2-6 似たり寄ったりな心

 時計なんて無いから感覚でしかないけど、たぶん0時とか過ぎた辺りの深夜くらいの時間。


 目が覚めたとかじゃなく、ベッドに寝そべってから眠気はやって来ていない。つまりノン睡眠。


 疲れとかはあるけど、今日あったことが色々引っ掛かって変に頭が冴えてしまっている。


 そんなに物事に頓着する方ではないって思ってたが、これだけ自分にとって非日常的要素がふんだんにあったんじゃさすがに気持ちもざわつくって。


 街に戻って来てからの空気はたまらなく酷かった。まだ襲撃の余波でどぎまぎしている所に親父の訃報が流れ伝わって行った。ドタバタの中でまともに動ける住人達が次々と親父の所に集まって来て、それぞれの悲痛な感情でその場が埋め尽くされた。


 泣き、怒り、悔しさ。そんな負の連鎖が街に伝染していってたのかもしれない。ほんの1日2日しかいない俺らに実状なんて分かりっこないけど、親父はこの街の中心にいたんだろうなって事はそれで分かった。


 そのまま親父の亡骸は街の住人らの手によって手厚く埋葬された。その間、犬っ子はずっと涙と嗚咽が止まってなかったな。


 その場にいた住人らは感情が抑え切れんとばかりに殺気立っていたけど、どこにいるかも分からない敵を手当たり次第に探すのは得策じゃないと、冷静さを一度戻して家に戻って行った。


 犬っ子はその場から動こうとしなかったけど、ルルメアがどうにかこうにか説得して家に戻って来たという始末。


 戻ってからも犬っ子は一言も言葉を発さず部屋に引きこもり、ルルメアもそれに引きずられるように意気消沈して部屋に戻った。それから顔はまだ合わせていない。


 正直、俺が二人に何か声をかける理由はないと思ってるし、体裁だけの上っ面な慰めとかそんなのに俺は意味を見出せない。自分の処理は自分で出来た方が断然意義があるんじゃないかと思う。


 だから俺も柄にもなく考えを巡らせている。なんでこんなことになったのかって。特に犬っ子が襲われたあの時の事にどうにも拭えない違和感がある。そしてこの違和感はどうにも質が悪い気がしてしょうがない。


「ん?」


微かに物音がした。今のは多分ドアの開閉の音。


 窓から外を覗くと、街灯も無い月明りだけに照らされた道を走る犬っ子の背中が見えた。


 気持ちに耐えられなくなって外に飛び出したのか?いや、それにしちゃ街の外の方へ向かって行ってる気がする。


 夜の闇に消えていく犬っ子の姿を取りあえず【万里眼】で補足する。行方不明になったとかで監督不行き届きとか言われて街の住人らに糾弾されても嫌だし。


 見てると犬っ子はやっぱり門に向かって走っていた。目的も理由もさっぱりだが、このまま放っておくと後々めんどくさい事になりそうな気がしてならない。


「あーもうー」

 

 後の手間より今の手間を選んで犬っ子を追いかけることにする。幸いアサシンが使える状態だから、わざわざドアから出るのを省いて窓から直接外に出る。


 等間隔で並ぶ建物の屋根伝いに移動をしていく。闇夜にこんな移動の仕方をしてると変にアサシン感はある。特に意識をした訳じゃなく効率重視ってだけなんだけど。


 子どもと言えどもやっぱり狼の種族だけあって犬っ子の走りはそこそこ速い。それでもアサシン状態の俺の方が速かったらしく、門へ辿り着く前に犬っ子の姿を肉眼で捉えた。


屋根伝いにそのまま追い抜き、塞がるようにして犬っ子の前に着地をする。


「!?」

「どこ行く気だオイ」


 空から降って来た俺に分かり易く驚く犬っ子。見合う目もキョロキョロ動いて落ちつきはない。


「なんで……おにいちゃんが?」

「俺もこんな真夜中に補導をするとかなんでって思ってるわ」

「……どいて」

「こうまでして来てんだからどくはずないだろ」

「どいてよ……!!おれはいくんだ!!かたきをとるんだ!!」

「行くって、ゴブリンのとこにか?」

「……」

「俺が言うのもあれだけど、やめとけ。死ぬだけだぞ」

「……いくんだ。おれがいかなきゃいけないんだ」

「なんでよ?なんでお前が行かなきゃいけないんだよ?」

「……」


 俯き歯を食いしばる犬っ子。両拳も握り締め、力が入りに入って体が小刻みに震えてる。


「……俺はさ。自分の感情は自分で処理すりゃいいって思ってるから本当のところは首突っ込みたくないんだけど、俺も俺で自分で処理しときたい違和感があるんだわ」

「……」

「さっき敵討ちとかって言ってたけど、ホントにそれだけなのか?どうも俺にはお前がそれだけの感情で動いてるようには見えないんだよね」

「……」

「お前、なにそんなに追い込まれた顔してんだ?」

「……おにいちゃんにはかんけいない」

「そうだな。俺には関係ないな。じゃあ質問変えるわ。お前さ、俺らと最初に出くわしたあの時、そもそもなんでゴブリンなんかに追われてたん?」

「……!」

「2度目のゴブリンどもだって執拗にお前を狙ってたぞ?それも関係なくないのか?お前はがあるんじゃないのか?」

「……かんけい、ない」


 明らかに挙動が変わった。ここまで来たら白々しい気もするけど、追及はやめない。


「じゃあ、関係ないことで親父は死んだって事でいいんだな?」

「そ、そんなこと……ない」

「そんなことない?じゃあ親父はなんであーなったんだ?なんで俺らはあんな風に襲われたんだ?」

「そ、それは……」

「何もないのにお前は今から何かをしなきゃいけないのか?え?矛盾だろ?」

「……うぐっ……うぐっ……うぐっ……」

「ほら。心当たりがあるんだろ」


 漏れる嗚咽。この場面だけ切り取ると俺が虐待でもしてるかのようだけど、これはれっきとした対等な会話だ。必要なプロセスを得るのに子供も大人も関係ない。


「……お、おれの……せいなの……」

「なにが?」

「あそこに……たくさんのごぶ、りんがいて……それを……それをお、おれが、みちゃって……そしたらおいかけられて……!それで……それで……。おれが、あんなとろこまであそびにいかなかったら、とうちゃんは……とうちゃんはぁ……!」

「たくさんのゴブリンを見た?そのせいでお前が狙われて親父が巻き添えに遭ったってことか?」

「うああああああああああああああ……!うああああああああああああああ……!」

「はぁ。泣くなよ鬱陶しい。そうしたって何も解決にはならないんだよ」

「うっ……うぅ……」

「今の話じゃお前はゴブリン見た程度なんだろ?それでここまでの展開になるもんかなって思いはある」

「わ、わからないけど……たくさんのごぶりんでなにかをやってたのをみたんだ……」

「ゴブリンにとって見られたらマズイ事ってか?あるんかねそんなの」

「でも……あれからずっとおわれた……あれのせいだぜったい」

「根拠がないから何とも言えんけど、なんにしたってお前が出来ることなんて無いから大人しく家に戻れ」

「やだっ…!お、おれがかたきを……」

「自惚れんなって。お前のそれは敵討ちのモチベーションじゃない。自分のせいで親父を死なせてしまったっていう単なる懺悔だ。それでゴブリンのとこ行ったってそんなの自己満足でしかないんだよ」

「そ、そんなこと……ない」

「あるんだよ。もうホントにめんどいからこれ以上言わせるな。お前には何も出来ない。即刻帰れ」

「で、でも」

「俺も十分に被害こうむってるんだよ。街の奴らだってそうだろうな。それにつけてまだ俺らに迷惑をかけようっていうのか?大概にしろよ。これ以上言わせるな。か・え・れ」

「……!!」


 見下ろすように睨む俺を見て、打ちひしがれるように下を向く犬っ子。地面に涙を落としながら諦めたように振り返り、来た道を力なく戻っていく。


 そこからはこちらを一度も振り向くこともなく、犬っ子の姿は夜の闇に飲まれていった。


ホントに迷惑な話だ。巻き込まれるこっちの身にもなってほしい。


 まとわりつく罪悪感を少しでも剥がしたいが為の行動に大義なんてない。敵討ちなんかをしたところでそれを誰が正当に評価してくれんだ?少なくとも死んだ者がそれをしてくれるなんて事はない。どう足掻いたって自己満足。それ以上でもそれ以下でもない。


 それを犬っ子に教えてやった。わざわざその憎まれ役を買って出た……っていう気でいたいのに、一つだけ俺の中にしこりが残ってる。


「……天智。犬っ子が俺らと出くわした所の地図表示をくれ」

〈了解しました〉


 脳内に地図が展開される。赤く点滅している所が今俺が立っている地点で、青で示されてる所がその指定した座標ってことだろう。


その方角に体の向きを合わせ、そのままそこまで【万里眼】を飛ばす。


 月明かりしかない夜の草原は物静かな感じだ。そこを俯瞰で見るように【万里眼】の視点を上げていって上空から衛星のように辺りを眺める。


 俺らがゴブリンどもとドンパチした所から少し離れたとこに村のようなものが一つあった。暗がりではあるけど、遠巻きに見ても建物とかは廃れていて完全に廃村であることは分かる。


「あ?」


 廃村の中で動く影が月明りで照らされて見えた。よーく見るとそこにはゴブリンがいた。


 別にゴブリンがいること自体はなんら驚きはない。むしろこの辺にいると思ってこうして見ているんだから想定の範囲内だって言える。あの廃村を根城にしていたってなんら不思議じゃあない。


でも、想定内はそこまで。俺の想定以上にその村の中で動く影の数が多い。


「……ゴブリンだらけじゃねぇか」


 10、20の話じゃない。今目視出来てるだけで50以上のゴブリンがいる。しかも残存している建物から出入りしているから、もしかするとまだ数はいるかもしれない。


「なんだこのゴブリンの大量発生は?」

〈恐らく"ゴブリン・パレード"だと思われます〉

「"ゴブリン・パレード"?なんだそれ?」

〈ゴブリン・パレード:100を超えるゴブリンの集団が隊列を成して襲撃を繰り返すハザードクラスの現象。突如、特異発生するのが特徴〉

「パレード……?どこが?ゴブリンあんなのが練り歩くんだったらパレードじゃなくてまるで百鬼夜行じゃねぇか」

〈ゴブリンしかいないので一鬼夜行と言えます〉

「うるせぇよ。今そこの訂正はいらないんだよ」


 余計な一言を入れてくる天智に釘を刺し、再度【万里眼】で周辺を見渡す。村の中だけじゃなく、見張りのように外側をうろつくゴブリンもいる。


それを換算すると、やっぱり相当数のゴブリンが蔓延っているのは間違いない。


「蜘蛛の時にもあったけど、そのハザードランクってどれくらいがヤバイんだ?」

〈ハザードランクは全部でS/SS/SSSの3つがあり、この世界の理においての危険度を表します。ゾディアでランクSSS、ゴブリン・パレードでランクSになります〉

「なんか……ヤバイとしか思えないな」

〈ゴブリン・パレードに関しては、その規模から国の精鋭軍隊で対処にあたるレベルです〉

「完全にヤバイじゃねぇか」


 予想だにせずドでかい厄介事に遭遇した。ゴブリンどもはどれも武装していて、これから行動を起こそうというのは目に見えて明らかだ。国の軍隊で対処しなきゃいけないそれをこの街でどうにか出来るはずもない。


 即時退散。これが一番の策。街の奴らがどう出るかは知らないが、あれだけの数のゴブリンに挑んでいくのは無謀としか言えない。


 教えて街の奴らが迎え撃つとか言い出してもあとは知らない。危険を教えた義務を果たせばこっちは身の安全を確保するのに全力を尽くして逃げる……そう断固として思っているのに、心の奥にあるしこりが取れなくて俺の思考を揺らがせる。


俺の中にあるしこり。これは皮肉にも罪悪感かもしれない。


 なんでそんなもんが俺の中に居座っているのか。それは犬っ子襲撃にいたゴブリンを見たからに他ならない。


 俺はあの逃げたゴブリンに見覚えがある。正確にはゴブリンにじゃなくて持っていたあの石鎚に。間違いでなければあれは犬っ子と初めて会った時に対峙したゴブリンの1体だ。完全に忘れていたけど、俺はあの1体を気絶させただけで仕留め忘れている。


 気のせいであってほしいと思いつつも、奇しくも2回目のあの襲撃の時にいた石鎚のゴブリンのこめかみには傷跡があった。丁度俺が石を投げ込んだその位置に。


もう、考えはどこまでいったって結果論でしかない。


犬っ子がゴブリンに目を付けられたせいで親父も狙われたのかもしれない。


もしかしたら偶然ゴブリンと出くわして戦闘になっただけかもしれない。


でも、仕留め損なったゴブリンが報復に親父を殺したのかもしれない……。


 不明瞭な結果論であるならそんなのに気を病む必要はないはずなのに、その「もしかしたら」の中に俺の要素も入っているかもしれないと思うと、小骨が喉に刺さったような妙なモヤつきはある。


 そう。ニアミスで親父の死を招いたかもしれないっていう犬っ子の罪悪感との類似……それがどうにも悩ましい。


だから犬っ子にあー言った手前、変に気持ちの収拾が付けれないところでいる。


 別にそんな私情なんか容易く無視してもいいはずなのに、無視しようとすればするほどモヤモヤがこびり付いてきて離れない。


「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~くそったれ!」


胸に溜まるモヤモヤを吐き出すように唸った。気の重たさが邪魔で仕方ない。


その中で気持ちの置き所を探す。


「俺のせいだとは思わない。だから確認しに行くだけ」


 誰がいる訳でもないのに、なぜか言い聞かせるようなそんな言葉をポツリと漏らしながら、俺は夜が深まる街の外へ身を投げ出していった。

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