第9話 別れ
しかし、時既に遅し。レバーを引いた時、急に大きなベルの音が監房中を鳴らし始めてしまった。その音は、全ての看守達を広場へ呼ぶためだった。
「おい!偽善野郎!てめぇ何やってんだ」
「そ、そんな……くそっ!」
「え?私達、もしかして……もう」
「大丈夫。皆落ち着いて。警報は鳴るのは考慮済みさ」
跳ね橋は次第に下がり始めていた。外に繋がる橋と、合わさり、渡れそうになっていた。ナンバー9は三人を落ち着かせた。そして、目を瞑って、深呼吸をし始めた。
ユゴージンはその姿を見て、ナンバー9が何を考え、何をしようとしているのかおおよそ想像が付いた。そして、ユゴージンはナンバー9を見て言った。
「おい、てめぇ。ナンバー9。もしかして、初めからこうするつもりだったのか」
「全く、君は察しがいいね」
「ちっ。それがあんたの言う『信頼』って奴なのかよ?」
「……」
ナンバー9は黙っていた。すると、広場へ繋がる門から、多くの看守達が出て来た。
「おい!貴様ら!何故、檻にいない!脱獄囚か!」
「くそっ!」
ハンスはそう言った後に、続けて三人に言った。
「皆、先に行け!こうなったのは俺のせいでもある。だから俺がこいつらを足止めしてる!そのうちに!」
ハンスは覚悟した。だが震えることはなかった。こんな状況であるのに何故か冷静であった。その姿は勇ましい騎士の様に、拷問室で手に入れた剣一つを看守達にに向けて構えた。跳ね橋はもう完全に下がり、外へ渡れる状態だった。
「嫌に気分がスッキリしてるぜ。あとはお前に任せたぜナンバー9」
ハンスがそう言って看守達へ攻撃しに走りだそうとした時、ナンバー9はハンスの囚人服を今までの彼の姿からは想像できない程、思い切り摑み、彼の持っていた剣だけを取って、ハンスを跳ね橋の方へ追いやった。
「え?」
そして、レバーを引き、跳ね橋を再び上げ始めた。
「おいナンバー9……何……やってんだ?」
ハンスは愕然としながら言った。ナンバー9はハンスの問いに答えることはなく、振り向くこともなかった。そして、背中を向けたままユゴージンに言った。
「ナンバー9!早くこっちに来い!」
「ユゴージン!二人を早く!任せたよ」
「ちっ!」
ユゴージンはハンスとナンバー44を抱え、跳ね橋を渡った。しかし、ハンスはナンバー9のもとへ行こうと、ユゴージンの腕を払い、跳ね橋をもう一度渡ろうとした。しかし、ユゴージンがそれを止めて、ハンスの囚人服を掴んで、真剣な顔でハンスに言った。
「もうやめろ」
「うっせぇ!お前はいいのかよ!ナンバー9が死んでも!それでもいいって言うのかよ!」
大声を出してユゴージンに噛みつくハンスの声を聞いて、ナンバー9は言った。
「ハンス。僕はそんな名前じゃないよ。シュテファンって名前があるんだ」
彼は震えていた。ハンスはユゴージンに押さえられながらも、続けてナンバー9であるシュテファンに言った。
「『ここからは出られない』ってそういうことだったのか?最初からこうするつもりだったのか!?なんで俺に言ってくれなかったんだよ!なんでだ!?」
「ハンス。そんなことを聞いちゃいけないよ。脱獄するならこれを誰かがやらなきゃいけないんだ。一度上げたら、下げるのに時間が掛かる。それに君達まで捕まってしまう」
「だからって、なっ!なんで!なんでこんなことしたんだよ!」
「だから……そんな無粋な質問してはいけないよ」
「おい!ああそうだ!お前、強かったんだろ?そいつらをやっつけて、お前もまた脱獄すれば……」
「……ありがとう。ハンス」
「待ってくれ!」
「……」
しばらく沈黙があった。そして看守達はナンバー9を捕まえようと、彼のもとへ向かって来ていた。しかし、彼は嫌に落ち着いて、ハンスに言った。
「僕はさ、ナンバー44の言う通り殺人鬼だったんだよ。でもさ、そんな異名で呼ばれていたけど、あんなに気持ちの悪いことはなかったよ。初めて人間が、同じ人間に刃をいれるあの瞬間。もう僕はずっとその最初を後悔しているんだ」
「こんな時に、なに言ってるんだよ!そんなことよりも一緒にここを出るって約束しただろ!お前は、今のお前はちゃんと更生して、世の中に出ていける!俺はそう思っている!だから、お前もこっちに来い!」
「いけ。ハンス。君は止まってはいけないよ」
「絶対に生きて会うぞ!約束だからな!分かったか!」
「そうだね……約束だ」
彼は天を見上げて、紺色の空を見つめた。辺りは燭台で灯された光のみだった。彼はかつて言われた貴婦人の女の言葉を思い出していた。そして、ボソッと小声で言った。
「今の僕の顔はどんな顔をしているんだろうかね」
彼は笑って言った後、彼は下を向いた。
「ハンス。君はいつだって熱情を忘れることはなかった。君こそが……」
ナンバー9は小声でそう言った。
そして再び顔を上げた時、彼のいつもの穏やかな顔つきはなかった。
看守達はナンバー9に攻撃を仕掛け、彼は剣一つで、太刀打ちしていた。その姿を見る間もなく、ユゴージンと女囚人はハンスを無理矢理連れていき、監獄から遠ざけていた。
「くそっくそっ!」
「いいから来い!バカ野郎!」
「ハンス……今は行くしかないわ」
「でも、お前ら、あいつを置いていくのかよ!」
ハンスは叫んだ。そして叫びながら、涙を流しながら走った。光の見える方へ走った。シュテファンの最期の笑った顔が焼き付いたまま無我夢中に走った。
ハンスは走り続けた。ハンスは走りながら、シュテファンと初めて会った時のことを思い出していた。彼はいつでもハンスに親切に話しかけ、笑っていた。彼の人当たりの良さ。心の優しさ。決まって脱獄に関しては協力はしない姿勢ではあったが、彼はいつでも助言をくれた。
——そうか。あいつははじめから協力するつもりだったんだ……。
ハンスはその時、気が付いたのだった。彼のお陰で自分は熱情を持っていられたのだと。
ハンスは何度も振り向いた。泣き叫ぶように彼の名前を呼んだ。ユゴージンと女囚人は、ハンスを連れたまま、標高三百メートル程の要塞から遠ざかって走って行った。
「あんなに大きかったのね」
「そうだな」
「ユゴージン!降ろしてくれ!俺はまだアイツを!」
「もう間に合わない」
「……っくそ!俺はまた……仲間を守れないのか……」
「アイツの覚悟を犠牲にするな。今は行くしかない」
「そうよ。ハンス。今は耐えて行きましょう。それがアイツの……」
「……」
ハンスは涙を拭いて、走るしかなかったのだった。ハンスの頭の中で、「君は止まってはいけない」という彼の言葉が深く残っていた。
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