この町に、神はいるのか、いないのか。

父の死去により港町・平坂町に越して来た大原美邦。
かつてこの町に住んでいた頃の記憶。それは、存在しない神社を訪れた光景だった。
酷く靄に覆われた過去の記憶。もういるはずの無い妹の気配と、存在しないはずの姉の夢。違和感と不安を潰すように同級生「冬樹」と共に神社について調べていくうちに、次々に起こる事故、不可解な事件、そして同級生たちに降りかかる不幸が、真相を掴まなければいけないという美邦の意志を確固たるものに変化させ、大きな決断を強いる。

それぞれの生活の「息」が感じられる港町の住人達。新しい家族と生活に揺れ動く思春期を迎える少女の心情。得体の知れない者が這い寄ってくる気配。これらの描写が素晴らしい事は、最早この作品の特筆すべき点では無い。
何故なら、それらの描写を骨として構築される作品の肉の中に、あまりにも秀でている点が多すぎるからだ。
この作品を語る上で欠かせない特色として、ホラーの醍醐味のひとつとしての「説明のつかない存在の提示」がある。
10枚の心霊写真を例に出すと、そのうちの9枚がカメラの不具合や合成など、作り物であると科学的に証明された後、最後の1枚だけはどうしても説明がつかない物であった時、「これは一体何なのだ。もしかして、本当に本物じゃないのか」というありえない考えが浮かび、抵抗不可能な恐怖が訪れる。
この作品では日本史や郷土史、更には民俗学から引き出されてくる説得力を持った幾多の「鍵」によって開かれていく扉の奥に、「人智を超越した存在や事象」が浮き彫りになっていく次元の高い恐怖が込められている。
そしてそれは、主人公である「美邦」の持つ身体的特徴による演出に起因するものでもあり、目に見えているのが幻覚なのか、それともどうしても説明のつかない存在なのか、どちらか解らない不安が随所に盛り込まれ、そこにはただ異形の恐怖を突き出されるだけでは決して味わえない、芳醇な怖さが生み出されている。
しかもそれらの要素の全てが、物語の重要な部分である「神迎え・神送り」と繋がっているのだから、もう驚くしか無い。
中盤から本筋と並行して差し込まれる「記憶」は、それまでに読者にある程度の情報を与える事で、唐突な驚きを含ませながらも違和感を完全に殺している。そしてそれが少しずつ本筋に重なって行く流れが、後半の盛り上がりを固める要因になっている。
記憶との差異を見せる町に漂う「自然な不自然」、時空を越える予知夢、意味深な怪電話、日を追う毎に欠損していく人体など、秀逸な怪異についての引き出しの多さにも驚嘆してしまう。
美邦に不満を募らせていく叔母の詠子や、同級生の笹倉に要所で焦点があてられている部分にも注目したい。これらは本筋とは別のラインで不安を煽る演出に一役買っているだけでなく、真相に繋がる階段の「一段」として巧みに組み込まれている。
怪異の詳細が明かされないまま終わるホラーは、それはそれで味があるが、釈然とする部分が無くすっきり読み終えたいという人もいるのではないだろうか。
この作品では、ホラーとして望まれる完全なるオチが用意されている。
悠久の歴史と人間の心理の壁を貫いた先に見える、あるひとつの「神」の正体を解き明かし、それを知り得た人々の慟哭と覚悟を描き切ったラスト、そしてそこから序章に美しく繋がる流れは、見事という他、無い。

かなりのボリュームを有する作品ですが、例えば私が8回ほど生まれ変わって奇跡的に同じような物語を書けたとしても、10倍ほどの文字数になってしまう確信があります。それほどまでに、一切の無駄を排除したこのクオリティの作品をまとめる為に、途方も無い試行錯誤が成されたのではないでしょうか。
長々と上から目線でレビューしてしまい申し訳ありません。ただ、憧憬と敬意の念を込めて書かせて頂きました。

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