1-2 ステータス設定

 あれから恐怖が吹っ切れるぐらい走って、息が絶え絶えになりながら一際大きい木の袂に辿り着いた。

 

 ちょうどその木の根っこの辺りに人一人入り込めそうな窪みがあって、今はそこに休息も兼ねて身を隠している。

 

 どえらい目に遭った。あんな怪物(熊)に追い回されるとか、怪物(蜘蛛)が怪物(熊)を捕食するリアルスプラッターを見るとか、どんなトラウマの詰め合わせだよ。多感な学生になんてことしやがるといった気分だ。

 

 なんちゅう悪夢……いや、覚めるのであればまだ悪夢で全然いい。でも、この心肺の痛さと疲労の気怠さは夢とは程遠い体感だ。ホント、なんなんだここは……。


〈疑問を受諾しました。ここ『エレストラレル』は人族を始めありとあらゆる種族が存在する世界になります。現在マスターがいるこの『深淵の森』はエレストラレルの中でも随一と言われる禁区になっており、その面積は東京23区の2倍の広さを誇ります。分布として、あらゆる猛者ですら撤退を余儀なくされるモンスターが蔓延る場所になっています〉


 情報が濃すぎて一切合切頭に入って来ない。ありとあらゆる種族?23区の2倍?モンスター?ダメだダメだ。やっぱり入って来ない。


〈承知いたしました。もう一度説明します。ここ『エレストラレル』は……〉

「待てぃ。おかわりはいらんわ」

〈左様ですか?〉

「今のは超絶にめんどくさそうな内容についての単純な現実逃避だっつの。察しろよ」

〈了解しました。データベースに書き記します〉

「そこまでせんでいい」


 余計な体力をツッコミなんか使ってしまった。言っとくが体力も気力も有限で消耗品だからな。よく覚えとけこの野郎。


〈データベースに加えます〉


 愚痴すら拾ってくんのかコイツ……。もういい。これ以上は絶対疲れるだけだから無駄に絡むのはやめよう。

 

 それよりも今はこの状況をどうにかしないといけない。なにせコイツの説明の通りだとすると、今いるここは相当ヤバイ所だ。

 

 あの熊とか蜘蛛とかそんな常識外れの人外がうじゃうじゃいるとか絶対気が狂うだろ。着の身着のままの完全無防備だぞ俺は?

 

 そんな幼気な俺を救う術を誰かよこせと声を大にして言いたい。実際は疲れるから心の声で言うけど。


〈要望ご尤もです。本来、転移者認証システムを経る事によりその方の適正に応じたステータスを付与するのが決まりなのですが、ある不手際によりマスターは正規ルートを通る事が出来ませんでした。よって今現在はこの世界の適応における事項は完全未設定となっています〉

「懇切丁寧に説明してくれやがってありがとさん。俺は"ある不手際"って部分に今世紀最大の不快感を覚えているぞ」

〈そのことに関して管理者エルシオより言伝を承っています〉

「言伝?どんな?」

〈『大変心苦しいが、なってしまったもんは致し方ない……という事で、ファイティン!』とのことです〉

「爆ぜろあのアフロ」


 すんなりと罵詈が出た。でもこれは正当過ぎる罵詈だ。100:0であっちが悪い。ゆえに爆ぜるのは当然の報いだあのアフロは。


〈そこで、今回のイレギュラーに対して特別措置システムが構築されています。これによりこの世界で生き抜く為のステータスを設定できます〉

「設定?それってどんなだよ?」

〈ではステータス設定に移行します〉


《種族を選んで下さい。【人族】【魚族】【蟲族】》


 目の前に現れたA4サイズのディスプレイに表示された文面に軽く殺意が芽生える。これは俺をおちょくってんのか?


〈弁明します。構築されたこの特別措置システムなのですが、急ごしらえで作られたのと、正規の認証システムと完全に分離させなければいけなかった為、緻密な設定内容が再現出来ませんでした。謹んでお詫び申し上げます〉

「にしたって絶対悪意あるだろこのラインナップ。こんなもん【人族】一択に決まってんだろ!」


《ジョブを選んで下さい。【暗殺者アサシン】【暴動者フーリガン】【変質者ストーカー】》


 なんだこの選択肢は。ジョブって職種ってことだろ?異世界とかだったら勇者とか魔法使いとかそういうんじゃないの?【暗殺者アサシン】【暴動者フーリガン】【変質者ストーカー】ってどれも日の目を見れないヤツじゃんか。

 

 こんな中から選べってもう何ハラだよこれ……。選ばないって選択があるならそうしたいけど、それをして只の篠崎でこの森を闊歩しようもんならさっきの二の舞は必至だってことも分かってはいる。選ばざるを得ないというクソみたいな現状。で、あるなら……


《ジョブを【暗殺者アサシン】に設定しました。ジョブ設定によるステータス認証・スキル認証を行います》


 なんか勝手にダウンロードみたいなのを始めたけど、実際にアサシンなんかにしてホントに大丈夫なんだろか。

 

 でも、フーリガンとかストーカーよりはマシだと思うし、そうであってほしいと願いたい。そして、ちゃんと使えるヤツならいの一番にあのアフロを暗殺してやる。

 

 それがこれを選んだ決め手でもあるし。普段めんどくさい事なんて真っ平ご免だが、目的の為だったら手段も労力も厭わない男だぞ俺は?首とアフロを洗って待ってやがれ。


《認証が完了しました。最後に称号を選んで下さい。【闇殺し】【隠者】【咎人】》


 だからなんで全部3つしか無いんだよ?その正規っていうのがどれだけ選べるか知らんけど絶対不公平だと思う。

 

 しかもこんなクリーンさの欠片も無い中から選べって、なんか悪徳商法に遭ってるみたいで不快感が半端ない。もうこれも消去法でマシなのをチョイスするしかない……。


《称号【隠者】を獲得しました。全ての設定が完了しました。

名:篠崎 仄Lv.1

種族:人

ジョブ【アサシン】

称号【隠者】

膂力/81

速力/122

魔力/0

練力/100:100

特記事項:魔力欠落

スキル:【立体機動】Lv.10 【祓魔】Lv.10 【呪印】Lv.10 【縮地】Lv.10》


 こっちがやきもきしている間に設定とやらが終わった。ディスプレイに項目が載っているけど、要点を掴めないのがちらほらある。何の気なしに【アサシン】の文字に触れてみた。


《【アサシン】:単騎ジョブの中で上位に位置する。必殺と暗躍に特化した特殊攻撃タイプ。ジョブの特性上、視覚認識をされている状態では力を発揮しない》


 触れたところがタップされて説明文が表示された。これだけ見たら最新端末なんかよりも逆に近未来的かもしれない。

 

 しかしそんなことはどうでもいい。気になるのは文面の方。特に最後らへん。

「視覚認識されている状態では力を発揮しない」ってなんだ?見られたらダメって事か?


〈ご明察です。もう少し補足すると、誰かの視界の範囲に少しでもマスターが居れば意図的に見られてなくてもアサシンの力は反映されなくなります〉

「見られたらって、それは人じゃなくても?」

〈視覚を持つ生体であればどれでもです〉


 ババを引いた気分だ。いや、そもそもババしかなかったんじゃないか?ここまでの仕打ちを考えて高望みはしていなかった。けど、人間誰しもついハードルは設定してしまうだろ?それでも限りなく低いハードルを自分の中で設定していたつもりだけどそれすら超えて来ないなんて、ここ最近の自分の中じゃナンバー1の失望感だわ。


憤りを感じつつ、溜め息混じりに【隠者】をタップしてみる。


《称号【隠者】:これを持つ者に次の効果を付与する。

①取得したスキルを即時アクティベートし最高練度での使用を可能とする。

②アサシンのステータスに対し本人レベルの2乗分の数値を上乗せする》


 パッと見はよく分からない。さっきと比べると変に悪い事は書いていないようにも見えるけど、度重なる愚行のせいで不信感が身体中に満ち満ち溢れている。

 

 信用問題はいつでもどこでもトラブルの元になるとデータベースに入れとけコノヤロー。


〈善処します〉

「なんでこれは善処なんだよ。お得意のデータベースに入れとけよ」

〈スキルによる感知を受けました。警告の方を優先します〉

「は?なんだって?」

〈ここからの退避を推奨します〉

「どうなってるかちゃんと説明しろよ!?」


 つい声を上げてしまった。それに反応したかのように、巨大な影が木の間をすり抜けて俺の目の前に現れた。

 

 空中に浮かぶそれを目を凝らして見ると、ハンググライダーと一瞬見間違えてしまうほどの大きさをしたコウモリがそこにいた。


「……」

〈すでにこちらの存在を捕捉されています。息を潜めても効果が極めて薄いことを進言します〉

「マジかよクソ……」


 あわよくばと思ったけど確かに無理そうだ。目が合ってる。ガッチリと。ホント何なんだこの森は……普通サイズの生き物が全然いねぇじゃねーか!


「キィキィキィ!」

「!?」


 金属が擦れたような鳴き声と共に、コウモリがはためかせていた羽をこっちに向かって動かす。

 

 嫌な予感がして咄嗟に窪みから飛び出すと、衝撃と共にその場所が勢いよく飛散した。


「……」

「キィキィキィ!!」

「ぬうおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 思考が一瞬止まったが瞬時に我に返り、脇目も振らずに逃走を決める。生まれてこの方こんな雄叫びを上げたことが無いけど、速力を求めれば求めるほど自分の意志に関係なくダダ漏れる。これはもう一種の防衛反応ということにしておきたい。


「キィ!キィ!」

「マジかよクソっ!」


 森であんだけの横幅があれば動きに制限があってもいいのに、そんなのお構いなしに自在に体を翻しながら木々を避け迫り来ている。

 

 こっちはと言うと、木々の中を走るっていう慣れない環境のせいでスタミナは急激に落ちてスピードも一向に上がらない。こういう時にこそスキルとか言うヤツの力の発揮所じゃないのか!?


〈現在敵対象に視覚認識されている為、ジョブ【アサシン】は使用できません〉


 うるせぇ!!!わかっとるわ!!!分かっているからこその皮肉だっつーの!そもそもこの世界に適応する為の力とか言ってなかったっけ?まるっきり適応出来てねぇじゃねーか!!!

 

 ……くそ。疲れるから普段怒ること前面に出しはしないのに俺は。ここに来てから俺らしくない事を剥き出しにされてる気がする。


〈警告。多大な練力変換を確認。完全回避不可と判断。可能な限りの防衛姿勢を取ってください〉

「キキィ!」


 一際大きく響く羽音と同時に辺りの木々が薙ぎ倒されていく。衝撃波というのか空気の塊みたいなものが放たれているようだった。


「……」


 俺は可能な限りの防衛姿勢を取って、薙ぎ倒された木々の隙間に運よく身を潜り込ませられた。

 

 咄嗟に言われたもんだから、防衛姿勢と言われて防災訓練の動きしか出て来なかった。身を低くし頭を庇う。そんな姿勢。

 

 倒れて来る木が直撃したらこんな姿勢なんの意味もないけど、今は結果オーライということにしとこう。あとはアイツが気付かず去ってくれれば尚結果オーライなんだが。


〈スキル【反響定位】の使用を確認。現在位置を捕捉されます〉

(……なんだそれ?なんでバレんだよ)

〈練力変換を確認。スキル【ソニックムーヴ】の狙いをこっちに定めています〉

(おいぃ!なんでそんな一発で見つけれるんだよ!?これ袋の鼠だぞ!?)

〈幸い、現在敵対象の視覚認識外になっているのでアサシンスキルの使用が可能になっています。スキル【縮地】の使用を進言します〉

(いきなりそんなん言われても使い方なんて分からん……いや。分かるな、なぜか)

〈敵対象の攻撃が来ます〉

(~~~なるようになれっ!)


 後方から衝撃音が鳴り響く。思い切って使ったスキルは一先ず無事に使えた。今は数十メートル離れた木の後ろにいる。

 

 今使ったのは距離感を短縮するスキルみたいで、感覚としては本当に一瞬で移動をしたような感じだ。それを使い慣れた感覚で使えた。そのことについては身に覚えが無くてなんか気持ち悪い。


〈称号【隠者】の能力でスキルは全てアクティベートされています。それによりスキル使用への抵抗感はない状態になっています〉

「まぁ今はなんでもいいや。この隙に全力で逃げる」

〈撤退は難しいことを進言します〉

「は?なんでだよ?」

〈固体名マーベルバットのスキル【反響定位】は超音波を使う事でかなり遠隔からでも効力があると断定します。スキルを使用されればある程度の位置は捕捉されると思います〉

「じゃあどうしろと……?」

〈ここで敵を倒す事の方が得策と推察します〉

「あれを?俺が?倒す?……無理」


無理な要因は二点。


 一つは、その倒す手段っていうのが今の俺にはおそらくこの【呪印】っていうのしかないって事。これは相手に触れなきゃ意味がないもののようだから、その反響定位とかある敵に気付かれず接近するなんて事が無理ゲー。見付かった時点で力が使えなくなるんだからわざわざ死にに行くようなもんだ。

 そして二つ目。気乗りしない。ただ単純に。これが一番要因でデカい。


「ちなみにアイツのステータスとかって見れないの?」

〈可能です。鑑定します。

 固体名:マーベルバット Lv.75

 種別:魔族

 膂力/811

 速力/746

 魔力/440

 錬力/320:500

 スキル/【反響定位】Lv.6 【超音波】Lv.5 【ソニックムーヴ】Lv.5 【吸血】Lv.6 【飛行補正】Lv.4〉


 バカじゃないのか?見て明らかにレベルも数値も俺のと差が開き過ぎだろ。

練力っていうのがなんか減っているみたいだけど、これは思うにスキルを使えば消費されるものっぽいな。とはいえ、まだ全然余力がありそうだと考えると持久戦なんかも出来やしない。まぁそんなめんどくさい方法は一番選ばないけども。


「この【縮地】使いまくれば逃げ切れない?」

〈スキルは等しく練力を使用します。【縮地】の練力消費はおよそ10なのであと9回の使用しか出来ません〉

「さっきの場所からここまで目一杯の移動して大体20メートルくらい……ってことは頑張っても180メートルしか離れられないってことかよ?」

〈相違ないかと思います〉


 結局逃げる事すら叶わないとかもう最悪過ぎだ。もう考えるのを放棄したい……。


〈【反響定位】が使用されました。位置捕捉されています〉


 待ってもくれないのかよ。……あーもうめんどくさい。破れかぶれで思い付いたのをやってやる。


「キキィ!」


 甲高い鳴き声が近付いて来るのが聞こえる。一先ず【縮地】を使って移動。違う木の後ろに身を隠す。コウモリは俺が元いた位置にあの衝撃波の攻撃を繰り出している。俺はその様子を木の陰から窺う。


〈【反響定位】が使用されました〉


 再び接近してくるコウモリ。【縮地】で離れる俺。接近……【縮地】……接近……【縮地】。これをしばし繰り返す。

 

 5ラリーを終えた時点での俺の練度は40。対するコウモリは170。完全に時間の問題。でもそれが肝だ。次が勝負。


「キキィ!!!キキィ!!!」


コウモリの鳴き声に怒りに似た興奮がある。往生際の悪い事に痺れを切らしたか?


〈【反響定位】が使用されました〉


 ここだ。このタイミングでこっちは【祓魔】を発動。これは俺の指定したスキルか魔力を打ち消すスキル。これで位置バレを遮断する。


「キキィ!?キキィ!?」


 スキルが途絶えた事に流石に混乱をした様子。それを逃さない。【立体機動】で近くの木を駆け上がり、そのまま木を伝ってコウモリの頭上付近を位置取る。

 

 混乱が冷めないコウモリ目がけて一気に飛び降り、すでに発動していた【呪印】でコウモリの脳天を指突してやった。


「キィ!!!」


 コウモリはそれを当然気配取り俺の方を向く。この時点でもう力は使えない。まんじりとした状態で生唾を飲み込む。やったはいいが冷や汗も止まらない。


「キィィ!!!キィ!?ギギギギギギギギギギ……ギギギギ……ギギ……ギ……」


 突如として痙攣したかと思うと、コウモリは体の自由が効かなくなったかのように地面に堕ちそのまま悶え暴れる。少しずつその動きは緩慢になっていき、程なくして痙攣も止まってコウモリはその場で息絶えた。


「出たとこ勝負しちゃったけど、これって毒?」

〈神経毒です〉

「そんな物騒なもん使ったんか。ハァ……でもやってやった。やってやったぞ俺は!」


 達成感も優越感も何も無い。ただ生き抜いたっていう実感だけが体に満ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る