第8話 決意と決行

 彼等は、まず拷問部屋を出た。見張りの看守は、拷問部屋を出て左の十字通路を右に行った道に二人いた。拷問部屋を出て、左に真っ直ぐ行き監房がある道には、看守はいなかった。

 二人は、そのまま遠周りに、つまり先ほど話していた通り、監房が連なる部屋をまずは目指した。二人は、二人の看守に気付かれないように、慎重に進んだ。鍵は、ユゴージンが先ほど盗んだものを使って監房室へ入った。

 監房室を入ると、看守が一人、広場に近い方のドアの前にいた。深夜だったため、看守は交代制で監房を見張っていたようだった。さらにその看守はやはり居眠りをしていた。二人は安心して、監房部屋に入った。


「さて、うまく中に入れたようだな」


「……」


「っておい、てめぇどこ行ってんだよ!」


 ハンスはユゴージンの話を聞かずに、勝手に足が動ごかしていた。気が付くとハンスは自分の監房の前まで来ていた。そして、自分の監房の前まで行ってから、振り返った。ハンスはずっとナンバー9のことで気分が曇っていたのだった。自然と彼のもとへ向かっていたのだった。


「やぁ、出てきたみたいだね。良かったよ」


 振り返ったハンスにそう言ったのは、ナンバー9だった。続けて、彼は言った。


「やっと決心がついたみたいだね。そうなんだろ?」


ナンバー9はユゴージンをちらっと見てからハンスのことを見た。ナンバー9は続けた。


「君がいない間、僕はずっと考えていたんだよ」


「何をだ……?」


「国のことであり、昔の記憶であり、この先の未来のことであり……君のことを」


「え?」


「僕はね。色々と君に託したいと思ったんだよ」


「それって、どういうことだ?何が言いたいんだ?」


「喧嘩別れなんて決まりが悪いし……それにこれから外に……出るんだろ?」


「……ああ」


「じゃあ、決まりだね。僕も手伝うよ」


「でもどうして……」


「え?」


「どうしてそんなに俺に構うんだ?俺はお前を殺人鬼って聞いた瞬間に、突き放したし、お前に得なことだってしてやったこともない。なのにどうしてそこまで俺に協力してくれるんだ?それにお前はここから出たがってなかったじゃないか」


「なんでだろうね……」


「……」


「でもまぁ、この一年、君といて楽しかったからかな」


 ナンバー9は珍しく、ニッコリと笑って言った。ハンスはその表情を見て、彼と初めて会った時を思い出した。監獄に来て、まだ間もない頃、彼はハンスに多くのことを親切に教えた。またハンスが危険に晒されたとき、いつでもハンスを助けてくれた。

 ハンスはナンバー9を見て、力強く言った。


「ここを一緒に出よう!」


「ああ。絶対に」



 ナンバー9と合流したハンス達は、作戦を立てていた。夜は深く、監房室では周りの囚人達は眠りにつき静まり返っていた。ナンバー9はずっと脱獄経路について考えていたようで、彼は広場へ出るための通路に繋がるドアを指して言った。


「今、あそこのドアには看守が夢を見ている。彼の夢の邪魔をしないと僕達は外に出ることはできない状態さ。じゃあ、どうするか。僕に考えがある。彼の看守の交代を——」


「ほう?てめぇ、俺達を騙す気じゃないだろうな?」


 ユゴージンはナンバー9の言葉を遮って、立てついたように言った。しかし、ナンバー9は嫌に落ち着いて返答した。


「もちろんさ。僕は君達を絶対に外に出してあげるよ。僕に作戦があるんだ」


「絶対にだと?本当に成功するのか?」


「もちろんさ。ひとつ必要なことがあるけどね」


「なんだ?周りくどいなてめぇは」


「それはここで一番必要とされないもの。つまり、【信頼すること】が必要になる。これさえあれば、成功する」


「正気か?てめぇを信頼してくれる奴が本当にいると思っているのか?」


「あはは。どうかな。僕は今まで誰にも信頼されたことがないからね。ただその答えが言えるのは君次第さ。僕は君たちを助けたい。それだけなんだよ」


 ハンスはナンバー9の言うことに、すぐに返答した。


「そんなの信じるに決まってるだろ!俺はお前に何度も助けられ、教わった。どこに疑う理由がある」


「だってよ。君はどうなのかな?」


 ナンバー9はユゴージンに微笑みかけて言った。


「ちっ。で、作戦内容は?」


「それで作戦なんだけど、ハンス。オスカーのことは憶えているかい?」


「え?ああまぁ憶えてるぞ」


 オスカーは看守であるのだが、以前、ハンスが脱獄計画を練り、それが看守に露呈した時に、ナンバー9とともに助けてくれた人物だった。


「広場へ向かうまで彼に援助を願おうと思う。最近、見張りも増えたようでね。いいね?」


「ああ、問題ない。お前の作戦に従う」


「オスカーの持ち場は、監房の監視役さ。そろそろ監視役が交代する時間だ。なぜ分かるかって?長年の経験からわかるんだよ。それはさておき、次に来るのは、オスカーなんだ。これも長年の経験からわかる。彼と交代になった瞬間に、彼に協力を仰ぐ。それまで時間があるね。だからその前にもう一人、ここから出してあげたい人がいるんだ」


「え?誰だ?」


 ナンバー9は何も言わずに、ユゴージンに監房の鍵を開けてもらい、その人がいる監房へと足を動かした。ハンスとユゴージンは怪訝な顔つきで歩いていた。

 その人の前の監房まで辿り着くと、ユゴージンは意外な顔をし、ハンスは少し気まずそうな顔をした。ナンバー9はユゴージンに頼み、その人の監房を開けてもらい、話しかけた。


「ほら、陽が出る時間だよ」


「……ん?」


 その人は体を起こし、自分の監房が開き、ハンス、ユゴージン、ナンバー9が自分の監房の中にいることに驚き、声が出そうになった。しかし、その口をユゴージンが押さえて、ナンバー9が説明しだした。


「ほら、君を外に出しに来たんだよ。外に出たくはないかい?」


 それを聞いて、状況を理解したようで静かになった。ユゴージンは手を離した。


「ほんとうなの?」


 その人は、女囚人のナンバー44だった。彼女は落ち着いた様子で、三人を見た。ハンスを見た時、彼女は気まずそうな顔をして、言った。


「あなた……無事だったのね」


「まぁな」


 ナンバー44は、再びハンスの顔を見て、言った。


「あの時はごめんなさい。ほんとうにごめんなさい」


「なんのことだ?」


「え?」


「こうして、四人で今いるんだ。あれも作戦だったようなものだ。それに……」


「それに……?」


「会いたい人がいるんだろ?じゃあ、一緒に外に出よう。もうこの話は終わりだ。いいな?」


 ナンバー44は、ハンスの顔を見つめた。彼女は、驚きと感謝の気持ちが顔に出ていた。


「ええ。ありがとう」


「話はまとまったかな?それじゃあ、そろそろ、行くとしようか?」


「ああ、ありがとうナンバー9。お前にはいつも——」


「御礼を言うのは僕の方さ。さ、行こうか」


 ナンバー9は忙しく言うだけ言って、看守のいるドアを見始めた。その時、彼の様子はハンスには少しおかしく見えた気がした。だが、ハンスは何も尋ねることはなく、彼の発言を待った。

すると、見張り役はナンバー9の言った通り、交代する様子だった。居眠りをしていた看守と交代し、オスカーがやって来た。ナンバー9はオスカーの元へ、静かに向かい、話しかけに行った。


「やあ。お疲れ様」


「っ!?」


 オスカーはびっくりして振り向いたが、ナンバー9の姿を見た瞬間に嬉しそうになって言った。


「ああ。君か。どうしたんだい?君、監房から出てるみたいだけど……」


 オスカーはニヤニヤと喋っている間に、ハンス達三人が後ろから歩いて来るのが見えて、状況を理解したようだった。


「ああ、そういうこと。ついに君と別れる時が来たみたいだね」


「君とよく深夜にした話本当に面白かったよ。またいつか、次はお酒でも飲みながら、哲学の話でもしましょう」


「約束ですよ?」


「ええ。もちろん。これでも僕は約束は守る方ですよ」


「……それは、約束を守らない人が言う台詞ですよ」


 オスカーは笑って、楽しそうに話していたが、そう言った時、どこか曇った表情になっていた。その後、ナンバー9とオスカーはしばらく話してから、オスカーは監房室から出て行った。それと同時にナンバー9はハンス達に言った。


「今から、三分後に外に出て、広場へ行くよ。彼が看守を引き付けてくれる」


「ああ、わかった」


 それから三分間、四人は沈黙したままだった。


 静かに時は流れ、三分間という時間がとても長く感じるほどだった。それくらいに緊張感の漂うことであり、失敗はできないのだった。

 そして、ついに三分が経ち、ナンバー9は静かに合図をし、ドアを開けた。三人はそれに黙って付いて行き、広場へ繋がる通路へ出た。通路へ出ると、先ほどいた看守二人の姿は見えなかった。四人は急いで、広場へ繋がる通路を通り、走った。


 広場へ出るための門は既に開かれていた。おそらくオスカーが開けてくれたもので、そうしてついに四人は無事に広場へ出ることができたのだった。

 広場へ出ると、高く聳え立つ東の塔が見えた。光を放ち、囚人達を見張っていると言われていたその塔から放たれる威圧感は凄まじく、中に人がいないという事実は、ハンス達をびっくりさせた。四人はすぐに、外へ繋がる跳ね橋まで向かった。跳ね橋は当然、上がっている状態で、降ろさないといけなかった。

ナンバー9は口を開いた。


「さて、ここまで無事に来たわけだが……あとはこの跳ね橋を降ろす訳だが……ここで一つ言わなきゃいけないことが——」


「俺に任せてくれ」


 ハンスはナンバー9が話し終わる前に、上がっていた跳ね橋を降ろすために、レバーを引き始めた。だが、ナンバー9は焦ったようにして、言った。


「待て!ハンス!」


「え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る