に置かれています〉


マジで?アイツそんなの使えたん?


 けど、ワイバーン1匹手駒にして何か打破できる手立てがあるのか?すでに引き返せない状況を作ってるぞ?


「なんだ貴様は……!今のが貴様の仕業ならタダじゃ済まないぞ!?」

「そんなの……知ったこっちゃないッスーーー!!」


あ。これノープランだわ。完全に勢いだけで行ったパターンだわ。


「バズさんの死を、息子であるイシオくんの目の前で貶すなんて許せないッス!」

「……貴様が許そうが許さなかろうがこれはもう反逆の意を示している。覚悟は出来てるんだろうな?」


 打ち付けた首をボキボキと鳴らしながら立ち上がって凄むゴリラ。一触即発の空気が嫌ってほど張り詰めている。


「行くッス!ワイバーン!」

「GIYAAAAAAAAAAAA!!!」


 ルルメアの一声に反応してゴリラに襲い掛かるワイバーン。ワニよりも段違いの咀嚼力を誇ってそうなその顎を開いて噛み付こうする。


 図体の割に俊敏に動いたゴリラがそれを横っ飛びで躱すと、それを見たワイバーンが尾をしならせ追撃する。


「フンヌッッッ!!」


 それでも。ゴリラがそれを真正面で受けてがっちりと尻尾をホールドすると、それを背負い投げるようにワイバーンの体を空中まで翻してそのまま地面に叩き付ける。


見た目を裏切らないゴリラのパワーは一撃でワイバーンを戦闘不能にした。


「やっべぇ……」

「ほ、仄さん!ヘルプをお願いしたいッス……!」

「なっ!?お前こっち来んな!!」


呆気に取れていた俺の所にルルメアが慌てふためきながら駆け寄って来る。


 最悪だ。その行動に釣られ、周りの視線はルルメアを追うのに合わせて俺にも向けられてしまった。まさに万事休す。


「仲間がいたか!!」


殺気立つゴリラ。完全に共犯認定をされたっぽい。


「馬鹿野郎!!俺まで狙われてるじゃねぇか!!」

「で、でも!バズさんをあんなに言われて我慢出来なくて……」

「それでピンチ招いちゃ元も子もないだろ!乗り出すんなら勝算ありきでいけ馬鹿野郎!」

「イシオくんだって可哀想で……」

「状況を読めよ!?見てみあのひっくり返ったワイバーン!勢い任せの正義感でどうこう出来る相手じゃないだろあのゴリラ!」

「どうしましょ……」

「いや、どうするんだよ!?絶対聞く耳持たないぞ?」

「貴様ら!この場で処罰してくれる!!」


 猛進とこっちに向かって来るゴリラ。血走ったその目は完全にこっちをりに来ているのが分かる。


 死に方を選びたいなんて願望はまるっきりないけど、ゴリラに殺されるとかはなんか嫌だ。


自動車ばりのスピードで眼前に迫るゴリラを見て、俺は一つのスキルを発動する。


〈スキル【不倶戴天】発動。レベル55分でリミットブレイクします。逆境値2をリミット+します。ステータスが以下のようになります。

膂力/リミットブレイク550000 リミット+20000

速力/リミットブレイク550000 リミット+20000

魔力/0

練力/550000:550000 リミット+20000〉


「死ね!!!」

「嫌だっつーの!!」

「むぐっ!?!?」


飛び掛かって来たゴリラの顔面にカウンターパンチを叩き込む。


「がっ……がっ……がっ……」


 勢いよく吹き飛びそのまま建物の壁に打ち付けられたゴリラは、どうやら今ので息も絶え絶えに意識が飛んでいた。


「ゴブリンので思いのほか上がってたんだなレベル……」


自分でした事に若干引きつつも、ひとまず危機を脱した事に安堵する。


「大それた事とかホント勘弁してほしいわ……」

「な、なんてことをしてくれたんだ!!」

「あ……?」


住人の中の一人が一つ大きく怒声を放つ。それは明らかに俺らに向かって。


御上おかみに手を出すなんて……」

「そうだ……これじゃ宣戦布告とも取られ兼ねないぞ!?」

「余所者が余計なことをしやがって……!!」


 派生していくかのように他の住人からも巻き起こる非難。それは歪な熱を帯びていく。


「この街を潰す気か!!!」

「ちょっと待て……!彼らはバズさんので庇ってくれたんだぞ?その言い様は無いんじゃ……」

「国に敵意を示すのは違うだろ!聞いてください……!違うんです!こいつらは我々となんら関わりはないです!!勝手にした事なんです……!!」


 わらわらと徴収員のもとへ群がって許しを請う住人達。異を唱え、俺らを庇う素振りを見せた蜥蜴の店主を差し置いて、自分保守に必死になっている。


 あっちの世界じゃこれは正当防衛だって言えるかもしれない。でもここにその法律は無い。いや、あったとしても無駄かもしれない。


 ある意味、あんなに必死になって命を確保しようとするこの世界の価値観を俺は分かってないんだから。


「……そうだ。あいつらを罰すれば我々の嫌疑も解ける!」

「そうだ」

「そうだ」

「そうだ」


ゾッとする敵意がこっちに向けられる。


 この世界の価値観を受け入れたいと思えてないし、理解も出来てない。俺に優しくないこの世界の不条理に甘んじてやるのは絶対に嫌だ。


胸糞悪いこの感情を自分で嗜めながら考えをまとめる。


「……おいルルメア」

「なんでこんな……わたしが余計なことしちゃったからッスか……?」

「ルル!」

「!?。え、あ、はい!なんスか!?」

「ワイバーンをもう一体操れないか?」

「もう一体ッスか……?ちょっと無理ッス……もうさっきので練力が空なんス……」

「あのひっくり返ってるのはまだ効果続いているのか?」

「スキル効果はまだ生きてるっぽいですけど」

「じゃあどうにかしてアレ叩き起こせ」

「え?それは無理かと……」

「いいからやれ!!!」

「!!!」


 俺の語気に驚いて体が跳ねるルルメアをさらに睨み付ける。意を決したようにワイバーンの方を向いてルルメアが大きく息を吸い込む。


「起ぉぉぉきてぇぇぇッスぅぅぅ!!!」

「……G……GIYAAAAAAAAAAAA!!!」


 その声に反応するように、血をまき散らしながらワイバーンが咆哮を上げ起き上がる。敵意を剥き出しにこっちに向かい出そうとしていた広場の全員がそれに一瞬気取られる。


「アイツ呼べ!!」

「こ、こっちッス!!!」


 ダメージのせいで体が傾きながらも飛んで来るワイバーン。そいつが不格好に俺らの前に着地すると同時にルルメアを引っ張りその背中に乗り込む。


「飛べ!早く!!」


 荒いながらもその場から飛び立つワイバーン。乗り方なんて分からないまま、振り落とされないように必死にしがみ付く。


「~~~にぃ~~~ちゃ~~~~!!!」


 何か遠のく声が聞こえる。けど、そんなのはどうでもいい。振り向く事に意味なんてないんだから。

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