2-5 悲愴を食らう強襲

「ああああああああああああああ!!ああああああああああああああ!!ああああああああああああ!!」


 雄叫びにも似た声で泣き叫ぶ犬っ子。周りにいる者は誰一人として言葉を発せず、ただただそれを黙って見ている。


 一言で言えばむご過ぎる惨状だった。親父の体は首から上は原型を留めないほど潰されていて、身体中には裂傷、関節部分は至るところが折れている。右の手首から下はバッサリと斬られて無くなっていて、そこから夥しい量の血溜まりが出来ていた。


 外なのに血生臭い匂いが辺り一帯にこびりついていて、それがひどく鼻腔をつんざく。


 もう決して起きることのない親父の体を、犬っ子は泣き叫びながら必死に揺り動かす。それを見たルルメアが体を震わしながら泣きじゃくっている。


「な、なんで……なんでこんなヒドイこと……」

「ゴブリンだ……絶対ゴブリンどもがやったんだ……!!」


 犬っ子らを囲むように集まる住人達。店の時とは違って敵意を剥き出しにしたような顔で憤る蜥蜴の店主と、周りもそれに呼応するかのように拳を握り締めたり唇を噛んだりして憤ってるみたいだった。


「街での事といい、なんでゴブリンがあんなにいるんだ!クソッ!」

「ゴブリン自体は珍しくないが確かにあの数はおかしいよな」

「オレらを襲ってさらにバズさんをこんな目にして……どういうことなんだよ……」


 ゴブリンの襲撃は日頃からあるわけではないのか。そりゃそうか。あれば何らかの対策をしてるはずだし、俺らもはじめ街の住人でさえ混乱に陥ってたんだから今回の騒動が想定外だったんだろう。


 でもそうなると一つ疑問がある。なんで親父だけこんなにも熾烈に手を出されてるんだ?無差別な奇襲っていうなら街の住人達にもこういう被害があるはずだと思うんだけど、少なくとも街では命を取られるまでの被害ないみたいだ。


 親父がたまたま?いや、痛め付けられてる感じが偶然っていうには片付けられない歴然とした差がある気がする。


親父のは明らかに敵意と殺意が込められている。それは俺でも分かる事実だ。


「どちらにせよ、バズさんをこのままにしておけないから一先ず街へ運んで……ん?」


 そう言って蜥蜴の店主が親父の遺体に近付こうとした瞬間、すぐ近くの茂みが大きく揺れてそこから勢いよくゴブリンが飛び出して来た。完全な奇襲。短剣を持ったそのゴブリンは一直線に犬っ子に襲い掛かろうとする。


「危ない!!」


 間一髪、蜥蜴の店主が犬っ子とゴブリンの間に入ってその鱗を纏った腕でゴブリンの奇襲をどうにか逸らした。


 身構える蜥蜴の店主と他の住人達。そのままナイフ持ちのゴブリンを取り囲もうと動こうとした直後、違う茂みからもう1体ゴブリンが飛び出して来て、不意討ちで住人達の後頭部を殴打する。


「ぐあっ!?」


 反撃も出来ずに地に伏す住人達。それを嘲笑うかのように石鎚を持ったゴブリンが薄気味悪い高笑いをあげている。


 今この場には俺とルルメアと犬っ子を庇う蜥蜴の店主。そして左右にゴブリンが2体だ。


「なんだコイツらいきなり……まさかコイツらがバズさんをやったのか!?」


 警戒を強める蜥蜴の店主。現状で何も出来ない俺らは蜥蜴の店主の後ろに隠れるような位置に自然と移動する。


 この時点でこっちの圧倒的不利は否めない。まともに戦えない3人を蜥蜴の店主は庇わなきゃいけないんだから、どうしたって無事に済みそうな感じがしない。


 大義を抱く人間であれば勝ち目とか関係なく反撃の意志を見せるのかもしれないけど、俺はそんなのに美徳を感じるタイプじゃない。身を挺して挑んで返り討ちに遭うとか馬鹿げてるだろ?


ここはどうにか蜥蜴の店主に頑張ってもらいたい。


「「げげっ!げげっ!」」


 にじり寄って来る左右のゴブリン。どっちから来るのか、それとも同時に来るのか……それも分からない緊迫感が蜥蜴の店主の背中から如実に感じられる。


 先に動いたのは短剣持ちのゴブリン。小細工はなく蜥蜴の店主に勢いよく切りかかる。身構えていた蜥蜴の店主は右腕でそれを防ぐとカウンターのように左でゴブリンの顔面を狙う。寸でのところで短剣持ちはその拳を体を仰け反らせ躱す。


 それを見計らったように石鎚持ちのゴブリンが蜥蜴の店主じゃなく、一直線に犬っ子を狙って襲い掛かる。


「マジか!?」


 攻撃線上には俺とルルメアがいたけど、石鎚持ちはお構いなしにそのまま武器を振るって来る。それを黙って食らうわけもなく、犬っ子の首根っこを掴んでその攻撃を掻い潜る。ルルメアはどうにか自力で避けたみたいだ。


 今は最優先で自分の身を守りたいのに、選択肢としては良くないパターンの行きずりになってしまった。当然のごとく、石鎚持ちはこっちをロックオンし追撃をしてくる。


「ぐあっ!?」


 呻き声が聞こえたかと思うと、蜥蜴の店主が肩口を刺されその場に倒れ込むのが見えてしまった。


 おいおい!?そっちはどうにかしてくれる流れじゃなかったのかよ!?何あっさりと戦線離脱してくれちゃってんだよ!


 俺の焦燥する気持ちとは裏腹に、案の定短剣持ちもこっちにターゲットを切り替えて向かってくる。


 今確実に分かっているのは、コイツらの標的がこの犬っ子だって事。まだ息のある住人達には目もくれず、優先してターゲットを絞ってこっちを狙っている。


 なんでこんな犬っ子を執拗に襲うんだよ?ってそんな疑問はあるけれど、今はそれを吟味する余裕はない。


 よく考えたら、石鎚の攻撃を躱した時点で全力ダッシュでそこから離れればよかったのに、気後れして動けなかった。


 頼りの蜥蜴の店主もやられたという計算外もあって、見事に挟み撃ちになってしまっている。


「や、やめるッスーーー!!」


 タックルのように横っ飛びで短剣持ちの胴辺りにしがみ付くルルメア。決死の覚悟で阻止したつもりなのかもしれないが、どう見たって何か策があるようには見えない。


 てか、俺と命が繋がってること忘れてんじゃないかアイツ!?そのまま返り討ちに遭ったら俺は意味なく死ぬんだぞ?


「おい馬鹿!!離れろっ!!」

「げげ!!」

「ヒイィ……!!」


短剣を掲げるゴブリン。刃先はルルメアの背中を捉えてる。


 このままだとすんなりと殺される。こういう時に機転の一つでも利けばいいのに何一つ浮かばない。俺は頭も体も動かす前にルルメアに向かって口を動かしていた。


「何でもいいからなんかしろぉぉぉぉぉ!!!」

「なにかって何を!?」

「なんかだ!!!」

「えーっとえーっと……!あああああああああ、わっ!?」

「げ?」


 素っ頓狂な声と同時に、短剣持ちの眼前で空間が開く。どうやら慌てふためいた拍子にストレージを開いたっぽいけど、そこからずるりと落ち出て来る。


「ぐげっ!?!?」


 ゾディアの足がそのまま短剣持ちにのしかかる。そこそこの重量だからか、短剣持ちはそれを支え切れずに地面に倒れ込み自然と下敷き状態になった。


「げ!?げ!!!ぐが!!!がっ!がっ!!がっ!!!ぎぎゃーーーー!」


 悶え苦しみながらのた打ち回る短剣持ち。全身がみるみるうちに爛れ、暴れているせいもあるのか血管という血管が切れて大量に出血もしている。程なくして短剣持ちは力尽きたようにその場で動かなくなった。


「こ、これって、ゾディアの魔障ッスか……」

「おいおい……」

「げげ!!」


 完全に度肝を抜かれてた俺らの後ろから迫り来るもう一体のゴブリン。仲間の死などお構いなしにこっちの隙を突こうとしている。


「あーくそ……!!え~~~~~~~……そうだ!おいルルメア!!ゾディアの足それ一旦しまえ!!」

「え?」

「早くしろ!!」

「は、はいッス……!!」


 捲し立てる俺に驚きながらもルルメアが急いでストレージにゾディアの足をしまう。それと同時にルルメアの所へダッシュで詰め寄り、間髪入れずにルルメアの腕を引っ張って俺の前に立たせた。


「止まれ!!出すぞ!?」

「!!!」


 俺の一声にハッとしたかのようにゴブリンが急ブレーキをかける。そこからルルメアの正面にならないように動こうとするが、こっちもそれに合わせてルルメアの体を強引に動かす。


 それを2、3繰り返すと、さすがのゴブリンもたじろんで後ずさる。どうやら仲間の死はコイツにしっかりと焼き付いてくれてたようだ。


「ぎぎ……!」


 恨めしそうにこっちを睨んでいたが、これ以上は踏み込めないと悟ったのか踵を返してゴブリンは去って行った。


「ふぅ~~~~~。危機一髪だったわ」

「……ちょっと仄さん?」

「ん?なに?」

「……なにじゃなくて。これはどういうことッスか?」

「どういう事とは?」

「なんでわたしをこんな盾みたいにしてるんスか……!?」

「なんでって。これしか方法なかったろ」

「いやでもすんごい怖かったんスけど!?」

「だからこれしか手がなかったろって。結果を勝ち取ったことに拍手だろ」

「ぬぐぅぅぅ。納得しきれないッスぅぅぅ」


 両頬を膨らませ拳を震わせるルルメア。それが怒りなのか悔しさなのか怖さなのかは知らんけど、最悪の結果を免れたんだからそれでいいだろうに。全くもって困ったヤツだな。


「にしても。なんでゴブリンらは執拗に犬っ子を狙ってたんだ?おかげでこっちも危ない目に遭ったんだけど……おい犬っ子。お前なんか心当たりとかないのか?」

「……ひっぐ……ひっぐ……」

「おい」

「ちょっと仄さん!今は無理ッスよ!」

「うぅぅ……うぅぅ……うぅぅ……」

「……ダメか」

「そりゃそうッスよ。なんたってお父さんを亡くして自分も命を狙われたんスから……」


 親父の体にすり寄るように体を縮ませて泣きじゃくる犬っ子。俺だってその光景に痛々しさは感じている。


 でも。今のゴブリンとの一連で一つ気掛かりな事があったからどうにか確認したかったんだけど、こんな様子だとしばらく聞く事は出来無さそうかもしれない。


 なんにせよ、今ここで俺らに出来る事は何もない。一般論として、優しい言葉の一つでもかけてやって慰めてやるとか現を抜かす輩がいるやもしれんけど、俺から言わせれば「冗談じゃない」だ。


 何を想って相手に声を掛けてるか知らんけど、同情で救えるものなんてこの世に何一つないんんだよ。ホント、そんなの何の足しにもならない。


 救うのは俺じゃないし、そもそも救えるなんて思ってない。そんなおこがましさを持つぐらいなら理に適うことをやってた方が絶対にいい。


「はぁ。取りあえず街に戻るか。親父もあのままにはしておけないだろうし」

「そうッスね……」


理に適った俺は、倒れた住人達を起こして街に戻るための準備を整えた。

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