第13話 森の中


「え?今……なんて」


「死にましたと言いました」


「う……嘘だ……」


「本当ですよ。今、残党として残っているのはハンスさん、あなただけです」


「……団長が……死んだ?」


「そうです。彼は最後まで黒騎士様に抵抗していました」


 ハンスは息が荒れ始めていた。モモの言うことがよくわからなかった。ハンスは酷く動揺していた。


「おい!そいつの話を聞くな!嘘かもしれねぇだろ?そんなことよりも今はどうこの状況を乗り切るかだ!聞いてるか偽善野郎!」


「そうよハンス。こいつのいうことなんて信じないで!今の仲間は私達でしょ?ねぇハンス!」


 ユゴージンとレイナはハンスを宥めようとしていた。モモはそれを聞いて、腹を立てた。


「お前らは黙っとけ!今すぐにだって殺せるんだ!」


 その怒りの咆哮は風をたなびかせ、殺気が漂っていた。ハンスはそのまま表情も態勢も変えずに、モモに訊いた。


「団長は最期……どんな死に方をしたんだ」


「団長……彼は火刑台のうえで、最後まで『すまなかった』と最後まで自分のやったことを後悔していました。そして彼は民衆の前でその死に様を晒して無残に……」


「…………嘘だ」


「ほんとうです」


「あんなに強かった団長が死んだ?俺に剣術を教え、兄のような存在だったシュバーべン団長が……?なんでだ……なんでそうなったんだ」


「それはあなたが良く知っているはずですよ!ハンスさん!」


 モモはさらに力を入れてハンスの剣を弾こうとした。しかし、ハンスは怒りに満ち、強い力でモモを逆に圧倒し始めた。


「モモ……」


「くっ!力が急に!?」


「団長はいつも騎士団の皆のことを家族のように思っていた。そんな団長が、それにお前の兄貴が……本当に裏切ったと……本当にそう思うのか?」


「事実には変わりません。それに私は……もう裏切り者の兄のことは、兄だと思っていません」


「それは黒騎士がっ!!あいつがっ!」


 ハンスは力を込めて、モモの剣を圧倒し始めた。


「くっ!さすがはハンスさん……腐っても騎士なのですね……」


「【あの日】何があったか教えてやるよモモ。【あの日】、黒騎士がクーデターを起こしたんだ。団長やお前の兄貴はそれを止めるために——」


「嘘を付いてまで私の同情を買おうとしているのですか?それなら無駄ですよ。私はもうあなたのことは信用していません!」


「違う!俺の話を聞いてくれっ!」


「貴方の……いえ、犯罪者の話を誰が聞くというのですか?」


「モモ。一年前の【あの日】、お前の兄リヨンが死んだのも全部、黒騎士のやったことなんだぞっ!」


「え……?」


 モモが一瞬、兄の名前を聞いて力が抜けた。ハンスは思い切り、剣を横に振ってモモの持っていた剣を弾き飛ばした。それと同時にモモは体勢を崩した。


「うっ!?しまった!」


「モモ。お前の兄貴は国を裏切ったりなんかしない……団長や俺だって!それはお前が一番……」


 すると、モモの後ろから、さっきの傭兵達が増援の軍隊を連れて、やって来ているのが見えた。それを見て、危機感を感じ、ユゴージンは焦ったように言った。


「ハンス!今だ!逃げるぞ!」

 ハンスはモモに背中を向けて走り出した。


「あ、待ちなさい!」


 その瞬間、ユゴージンが青果店にあった果物を道にばら撒いた。ハンス達はそのまま逃げ続け、モモはハンス達が逃げる背中を見ていた。モモはその姿を見て、かつて見習いだった頃、ハンスの背中をよく見ていたことを思い出した。すると、自然と涙が出て来て、彼等を追うことができなかった。


「ハンスさん……どうして」


            

            ○



 逃げて来た三人は騎士が多いA地区から離れたB地区まで続く森に来ていた。


「なんださっきの重装騎士は。俺やレイナに嫌に噛みついてきたな……」


 ハンスはモモと話した後、やけに浮かない顔をしていた。


「さっきの重装騎士の女の子、ハンスに色々言っていたけれど……」


「モモは……昔の知り合いなんだ。健気で率直な子だ。でも、【あの日】の前に兄を亡くしているんだ」


「そうだったの……」


「ハンス。そんなことはどうでもいい。それよりもお前の行動のせいでこんな危険な目に遭ったんだぞ?分かってんのか?」


「ああ。すまなかった……」


 ハンスは終始浮かない顔をしていた。二人もその姿を見て、どこかへ移動することをしようとはしなかった。


「とりあえず、ここまで来れば安心よ。ほら、もう少しすれば、B地区が見えるわ。ひとまず、この森で今日は一晩過ごすとしましょう」


「まぁ行く当てもねぇし、下手にウロウロしていると、騎士や傭兵に狙われちまうだろうしな。よし、賛成だ。この暗闇なら身も隠せるからな」


「ああ……」


 ハンス達は闇が包む森の中心でそれぞれ木に体をもたれ掛かせ、その場に座り込み、あたりが暗くなるまで休息をとった。

 しばらくしてから、暗闇の中、火を起こし始めたのは、ユゴージンだった。彼はそのまま言った。


「さ、じゃあこれから、食事がてら作戦を立てておこうか。その騎士団長がもういないとなりゃ他を当たるしかねぇ」


「作戦に関してはそうだけど、あんた食料なんてないじゃない。さっきも結局、果物さえ手に入らなかったんだし。嘘つきも大概にしなさいよユゴージン」


「レイナ。お前、やっぱり生きる術を知らねぇな」


 ユゴージンは笑いながら、バックから黒、白パンを四つ取り出した。


「え?あんたどこで手に入れたのよ」


「あ?拾ったんだよ」


 ユゴージンは白パンをレイナとハンスに一個、投げて渡した。


「あんた、ほんとに隙が無いわね……」


「まだまだよ。あとさっきの傭兵達から、武器や金品も盗って来た。お前ら使うか?」


 そう言って彼は、短刀や剣、宝石などをどこに隠し持っていたのかというくらいに、その場にばら撒いて見せた。レイナはそれを見て、食いついた。


「……この量なら当分はお金に困らなそうね」


 ハンスはばら撒いてある品々を見て、黙っていた。先ほど渡された白パンにもまだ手を付けていなかった。


「ハンス。少しでも食べた方が良いわよ。もしかして白パンは嫌いなの?」


「いや。そうじゃないんだ」


「じゃあなんだ?これだけ戦利品を手に入れたっていうのに、まだ足りねぇとでも言うのか?」


「違う。俺は……こういうの好きじゃないんだ」


「は?」


「どうしたのハンス?さっきからどこかおかしいわ」


「だから俺は盗んだものを使うのは嫌だって言ってるんだ」


 ハンスはどこか苛立った様子だった。ユゴージンはそれを見て舌打ちをしてからからかって言った。


「まぁた始まったよ、こいつのつまらねぇお説教の始まりだ」


「俺はこのパンも食わない」


 ハンスは白パンをユゴージンに投げて返した。それを受け取って、ユゴージンは深く溜め息をついた。


「はぁ。おめぇはどん底に堕ちたことがねぇからそんなことが言えんだ。綺麗事じゃ、やっていけねぇことだってあるんだよ。自分が生き残るためにはな」


「だからって、倒れていた人間のものを盗もうとするなんて俺は嫌だ。そんなに金が大事なのかよ」


「ああ、大事さ。金さえありゃ、金さえありゃ飛ぶ鳥も落ちんだよ。金がありゃ空腹だって満たせるし、家に住むことができる。それに金は裏切らねぇからな。団長が死んで、浮かないのかもしれねぇが、八つ当たりしてんじゃねぇよ」


 ハンスはしばらくの間、下を向いて黙り込んだ。二人がパンを食べてハンスを見ていると、ハンスは再び顔を上げてユゴージンに言った。


「お前には……もっと大事なものはないのかよ」


 その問いにユゴージンは一瞬、戸惑いを見せ、下を向いて答えた。


「……そんなものはねぇよ。それにそういったものは金と違ってそれらは離れていくもんだろうがよ」


 それから彼は続けて、今度はハンスの眼を見て、悪態をつくように言った。


「いいかハンス。てめぇはなんで今こんな状況になっていると思う?それは力がねぇからだ。大事なものがあったって、力がなきゃ守れねぇんだよ。力は武力であり、知力であり、財力だ。てめぇには力がなかったんだよ。だから今、こんなことになってる。綺麗事吐く前に力を身に付けな。このクソバカ野郎が」


「それでも俺は嫌なんだ……」


「ちっ」


 ハンスは静かに言った。ユゴージンは呆れてしまい、ハンスに背を向けて、体を横にし始めた。


「あーやめだ。今日のそいつは何を言ってもダメだ。俺は寝る。作戦は明日にするぞ」


「ええ。そうした方が良さそうね……」


 その後、しばらくレイナは何も言わずに閉口してその光景を見ていた。ハンスはそのまま座り込んだまま、動かなかった。沈黙が続いた。

静かに、森に棲む梟の鳴き声だけが、響いていた。ハンス達を暖めていた火は次第に弱くなり、消えて行った。真っ暗になり、そのまま三人は、闇と同化していった……。

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