2-4 良かれと思われて
朝起きて一番に思ったことは、寝床の快適さはそのまんま身にも心にも影響するんだなという事だった。
人ってそれなりに順応出来てしまう生き物なのかもしれないが、その順応したものは本来自分にとって不必要なものだという事をつい忘れがちになる生き物でもある。
こっちの世界に来て初めてベッドで寝てよく眠れた俺は、限られた生活空間の中で最良じゃなく最善を探さなきゃならない、あの面倒さしかなかった森での生活がフラッシュバックされてしまって、今更ながら苛立ちと不快感が沸き上がってきている。
「お?どうした兄ちゃん。そんな仏頂面して。よく寝れなかったか?」
「よく寝れたからこそ沸き起こる感情があった事に俺もビックリだよ」
「そうなのか?まーよく分からねぇが、朝飯あるけど俺らと同じでいいかい?」
「……いや。昨日のあの肉が食いたい」
テーブルには造形が0点で見た目判断のし辛いパンらしきものとスープ、それに大皿に大量に盛られたソフトボール大の謎のサイコロ肉が置かれていた。パンもスープも味が未知数っていうのもあったけど、朝からあんな大きさの謎肉を食べるヘビィな食習慣は俺にはない。同じ肉のカテゴリーならあのジャーキーの方が食べやすくてそっちの方がむしろ食いたい。
親父は上機嫌に一笑いすると、謎肉に引けを取らない量のジャーキーを大皿に乗せて俺が座る席の前にそれを置いた。
「好きなだけ食ってくれ」
「いや、こんなにはいらないけど……」
量に絶句する俺を尻目に、すでにテーブルについていた犬っ子が謎肉を中心にアグレッシブにそれを口に運んでいる。
それを見てさらに胃が重くなるような錯覚に陥る。スプーンとかフォークとかの類は無く、手掴み直飲みで食を進める姿は野生そのままのようだ。
「親父。昨日の話だけど、頼むことにするわ」
「ん?そうか。疑いは解けたのか?」
「半々」
「ハッハ!そうか!そうすると、その徴収が来るのは明日なんだがそれまで兄ちゃん達はどうする?」
「別に何も決めてはいないし、特別何もしなくてもいいと思ってる」
「そうかい。街に興味があるなら息子に案内でもさせようかとも思ったが、ここでゆっくりするならこっちはそれでも全然構わんぞ」
「そうさせてもら」
「行きましょう街に!」
なぜか身支度万端のルルメアが、人の言葉を遮って部屋から勢いよく出てきた。率直に朝から鬱陶しい。
「起き抜けになんだよお前は」
「仄さん。ここまでバッタバタですっかり抜けてたんスけど、わたし達は大事なことを忘れてるッスよ」
「大事なこと?」
「資金ッス」
「資金?」
「そう。旅資金が無いんですよわたし達」
「え?ないの?」
「ないッス」
「これっぽっちも?」
「これっぽっちもッス」
「お前んとこの上司が俺らを飛ばす時に必要な物入れとくとか何とか言ってなかったか?そこに無いのかよ?」
「わたしもそう思ってストレージ(収納)を確認したんスけど、それらしいものはなかったんです……」
「なんで無いんだよ。金は絶対必要な物だろ」
「代わりに予想とは違う物が色々入ってまして……」
「なんだよ」
「素材がぎっしり入ってたんス。それも森の魔物達から採取したであろう物が……」
「……嫌がらせ?」
「ち、違うと思うッスよ……!多分これを換金でもして資金を工面しろとかそんなメッセージなんじゃないかと思うんス!」
「なんでそんな手間のかかる方法なんだよ……。いいよ。じゃあ行って来いよ。俺はここで留守番してるから」
「仄さんも来てください」
「は?なんでだよ」
「お願いします」
「嫌だよ。一人で行けよ」
「お願いですから一緒に来てくださいッス……!!」
「だからなんでだよ。一人で事足りるだろ絶対」
「無理ッス……!心細いッス……!換金なんてした事ないから物凄く不安で一人でなんて行けないんスよぉ……!」
床に手を付いて項垂れるルルメア。なんか同じような光景を見た事がある。これはコイツの代名詞かなんかなのか?
こんな残念感と悲壮感を漂わせるものを代名詞と呼んでいいのか分からんけども。
「なぁ兄ちゃん。俺が言うのもなんだが、ここまでされちゃ行ってやらんと後味が悪いんじゃないか?」
「いやー、別に悪くはならんかな」
「強情だな兄ちゃん……」
「強情なもんかよ。これでコイツが味をしめたら毎回これをしてくる事になるかもしれんだろ。線引きは一貫が大事なんだよ」
「お、鬼ッス……」
「そうだな。まさに心を鬼にした瞬間だな」
「……」
「よし。じゃあこうしよう。兄ちゃんには俺のオススメの美味い飯屋を教えるからそのついでに換金にも行くってことでどうだ?」
「どうだじゃねぇよ。そんなんで天秤釣り合わねぇって」
「まーそう言うなって。この街は安くて美味いものが多いんだぞ?あんなにウチの商品を美味そうに食ってた兄ちゃんなら気に入ると思うんだがな」
「……誰かのオススメほど信用出来ないものはないんだけど。俺の気持ちを揺らげるほどの自信があるのか親父?」
「おうともよ。不味かったら俺を殴ってくれも構わんぞ」
「殴っても俺にメリットはないんだけど……んーーーーーー。食に飢えてる部分はあるし、今回だけその話に乗ってやろう」
「バズさん……!!!」
「よかったな姉ちゃん。じゃあ金やるから息子も連れて行ってやってくれ」
「え?犬っ子も?」
「俺はこれから商品の材料を狩りに行かなきゃいけんのでな。それに物を換金できる店は息子も知ってるからそこまでの道案内も出来るぞ」
「それ、
「ハッハ!悪いな!じゃあ気を付けて行って来な。俺も日没までには戻るからな」
親父に上手いこと持ってかれた気がしつつも取りあえず街へ繰り出す。
早々に飯食ってついでの方は知らぬ顔でルルメアにブン投げしようかと考えてたけど、犬っ子の話じゃ換金所の方が近いらしく渋々そっちから行く事になった。
道中は威勢の良い声を四方八方から掛けられてすでに気分がげんなりしている。商人の街だからと言えばそうなのかもしれんけど、こっちのメンタリティーに関係なくガンガンと接客をしてくるその感じがとにかく鬱陶しい。向こうの世界にいた時も、良かれと思ってオーラを出して寄って来る店員とかが嫌いだった。
なので。もう外に出た事を後悔している。
「……まだ着かんの?」
「もうすこし」
「まだそんなに歩いてないんスけど、なんで仄さんはそんなにどんよりしてるんスか……?」
「お前には計り知れない葛藤があるんだよ」
「いや怖いッス怖いッス!目が据わって怖いッスよ……!」
「あとどれくらいなんだ犬っ子」
「もうちょっとでつくよ」
「イシオくんゴメンね。なんか仄さんが機嫌悪くって」
「ううん。だいじょうぶ。おにいちゃんはおもしろいやつだぞってとうちゃんいってたから、おれもおもしろいっておもう」
「嫌味か……?」
「違うッスよ!なんでそう捉えるんスかもう~」
「ついた。ここ」
親父の家とさして変わらない建物を指さして犬っ子がそこの扉を開ける。そのまま中に入って行く犬っ子の後に俺らも続くと、中には武器や鎧なんかが並べられていて、換金所というよりか武器屋と言うのがしっくりくるような場所だった。
「ん?おーイシオ。どうした?」
「おきゃくさんをつれてきた」
「客?おーこれはこれはいらっしゃい」
蜥蜴だ。人型のデカい蜥蜴がこっちを向いて語りかけてきてる。これも獣族とかっていうカテゴリーのヤツなのか……?天智サーチを作動させてみる。
〈対象はリザードマン。亜族の一種です〉
亜族とかっていうのもいるのか。なんか他にも何族とかありそうだけど、別に俺は探求心に溢れる人間ではないから今は知らなくてもいいかな。取りあえずこのデカい蜥蜴が店主ってことなんだろ。
「あ。えっと、換金してもらいたい物があるんスけど」
「換金?どんなのだい?」
「えーっと素材なんスけど換金できますか?」
「それは当然物によるね。ちょっと見せてもらえる?」
「じゃあストレージから一気に。こういうのなんスけど……」
「お?おぉ?おぉぉ!?」
ルルメアがカウンターのような台にどさどさと素材を出していくと、物が出る度に蜥蜴店主が声を上げてそれらを凝視してる。
「これはどれも珍しい素材だな!そんじょそこらじゃ手に入らないぞ?」
「そうなんスか?換金するとどれくらいになるッスかね?」
「そうだな。それぞれのランクによって違いはあるが、全部で金貨20枚、銀貨50枚でどうだい?」
「そんなになるんスか!?」
「え?それは凄いの?金貨とか銀貨とかって言われてもイマイチ価値がピンと来ないんだけど」
〈向こうの世界の価値に直すと、金貨1枚=5万、銀貨1枚=1万、銅貨1枚=1000円ほどのものになります〉
は!?じゃあ今のこれ150万で売れたってことかよ!?森の素材ヤバイな!そんなんだったらウサギの角とかめっちゃ取っとくんだったわ。マジで。
「おい。即換金だ」
「それはもちろんなんスけど、実はあと1つ素材がありまして。それも見てもらっていいッスか?」
「まだあるのかい?是非見せてくれ!」
「これなんスけど」
今度は向きを変えて店の床にストレージの入口を開くルルメア。その最後の1つを見て俺は思わずギョッとする。
ズルリとストレージから出てきたのは、見覚えのある禍々しいあの蜘蛛の足だった。
「おい。これって……」
「はい……。ゾディアの足ッス……」
「なんでこんな物まであるんだよ?」
「いや知らないッスよ!他のと一緒にストレージに入っててわたしもビックリしたんスから!」
「こ、これはなんか凄いな……。オレでもこの素材は見た事が無い。ちょっとじっくりと見させてもらって……ぐあ!?」
声を上げて尻もちをつく蜥蜴店主。何が起きたのかとそっちを見ると、蜘蛛の足に触った蜥蜴店主の手の平が火で炙られたかのように爛れていた。
「ど、どうしたんスか!?」
「ど、どうしたもこうしたも……これ、とてつもない魔障を纏ってるぞ」
「魔障……?」
「あぁ。滅多にないんだが、稀に宿主の魔力の残滓が素材に残っていることがあるんだよ。それでも大抵は害のあるほどじゃないんだが、これはちょっと他のとは違う。魔力の残滓が強過ぎて魔障レベルまでになってやがる」
「そ、そんなに……」
「これはウチでは扱えないな」
「そ、そうッスよね。まさかそこまで危険な物だなんて……。あの、手、ごめんなさいッス……」
「いやこれはしょうがない。他は換金するからそれは持って帰ってくれ」
明らかに目にも手にも余るそれをルルメアはそそくさとストレージに戻して、残りの素材だけをそのまま換金して店を出た。
結果的に資金の調達は出来たけど、今の一件でとてつもなく厄介な代物を所持している事が知れてしまった。
「どうしましょっか。このゾディアの素材」
「お前の管轄だからお前が責任を持って管理する事でもう解決だろ」
「 丸投げはダメッスよ……!わたしにだって手に余るッスよこれ!」
「丸投げっていうか、そのストレージとかっていうのを俺が使えないんだから、どっちにしたってお前が持ってるしかないだろ」
「持ってるだけでなんか怖いんスけど……」
「それかどっかその辺に捨てるでも俺的には別にいいけど」
「それはだめッスよ!あんな危険なものを無責任に放り投げられないッス!」
「じゃあ選択肢は1つしかないじゃん」
「うぅ……頭が痛いッス……」
言葉通りに頭を抱えて唸るルルメア。別に意地悪でも何でもなくて、それしか方法がないんだからこうなるのはしょうがない。まぁ仮に、俺にストレージが使えたとしても受け持つ気などさらさらないけど。
唸り続けるルルメアの事は気にせず、ついでの方の用事が終わったんで再び犬っ子案内のもと、親父が推してた飯屋へ行く。
場所は換金所からまた少し歩いた平屋みたいな建物。中には4人掛けの丸テーブルがたくさんあって、どことなく居酒屋みたいな雰囲気だった。
親父はそこの常連だったらしく、店員が犬っ子の顔を見るといつものメニューなるものを持ってきた。
テーブルに置かれたのはキノコが主体の麺物で、パスタでもなく焼きそばでもない判断に迷う一品。得体の知れないキノコにも躊躇がある。けど、見栄えに反して匂いは抜群に良かったんで思い切って口に運んでみた結果……中々に美味かった。
親父には合格をあげてやろうと思う。
「美味しかったッスね~」
「意外だったわ」
「よかった。それ、とうちゃんよろこぶとおもう」
「ふふ。バズさんとイシオくんは仲良いッスね」
「うん。なかよし。とうちゃんはじまんのとうちゃんなの」
「そうッスか~。あ~ほっこりするッスね仄さん」
「え?今のでほっこりとかするか?」
「仄さんって情緒をどっかに置いてきちゃったんスか……」
「失礼なヤツだな。俺は繊細なんだぞ」
「……そうッスねぇ」
「なんで諦めたような目をしてんだよ」
「し、してないッスよ。それよりせっかくですし、ちょっと他も見て回ってみません……」
「きゃーーーーーー!!!」
街に響き渡る悲鳴。聞こえ方からしてここよりかは離れた所からのものっぽいけど、只事じゃないであろうその声に周囲はざわざわし始めている。
「ほ、仄さん。悲鳴ッスよ……?」
「聞こえてたよ。よし。急いで帰ろう」
「帰るんスか!?なんか只事じゃないように聞こえたッスよ?」
「だから俺にもそう聞こえてるから帰るんだろうが。俺たちに出来る事は何にもない!」
「そ、そうかもしれないッスけど……。でも知らないフリっていうのもなんかもどかしくありません?」
「もどかしくない。人助け出来るようなスペックが無いだろって。早いとこ帰るのが一番……」
「ゴブリンだぁーーーー!!ゴブリンが襲って来たぞ!!!」
遠くからそんな言葉を叫びながら走って来る住人が血相を変えて辺りに伝えている。それを聞いてより一層ざわつきが増す。
その走って来る住人の背後をよーく目を凝らして見ると、遠近法で小さく見えるが何か影のようなものがぽつぽつと目に入った。
それはおそらく、現在進行形で注意喚起とされているゴブリン。5、6体ほどのゴブリンがこっちに向かって追走して来ている。
「おい!隠れるぞ!」
「へ?」
咄嗟に横の狭い路地に体を捻じ込む。犬っ子はすんなり入ったものの、ルルメアは胸のせいでつっかえている。面倒くさいから痛がるルルメアを無視して無理矢理こっちに引っ張り込む。
程なくして隙間の外からはいくつかの悲鳴が聞こえ始めた。
「な、なんでこんな所にゴブリンがいるんスか?」
「知るかよそんなもん。昨日といい、この辺はゴブリンがたくさんいるのか?」
「いなかったとおもう」
「じゃあ尚更分からん。こんな街中であれに対抗する術なんかないし、このままやり過ごすぞ」
色んな音と声が入り混じって聞こえる。大体は悲鳴。男も女も関係なくそれは飛び交っている。俺らは静かに息を殺して時が過ぎるのを待つ。
程なくして外からの音は鳴り止む。辺りに警戒しつつゆっくりと路地から体を出した。
「ひ、ひどいッスね……」
そこら中で怪我を負って倒れてる商人や客。めちゃくちゃにされた店。ものの数分で辺りはもう惨状と化していた。
「ぐっ……」
「大丈夫ッスか!?」
「あぁ。なんとか……」
「あんたはさっき叫んでこっちに来たヤツだよな?何がどうなってんだ?」
「オレにも分からない。急にゴブリン達が侵入して来て手当たり次第に襲撃し始めたんだ」
「よくある事なのか?」
「そんな訳ない。こんな事、ここでは初めてだ……!」
ここの住人でも事態の収拾が追い付いてない状況だとするならば、こっちはどうすることもなくお手上げだ。幸い、もうこの辺りにはゴブリンの姿が見当たらないが、またいつ襲って来るか分からない以上とにかく身の安全を確保することが最優先だ。早いとこ親父と合流しなければ。
「イシオ!!!いた!!見つけた!!」
「お。さっそく親父、じゃない……あんたは換金所の蜥蜴店主じゃんか」
「あんらもいたか……!それより大変なことになったんだ!来てくれ!!」
「来てくれって、こんなゴブリン騒動があって出歩けるわけないだろ」
「いいから早く!!バズが……バズが殺されたんだ……!!!」
「は?」
恐怖と驚愕と混乱が詰め込まれたような顔して訴える蜥蜴店主の言葉に、俺らの体は暗示でもかかってかのように固まった。
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