第7話 二人


   ——昨夜 ハンスとユゴージン


「次期に俺の死んだふりもバレる。だが、勝負はそこからだ。看守は俺をもっと嬲って殺すことを選ぶだろう。そこが鍵だ。奴は身動きが取れないと思っている俺達相手に油断する。そこで、奴を仕留める」


「仕留めるって言ってもどうするんだよ。俺達は身動きがとれねぇんだ」


「おいおい。お前と一緒にするなよな」


 そう言ってユゴージンは左手に繋がっていた鎖から手をすり抜けさせて、自由に動かして見せた。


「え?お前どうやって……?」


「まぁそうとう大変だったぜ。左手の関節は上手く外せたみたいでとれたんだよ。右はどうやら動かねぇままだけどな」


「なるほどな。でもよ、左手だけで奴に勝てるとは思えない」


「ああ。トドメはお前に任せるぜ。ぜってぇに一発で仕留めろ」


「は?だから俺は身動きが……」


「頭を使え、頭を」


「は?いくら考えたって……」


「はぁ……」


 ユゴージンは、大げさに首を動かし、頭を下に垂らして、溜息をついた。その姿を見てハンスは、ユゴージンの意図することがようやく理解できた。


「——そうか!」


「そうだよ。文字通りてめぇのその石頭を使うんだよ」



               ☆☆☆


——現在


「一体何が起こってやがるっ!?」


 その言下、看守長は意識を失った。そして、看守長はその場に倒れこんだ。

 ことのいきさつは実に簡単なものだった。まず、目が見えなくなったのはユゴージンが動く左手を使い、先ほど切られた脚の傷を広げ、その血を看守長の顔にぶちまけたのだった。看守長の頭に激痛が走ったのは、その後、ユゴージンが左手でハンスの方へ看守長を押し込み、ハンスが石頭を使い、頭突きをしたのだ。


「上手くやってやったぜ!」


「仕留めたか?」


 二人は、息を切らせて、看守を窺った。


「……」


 看守長は何も返答がなく、倒れこんでいた。


「どうやらやったみたいだな」


「そうみてぇだな」


 ユゴージンは左手で右の足の血を押さえてから、看守長のズボンの後ろポケットにある鎖の手錠の鍵を盗ろうとしていた。しかし、あと少しと言うところで、なかなかとれない。


「ちっ!ハンスおめぇ、こいつを飛ばし過ぎだ!」


「お前が一発で仕留めろっていった言ったんだろっ!」


「あ!?だからって加減があんだろ!鍵が取れなきゃ何の意味もねぇんだ!」


「俺に文句言う暇があるなら、もっと手を伸ばして、鍵を盗れよ!頑張ればいけるだろ」


「てめぇ!これはてめぇのミスなんだぜ!なんでそんな言い方しかできねぇんだ!この石頭が!」


「なんだと!その石頭のお蔭で上手く行ったんだろ?それに盗人ならさっさと物を奪えよ!こんなに近くにある鍵さえ取れないのかよ!」


「ちっ」


 ハンスと口論した後、再び、ユゴージンは手を伸ばして鍵を盗ろうとした。しかし、さっきよりも看守長が遠くにいるような感じがした。


「ったく。これ、届くのか?ったく、めんどくせぇな」


 ユゴージンはずっと手を伸ばしていた。そしてやっと、手は鍵の届くところまでたどり着いた。


「よし!届いた!」


 手が鍵に触れた。一つの鍵を掴んだ時、鍵はユゴージンのいる逆の方向に進んでいった。


「なに!?」


 その瞬間、看守が動き始めたのだ。看守長は意識が朦朧としながら、微かに動き、鍵を盗られないようにしていたのだった。


「へへへ……貴様ら……」


 看守長はふらつきながら倒れていた体を起こし始めた。二人は、その姿を見て、愕然とした。


「おいてめぇ!仕留めきれてねぇじゃねぇか!このボンクラ!」


「なんだと!てめぇだって、早く鍵を盗らねぇからこんなことになったんだろ!」


「それはお前が——」


 二人が言い争っていた時に、看守は長二人の会話を遮り、大声で言った。


「貴様等!なかなかに良い作戦だったな!俺の性格を見抜いた、実に言い策略だった……だがな」


 そう言って、看守長は落ちていた剣を拾い、ハンスとユゴージンの前に近づいた。


「この状況……まずいな……」


「同感だ……」


 看守長は力を振り絞り剣を振り上げた。そして、剣を降ろそうとした。


「しねぇええええええ!!」


 二人は、その瞬間、死を覚悟した。どうすることもできなかった。ただ目を瞑ることくらいしか……。そして、ただ大きな物音が聞こえてきた。

 二人はしばらくの間、目を瞑っていた。目を開けると、目の前にいたはずの看守長は、その場で倒れこんでいた。


「どういうことだ?俺達助かったのか?」


「どうやらそうみてぇだな……」


「鍵はとれそうか?」


「ああ、今度こそな」


 ユゴージンはそう言って、腕を伸ばして、看守長の後ろポケットにあった鍵を掴んだ。彼はそれを引っ張り、看守から盗ると、まずは自分の右腕の錠を外してから、次に自分の両足を外した。


「ふう。死ぬかと思ったぜ。だが、これで俺も自由の身だ」


「おい」


「なんだよ」


「早く俺の錠もとってくれよ」


「あ?なんでだよ?」


「え?なんで?」


「おいおい、勘違いするなよ。俺がなんでお前の錠を解かなきゃいけねぇんだよ」


「おいお前!協力しただろ!」


「それとこれとは話は別さ。じゃあな。偽善野郎」


「おい!待て!待てって!」


「うっせぇな」


 ユゴージンは右足を引きずりながら歩いていた。ハンスはその様子を見て、


「お前ボロボロじゃないかよ」


「このくらい大したことねぇよ。お前と話してる暇なんてないん——」


「お前、どうやって外へ出るつもりだよ?作戦ないんだろ?」


 ユゴージンは、急なハンスの質問に答えることはなかった。彼は実際、この後の作戦は何もなく、万事休すであった。それでも彼は、強がっていた。


「……それは……状況を見て判断する。問題ない」

「俺はこの一年間、脱獄のことばかりを考えてきた。俺はこの監獄のあらゆることを観察して来たんだ。それに戦力にもなる。それでも、この錠をとってくれないか?これは交渉だ。報酬はそのうち払う」


「……」


「外に出たいんだろ?」


「ちっ、くそ偽善野郎が」


 ユゴージンは目線を合わせることなく、ハンスの錠を解いた。

 ハンスとユゴージンは錠を全て解いた。彼等は死の拷問部屋にいた。この拷問部屋は監獄で最も奥にある部屋だった。ハンスは監獄の間取りについて話し始めた。


「俺達がいるのは、今、最も外から遠い奥地だ。ここを抜けて、左へ行くと十字通路がある。そこを右にまっすぐ行けば、俺達がいつも労働している広場があるが、その途中には看守室があり、看守達が通路にいる。そこをどう通り抜けるかなんだが……」


「策はあるのかよ?」


「ああ。十字通路だが、右に行かずに真っ直ぐに行くと俺達囚人がいる監房に繋がっている。その監房を右に真っ直ぐ抜けて行くと、ドアがある。つまり、看守室からは遠回りだが、これなら、看守室を横切る必要はない」


「監房室の看守はどうする?」


「大丈夫だ。大抵の看守はこの時間に居眠りをしている」


「ほう。まぁ確かにそうだな。だが、広場へ出られたとしても、問題がある。それは塔だ。あれは俺達を常に監視してるだろ?それはどうするつもりなんだ?」


「それは実証済みだ。まぁだからここにいるんだけどな」


「は?」


「だから、あの塔の中には誰もいないんだよ。飾りだ」


「なっ……!じゃあ俺達は監視されているものと思い込んでいたってことかよ」


「そういうことになる。これはナンバー9のお蔭で……」


 ハンスはその時、ナンバー9と喧嘩していたことを思い出した。彼は、それがモヤモヤしていた。また彼にはもう一人、気になる人物がいた。それは女囚人だった。彼女が言っていた「会いたい人がいるの」という言葉が彼の頭の中で、思い出されていた。


「おい、どうした?」


「いや、何でもない。先を急ごう」


「……?」


 ハンスは何かを考えているようだった。その姿はユゴージンにもわかったが、彼は何も言わずにいた。


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