1-5 絶望来たりて怒り舞う

 ギリだった……!ヤバかった……!!危なかった……!!!恐怖で足が竦んで体の力が抜けていくあの感覚を何と言うんだろうか。今はスキル【情動抑制】のおかげで俺の精神に反映されるあらゆる影響を無効になってるから、どうにか体を動かせるぐらいの平常心は保ててる。


 あの蜘蛛はヤバイ。ヤバ過ぎる。【情動抑制】が無かったら下手すると漏れてるかもしれない。あくまでも仮定の話って事ではってことだけど。


 光沢も何も無く真っ黒に塗り潰されたような体。そこに浮かび上がるように不気味に光る紅い八つ目。悍ましく動く長い八つ足。それを目の当たりにした俺はこの恐怖に覚えがある。間違いでなければすでにあの蜘蛛に俺は会っている。この森で熊に追い回されたあの時に……。


 この恐怖を喉元に突き付けられる感覚と、身体が圧し潰されそうになるプレッシャーのせいで、普段の息の仕方さえ狂いそうになる始末。


 なんであんなのが俺なんかを追って来たんだよ?恨みを買うような事は何一つした記憶はないぞ!?


 そんな気持ちの整理がままならない俺を余所に、蜘蛛はその姿を露わにしてからその場で静態をしている。俺を見失ってくれたのなら万々歳なんだけど、周りを探すような素振りもなく一時停止のようにジッとしているのがどうにも薄気味悪い感じはある。


 嫌でも息を飲む時間。あの蜘蛛の意図が全然分からないけど、この隙に逃げてしまうのがベストだろうか……?

 

 そう思った矢先だった。そんな俺の思考でも読み取ったかのように蜘蛛が動き出すと、突如として糸を吐き出しながらその場で高速回転を始めた。その行動の意味をすぐには理解出来なかったが【極致感覚】に引っ掛かった強烈な死の空気みたいなのを受けて、咄嗟に俺は【縮地】を使って行ける限界の所まで逃げていた。


 結果としてその行動は大正解だった。蜘蛛を中心とした辺り一面の木がまるで刈り取られたみたいに全て切り倒されていた。範囲にして2、30メートル。どうやら草刈機みたいな要領で、あの吐き出していた糸でここらの木を回転して切り倒したらしい。


……いや、恐ろし過ぎるだろ。


 あの場で馬鹿みたいにそれを眺めていたら、完全にそれに巻き込まれて俺の上半身と下半身は無残にもおさらばしていたかもしれない。


 心臓が内側から凄いノックしてくる。破裂するんじゃないかってぐらい鼓動もハッキリと聞こえる。こんだけ生命活動の主張があるのにまるで生きた心地がしていない。死が目の前を横切って来る感覚をさっきからずっと感じている。


 どうにかしてやり過ごそうと決死の思いで【隠形】を使ってるのに、あの蜘蛛は漠然と当たりをつけて俺を狙い、その辺をまだウロウロしている。


 天智の情報によると、この蜘蛛から逃げ切るのに厄介な力があるらしい。それがコレ。


〈称号【スキルイーター】:マーキングしたテリトリー内のスキルを全て感知する。捕食した対象のスキルを一時的に得る事が可能。未使用のスキルは時間経過によって練力へと変換される〉


 どうやら俺の持ってるスキルに反応しているらしい。本来【隠形】が発動していれば俺は相手から認識も感知もされなくなる。今もそのはずなのに、蜘蛛は俺が事を分かってうろついている。


 天智いわく、蜘蛛の持つ【スキルイーター】という称号は感知系でも群を抜いた特性を持っているようで、俺の存在自体は認識出来ていなくてもぼんやりと俺のスキルだけを感じ取っているという事らしい。


 つまり。このまま見逃してはくれないという絶望的な現状という事だ。さらに絶望的な現状はもう一つある。それはヤツという存在そのもの。


《名:ゾディア・マーベルタラテクト Lv.150

種族:魔族

称号【スキルイーター】

ハザードランク:SSS

膂力/55623

速力/18546

魔力/49526

練力/950:1000

スキル:【斬糸】Lv.10 【操糸】Lv.10 【金剛糸】Lv.7 【毒生成】Lv.8 【対毒耐性】Lv.7 【蜘蛛の子】Lv.6 【魔弾】Lv.8 【望遠】Lv.6 【打撃緩衝】Lv.7 【魔法緩和】Lv.7 【剛力】+ 【ウインドカッター】+》


ウソだろ?正真正銘の化け物じゃんかコイツ……!?って思った。


 Lv.150に今の俺の数倍以上のステータス……多分勇者だって絶望するんじゃないかと思う。こんなの当然見付かれば即終了。隙を狙おうがどうしようが太刀打ちも出来るわけがない。


 ……詰んでる。将棋で言ったら王手飛車取りどころか王以外総取りくらいの詰み方と言っても全然過言じゃない。それだけ手が無い。


 どうにか逃げる一択で知力を絞り出したいのに、その絞る時間にも余力が無い。なぜなら、動作を完全に停止させなきゃ発動出来ない【隠形】は決して長く使える代物じゃないから。呼吸はしていいもののその他の動作はダメ。つまり瞬きなんかもダメだ。


残念な事に、もう俺の眼球は限界を迎えつつある。


「やべ」


 本当に一瞬。1パチリをして【隠形】が途切れたその一瞬を逃さずに、蜘蛛は俺のいる方向にぐるりと体を転換してそこから猛スピードでこっちに向かって来る。


目ざと過ぎるって!早く逃げないと……って体が重い?なんか急に体が思うように動かない。


なんだ?蜘蛛のスキルか何かか!?


 ……いや違う。そうじゃなくて、これは元の俺に戻ってる……それはつまり、アサシンが解除されてる!?


〈相手のスキル【望遠】の効果を受けています。現在視覚認識をされているためアサシンが使用出来ません〉


 アサシンの事を知ってか知らずか、その望遠で俺の姿を確認してやがるのかあの蜘蛛は!このままだと即刻餌へと転身を遂げてしまう。急ぎ慌ててすぐ近くの木の陰に身を隠して死角を作る。


「よし。戻った……けどマズイっ!!」


 後先は考えず【縮地】を5連続使用。多少の体の軋みはあるものの一気に距離を取って危機を脱する。あと5秒、いや3秒遅かったら終わってた。あの数値なだけあって尋常じゃないスピードで移動している。


 ほんの5分足らずで不本意かつ不用意にスキルを多用させられている。お陰でもう俺の練力は70まで減っている。


 【極致感覚】と【情動抑制】は体質に近いらしく実質消費は0。【隠形】は発動時間イコール消費量だから短尺ならばそこまでの痛手ではない。やっぱり【縮地】が効いている。一回で10消費する【縮地】は練力が心許ない俺にとって使い勝手はいいけど燃費が悪いスキルだ。正直あの蜘蛛に追い回されたら絶対にもたない。


「……?なにしてんだ、あれ?」


 蜘蛛が天を仰ぐように体を仰け反らせ、風船を膨らますかのようにおどろおどろしい紫色をした球体を作り出す。等身大ほどの大きさまでに球体が仕上がると、まるで打ち上げ花火かのように勢いよくそれを上空高くまで撃ち出した。


「あっ!?」


 上空で弾け、雨のように降り注ぐ紫色の液体。そしてそれは降り注いでいく所を容赦なく溶かしていっている。


「な、なんだこれ!?」

〈【魔弾】に【毒生成】を付加したものを上空で破裂させたものと思われます。分析の結果、生成されている毒は一滴でも致死量です〉


 周りの木がどんどん溶かされていく。あっちじゃ酸性雨とかあるけどこれは毒性雨って言ったところだ。これで一滴でも浴びれば致死量って、あの蜘蛛の方がよっぽどアサシンに向いてるんじゃないか!?


 完全な意思を持って何発も毒玉を空へ撃ち出す蜘蛛。広範囲の雨とか避けられるはずもない。どうにか出来るスキルがないか確認するもそんな都合のいいものは無い。


 嫌だ!嫌だ嫌だ!このままむざむざとお陀仏なんてしたくない。何も具体策は思いつかないけど、とにかく何かをする他ない。一か八か、手持ちスキルの中で一番効果がありそうな【祓魔】のスキルを半ばヤケクソ気味に自分自身に向けて展開させてみる。


「お?おぉ?」


 木が溶け、遮へい物が無くなり、雨が容赦なく体を打って来る……けど死んではいない。服はもう絶賛溶けていってるが、体に対する影響は感じられない。


 これは中和出来ている……?よぉし!付け焼刃がまさか上手くいった。取りあえず一難を回避!


 でも。そんな生きている俺をしっかりと感知しているせいか、蜘蛛は仕留めるまで止めないと言わんばかりに絶え間なく毒性雨を降らし続ける。


 もう土砂降りのように紫色の雨が体を打つ。これって徐々に毒が浸透して死ぬとかないよな?だとしたら一難は全く去っていないぞ!?


《スキル【ヴェノムフォーム】を得ました。スキル【対毒耐性】【呪印】が統合されました。【隠者】の効果によりアクティベートされます》

《スキル【迦楼羅】を得ました。スキル【祓魔】が統合されました。【隠者】の効果によりアクティベートされます》


 まさかここに来ての新スキル?悠長に構えてはいられないけど取りあえず中身を確認。


〈スキル【ヴェノムフォーム】:一定量の致死毒を一定時間受ける事で獲得可能。自在に致死毒を生成する事ができ、自身に対するあらゆる毒効果を無効にする。魔力付与をする事で腐毒魔法に変換することが出来る〉

〈スキル【迦楼羅】:多大な魔力攻撃を一定時間中和もしくは相殺し続ける事で獲得可能。このスキルを発動している間、自身に対する外部からのスキル及び魔力の効力を0にする。0にした魔は自身の練力へと変換する事が出来る。

スキルタイム/60秒〉


 獲得条件を見ると正攻法では絶対に取れないものの気がするけど、でもスキルそのものとしては良くないかこれ?


 【ヴェノムフォーム】でもうあの蜘蛛の毒攻撃は効かなくなったっていう事だし、自在に致死毒を生成できるっていうのも悪くない。ただ【対毒耐性】を持ってるあの蜘蛛にこっちの毒攻撃が効くのかなんてのは疑問だけど……。


 それよりも魅力はこっちの【迦楼羅】の方だ。統合されたところを見ると【祓魔】の上位版って感じがするけど、スキルと魔力攻撃を無効に出来るだけじゃなくそれを自分の練力に変える事が出来るなんて……今の俺に持って来いのスキルじゃん!これは運が向いて来たのか!?


 とにかく。まだ降り注ぐ雨の中、早速【迦楼羅】を発動してみる。毒の雨を全身に浴びて。浴びて。浴びて。浴びる……紫色の液体が纏わりつくのは気持ち悪いけど、効果は如実に現れた。


 魔力の通っている雨という事もあって見る見るうちに練力がMAXまで回復した。これはファインプレーだ!


 そんな感動の余韻に浸る前にふとスキル欄にあるスキルタイムの変動に気付く。最初60秒あったそれは今は45秒までカウントダウンされていた。


 それを見て、スキルタイムの意味を理解し一旦発動を止める。どうやら発動できるのは合計で60秒って事みたいだ。どれだけのインターバルがあるのか分からないけど、まだこれから何があるか分からない状況でバカみたいに時間を減らすのはダメだ。せっかくのスキル。上手くやりくりしなければ。


 そう思ったのも束の間、足元で不穏に動く影に気付く。よく見るとそこには背中に棘の生えたサッカーボール大の蜘蛛が俺に体を向けて静態していた。良からぬ予感が頭を横切ったその瞬間、その蜘蛛は急激に膨張して勢いよく破裂した。


「ぬおっ!?」


 破裂と同時に飛び散る棘が丁度服が溶けて露わになった素肌を掠める。運よく体に直接刺さりはしなかったものの、ミニ蜘蛛の突如としての襲来に驚きと動揺は隠せないでいた。


ハッとして辺りを見回すと、今のと同じような動く影があちらこちらにあった。


〈ニトロ・タラテクト:スキル【蜘蛛の子】で産出された小型の蜘蛛。蜘蛛自体に意志はなく近くの生体反応を追尾して自爆する。自爆した際に飛び散る棘には致死毒がある〉


 バリエーションに富み過ぎだろ!上から下からどんだけ攻めて来るんだよ!?雨のせいで極致感覚が不完全でこのミニ蜘蛛の存在に気付かなかった……。今見回しただけでも30匹近くはいる。


 掠めた棘には致死毒があるってあったけど、多分【ヴェノムフォーム】のおかげでその影響は受けていない。新スキル様様だ。とはいえ、破裂で飛んで来るあの棘の殺傷力は馬鹿にならない。この数で集中砲火なんて食らったらあっという間に穴ぼこコースだ……。


 【隠形】を使えばもしかしたらコイツらをやり過ごせるかもしれないけど、でもその間に親玉の蜘蛛がこっちに来るのは目に見えているから、動きが制限される【隠形】は使えない。


くそっ!なんで俺がこんな目に!!


 ぶつけようのない怒りと不満と無力感が一気に込み上げる。そんな俺の気持ちなど露知らず、辺りを蠢くミニ蜘蛛が俺の存在に反応して集まって来る。


これは、万事休す……。


「こっちッス!」


 声と共に腕を引かれると、突如として出現した光が乱反射しているかのようにキラキラと光るテント大のドームの中に引き込まれた。


掴まれた腕の先を見ると、そこには慌てた顔のルルメアがいた。


「か、間一髪ってとこッスかね……?ひとまずこの中【プリズム・プロテクション】にいれば大丈夫ッスから」

「……」

「仄さん?」

「遅いっっっ!」

「えぇ!?」

「間一髪って、俺からしたらもう何度目かも分からない間一髪だわ!ピンチに颯爽と登場なんていらないからもっと早く来いよ!!」

「えぇー!?なんで怒られてんスか!?なんか理不尽ッスぅぅぅ!!」


 ぶつけようのない感情をここぞとばかりにぶつけてみる。八つ当たりの一つや二つ、いや文字通り八つしたとしても足りないくらい俺のフラストレーションは満タンなんだ。


 好感の全くない態度と言い方かもしれないけど、現在進行形で生命の危機に陥っている事について、俺には一切の非はないのだから純粋な言い分だと思ってほしい。理不尽と叫びたいのはむしろこっちの方だ。


「結構頑張って術式組んだのに……」

「おい。もうミニ蜘蛛がそこらに集まって来てるけど、これ大丈夫なのか?」

「聞いてないんスね……。えーっと、とりあえず心配は無用ッス」


 ルルメアの言葉などよそに、射程範囲に入ったミニ蜘蛛が次々と破裂していく。飛び散る棘はまるで散弾銃のようにドームを襲うが、キンッキンッという小気味いい金属音を発しながら向かい来る棘が弾かれている。


「おぉ」

「どうッスか!これがドライアドの防御結界の力ッスよ!今回は急ごしらえだったんでこの大きさになってしまったッスけど、展開させてれば森全体にも張れる自慢の一品ッスよ!」

「……いや、こんなのあるなら先に言えよ。蜘蛛が俺の所に来たって時に言えよ。バカ正直に逃げて酷い目に遭ったじゃねぇか」

「いやそれは仄さんが聞く気もなく行っちゃうからじゃ……」

「なんだと。俺がバカだと言いたいのか?ビビりでチキンでへっぴり腰の腑抜け野郎ともでも言いたいのか?」

「いや、そんな事微塵も思ってないし言ってもいないッスけど!?」

「そんな顔をしていた」

「言いがかりッスよ……」

「まぁそんなのは別にいいんだけど」

「え!?今の時間は!?」

「こんな悠長にしてる場合じゃないんだよ。早いとこ何か手を打たなきゃ……って、あ」

「あ」


 ルルメアと二人、ドームの中で素っ頓狂な声をあげて上を見上げる。そこにはすでにドームに向かって刃のようになっている前足を振りかざしている大蜘蛛の姿があった。


ガンッ!!!ガンッ!!!ガンッ!!!


 中でけたたましく音が反響するほどの威力でドームを攻撃する大蜘蛛。これがアミューズメントの3Dとかだったら大迫力で感心しているかもしれないけど、リアルで間近に見るその巨体はどう脳内変換しようとも身の毛もよだつ姿以外の感想は浮かんでこなかった。


ガリガリガリガリガリガリガリガリ!

ガンッ!!!ガンッ!!!ガンッ!!!


金属を引っ掻く不快な音も足され一層体に強張りが増す。


「これはヤバくないか……?」

「これはヤバいッスね……」

「このままやられ続けると壊されたりする?」

「それは大丈夫だと思います。自分で言うのもあれっスけど、この結界は並大抵の力じゃビクともしないッス」

「じゃあこれは、どれくらい発動させ続けられるものなん?」

「自分で解除するか意識が飛ばない限りはいけるッスね」

「寝るのもNG?」

「そうッスね」

「……」

「……」

「よし。なら1週間はこの中でやり過ごせるとして」

「言うと思った!言うと思ったッスけど、1週間!?どんだけ不眠を強いるつもりなんスか!?」

「ほら。ドライアドってあれだろ。寝なくても大丈夫なんだろ?」

「すんごい偏見ッス……!!寝なくて大丈夫なわけないッスよ?むしろ人間と同じ感覚で寝るッスよ!?」

「おい。それでもドライアドか!」

「その偏見やめてください……!!絶対ドライアドのこと知らないッスよね!?」

「じゃあどうすんだよ?完全に袋の鼠だぞ?」

「どうするもこうするも……どうしましょっか……?」

「森の盟主とか肩書きあるんだから、コイツ黙らせる力とか何かないのか!?」

「それは無理ッスよ。盟主は管理が仕事ッスから基本自分から介入とかしないですし、そもそもこのゾディアにまともに通用する力とか極少数と言っていいッスよ」

「マジかよ。コイツ弱点とかないの?」

「火属性には強くないのはあるッスけど、【魔法緩和】があるんで高火力の火属性魔法を撃ち込んでも大きなダメージが与えられるかどうか……。そもそも今わたしらに火を使える手段が無いんスけど……」

「どうしろってんだよ……」

〈あーあーテステス。聞こえてるー?〉

「は?」

〈あ、繋がった繋がった〉

「天智……じゃない?」

〈どうもー篠崎 仄くん。そちらの具合はどうかな?〉

「……あんたの声も含めて具合は最悪だな」

〈ふむ。元気そうってことでいいかな?〉

「いいわけないだろ!」

〈ほら元気だ。じゃあ時間もないし用件だけ伝えるから〉

「あ!?」

〈君のアフターケアをしないとちょっと上がうるさくてね。いやはや。まさかこんな事になってるとは驚きだよー。まぁそういう事でこっちに余ってるスキルを適当に……じゃなかった、厳選して見繕ったからどれか一つ選んでどうにか頑張ってね〉

「10:0でお前が悪いんだからもっとケアしろよ!あと今適当にって言いかけたろ!?」

〈はいよろしくね〉

「ちょっと待て!おい!?」

「ほ、仄さん?」

「………………アノアフロゼッタイコロス」

「ど、どうしたんスか……?なんか顔も言動も怖いッス……」


 引き気味のルルメアなど関係なくこっちは心が廃れる。なんだアイツのあの歯牙にもかけない感じは?それにアイツ絶対に「適当に」って言ったぞ?なんだ?片手間か?こっちはこんなだけの目に遭ってるのに?


解せない!あー解せない!!どう見積もっても解せんわぁぁぁ!!!


「キルユーアフロ……!!!」


 ボソリと出たその言葉と俺の空気感にルルメアは完全に引いてるみたいだけど、もう知ったこっちゃない。今の俺にさっきまでの委縮するような感情はなくなった。むしろ今は何でもいいから何かに当たり散らしたい感情でいっぱいだ。


ガリガリガリガリガリガリガリガリ!ガンッ!!!ガンッ!!!ガンッ!!! 


 うるせぇ……。こっちは酷く苛立ってるのに耳障りな音をバカみたいに響かせ続けやがって……。さっきまでは恐怖そのものでしかなかったけど、なんかもう腹立ってきたな。蜘蛛にもあのアフロにも!


「やったる……殺ってやるよ。天智、スキル見せろ」

〈了解しました。管理者エルシオより転送されてきたスキルを表示します。

スキル【火達磨】【不倶戴天】【爆裂殺法】【狂気乱舞】【死屍累々】

この中から一つを選択出来ます〉

「ホントに適当に選んだだろあのアフロ!もういい。フィーリングで決めてやる……これだ」


《スキル【不倶戴天】を獲得しました。。【隠者】の効果によりアクティベートされます》


早速効果を見る。


〈スキル【不倶戴天】:アサシン専用スキル。スキルクローズがされている時のみ発動可能。現状のレベル値をリセットすることでそのリセット分に応じたリミットブレイクを得る。逆境値〔上限リミット5〕の高さに応じてリミット+も付与される〉


 よし。よく分からないが発動してやる。丁度蜘蛛のせいでそのスキルクローズの状態だし、もう破れかぶれだ。


〈スキル【不倶戴天】発動。レベル98分でリミットブレイクします。逆境値4をリミット+します。ステータスが以下のようになります。

膂力/リミットブレイク980000 リミット+40000

速力/リミットブレイク980000 リミット+40000

魔力/0

練力/980000:980000 リミット+40000〉


「しっかり八つ当たりしてやる」


指をパキポキ鳴らし、足元にある石を掴んで、振りかぶって……投げるっ!!!


「えぇー!?なななななにしてんスかぁ!?」


 放たれた石はドームを突き破って、衝撃音と共に蜘蛛の腹の部分をそのまま突き抜ける。威力に耐えれなかったドームはガラスが割れるように散開し、蜘蛛は断末魔のような奇声を上げている。


「お前も!アフロも!何もしてない!俺に!身勝手に!被害を!こうむるな!この!!」


アサシンらしからぬ肉弾戦。でも知ったこっちゃない。


 素人が繰り出す何の作法も無いパンチやキックだが、その一撃一撃で蜘蛛に致命的大ダメージを与えられている。


 【打撃緩衝】など完全無視で陥没していく身体。吹き飛ぶ八つ足。さっきまで化け物だったそいつを一方的にボコる。


 チラッと横目で見えた顔面蒼白のルルメアも放置してそのままボコり続け、やがて蜘蛛の外形を失ったそいつは完全に動かぬ塊となった。


〈固体ゾディア・マーベルタラテクトの生体反応が消えました。ゾディア・マーベルタラテクトの討伐に成功しました〉


天智の平坦な声も耳に障る。


「はぁ……はぁ……スッキリしねぇーーーーーーーーー!!!!!!」


 優越感も何も無い。倒したなんてことに安堵感も出ない。ただただ、行き場のないフラストレーションを発散させるかのように声を張り上げて叫ぶ俺がいた。

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