1-4 食えぬ森

 あれから2週間。アフロ暗殺計画を実現させるべく日夜力の鍛錬を……そんなにしてはいない。

 

 やる気もといる気は萎えていないしヤツの寝首を掻く気は満々なんだが、今すぐにそれを実行って事になっていない。不満はあるし、苛立ちはしてるし、はらわただって煮え滾ったりしてるけど、目標の実現に対しては確実性がほしい。報復の原動力は負の感情だとは思うけど、それに従ってただ無鉄砲に動くのは絶対リスクが高いと踏んでいる。ならばセーフティーにでも達成率を高めていきたいのが今の俺の指針なのだ。

 

 でも。そんな悠長に腰を据えて生活が出来るような環境じゃないのが現実ってことで、指針がありつつもまずはこの森で生き抜くという事が何よりも急務な事を否が応にも悟ることになった。

 

 そんなんで不本意ながらもこなしてきた森ライフではあるが、不本意は不本意のまま変わらずして憮然と今に至る。

 

 前提の話をすれば、真正のインドア人間と豪語できるくらいの俺にアウトドアに関してのノウハウなんか持ち合わせていない。てか『いろはのい』すら無い。これは水泳選手に陸で泳げと言っているようなそれくらいの無謀レベル。そんな状態で1ヵ月もやってこれたとは……自分でも驚いている。

 

 そもそもルルメアの奴がもっと有能だったらこんなことにはなってなかった気がする。経緯は別として俺を保護する役目を負ったというからには、この世界での適性レベル最下限の俺の要望はある程度通してもらわなきゃ困る。それなのにアイツときたら、こっちの要望に対してほとんど難色を示す始末。

 

 『3食娯楽付きで適度にパワーアップ出来る環境が徒歩5分圏内にあって、安全かつ快適な居住場所の提供』ってぐらいドンと叶えてほしいもんだ。

 

 結局、半泣き状態のアイツに連れて来られたのが今の場所。アイツいわくこの森の中心部に位置する所らしく、管理者としても一番力を反映させやすい場所との事。

 

 森の中に不格好に積み上げて作られた祠。これが今の俺の居住スペース。広さは4畳ほどで高さは俺の身長の半分くらい。つまり立てはしない。これをルルメアが提供して来た。こんなのは欠陥物件で間違いないのだけれども、ここの唯一の利点は地場の力をフル活用したルルメアの結界が張ってあること。外界からのあらゆる感知を遮断するから、見えないし聞こえないし嗅ぎ付けられない。温度調節もされてるから暑くもないし寒くもない。これだけは管理者としての面目を躍如されている。そう、これだけな。

 

 結果としてそれ以外は、立場的に直接の介入が出来ないとヤツからの支援も融資も無い。立場があると言えるほど立派な風格は無いんだけどな。

 

 そんなんで衣食住の住は0.1つ星。衣はもちろん着のみ着のまましかないから0つ星。そして栄えある食は断トツのマイナス5つ星。皮肉を込めておめでとうと言ってやろう。

 

 とにかくこの森には食い物が無い。いや正確に言うとが無い。立地上、果実はそこかしこに生っているがとにかく味が過剰。苦いのは苦過ぎるし、酸っぱいのは酸っぱ過ぎるし、甘いのは甘過ぎる。どれも我慢をしても食ないレベルという悲劇。じゃあ肉なら?スキルの特性で言えば狩りには向いている方だ。実際成功もしてる。ただ、その肉を調理する術が無い。火を焚くにも祠から出てやらないと行けないから見つかってヤバイのに襲われたらアウトだし、同じ理由で干し肉なんかも祠内で作れないから外に放置すれば臭いでヤバイのを呼び寄せるからアウト。

 

 結果的に俺が食べれるのは天智に安全性を受理された山菜ならぬ森菜のみ。つまり、この1ヵ月は強制ベジタリアンを強いられてたという事だ。これがホントの草食男子ってか?マジでやかましいわ。

 

 当然だけど草しか食ってないから体の肉は落ちた。計画に向けてパワーアップをと思ってるのに真反対にパワーダウンをしてる。【隠者】があるから如実にそれが枷になってるわけではないんだけど、個人的にガリガリのヒョロヒョロにはなりたくない思いはある。チクショウ……肉を、タンパク質を摂りたい。

 

 とは言え。元々筋トレとかダルいって思う質だから別に激しく困ってる訳じゃない。どちらかと言うとこの1ヵ月はスキルとかの方を着手してきた。狩りもその一環。


ここまでの俺の主要な戦歴はと言うと、


《○俺 VS ×ウサギ(マーベルラビット) 【20分44秒 呪印】》

《以下同文 【14分25秒 呪印】》

《以下同文 【8分47秒 投擲】》

《以下同文 【6分33秒 投擲】》

《以下同文 【3分ジャスト 手刀》

……


 ウサギしかやってねぇじゃねぇか、などと分かってない口を聞くような奴がいたら是非この森に引きずり込んでやりたい。たかがウサギ。されどウサギ。この森のウサギはウサギであってウサギじゃない。

 

 フォルムや大きさはあのウサギではあるが、額に一角が生えていて後ろ足が異様に発達している。必殺技は突進。凶器とも言えるその一角を相手に目がけてロケットのように跳躍して来る。その威力は木1本ならへし折れるくらい。この森の生物は小動物でさえおかしい。

 

 そんなんで、初見の俺も「ウサギじゃん」と高を括ってガッツリと対峙したら危うく殺されかけた。天智の声かけでギリ躱したけど、そのままだったら顔面に風穴が開くところだった。そんなんでVSウサギの初戦は完全な鬼ごっこ。とにかく逃げる俺。跳んでくるウサギ。まさかウサギに追われ殺されそうになる日なんてのが俺の人生にあるとは思わなかった。

 

 多少複雑な気持ちになりつつも、アサシン状態になれない俺は天智にウサギからの攻撃のタイミング計ってもらって何とか回避をし続けた。気を抜けば死。ウサギに殺されたなんてなったらマジで目も当てられない。死に物狂いでウサギを避け続けた結果、最後にフラストレーションが溜まって思いっ切り跳んで来たウサギが俺が躱した先の木にそのまま突き刺さった。どうやら今までの中では一番丈夫な木に当たったらしく、角を突き立てたままジタバタ暴れていた。

 

 ギャグのようなその展開にアホらしさは感じたが、予期せぬチャンスを逃す事はなくウサギの視界に入らないように気を付けてあっけなく呪印で決着をつけた。

 

 それからというもの、この森ではどんな生物だとしてもエンカウントしちゃいけないと学習した。見付かった瞬間に絶体絶命という不遇過ぎる自分の状況にムシャクシャもしたけど、同じ轍を踏まないように敵に見付からない術をひたすら考えた。

 

 結果、導き出した答えは"常に先手を取る事"。見付かった時点で何の力も使えないという、とにかく使い勝手の悪いアサシンではそれしか思い付かなかった。

ホント、ピンチになったら終わりってどういう事だよって思う。そんな絶えないフラストレーションに苛まれながら、狭い祠の中で先手を取る術と方法を模索して新たにスキルを獲得することに成功した。

 

いくつか増えたけど今有効的に使ってるのがこの3つ。


【極致感覚】

:超感覚の上位スキル。使用者の知覚及び感知を極致レベルまで引き上げる。

【万里眼】

:千里眼の上位スキル。距離に関係なく指定した座標まで視界を飛ばすことが出来る。

【隠形】

:相手に認知・感知されなくなる〈発動条件:動作停止〉


これらを習得してからこの森での立ち回りが大分マシになった。

 

 【極致感覚】は細微な空気の流れやほんの僅かの気配ですら感じ取る。これで不慮のエンカウントや不意の奇襲なんかを未然に防ぐ事が出来るようになった。要は最高品質の人間アンテナみたいなものだ。

 

 【万里眼】は文字通り万里もの距離まで視界を飛ばせる。飛ばす距離によって練力の消費が大きくなるのが欠点だけど、基本は祠という安全地帯から周辺の動向を探るのに使っている。撮影用ドローンなんかを操作してる感じかもしれない。

 

 【隠形】は完全に保険スキル。使っている間はどんなに鼻の良い獣でも超音波とかを使うコウモリでも熱感知で出来る蛇とかでもこっちに気付くことは出来ない。完全に相手から存在が認知されなくなる。でも使っている間は体のどこも1ミリとて動かせない。唯一呼吸だけは大丈夫だったが瞬きですら発動が解けてしまう代物。そうおいそれと使えるスキルではないけど、万が一には俺のライフラインになりえる。

 

 どれも【隠者】の力で取得と同時に即時アクティベートの最大Lv.。この森に来て初めての手応えだった。けど、充足感とか満足感とか安心感といった感情は一切湧き起こらんかった。この森で確かなものなんて無い。いや、この世界に確かなものなんて無い。この疑心と不信が逆に今の俺を支えてると言ってもいいかもしれない。スキルだって俺の力っていうか勝手に与えられたものだから本来はそれすら信用はしてはいない。死なない為に仕方なくって感じのモチベーションだ。

 

 そんなんだから、この力でバシバシと強敵に挑もうという気がさらさら起きなかったもんで、結果ピンチになりはしたけど大物なんかよりなんとかなりそうなウサギを狙ってコツコツやって来たというわけだ。

 

 案外やれば習熟はしていくもので、ウサギの仕留め方も段々と効率よくスピーディーにはなった。最近は素手で仕留められる。

 

そんな派手さも特に無かったこの1ヵ月の成果はこんな感じ。


《名:篠崎 仄 Lv.98

種族:人

ジョブ【アサシン】

称号【隠者】

膂力/322(補正:9926)

速力/488(補正:10092)

魔力/0

練力/140:150

特記事項:魔力欠落

スキル:【立体機動】Lv.10 【祓魔】Lv.10 【呪印】Lv.10 【縮地】Lv.10 【極致感覚】Lv.10 【ノイズキャンセラー】Lv.10 【極致感覚】Lv.10 【万里眼】Lv.10 【隠形】Lv.10 【暗殺拳】Lv.10 【無香】Lv.10 【投擲術】Lv.10 【対毒耐性】Lv.10 【情動抑制】Lv.10》


 手応えも実感も全くなかったのにこのレベルの上がりよう。ほぼほぼウサギしか倒してないのに前のレベルから2倍も跳ね上がった。ウサギを倒すごとに上昇、ウサギを倒すごとに上昇……もう引いたよね正直。この世界のレベルアップの基準は知らんけど、上がり方に整合性を感じられなかったから途中から詐欺なんじゃないかと思ったぐらいだ。レベルアップ詐欺なんてあってもしょうがないとは思うけど。

 

 レベルの上がり方について天智からの説明によると、高レベルモンスターを倒せば経験値はそれに比例して大きくなるっていう単純明快な回答。つまり、ウサギなのに高レベルモンスターだったというわけだ。後で調べてみたけど、ウサギはどれも40~50レベル程のモンスターだった。

 

 あの身なりでコウモリと同等。もう、この森の規格外さのせいで溜め息が止まらない……。

 

 早い所こんな森からおさらばしないといけない。絶対、前途ある多感な青少年が長期間居ていい場所じゃないからな。ちゃんとこの森の外に町があるのは確認済みだ。【万里眼】。これを手に入れていの一番にやった事は森の外を確認すること。その時の俺にとって外部情報を得ることは人間の三大欲求よりも満たしたいものと言っても過言じゃなかった。それによって、祠を中心として12時と6時の方向にそれぞれ町があることが判明した。

 

 それを見た時はさすがに昂った。けど、一応確認の為にと【万里眼】で上からこの森の全体像を目の当たりにした時にその昂りは驚くほど静まり返った。

 

 前は木の上から水平に見てたけど、上から俯瞰で全容を見ると思ってた以上にこの森は広大だった。この広さの中を規格外の化け物と対峙する可能性を秘めながら自力移動して行くなんて、命なんかいくつあっても足りないとしか言えなかった。

 

 でも諦めはしてない。妥協なんてのもあり得ない。身勝手な不遇なんてクソ食らえなんだ。どうにかして森の外へ辿り着ける方法はないか最近はそればかり考えてる。


「た、た、た、大変ッス!!!」

「……うるさいな」


 突拍子もなくルルメアが祠に飛び込んで来た。人がこれからの行く末を憂いて考えを巡らせてるのに、ただでさえ狭い内部をさらに狭くして水を差してくるコイツの気が知れん。


「ここでの唯一と言っていい俺のプライベートに横やりを入れてくるとは、いい度胸じゃないか」

「そんなことより大変なんス!!」

「そんなことよりって言ったな?よし。お前のその髪の毛なのか葉っぱなのか分からない頭のそれをむしり取ってやる」

「ちょ、ちょお!?ちょっと待って!ホントにちょっと待ってくださいッス……!失言、失言でした!ごめんなさいです……!だから話を聞いてほしいッス……!!」

「……なんだよ?」

「【スキルイーター】ッス!!」

「【スキルイーター】?なにそれ?」

「【スキルイーター】がこっちに来てるんッスよ……!!」

「だぁからその【スキルイーター】ってなに……」


 身の毛もよだつとはまさにこの事かと思った。全身を舐めるなんてものじゃなく、全身を掻き毟ってくるかのような不快すぎる感覚。

 

 まだ姿も形も見えないそれは気のせいでも何でもなく、【極致感覚】でハッキリとその存在を認識している。そしてそれは、確実に、着実にこっちを目指して近付いて来ていた。


「ふざんけなよオイ。今度はなんだよ!?」

「ふへっ!?ちょ、置いてかないで下さいッスー!」


 ほぼ文句と同時に祠を出て、背面に聞こえるルルメアの嘆願を聞き流しつつすぐさま逃走を図る。追手のスピードは一定だがやたらと早い。こんな森の中でも隠者で補正のかかった俺の速度に追い付いて来ている。

 

 なんだ?なんだこれは?何が追って来ているんだ!?途中で方向を変えたり蛇行してみたりしてるんだけど、進行方向は常に俺の方を向いて来ている。間違いなく俺がターゲットにされてるっぽい。


「クソッ……ハァ、ハァ……何なんだよ、ハァ……マジで」


 引き離せない。むしろ縮められて来ている。補正のかかった状態での身体はちょっとやそっとじゃ疲弊はしない。ただ、内臓機能はまた別のようで身体への補正とそこまで比例はしていないのが最近分かった。多少は底上げされてるっぽいけどそれでも並みの陸上選手程度みたいで、まさにこうしている今の俺の心肺機能はもう結構キツイ所まできている。

 

 これ以上は距離を稼げない。酸素が行き渡らなくて思考も危うくなってる。一か八か【隠形】を使えばもしかすると撒けるかもしれないけど、こんな息を切らしている状態じゃ発動すらままならない。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ヤベェ……」


 自然と足が止まった瞬間、この辺一帯を支配するかのような恐怖と畏怖に体が震撼した。

 

 【極致感覚】で捉えているその恐怖の権化から死角になるように木の裏に身を寄せて、死に物狂いで息を殺してその物体を確認した。

 

 そこには、俺がこの世界に来て強烈に死を間近に感じさせられた悍ましい黒い塊が、まるで絶望そのものかと遺伝子に刷り込ませてくるかのようにその存在を露わにしていた。

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