第6話 拷問


 その頃、ナンバー9はハンスが戻ってこないことに気が付き、何かを考えていた。女囚人はというと、ハンスに助けられたことを気にして浮かない顔をしていた。他の囚人たちも、ハンスが消えたことを知ったが、無関心を装っていた。何故ならば、彼と関わっていたことを知られれば、脱獄に関与していた共犯者として自分も拷問部屋送りになる可能性があったからだった。ここでは全ての者が同じ在監者を疑い、信用することもなく、また仲間と思うこともなかったのだった。そうであるから、ハンスが消えてしまっても、周りの囚人は無関心なのであった。また脱獄を試みた人物が看守に見つかり、拷問部屋に送られている光景を嫌と言うほど何度も見ていることもあり、慣れているからでもあった。監獄はそんな殺伐とし、疑いと慣れが必要とされる場所であったのだ。

 ハンスが女囚人と脱獄計画を実行し、失敗した後、さらに監獄内は看守達の見張りが増えていた。以前よりも、脱獄は困難になっていたのだ。そして、ハンスは看守長により惨いと噂の拷問と尋問を受けていた。しかし、ハンスは何も答えることはなく、ただ黙っているだけだった。その姿を見かねた看守長は、別の拷問部屋へ連れていった。その拷問部屋は、一度行けばもう帰って来ないと追われる死の拷問部屋であった。

 ハンスは意識が失った状態でその部屋に連れていかれ、腕や脚を鎖で身動きができないように繋がれていた。ハンスはその部屋に入れられてから、すぐに目が覚めた。というのも、その拷問部屋は、腐敗臭が漂っていたからだった。それはかつて拷問を受けた者たちの排泄物であり、また死体が放っていたものだった。目を覚ましたハンスに看守長は言った。


「目を覚ましたか。ここに来たものは永遠に出ることはない。まず、鼻の嗅覚がおかしくなっていく。お前はもう死んだも同然だ」


「……俺は死なねぇ……」


「黙れ!このクズがぁ!」


 ハンスは看守を睨みつけて言うと、看守長は激怒し、ハンスを鞭で殴り続けた。


「お前はじっくりと嬲ってから殺してやるよ。お前の隣にいるそいつみたいにな」


「は?」


 ハンスは右横を見てみると、そこには下を向き、生きているのか死んでいるのかも分からない様子で、ハンスと同じように鎖で繋がれていた人物がいた。


「お前……」


「……」


 そこにいたのはユゴージンだった。彼は意識を失っていたようだった。彼はずっと下を向いて、微塵も動いていなかった。


「おい……おい!」


「知り合いだったのか!?それは残念だったな!」


「てめぇ!」


「黙れ!」


 看守長はハンスに鞭を打った。ハンスが歯向かうたびに、看守長はハンスを痛めつけた。


「どうだ?痛いだろ!?お前らはクズだ!この国の為に、黒騎士様の為に、消えて無くなる運命なんだ!」


「……」


 ハンスは黙って看守長を睨んだ。


「なんだその目は!」


「お前らも次期に分かる。黒騎士は……お前らの為に戦ってなんかないってことがな」


「なんだとっ!貴様!黒騎士様を侮辱するのか!この死に損ないが!」


 看守長はハンスに鞭を叩きつけた。みみずばれとアザがハンスの体に増えていった。次第に、そのアザやみみずばれに再び、鞭が当たり、血が出ているところもあった。ハンスは全身から痛みを感じていた。だが、それを顔には出さず、耐え、看守長をずっと睨んでいた。看守長もそのハンスの図太さに驚き、一瞬、動きが止まっていた。看守長はその後に、


「お、お前。お前はじっくりと泣け叫び、命乞いをさせるまで嬲ってやるからな!今日はこれくらいにしてやる。明日からみっちりと嬲ってやるからな!」


 そう言って、彼は拷問部屋を出た。ドアを閉め、その拷問部屋は真っ暗になった。

 鼻が狂い、視力は奪われる。そこで耳の鼓膜を振るわせる音は、自分の心臓以外に何もなかった。そこは感覚を奪い、肉体的にも精神的にも負荷を与える地獄のようなところだった。ハンスは静寂の中で、鼓動を打つ自分の心臓を聞いていた。すると、自分の鼓動とは別に小刻みに聞こえてくる鼓動があった。ハンスはそれに気が付き、口を開いた。


「ユゴージン。生きてるのか?」


「……」


「おい、近所迷惑ってもんだぞ。ユゴージン。お前、心臓の音が漏れてるぞ」


「ちっ!偽善野郎。おめぇは俺のいくところによく付いて来る野郎だな」


「生きてたみたいだな」


「たりめぇだろ。俺は死ぬ訳にはいかねぇのよ」


「なんだよ。お前も脱獄しようとしてたのかよ。なんで外に出ようと思ったんだ?」


「……」


「なんだよ。無視を決め込むつもりか?それにしても俺達どうなるんだろうな」


「知らねぇよ。お前あんまり口を開くんじゃねぇ。体力は温存しておかねぇといけねぇだろうが。それに腐敗した死体が転がってんだ。何かが伝染してもおかしくねぇ」


「なんで外に出ようと思ったんだよ?」


「おめぇ!俺の言うことは無視かよ!」


「あんまり、大声で喋ると体力持っていかれんぞ。それで教えてくれないのか?」


「ちっ。ただ俺はもう一度酒が飲みたかったんだよ」


 ユゴージンは雑に答えていた。


「つまらねぇ理由だな」


「そういうおめぇはどうなんだよ」


「俺か?俺は……」


「どうせおめぇもつまらねぇ理由だろ?」


「黒騎士を打つ!俺はあいつを止める」


「……は?正気か?黒騎士って今の将軍だろ?どうしてまた」


「そうだ。あいつのせいでこの国は変わった。俺は……それは俺のせいでもあるんだ。だから、俺はあいつを止める」


「おいおい。いくら何でも夢物語すぎるぜ。お前は——」


「絶対にやるんだ」


 ハンスは真剣な表情で言った。ユゴージンはそれを見て、少し驚いた。そしてその姿を見ないようにするため、彼はハンスの顔を見るのを止めて、そっぽを向いてから言った。


「……そうかよ」


「ああ。俺はいつまでもここに留まっているわけにはいかないんだ」


「ひとつ聞いていいか」


「え?」


 ユゴージンは静かな口調で言った。


「お前は、なぜ他人を助けようとするんだ。此間の件もそうだ。あんな弱い奴らは放っておけば良いのに。それなのに何故」


「俺は……お前も知ってると思うが騎士だったんだ。騎士は……自分の騎士道を持って人々を助けることが仕事だ。確かに俺はここにいるやつらは嫌いだ。犯罪を犯してここに来てる。でも、俺はナンバー9に会ってから少しだけ奴らの見方が変わったんだ。上手くは言えないが、奴らも人間だし、弱さがある。俺の騎士道は弱い者を救うことなんだ」


「……そうかよ」


 ユゴージンは静かに言った。しかし、しばらくしてから彼は力強く付け加えて言った。


「それじゃあ、ここで死ぬ訳にはいかねぇってことだな」


「ああ」


 ユゴージンはしばらく二人の沈黙が続いた後に、静かに低い声でハンスに喋りかけた。


「実はよ。あの看守長を倒す最後の秘策を思い付いた。成功するかどうかは分からねぇけどな」


「ほんとうか?」


「ああ。嬲られて死ぬよりはマシだろ?」


「ああ。じゃあ、秘策とやらを聞こうじゃないか」


「それはな……」



   

       〇



 次の日、拷問部屋に看守長がやって来た。彼は鞭を触りながら入って来て、やけに嬉しそうにしていた。


「おうおう死ぬ準備はできてるんだろうなぁ?」


 ハンスはそれからしばらくの間、鞭で叩かれていた。彼等はずっと黙秘していた。しかし、ハンスは限界が近づいていた。もう何日も何も食べず、鞭で叩かれ続けていたからだ。看守長は今にも死にそうなハンス表情を見て、笑った顔になり、言った。


「もうお終いかぁ?生きのいい台詞のひとつやふたつも出てこないのか?」


「……」


 ハンスは黙って看守長を睨み続けた。看守長は苛立ち始めた。


「てめぇ!さっさと命乞いしやがれ!おめぇみたいな生きのいい奴が死の恐怖に怯え、願いを請う姿が見てぇんだよ!おめぇはあと何回叩けば、泣き叫ぶんだ?」


 看守長は勢いよく鞭を左右に振り回し始めた。ハンスは撃たれ続け、意識が飛びそうになっていた。ハンスは口から吐血してしまうほどだった。


「ぐあぁ!」


「へっ!反応もないし、そろそろもう飽きてきたな」


 看守長はハンスの前で剣を抜き始めた。ハンスはしかし、何もすることができず、息を切らしていていることしかできなかった。看守長は思い切り、剣を振り降ろそうとした。


「しねええぇぇぇぇ!」


 その声が聞こえた時、看守長の動きは止まった。


「なっ!なんだ!?目が……」


「へっ、すまねえな。ごみかと思ってよ。唾吐いちまったよ」


「貴様ぁぁぁ!!!!生きていたのかぁあ!」


 ユゴージンがハンスに切り掛かろうとした看守の目に唾を吐いたのであった。彼は目をこすり、叫んだ。ユゴージンは、ケラケラと笑ってそれを見ていた。しかし、看守長は次第に視力を取り戻し始めていた。


「貴様……貴様はじっくりと嬲って殺してやるからなあ!覚悟しておけ!目も治って来たぞ!」


 看守長は一旦、二人から距離をとっていた。しかし、再び近づいて、今度はユゴージンの前に立った。そして、ユゴージンの右脚を剣で刺した。


「くっ!」


「どうだ!?いてぇか?あははは!貴様らはもう終わりだ!今から殺してやる!まずは貴様からだ!ナンバー77!もう同じ手は食わんぞ!泣き叫べ!」


 看守長は高らかに笑いながらユゴージンに切りかかろうとした。


「しねぇぇぇえぇ!」


「ばーか、死ぬのはてめぇだよ!」


「っ!?」


 その一瞬、看守長は再び目が見えなくなっていた。看守長は何が起こっている

か分からなかった。そして、混乱の中、頭に激痛が走った。


「一体っ……何が!?」

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