多くの現代人が忘れてしまった八百万の神々に対する畏怖。
神様を畏れるということは、自然を恐れることと同義です。
平坂町で行われていた神送りの神事も、もっと昔は各地で行われていたのでしょう。
このお話にあるようなことも、以前はもっと頻繁にあったのかもしれません。
目に見えないものの恐怖を文字で表現するのはとても難しいものですが、この作品はその得体の知れないものの恐怖がとても上手く表現されています。
民俗学や神道がテーマとしてありますが、読みやすく綺麗な文体で書かれているのでサクサク読み進められると思います。
最後まで読むと余韻で抜け殻のようになれる、そんな作品に久しぶりに出会えました。
ぜひ書籍化してもっとたくさんの人に読んでほしいです。
主人公の大原美邦は、父の死を期に叔父の元に引き取られ、それまで暮らしていた岡山から田舎の漁村へと引っ越してきた。
そこは母の故郷であり、自身も幼い頃暮らしていた町。そして、彼女にはその町に存在していたと思われる大きな神社の記憶があったのだ。だが不思議なことに、誰に聞いてもそのような神社の存在は知らないと言う。
やがて美邦は仲間たちと共に神社の調査へと乗り出すが、町に潜む禍々しい闇は容赦なく彼女らに襲いかかるのであった――。
作者様の民俗学や神道への深い理解と知識が物語に重厚感をもたらし、非常に読みごたえがあります。
随所にちりばめられた伏線や不穏な過去の事件が少しずつ解き明かされ、ひとつの因縁へと導かれてゆく過程は、見事としか言いようがありません。中弛みもなく、最後まで程よい緊迫感を保ちながら物語が進んでゆきます。
どちらかと言えば淡々とした筆致ですが、古い因習の残る田舎の閉塞感や、得体の知れない禍々しいものが蠢く気味の悪さといった陰鬱な空気感が見事に表現されており、思わず背筋が冷たくなります。
田舎の風習。神社。民俗学。神道。ミステリー。
これらのワードに心が動いた人には是非とも読んでいただきたい作品です。
一度この町、平坂町に足を踏み入れたならば、すべての謎が解明されるまで抜け出せなくなること必至です。
民俗学や歴史学の考証に裏打ちされた、奥深い謎解きホラー。この「ホラー・ミステリー」部門にぴったりな作品。
日本を代表する折口信夫や柳田邦夫など、実在する人々が残した物を巧く利用し、また、医学、神社の知識なども詰め込まれていて、重厚な世界観が広がっている。
たった一人の家族だった父親を亡くした主人公は、故郷の海沿いの町にある叔父の家に引き取られる。故郷の記憶の中には、あるはずのない奇妙な神社が存在していた。何故、人々の記憶に神社が無くなっているのか? そこに祭られていた神とは何だったのか? 片目を失っていた主人公と祀られていた神の関係は? 主人公たちは、徐々に失われた神社の謎に迫っていく。
しかし、その謎に迫る中、主人公の周りから徐々に人が消えていく。そして主人公が引き取られた家でも何かが確実に狂っていく。主人公の協力者で、博識の男子生徒は、主人公と共に神社の謎に迫っていくが、その謎に一歩迫るたびに、自身が徐々に欠落していくという現象に襲われる。そして男子生徒の家も狂っていく。
ある意外な人物の手引きで、失われた神社に居座るモノを送り返そうとする主人公と男子生徒だったが、そこには衝撃のラストが待っていた。
超濃厚なホラーでありながら、あらゆる知識を動員しても追い付かない謎解き。短くはないが一気に読めてしまう。
是非、ご一読ください。
冒頭、表面上は大きなことは何も起こっていないのですが、しかし、町と人々の様子から私たち読者はすぐさま感じ取ります、その水面下で巨大で禍々しい何かが蠢いていると。そして掴まされる「記憶にあるはずの神社が見当たらない」という謎と、それを基軸に連続する異様な事件の数々。なんだこれは、いったい何が起きている……そこまで漬かってしまったらもう後は読む手が止まらないです。結末まで一気です。
また、物語の随所で奥深くも丁寧に神道、考古学の知識で彩りと厚みが加えられ、単純なホラーでないレベルにまでこの作品を引き上げています。単に知識をひけらかすのでなく、謎解きの材料として自然に組み込まれており、作者様の力量や推して知るべしです。たぶんこの領域の引き出しの数はこんなものでは収まっていないはずです。
結末も謎に対して整理つけてクロージングしており、構成も含めて非常に質の高い作品でした。楽しませていただきました。
和風ホラーの長所とも呼べる、空気感・少しずつ迫る恐怖・暗闇などの要素が、見事に調和しています。その怖さは、まるでこの小説を読んでいる私たちにまで迫ってくるような気配すら感じてしまいます。
日本独特の身近な建物「神社」が話における重要なキーワードとなっており、次は自分がこの体験をするかもしれない……というどこか親近感が湧いてしまいそうだから、それがむしろリアルで恐ろしいです。
そして話を進める上での文字や文章の並びですら怖いという、作品独自の世界観と魅力があります。一読者として、登場人物たちと共に恐怖を体感し謎を解明したい! そんなワクワク感やドキドキ感を、一緒に共有しませんか?
「祟り」という言葉が身体の芯まで染み込んでくる気がします。こんなに怖いホラーを読んだのは何年振り…いや十何年ぶりだろう。
「本当の不安とは何が不安なのかわからないことだ」という一節はこの物語全体に当てはまります。何が起きているのかさっぱりわからない、だけど確かに何かがある。何かがいる。何かを見た…はずなのに。
その不安と焦燥感を誘導する表現力が素晴らしいです。地の文は感情を直接説明はしない、あくまでも淡々と「経験」と「行動」「思考」を書き下していくのですが、それが余計に想像力をかき立てる。
神道と民俗学に関する確かな知識が、最高レベルの文章力・構成力と融合して初めて書ける作品なのは疑いありません。
重厚な作品。あえて書きますが、普段読書に慣れていない人には、少し難解でとっつきにくいかもしれません。気合を入れて読みましょう(笑)
特に神話の説明や神とは何であるか、といったくだりは気後れしかねません。私はそうでした(恥)
でも、そこで離れてしまうのはもったいない作品です。作者さんには大変申し訳ない話ですが、そこのところはサラッと読んでいったとしても、ストーリー上、重大な欠陥にはなりません。要は「神とは身近であり偉大である」といった印象さえ掴めればいいのです。それにそのあたりは日本人には詳しい説明はなくとも、なんとなく分かる感覚でしょう。
ホラーと言えば、幽霊や心霊現象が浮かびますが、この作品ではそれにあたるのが「神の存在」であるため、厳粛な恐怖と畏怖によって読者を物語に引き込んでいきます。
主人公の中学生美邦は父を病気で亡くし、母も幼いころに亡くしていたため、親せきに引き取られることになる。
地方の田舎町、海が近くにあり、のんびり過ごせそうに思えるが、実際は過疎化などで寂れた雰囲気と田舎特有の閉鎖的な気配が漂う。
幼いころ暮らしていたことがある美邦は、ある神社の存在を思い出す。しかし、誰に聞いても知らないと言われ途方に暮れる。
確かにある記憶、不思議な夢、幻視……。一体、自分の周りで何が起こっているのだろうか。
友人たちと共に神社探しを開始するあたりは、少年探偵団のようなワクワク感があるのですが、物語は悲劇により一転する。孤立する主人公とそれを支えるように行動を共にするクラスメイトの冬樹の存在。神経質になっていく叔母や狂っていく生徒たち。
敵対する存在が霊であるなら、除霊や神の力を借りるなど出来るが、相手はそう生易しいものではない。町全体が神に憑かれている。
この物語は「家族」の持つ温もりと閉塞感、喪失による空虚などが、テーマではないでしょうか(あくまで私がそう思うだけですけど)
特にラストまで読んだあと、もう一度序章を読むと全く違った哀しみが胸を打つ。犠牲や生贄とは何であろうか。人柱、という言葉が浮かんでくる。
是非とも書籍化して欲しい作品。じっくり何度も読み返してみたい。そして、それを神棚に飾りたい。またはご神体にして……。