1-3 勧誘はお断り
柄にもなく、沈みかけてる夕陽を眺めながらどうしたもんかなと途方に暮れてる。その発端は鬱蒼として薄暗かった森が、気のせいでは流せないくらいにさらに暗くなり始たから。
昼も夜もあまり関係ないくらいの薄暗さだと思っていたけど、想像に反して日没が加速する辺りの様子を見て「これは陽が届かなくなったらヤバいんじゃね?」と焦燥感に駆られた。
そこからすぐに思い立って周囲を見渡す為【立体機動】を使って木のてっぺんまで駆け上がったけど、そこからは地平線なんて存在しないんじゃないかってくらいの森がどこまでも続いていた。
にわかには信じてなかったけど、東京23区の2倍の広さっていう眉唾物だった情報は伊達ではなかったみたいだ。
事実というのは時として残酷だと思う。写真でもタイムラインでも今や盛りに盛って情報発信をする時代でこうもあっさり夢も希望もない事実を叩き付けられちゃ、現代っ子はものの見事にヤル気を失くすぞ。ほら。現に俺がそうだし。
俺の人生において木の上で途方に暮れる日が来るとは思わなかったな。いや全く。
「なぁ。夜のこの森って、ぶっちゃけどうなん?」
〈深淵の森の生態系として、夜が深まり闇が濃くなるほど凶悪なハイランクのモンスターが出現すると推測します〉
「熊とかコウモリとかよりも?」
〈はい。熊とかコウモリよりもです〉
「そんな森で俺はこれからどうしたらいいと思うかな?」
〈先ほどの戦闘で体力の消耗があります。スキル使用に不可欠な練力の回復も含めどこかで休養を取ることを提案します〉
「なるほど。じゃあその休養出来る場所へ案内してもらおうか」
〈探知可能範囲の上限まで調べましたがいずれもモンスターの索敵に掛かると思われる為、休養に適正な場所は検出できませんでした〉
ほら。途方に暮れるしかないだろ?元の世界でだってヤバイ動物の大体は夜行性なんだし、こんな異常な森だったらヤバさのレベルなんて元の世界とは比較にならないほど段違いだろうさ。あーだろうさ!
「腹も減った。喉も乾いた。疲れて眠い。あ~……体は正直に主張してるよ。そもそも森なんだから、なんか木の実とか食べ物くらいないのか?」
〈すぐ横の枝に"ポップル"という実が生えています〉
「お?これか?」
〈それは尋常ではないほどの渋みを要しているので食べないでください〉
「食えねぇのかよォォォ!!!」
つい声を張り上げて手にしたそれを遠くへブン投げてしまった。食えないなら紹介するなよ!無駄に期待しちまったじゃねぇか!こんな小ボケいらないんだよ。ホントマジで。
「クソ……お前に姿があったら一発殴ってやりたい」
〈暴力は反対です〉
「痛そうだから俺も嫌だよ。そういう感情を突くなって言いたいんだよ」
〈善処します〉
「マジでしろよ?ハァーーー……今のでホント疲れた……あーーーゆっくりと休みてぇ」
「ふふふ。聞いたッスよ?お困りッスね?」
「あ?」
天智ではない声が聞こえた。ついに幻聴が聞こえ始めたのかと思い後ろを振り向くと、そこには見知らぬ女が木の上で腕組をしながら我が物顔でこっちを見て立っていた。幻聴のみならず、ついに幻覚まで見え始めたのかもしれない……。
女は日本人ではない西洋的な顔立ちに見慣れない色の頭髪をしている。その色は全体的に緑ではあるが典型的な緑でははない。色彩のボキャブラリーなんてないからこれを何緑というのか分からないけど、でも個人的には見た事ある緑色でもある。なんだっけなぁ……
「そうだ。メロンソーダの色だ」
「へ?めろんそーだ?な、なんスかそれ?」
「あぁこっちの話こっちの話。で、誰?」
「ふっふっふ。驚いちゃいけないッスよ?あたしは―」
〈固体名ドライアド:精霊族の上位に位置する木の精霊。精霊族の加護を受けている森に存在する。その森の盟約により盟主となって管理統括する役目を担う。その姿はおしとやかで気品に溢れる者が多い〉
「へー。ドライアドねぇ」
「な、なんで知ってんスか!?今さっきまで知らなそうな顔してたのに!」
「現に今知ったからね」
「なんでッスか!?」
おしとやか……?気品……?どこにもその要素が見当たらないし、こんな勢いにかまけたリアクションのヤツが何かの管理をするとか耳を疑う。しかもメロンソーダカラーだぞ?誤情報はやめてほしいな天智さんよ。
「あんた、ホントにそのドライアドっていうので合ってる?」
「なんで言い当てたのに怪しげなんスか!?合ってるッスよ?」
「ふーん。そうなのか。よく知らないから別にいいっちゃいいんだけど」
「なんか反応が寂しいッス!!」
「反応とか勝手に期待されても困るんだよ。で?俺に何か用でもあるの?」
「調子狂うッスね……」
おー。あっちの世界でも言われてた事をこっちでも言われるとは。どこ行ってもそれは変わらんのな。まぁ別にいいんだけど。
「コホン。じゃあ気を取り直して。お兄さん!何かお困り事があるッスね!?」
「……いや、無いよ」
「うえぇ!?なんで嘘つくんスか!?」
「嘘などついてないっすよ」
「いやいやいや!さっきそこでぼやいてたじゃないッスか!」
「聞き間違いとか勘違いじゃないかな」
「うえぇ~……なんでシラを切るんスかぁ~」
「俺って初対面は大体信用しないようにしてるから」
「それハッキリ言うんスね……。でも大丈夫ッス!怪しくなんてないッスから!」
「へぇー。じゃあ聞くけど、なんで俺がぼやいてたこと知ってんの?」
「え?それはすぐそこで聞いてたから」
「はいアウトー。盗み聞きアウトー。その時点で絡みがめんどくさそうなんでお断りします」
「うえぇーーー!?なんなんスかもうぉぉぉ!」
木の上にも関わらず器用に両手両膝を付いて項垂れている。あんまり女子が取るポーズじゃない気はするけど、特にそれに対する同情も慈愛もない。なんたってめんどくさい匂いしかしないから。
そういう時は男だろうが女だろうが子供であろうが目上であろうが関係はない。面倒は断捨離。これが一番だ。
「くっ……ここで挫けちゃだめッス……!ちゃんと話を聞いてもらわなければ……!!」
「いやいやもう大丈夫。俺なんかじゃなく他の人に聞いてもらって」
「それは無理ッス!これはお兄さんじゃなきゃダメなんでどうしても話を聞いてほしいんス!!」
「いやもう全然間に合ってるんで。どうしてもって言うなら後日聞くから」
「後日なんて絶対聞く気ないッスよね!?なんでそんなに頑ななんスかぁーーー!?」
若干目が潤んでいるように見えなくもないけどそこは気にしない。俺的には別に悪気もないし悪意もない。誰であろうと俺にとって相手の理由はそこまで重要じゃないからそもそも関係ないって思ってるだけの話。そういう性質だからしょうがない。
「ちょっと!まずはほんのちょっとでいいッスから!悪いようにはしませんから!!」
「なんか如何わしいな」
「なんにも如何わしくないッスよ……!!ホントに聞くだけ聞いてくださいッスよ~」
「うーん」
「ね?ね?ちょっとだけでも……!」
「んー……あっ!」
「え?」
意表を突くようにドライアドの背後を指さす。相手が愚直に後ろを振り向いた瞬間にその場からの離脱を開始した。
まさかこんな古典的な手に引っ掛かるとは思わなかったが、これ以上引き延ばされても不毛も不毛だし、このまま物理的に離れてしまおうと思う。
「なっ!?なぁぁぁぁぁぁぁ!?」
後ろから素っ頓狂な叫びが聞こえてくる。もうおしとやかさも気品も皆無だ。
「ちょっ、待つッス!!」
「うおっ」
全速力で逃げたからもう数百メートルは離れたはずなのに、進行上にある木から飛び出して来るようにドライアドが俺の進路を妨げた。
「木から出てきたぞオイ」
〈ドライアドは木の精霊です。木があれば自分の管理する領域内のどこへでも移動可能です〉
「ふっふっふ……木のある所にドライアド、ッス」
「ためにならない標語だな」
「騙すなんてひどいッス!」
「騙すなんて人聞きの悪い、あっ」
「え?」
まるでリプレイのように振り返る。まさか二度目にも掛かるとは。管理が仕事だって言ってるのに学習能力ないってどうなの?まぁ遠慮なくここは利用させてもらうけども。
今度はかなりピッチを速めて移動する。自分でも驚くぐらいのスピードで枝から枝を飛び移ってるんだけど、こんな忍者みたいな立ち回りが出来てる事に当然ながら違和感はある。こんな事が出来るようになった要因はこれ。
《名:篠崎 仄 Lv.45
種族:人
ジョブ【アサシン】
称号【隠者】
膂力/322(補正:2347)
速力/488(補正:2513)
魔力/0
練力/20:145
特記事項:魔力欠落
スキル:【立体機動】Lv.10 【祓魔】Lv.10 【呪印】Lv.10 【縮地】Lv.10 【極致感覚】Lv.10 【ノイズキャンセラー】Lv.10》
そう。コウモリを倒した後、軽快な音と共に俺のレベルが上がった。1レベルずつ鳴るもんだからめっちゃ五月蠅かったけども、そのレベルアップに比例してステータスも上がりスキルなんかも増えた。ただ、注目すべきはそこじゃなくてステータス横の補正ってやつの方。これはどうやら称号の効果らしい。俺が取った【隠者】はレベル分を2乗した数値を上乗せすると説明にあったけど、それがバッチリ稼働しているみたいだ。
それがあってステータスだけでもコウモリを優に超えていて、結果こんなびっくり人間状態になっている。
あっちではただの帰宅部だったのに……。なんかもう普通の帰宅部とは名乗れない。そうだな。今だったらスーパー帰宅部という呼称で呼ばれるかもしれないな。……やっぱりダサいから却下で。
「あれ?今思ったけど、さっきからアイツに俺の姿はバッチリ見られてるのにこの力使えてるんだけど、それって大丈夫なん?」
〈はい。森の盟主となったドライアドは固体ではなくその森そのものと同義になります。五感で認識ではなく領域として掌握していると言う方が正しいので、視覚認識としては処理されない為問題ありません〉
「あーそうなの」
正直言ってる意味よく分からなかったけど、結論問題がないってことらしいからそれでよしとしよう。
それにしても当ても無く勢い任せにただ奔走してるけど、これはこれで大丈夫だろうか?この森を勢い任せにって確実に遭難の道を辿ってるような気もするけど、そもそもこんな森に放り出された時点ですでに遭難だしそこはあんま変わらないか。
でも、このまま野宿とかは本気で困るな。アウトドアもサバイバルも俺の辞書には一切掲載されてないってのに。
「なんで逃げるんスかぁぁぁ!!!」
「どっからでも湧いて出るな」
「そんな虫みたいに言わないでほしいッス……!お願いですから話を聞いてくださいッス……!」
もう半べそだ。これだと俺がいじめっ子みたいに映るじゃないか……うん、別によし。知ったこっちゃないな。
それにしてもしつこい。こうも追い付かれるなら一旦下に降りてでも手段を変える他ないな。
「よし。ここは一発呪印で動きを封じるか……」
「な、なにしようとしてんスか!?ホント頼みます……!この通り頼みます……!!話を聞いてほしいッス……!!!」
この世界にその概念があるのか知らないけど、これは俺の知る土下座で間違いない。もう声すら涙声になって恥も外聞もなく地面に額を付けている。
ここまでする予想はしてなかったけど、なんでここまでしてくるのか今さらながら疑問にもなってくる。俺の中の天秤が疑問と億劫の二つで揺れ動いている。
「ハァ……。そこまでして聞いてほしい話ってなんだよ?」
「!!!。聞いてくれるッスか!?」
「もう聞くだけな」
「やっ……た……!」
「聞くって言ってるのになんでもうやり切った感出してるんだよ。気が変わらんうちに早く話せよ」
「あ、はいッス。実はお兄さんをわたしの管理下に置こうと思ってまして」
「はぁ?」
「あ!いや!管理下というかそれは便宜上で平たく言うと保護みたいな形って事ッス!だからそんな睨まないでほしいッス……!」
「保護ぉ……?」
「ちゃんと説明しますから穏便に……!えっと"森の盟約"はご存知ッスか?」
「そんなもんご存知ないに決まってるだろ」
「そうッスよね……。森の盟約っていうのドライアドが領地である森を管理する時に課せられるルールみたいなものッス。これは森の盟主となるドライアド全員がその盟約に則ってその森の管理をしていかなくちゃいけないもので、領域内における問題の対処や生態系のバランス調整、森に危険が及ぶ不穏分子の監視とか、とにかく色々ルールがあるんです」
「ふーん。それはお勤めご苦労さんな事だけど、今のところ俺別に関係なくね?」
「いや実はこれが本題なんスけど、お兄さんがこの森に来てから急にその"森の盟約"に追加事項が出来たんス」
「追加事項?」
「はいッス。今までこんな事なかったし、そもそもすでに課せられた盟約に追加事項が出て来るなんて聞いた事ないんスけど、実際にそんな事が起きてしまって……」
「その追加事項ってなんだよ?」
「"色白で琥珀色の眼をしたなんか冴えない男の生存が確認出来れば庇護せよ"っていうのッス」
イラッ。
この圧倒的な不快感で出来てる苛立ちはしっかりと覚えがある。忘れようにも忘れられないある意味今の俺の原動力。この感情の矛先は一つにしか向かない。
「お、お兄さん……?目付きが怖いッスよ……?」
「そうか?なら正常だ」
「ヒイィ……!」
一応和ませてやろうとスマイルを向けてやったのに、まるで鬼か悪魔でも見たかのような顔で怯えてやがる。失礼しちゃうぜ。なけなしの表情筋でやってやったのにこれじゃスマイル損だ。まぁ、あのアフロがチラつく時点で本当に笑えはしないんだけど。
なんだなんだ?"なんか冴えない男"?"生存が確認出来れば"?責任感どころか義務感さえ感じられない物言い。それだけで俺を適当にあしらい過ぎてるのがありありと分かる。
どこまでも俺を不当に扱いたいのかあのアフロは?
「……よし。やっぱりアフロを暗殺。これが一番の目標だな」
完全に俺のここでの方針は決まった。俺を蔑ろにしてる事をあのアフロに思い知らせてやる。具体的なプロセスはこれから練っていくとして、まず当面は……
「おい」
「はい!」
「俺を保護してくれるんだよな?」
「は、はい!そのつもりッス!」
「よーし。じゃあ今後についての相談、もとい条件の話をしようかぁ~」
「ヒイィ!え、笑顔が怖いッス……!!」
本日2度目のスマイルをドライアドに炸裂させつつ今後のプランを色々思い浮かべる。待ってろよアフロ。首とその頭をよく洗ってな。
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