アサシンなんて割に合わない

結城あずる

プロローグ 始まりはアフロ

 唐突にひっくり返った視界と慌てふためいた誰かの声。その記憶はほんの少し前の出来事。いや、時間にして数秒前だったと思う。そのはずなのに、今の俺の眼前には見慣れた校舎の風景は何一つない。

 

 夢なのだろうか?それにしたって夢というにはあまりに彩りの無い真っ白な空間が広がっている。頬を抓るとか言う自傷行為はアホらしいからしないけど、床があって立つことは出来るしちゃんと地に足が着いている感覚があるから夢ではないんだろうなと思う。だとすると、いよいよこれは何なんだ?


「はいもしもし?え?あぁはい。そうなんですけど今それの対応をしてまして……」


 不覚にも驚いた。さっきまで何も無く、誰もいなかったはずの背後から急に男の声が聞こえた。

 

 振り返るとそこに、作業机に夥しい程の書類を山のように積み上げて慌ただしく電話対応をしているアフロヘアーの男がいた。


「はい。はい。早急に対処しますので。はい。はい。ではー」

「……」

「あ。篠崎 仄くんだよね?」

「……そうだけど」

「おぉー。その目、警戒心半端ないね。まぁいいや。えっと、単刀直入に言うと君はついさっき死んだんだけど」

「は?」

「えっとね実は、ってちょっとゴメン。はいもしもしー」


 俺が死んだとかいう突拍子もない発言を遮って男が電話に出る。なんなんだコイツ。ふざけるのはそのアフロだけにしとけよって思う。


「えぇ。えぇ。ご指摘の通りこっちの不手際なので迅速に処理致しますので。はい。ではどうもー」

「……」

「いやーゴメンね。でね。実を言うと、ってちょーっとゴメンね。はいもしもしー!?」


 状況を理解したいのとこのやり取りがめんどくさいのとを天秤にかけるとしたら、純然たる気持ちで後者になる。こう何度もアフロの電話対応を見せられても反応に困るだけだし。


「重々承知してます。今その件で対応中なんでまたかけ直しますので。はいどうもー」

「……」

「さっきからずっとこの調子でね。参ったよ」

「あぁそうっすか」

「そんな訳で早急に説明するんだけど、さっきも言った通り君は死んだんだよね。学校の階段から落ちて」

「はい?」

「ホントはねぇ。君のすぐ前にいた鈴木君が落ちてこっちに来る予定だったんだけど、まさかこんな手違いになるとは予想外だった」

「鈴木……?手違い……?」

「君、気配が無いのか影が薄いのか、こっちも鈴木くんのあんな近くに人がいるとは思わなかったよ。図らずも君を支えにして鈴木君は踏み止まってしまう始末。そして代わりに君が階段から落ちたという結果……だね」


 だね、じゃねぇ。確かに、誰かの迫り来る背中と胸の辺りを突いて押された記憶はある。つまり俺は鈴木に突き落とされたって事か?


「この過失で他所から猛抗議を食らっている最中でね。悪いんだけど君にはすぐに転移してもらわなくちゃいけない」

「は?転移?あんたさっきから何言ってんだ?」

「正規のルートは辿れないから私の独自ルートで送るから。準備も鈴木君用にしかしてなかったから急ごしらえのものでなんとかやってほしい。あとは向こうで説明聞いて。では以上」

「ちょっと待っ」


アフロが一拍手を鳴らした瞬間に目先が真っ暗になった。


 何も見えない。何も聞こえない。自分の身に起きている事態が丸っきり飲み込めなまま意識だけがどこかを通り抜けていく感覚だけある。

 

 その得体の知れない現状とあの鬱陶しいアフロに、俺は憤りを覚えずにはいられなかった。

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