冒頭、表面上は大きなことは何も起こっていないのですが、しかし、町と人々の様子から私たち読者はすぐさま感じ取ります、その水面下で巨大で禍々しい何かが蠢いていると。そして掴まされる「記憶にあるはずの神社が見当たらない」という謎と、それを基軸に連続する異様な事件の数々。なんだこれは、いったい何が起きている……そこまで漬かってしまったらもう後は読む手が止まらないです。結末まで一気です。
また、物語の随所で奥深くも丁寧に神道、考古学の知識で彩りと厚みが加えられ、単純なホラーでないレベルにまでこの作品を引き上げています。単に知識をひけらかすのでなく、謎解きの材料として自然に組み込まれており、作者様の力量や推して知るべしです。たぶんこの領域の引き出しの数はこんなものでは収まっていないはずです。
結末も謎に対して整理つけてクロージングしており、構成も含めて非常に質の高い作品でした。楽しませていただきました。
「祟り」という言葉が身体の芯まで染み込んでくる気がします。こんなに怖いホラーを読んだのは何年振り…いや十何年ぶりだろう。
「本当の不安とは何が不安なのかわからないことだ」という一節はこの物語全体に当てはまります。何が起きているのかさっぱりわからない、だけど確かに何かがある。何かがいる。何かを見た…はずなのに。
その不安と焦燥感を誘導する表現力が素晴らしいです。地の文は感情を直接説明はしない、あくまでも淡々と「経験」と「行動」「思考」を書き下していくのですが、それが余計に想像力をかき立てる。
神道と民俗学に関する確かな知識が、最高レベルの文章力・構成力と融合して初めて書ける作品なのは疑いありません。
主人公の大原美邦は、父の死を期に叔父の元に引き取られ、それまで暮らしていた岡山から田舎の漁村へと引っ越してきた。
そこは母の故郷であり、自身も幼い頃暮らしていた町。そして、彼女にはその町に存在していたと思われる大きな神社の記憶があったのだ。だが不思議なことに、誰に聞いてもそのような神社の存在は知らないと言う。
やがて美邦は仲間たちと共に神社の調査へと乗り出すが、町に潜む禍々しい闇は容赦なく彼女らに襲いかかるのであった――。
作者様の民俗学や神道への深い理解と知識が物語に重厚感をもたらし、非常に読みごたえがあります。
随所にちりばめられた伏線や不穏な過去の事件が少しずつ解き明かされ、ひとつの因縁へと導かれてゆく過程は、見事としか言いようがありません。中弛みもなく、最後まで程よい緊迫感を保ちながら物語が進んでゆきます。
どちらかと言えば淡々とした筆致ですが、古い因習の残る田舎の閉塞感や、得体の知れない禍々しいものが蠢く気味の悪さといった陰鬱な空気感が見事に表現されており、思わず背筋が冷たくなります。
田舎の風習。神社。民俗学。神道。ミステリー。
これらのワードに心が動いた人には是非とも読んでいただきたい作品です。
一度この町、平坂町に足を踏み入れたならば、すべての謎が解明されるまで抜け出せなくなること必至です。
民俗学や歴史学の考証に裏打ちされた、奥深い謎解きホラー。この「ホラー・ミステリー」部門にぴったりな作品。
日本を代表する折口信夫や柳田邦夫など、実在する人々が残した物を巧く利用し、また、医学、神社の知識なども詰め込まれていて、重厚な世界観が広がっている。
たった一人の家族だった父親を亡くした主人公は、故郷の海沿いの町にある叔父の家に引き取られる。故郷の記憶の中には、あるはずのない奇妙な神社が存在していた。何故、人々の記憶に神社が無くなっているのか? そこに祭られていた神とは何だったのか? 片目を失っていた主人公と祀られていた神の関係は? 主人公たちは、徐々に失われた神社の謎に迫っていく。
しかし、その謎に迫る中、主人公の周りから徐々に人が消えていく。そして主人公が引き取られた家でも何かが確実に狂っていく。主人公の協力者で、博識の男子生徒は、主人公と共に神社の謎に迫っていくが、その謎に一歩迫るたびに、自身が徐々に欠落していくという現象に襲われる。そして男子生徒の家も狂っていく。
ある意外な人物の手引きで、失われた神社に居座るモノを送り返そうとする主人公と男子生徒だったが、そこには衝撃のラストが待っていた。
超濃厚なホラーでありながら、あらゆる知識を動員しても追い付かない謎解き。短くはないが一気に読めてしまう。
是非、ご一読ください。
和風ホラーの長所とも呼べる、空気感・少しずつ迫る恐怖・暗闇などの要素が、見事に調和しています。その怖さは、まるでこの小説を読んでいる私たちにまで迫ってくるような気配すら感じてしまいます。
日本独特の身近な建物「神社」が話における重要なキーワードとなっており、次は自分がこの体験をするかもしれない……というどこか親近感が湧いてしまいそうだから、それがむしろリアルで恐ろしいです。
そして話を進める上での文字や文章の並びですら怖いという、作品独自の世界観と魅力があります。一読者として、登場人物たちと共に恐怖を体感し謎を解明したい! そんなワクワク感やドキドキ感を、一緒に共有しませんか?
重厚な作品。あえて書きますが、普段読書に慣れていない人には、少し難解でとっつきにくいかもしれません。気合を入れて読みましょう(笑)
特に神話の説明や神とは何であるか、といったくだりは気後れしかねません。私はそうでした(恥)
でも、そこで離れてしまうのはもったいない作品です。作者さんには大変申し訳ない話ですが、そこのところはサラッと読んでいったとしても、ストーリー上、重大な欠陥にはなりません。要は「神とは身近であり偉大である」といった印象さえ掴めればいいのです。それにそのあたりは日本人には詳しい説明はなくとも、なんとなく分かる感覚でしょう。
ホラーと言えば、幽霊や心霊現象が浮かびますが、この作品ではそれにあたるのが「神の存在」であるため、厳粛な恐怖と畏怖によって読者を物語に引き込んでいきます。
主人公の中学生美邦は父を病気で亡くし、母も幼いころに亡くしていたため、親せきに引き取られることになる。
地方の田舎町、海が近くにあり、のんびり過ごせそうに思えるが、実際は過疎化などで寂れた雰囲気と田舎特有の閉鎖的な気配が漂う。
幼いころ暮らしていたことがある美邦は、ある神社の存在を思い出す。しかし、誰に聞いても知らないと言われ途方に暮れる。
確かにある記憶、不思議な夢、幻視……。一体、自分の周りで何が起こっているのだろうか。
友人たちと共に神社探しを開始するあたりは、少年探偵団のようなワクワク感があるのですが、物語は悲劇により一転する。孤立する主人公とそれを支えるように行動を共にするクラスメイトの冬樹の存在。神経質になっていく叔母や狂っていく生徒たち。
敵対する存在が霊であるなら、除霊や神の力を借りるなど出来るが、相手はそう生易しいものではない。町全体が神に憑かれている。
この物語は「家族」の持つ温もりと閉塞感、喪失による空虚などが、テーマではないでしょうか(あくまで私がそう思うだけですけど)
特にラストまで読んだあと、もう一度序章を読むと全く違った哀しみが胸を打つ。犠牲や生贄とは何であろうか。人柱、という言葉が浮かんでくる。
是非とも書籍化して欲しい作品。じっくり何度も読み返してみたい。そして、それを神棚に飾りたい。またはご神体にして……。
怖すぎて中断しましたが、再開後、あっという間に読了しました。
凄かったです。
ネタばれると困るので、「読んでみてください」としか言えません。
30万字超の大作ですが、文字数で敬遠するのは勿体ないです。
(一回目のレビュー)
第九章小雪IIまで読んでの感想です。
日本的なゾクゾクする怖さを好む方に、おすすめしたい作品です。
一気に読もうと思い、実際、端正な文章と謎解きの面白さでどんどん読み進んだのですが。読み進むにつれ怖さも増してきて、今、あまりの怖さに、第九章小雪IIで中断したところです。怖い!!
人によって恐怖感は異なると思うのですが、私はこの作品、本当に怖いと思いました。結末を読んでいませんが、この迫力に★3つです。
(思うままにレビューを綴り終わった後、「怖」の字をカウントしたら7個も!)
父の死去により港町・平坂町に越して来た大原美邦。
かつてこの町に住んでいた頃の記憶。それは、存在しない神社を訪れた光景だった。
酷く靄に覆われた過去の記憶。もういるはずの無い妹の気配と、存在しないはずの姉の夢。違和感と不安を潰すように同級生「冬樹」と共に神社について調べていくうちに、次々に起こる事故、不可解な事件、そして同級生たちに降りかかる不幸が、真相を掴まなければいけないという美邦の意志を確固たるものに変化させ、大きな決断を強いる。
それぞれの生活の「息」が感じられる港町の住人達。新しい家族と生活に揺れ動く思春期を迎える少女の心情。得体の知れない者が這い寄ってくる気配。これらの描写が素晴らしい事は、最早この作品の特筆すべき点では無い。
何故なら、それらの描写を骨として構築される作品の肉の中に、あまりにも秀でている点が多すぎるからだ。
この作品を語る上で欠かせない特色として、ホラーの醍醐味のひとつとしての「説明のつかない存在の提示」がある。
10枚の心霊写真を例に出すと、そのうちの9枚がカメラの不具合や合成など、作り物であると科学的に証明された後、最後の1枚だけはどうしても説明がつかない物であった時、「これは一体何なのだ。もしかして、本当に本物じゃないのか」というありえない考えが浮かび、抵抗不可能な恐怖が訪れる。
この作品では日本史や郷土史、更には民俗学から引き出されてくる説得力を持った幾多の「鍵」によって開かれていく扉の奥に、「人智を超越した存在や事象」が浮き彫りになっていく次元の高い恐怖が込められている。
そしてそれは、主人公である「美邦」の持つ身体的特徴による演出に起因するものでもあり、目に見えているのが幻覚なのか、それともどうしても説明のつかない存在なのか、どちらか解らない不安が随所に盛り込まれ、そこにはただ異形の恐怖を突き出されるだけでは決して味わえない、芳醇な怖さが生み出されている。
しかもそれらの要素の全てが、物語の重要な部分である「神迎え・神送り」と繋がっているのだから、もう驚くしか無い。
中盤から本筋と並行して差し込まれる「記憶」は、それまでに読者にある程度の情報を与える事で、唐突な驚きを含ませながらも違和感を完全に殺している。そしてそれが少しずつ本筋に重なって行く流れが、後半の盛り上がりを固める要因になっている。
記憶との差異を見せる町に漂う「自然な不自然」、時空を越える予知夢、意味深な怪電話、日を追う毎に欠損していく人体など、秀逸な怪異についての引き出しの多さにも驚嘆してしまう。
美邦に不満を募らせていく叔母の詠子や、同級生の笹倉に要所で焦点があてられている部分にも注目したい。これらは本筋とは別のラインで不安を煽る演出に一役買っているだけでなく、真相に繋がる階段の「一段」として巧みに組み込まれている。
怪異の詳細が明かされないまま終わるホラーは、それはそれで味があるが、釈然とする部分が無くすっきり読み終えたいという人もいるのではないだろうか。
この作品では、ホラーとして望まれる完全なるオチが用意されている。
悠久の歴史と人間の心理の壁を貫いた先に見える、あるひとつの「神」の正体を解き明かし、それを知り得た人々の慟哭と覚悟を描き切ったラスト、そしてそこから序章に美しく繋がる流れは、見事という他、無い。
かなりのボリュームを有する作品ですが、例えば私が8回ほど生まれ変わって奇跡的に同じような物語を書けたとしても、10倍ほどの文字数になってしまう確信があります。それほどまでに、一切の無駄を排除したこのクオリティの作品をまとめる為に、途方も無い試行錯誤が成されたのではないでしょうか。
長々と上から目線でレビューしてしまい申し訳ありません。ただ、憧憬と敬意の念を込めて書かせて頂きました。