2-3 狼の素性

 詳細を簡潔に言っておくと、いま俺らは命の恩人として招待を受けて街まで引き連れられている。


 狼男もとい犬っ子の親父がお礼をしたいと俺らに願い出た。正直断りたい気持ちでいっぱいだったけど、狼っていう見た目と必殺鉈飛ばしの印象が怖くて断れなかった。


俺、このまま取って食われたりしないだろうか……。


「いやーホント感謝しかない!遊びに行くと言って出て行ったきり、息子が帰って来ないもんだから嫌な予感がしていたんだ。あんた達がいなかったらどうなってたことか」

「あー、たまたまですよ」

「それでも助けられたことには変わりない。ほら。お前もちゃんとお礼を言ったのか?」

「たすけてくれてありがとう」

「あー、お気になさらず」


 こういう圧のある善意に慣れてないから空返事になる。どうでもいいけどこの犬っ子は犬じゃなくてホントは狼だったんだな。狼っ子とか言いにくいからもう犬っ子で通そうと思ってるけど。


「それにしてもこんな所に人がいるっていうのも珍しいな。旅人とか何かかい?」

「まぁそんなもんです」

「それはご苦労なこったなぁ」

「ご苦労と言われればご苦労ですね」

「男女二人旅かい?」

「男女で括らなくてもいいんですけど、まぁそんなとこです」

「それも大変なこった」


どうやらルルメアを人間として認識しているっぽい。


 オフホワイトのワンピースのような服でそれは違和感ないだろうけど、ベルトのように腰に巻いてるヤツとか靴とか、あと装飾品なんかはまるっきり木の蔓で出来ている。俺的にはそれをお洒落で片付けず違和感を持つとは思うけど、それだけじゃドライアドっていうのは分からないもんなのかな。まぁ見た目は完全に人だしな。


 狼だし、匂いとかで分かったりしないもんなのかな?ドライアド臭みたいのがあるのかは知らんけど。


「ここらで言ったら、遠く向こうの方に禁区になってる森とオレらの街ぐらいしか目立った所がないからな。この〔アレフベート〕に人が来る事自体は別に珍しくもないんだが、こんな辺地にまで来る客人はなかなかに珍しいんだよ」

「へー。(アレフベートってなんだよ?)」

「(あぁ、仄さんはその辺詳しくはないッスよね。この大陸には3つの国があってそれぞれの領土で形を成してるんス。〔王国ユッド〕〔ダーレット帝国〕〔独立国家アレフベート〕の3つッス。あとはその領地に治まる形で小国や都市なんかがあります。それでここが主要3国の一つ、アレフベートの領地にあるってことッスね)」

「(そのアレフベートって国的に大丈夫なところなのか?)」

「(アレフベートは龍族・獣族・魔族が協定して作られた国で、勢力の強い他国との均衡を保つためにあえて中立国家を謳ってますから、3国の中じゃ一番穏健だと思うッスよ)」

「ん?どした?」

「あ、いや。なんでも」

「そうかそうか。もう少しで着くからな!」


 穏健……ね。国の成り立ち聞いたぐらいじゃなんの信用も出来ないけどな。正直まだ取って食われるんじゃないかって思ってるし。

 

 なんたって狼だぞ?牙も爪もエグイぐらいのサイズのが生えてんだぞ?どこに野生の本能が無いと言える保証がある?ない。そんなもんはない。かの赤い頭巾を被った少女のように無垢に信用など出来るか!


「さぁ着いたぞ。ここがオレらの街<アルソン>だ」


 道に常設されたドでかい石造りの門に辿り着く。狼の親父の後に続いてその石造りの門を潜ると、そこにはが眼前に飛び込んで来た。


 立ち並ぶ家々に出店の数々、そこらで賑わう住人達……ここまで草木や化物しか見ていなかった俺にとって、こっちの世界に来て初めて文明と呼べるものを目の当たりしている事に訳の分からない感動をしている。普段なら絶対に湧き上がって来ない感情だ。それだけあの森での生活は非日常的だった。


そんな自分でもよく説明出来ない感情だけど、取り合えず余韻に浸ってみる。


「ど、どうしたんスか仄さん?急に止まって」

「……俺もよく分かってないけど余韻を味わってる」

「ん?どうした?取りあえず我が家に案内するから付いて来てくれ」

「仄さん。行くって言ってるッスよ」

「チッ。空気の読めん連中だな」


 急かされた事に舌打ちをかましつつ街の中へ入って行く。出店が連なる道を歩くとここぞとばかりの接客でそこかしこから声をかけられる。


魚を売る猪。野菜を勧める鳥。肉を焼く兎。俺には軽くビックリ市に見える。

 

 その中を少し進んで、二階建ての一軒家の前で狼の親父が足を止めた。扉のところには読めないけど看板みたいなのもぶら下がってる。


「さぁ入ってくれ!ここが我が家だ!」


 圧の強さに押されて中へ入る。中には木で出来たイスとテーブルがあって、壁の方にタンスが一つ置かれているだけの簡素な感じだ。


「座って待っててくれ。すぐにもてなす用意をしてくる」


 そう言うと狼の親父は奥の部屋へ消えてった。部屋には俺とルルメアと犬っ子の三人。いや二人と一匹か?


 座ってろと言われたけど、ここで気を許して腰を下ろすのは抵抗がある。ルルメアは何も考えてない様子で一息ついてイスに座りやがった。なんとも緊張感のないヤツめ。


 そもそも他人の家でくつろげるっていう概念がおかしい。俺は無理だ。それにここは狼の家だぞ?もてなす用意とか言ってたがホントにそうなのかも疑わしいんだよ。俺らを食うための用意の方をしてるんじゃないか?


「あれ?座んないんスか?」

「座ったらそこで終わりだと思え」

「え?わたし座ってるスけど……?」

「お前には危機感が足りない。狼がそのまんま狼だったら俺たちは終わりなんだぞ?ペロリと行かれるんだぞ?」

「いやペロリとはいかれませんって。良い感じの方じゃないッスか」

「馬鹿野郎だなお前。狼は良い感じの皮を被ってるのが大体の相場なんだよ」

「考え過ぎだと思うんスけど……」

「ほい。お待ちどーさん」


 噂をすれば。狼の親父がテーブルの上に何かが山積みにされた大皿を豪快に乗せた。そこには浅黒い色の物体がこんもり盛り付けられている。


「な、なんだこれ……?」

「ウチの看板商品だ。遠慮なく食ってくれ」

「食う……?これを……?」

「おう。旨いぞ!」

「じゃあお言葉に甘えて一つ頂くッス」

「食うのかそれを!?」

「ん!?すごくおいしいッスねこれ!」

「だろ?ささ、兄ちゃんも食べてくれ」

「いや。俺はお言葉に甘えない主義でいこうと思うんで」

「遠慮するな。ほれっ」

「むぐっ!?」


 浅黒いスティック状のそれを見境なく口に突っ込まれた!やられた!口の中いっぱいにそれを頬張る形になってしまってる!こんなの…………ウマッ!?なにこれ?ウマッ!!芳醇な匂いに染み出るようなスパイシーな味。そしてしっかりとした歯ごたえのある肉感……ジャーキーだ。これはビーフジャーキーだ!俺の知ってるジャーキーよりパンチ力があるけどまさしくこれはビーフジャーキーだ!不覚にも今、咀嚼が止まらない。狼(犬科)がジャーキーを自主生産してることにも驚いてはいるけど、それ以上に肉を食べれているという事に体が無条件に反応している。あの森では強制ベジタリアン生活を強いられて俺にとって、この肉感と味は心から求めていたものだ。


つまり。これによって導き出される結論。それは。


「あんた。良い奴」

「お?そうか?そいつは良かった」

「……さっきと言ってる事が違くないッスか仄さん」

「食の偉大さは価値観を覆すんだよ」

「いや、よく分かんないッスけど……」


 白々とこっちを見るルルメアを無視して、欲してた味に神経を集中させていく。元の世界では食へのこだわりなんか微塵もなかったけど、今はこの味を堪能したいと本能が訴えているんだから仕方がない。


「人族じゃ俺らが作ったものに結構抵抗がある者も多いんだが、そんなに気に入ってもらえるとは何よりだ」

「これに抵抗する人間とか信じられんな」

「いや、ついさっきの仄さんはまさにそれだったッスよね……?」

「2度も言わすなよ。食は世界を変えるんだよ」

「さっきより規模大きくなってないッスすか!?いやまぁ、美味しいのは美味しいッスけど」


 俺があー言おうとこー言おうと誰かの人生を脅かすような事はないんだから、そういう事にいちいち引っ掛かるんじゃないよって思う。他人はどこまでも行っても他人なんだから、不毛な論点なんてその辺に捨てろ。


そんなんで一心不乱に食べ続け、至福のジャーキータイムが終わりを迎える。


「ハッハ!きれいに平らげたな」

「良い仕事だよ狼の親父さん」

「お、狼の親父っなんて失礼ッスよ!」

「呼び方なんて別にいいさ。でも確かにまだ名乗ってもいなかったな。オレはバズでこっちが息子のイシオだ」

「それはご丁寧にどうも」

「いや、どうもじゃなくてわたしらも名乗る流れじゃないッスか」

「え~……流れとか空気を押し付けんなよ」

「ご馳走にもなってるんスよ、もう……。えっとわたしはルルメアでこちらが仄さんッス。なんかすいません……」

「いいっていいって。こちとら息子を助けてくれたことに十分恩義を感じてんだから畏まらんでくれ」

「ほら見ろ」

「むむぅ……なんか腑に落ちないッス」


 口をへの字に曲げて不満げに俺を見てくるルルメア。向こうがいいと言ってんだから何を不満に思ってるのかが分からん。他人の顔色なんか窺ってたら負けなんだよ。


「そういやお前さん達はどこに向かって旅してんだ?」

「どこ?どこ目指してんだ俺らは?」

「どこと言われても……わたしも訳も分からないまま飛ばされちゃったんで完全に白紙状態ッスよ」

「おいマジか。お前の方で白紙だったら俺は紙すらないぞ」

「と、取りあえず情報収集ッスね。バズさん。ちなみにこの街に魔法や呪術といったものに精通している方とかっていませんか?」

「この街にか?それなりに扱えるような奴もいるとは思うが、ここは辺地の者が集まって出来た街だからなぁ。生業は商いが中心だぞ?」

「そうッスよねぇ……じゃあ情報集めるなら大きい所の方が良さそうッスね。確かアレフベートの中心都市は〔シシルシーア〕だったと思うんスけど、そこに行くのにここからだとどれくらいかかりますか?」

「〔シシルシーア〕か?ここからだと馬車引いても5日以上はかかるぞ?」

「5日!?結構かかるんスね……この街の最寄りの所まではどれくらいッスかね?」

「〔シシルシーア〕方面で言うと〔ラディック〕だな。徒歩で行ったとして1日とちょっとはかかるかもしれんな」

「んー……どうします、仄さん?」

「どうするかって聞かれると行きたくない」

「行きたくないの選択肢があるんスか!?」

「どうするって聞くからだろ。てか、馬車で行くだの徒歩でいくだの言ってるけど俺とお前でまともに行ける訳ないじゃん。あのゴブリン襲撃が答えじゃん」

「確かにあれはピンチだったッスけど……」

「あーいうのが無い安全な手段があるなら別だけど、自力で知らない土地を進むとないない。あり得ない」

「うぅ~。そりゃそうなんスけどぉ。でもそんな都合の良い手段なんて簡単に……」

「あるにはあるぞ。手段」

「「あるの!?」」

「ハッハ。面白い反応だなお前さん達は」

「そんなのはいいから。その手段ってなんだよ?」

「アレフベートって国は各都市や街に徴収令を出してんだ。徴収される物は金に限らずその都市や街で価値を付与された物なら種類は問わないんだが、そこに住まう者は義務として自分らの住区に物を納める決まりがあってな」

「いや。今は国の情勢を聞きたい訳じゃないんだよ親父」

「ここからが本題だ。その徴収は月に一回取り決められているんだが、その時に〔シシルシーア〕から運送用のワイバーンが来てそれを運ぶんだ。それを利用すれば空から一気に目的地に行けるかもしれないぞ?」

「ちょっと待ってくださいッス。確かにそれなら問題解決なんスけど、関係者でも何でもないわたしらがそこに乗れなくないッスか?」

「実はそのワイバーンの操舵士と俺は顔馴染みでな。話を付けてやる事ぐらいはできると思うぞ」

「本当ッスか!?それは物凄くありがたいッス!やったッスね仄さん!」

「それってどれくらいの信用度があるんだ?」

「仄さん!?」

「いやだって良くしてくれ過ぎだろ。実は親父が人身取引とかが本職だったら俺らそのまま出荷される可能性だってあるんだぞ?信用に足るには言葉だけじゃ世の中不十分なんだよ」


 ルルメアは口をあんぐりと開けて、今日一のどん引いた目で俺を見て来るがそんなのは別に関係ない。目に見えないものは絶対的に不確かなんだから鵜呑みになんて出来るはずないだろ。


 俺を穿ってるとか言う奴がいるかもしれないけど、俺からしたらリスクマネジメントも出来ないのに何かを信用する奴の方が気が知れない。心だの気持ちだの、そういう見てくれだけのものが俺の安全保障をしてくれるとは到底思えないんだよ。


「おい、兄ちゃん……」

「あわわわわわ……!ごめんなさいッス!ごめんなさいッス!もうホントに人なのかなって疑うレベルなんスけど仄さんはこういう人みたいなんです!代わりに謝ります!!」

「もっともな言い分だな!」

「へぇ!?」

「世の中色んなヤツがいるんだ。ちょっとやそっとで相手を信用するってのは確かに早計なこともあるかもしれんな」

「お、怒ってないんスかバズさん……?」

「怒らんさ。捉え方はどうであれ理に適っている部分はあるだろ?ならそれは悪意じゃなくて兄ちゃんの本分なんだろ」

「え、えぇーーーー……?」

「だから兄ちゃんは俺を信用しようとしてくれなくてもいいぞ。どれが自分に必要そうかで決めてくれ」

「自分で言っておいてなんだけど、あんたも相当珍しいタイプだな」

「そうか?見た目じゃ分からんだろ?ハッハ!」


気前よく豪快に笑い飛ばすとか、やっぱり珍しいタイプだと思う。


 俺も別に100%に疑ってかかっている訳じゃない。分別して俺が判断する為の材料集めの過程がそうだって話だ。さっきルルメアが俺の事を「人かどうかを疑う」とか言ってたが、好き好んで悪態をついているんじゃないって事はどっかのタイミングで心に刻ませてやろうと思う。


「さて。どちらにせよ徴収に来るのは明後日なんだが、それまでどうする?泊まる所とかも決めていないだろ?」

「一直線にここに来たから決めてる訳ないだろ」

「そうかそうか。ならウチに泊まってくか?部屋は余ってるぞ?」

「至れり尽くせりだな。信用探るのまた増えるぞ?」

「ハッハ!だろうな!まぁ俺は息子の恩人に振る舞いたいだけだからな。好きに決めてくれ」


 こんなに笑い飛ばされるとある意味調子が狂うなって思う。甘えるお言葉とは思っていないけど、ここは一食一飯を確保してもいいかなと思う自分がいた。

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