第12話 真実

——次の日。

 三人は服を着替えて、頭にフードを被り、身をやつし、情報を収集するために街に出た。また市場を歩いて、食糧を探していた。街に出てきたのは、ユゴージンの提案だった。彼曰く、確かに街に出るのは危険だが街に出ないと始まらないし、堂々としていれば見つかることはないということからだった。

 日差しが照り、多くの人々が行きかう市場で三人は歩いていた。この人の多さなら、目立つことをしない限り、正体はバレることはないだろうと思われた。

 レイナは人の多さと日差しの強さによって暑さを感じていたこともあり、ユゴージンに対して子供のように不貞腐れて言った。


「ちょっと!こんなところに来て何をするのよ~。私達お金なんてないじゃない」


「おいおい。今は情報が何よりのタカラだろうが。それに金がないって誰が言った?金がないのはお前らだろ?俺はあるぜ?」


「え?あんたいつの間に……あっ!」


「そうさ。散歩がてらに拾ったのよ」


「あんた抜け目ないわね。私達にもよこしなさいよ」


「あ?なんでだよ。俺は金は他人にはあげねぇ主義なんでな。一銭もな。欲しけりゃ、自分で見繕え」


「あんたって本当に嫌な奴ね。もういいわ。行きましょうハンス。こいつの買い物に付き合ってるほど私達は暇じゃないわ」


 その時、お腹の虫が鳴いた。その音はレイナから聞こえてきた。


「はっはは!おめぇ、そんなこと言いながら腹すかしてんじゃねぇか!」


「う、うるさいわよ!あんたと関わってるとお腹が余計に空くわ」


 レイナはハンスを連れて何処かへ行こうとした。その時、ユゴージンは、その姿を手をポケットに入れながら見ていた。そして、


「まぁ俺は金は一銭もやらねぇとは言ったが、投資はするんだ。つまり、何が言いてぇか分かるよな?」


「え?何よ。私達にくれるってこと?」


「ちげぇよ。甘えんな。食いものくらいは投資してやるって言ってんだよ」


「な、なによ!最初っからはっきり言いなさいよ!」


「おっかねぇなおめぇは。って。お!うまそうなリンゴがあるぜ」


「何よリンゴくらいでそんな声出して」


「おめぇ。リンゴのうまさを知らねぇのか?まぁとりあえず」


 青果店があったので、ユゴージンはそこでリンゴを三つほど購入しようとしていた。


「おっさん、これ三つ」


「あいよ!」


 愛想よく最初はそう言ったが、すぐに八百屋の店主はリンゴを売らずに、黙り込んでしまった。彼等はその時、久々に街を歩いて、ある異変に気が付いたのである。


「おい、おっさん!どうしたんだよ!リンゴ三つだよ!リンゴを知らねぇのか?その赤ぇやつだよ!」


「……」


 しかし、店主は反応がなく、恐怖を感じた表情をしていた。ユゴージンは、状況をよく理解できないままだった。


「なんだってんだ?ここは貨幣経済から物々交換に出も変わったのか?」


 すると気付かないうちに市場にいた多くの人々は数が減っていた。


「なんだ?何が起こって——」


「ちょっと!ハンス、ユゴージン。あれ!」


 レイナは二人にそう言って、指を指した。その向こうには、傭兵達の軍団がこちらに来ていることがわかった。彼らは五人程で道を歩いており、先頭のリーダー格の大柄の男は、大股で歩いていた。彼等を見て、ハンス達は何故、人々が少なくなったのかが理解できた。彼等は市場を歩きながら、商品の略奪していたのだった。


「こりゃ、物騒になったねぇ。貧民街の方がまだ秩序があるってもんだ」


「そうかもね」


 ハンスはその様子を見て、拳を握った。ハンスは彼等傭兵の略奪行為が許せなかった。ハンスは彼等のもとへ行こうとしそうだった。が、


「おい、ちょっとまてバカ」


 ユゴージンはすぐさまハンスの腕を掴み、止めた。


「よく考えろ。いま俺達は逃亡している側なんだ。確かにお前にとっちゃ許せねぇかもしれねぇ。でもな、今は俺やレイナもいるんだ。それに武器もなんもえぇ。たいして相手は五人に加えて、武装がしっかりされてる。面倒事を起こすんじゃねぇ。ここは耐えろバカ野郎」


「ちっ」


 ハンスはユゴージンの言われるがままにその場を堪え、傭兵達が通り過ぎていなくなるのを、ただ立って待っていた。次第に傭兵たちはハンス達のもとへ近づいてきた。

 そして、ハンス達が寄っていた青果店まで来て、勝手に商品を持ち出していった。


「俺たちゃいつも国のために戦ってんだ、ここにあるものタダで寄越しな。いいよな?」


「え、ええ……もちろんでございます……」


 大柄の男はハンス達が買うはずだったリンゴにも手を出して乱暴に言った。


「おい。そこのリンゴもよこせ」


「……」


「おい、聞いてんのか?」


「……」


「おい、兄ちゃん。悪いことは言わねぇ。俺にそれをよこしな。早くしろっ!」


 大柄の男がハンスに手を出そうとした。

 そのままハンスはやられる前に大柄の男の顔に一発、大きなパンチを食らわせた。ハンスは我慢していたが、抑えきれなくなった。


「うるせぇ!」


「ちょっとハンス!何してるのよ!」


 大柄の男は立ったまま、口元から血を流し、怒りを露わにした。


「なにすんだてめぇ!!俺にこんなことして死刑で済むと思うなよ?お前はもっと嬲って殺してやるからな!お前ら!行け!」


 他の傭兵達がハンスへ襲い掛かった。


「おい、このバカ野郎!」


 ユゴージンはそう言うや否や、一気に加勢し、ハンスを狙う他の傭兵達を攻撃し始めた。レイナもそれを見て、溜息をつきながら、ユゴージンとハンスをサポートした。


「そこの兄ちゃんよお。そんな丸腰で俺達とやり合おうってか?」


「てめぇらなんて丸腰で十分だよ」


「言ってくれるじゃねぇか!」

 ユゴージンは剣を抜いて襲い掛かって来る他の傭兵の攻撃をかわし続けた。彼はたちまち相手の後ろへ回り、首に手刀を入れて気絶させた。

一方、レイナも他の傭兵達に囲まれていた。


「かわいいねぇちゃんだなぁ!おとなしくしてな。悪いようにはしねぇからよ。さぁこっちきなよ。えへへ」


「私はあんたたちみたいな汚いクソ野郎が大嫌いなのよ!」


「なんだと、このクソアマ!」


 レイナは襲い掛かって来る傭兵の攻撃をかわし、それからジャンプして足を高く上げ、相手の頭を蹴り飛ばした。相手の傭兵は吹き飛ばされ、気を失った。それを見ていたユゴージンは感心したように言った。


「おお、やるじゃねぇかレイナ」


「あんたこそ口だけじゃないのね。ユゴージン」


「てめぇら!何やってんだ!ガキ三人相手に手こずってんじゃねぇぞ!」


 ハンスに殴られた大柄の男は大声で言って、ハンスに殴られた口元を吹いて、唾を吐いた。


「てめぇら、さっさと立ち上がれ!やっちまいな!」


「……」


 しかし、他の傭兵達は既にユゴージンとレイナによって気絶させられていた。レイナはさっき蹴とばした傭兵のもとへ行って、彼の腰から剣を引っ張り出して、ハンスに投げた。


「これを使いなさいハンス!」


「おう!」


 ハンスはそれを受け取り、大柄の男と向かい合った。


「これで、整った。準備は良いか?」


「準備だと?へっへ!俺は装備もしてるんだぜ?名もない剣士が犬みたいに吠えたって意味がねぇぜ?」


「そうかもしれないな。でも」


「ん?」


 大柄の男は名もない剣士の異変に気が付いた。ハンスが剣を構えた時、風がなびき、神々しい程の威圧がそこにはあった。

その剣士の構えを見て、恐怖を感じたのか大柄の男は一気に剣を振り上げ、始末しようとした。その瞬間、一瞬の隙があったのをハンスは見逃さずに、彼の腕に剣をぶつけて、大男が持っていた剣を弾いた。


「っ!?」


「もう終わりか?」


「くっ!お前何者だ……?ただ者じゃねぇな?」


「俺は名もない剣士だよ」


「もしかして……ああ、そうだ。間違いねぇ。どっかで見たと思ったら、今逃走中の手配の奴らか?」


「手配の奴ら!?」


「くそ!てめぇら!退くぞ!黒騎士様に報告だ!」


 その傭兵は部下達と共に逃げ出した。事態が落ち着くと、急にユゴージンはハンスのもとに行って、胸倉を掴んで言った。


「てめぇ、今度こんな真似してみろ?そのときゃもう俺は別行動するからな!」


「見過ごせなかったんだ。あいつら許せなかった」


「ちっ!」


 ユゴージンは着ていた服についた汚れを払いながら言った。


「おめぇはたちの悪い善人だよ。それは悪人よりも厄介なんだ。礼儀を知らねぇんだ。人間は一人じゃねぇんだ。覚えとけこのくそバカ野郎」


「そんな言いかたしなくてもいいだろうが!お前は悪人だから分からないかもしれないが、今のあいつらの行動は許されるものじゃない。それを見過ごせって言うのかよ?」


 ユゴージンはそのハンスの台詞を聞いて、目つきが鋭くなった。まるで狂犬のように鋭く、細く、残酷なものになった。


「じゃあ、言っておくがよ。俺は今まで数え切れないほど盗みを犯した。それに依頼主からあった注文で人を半殺しにもしてきた。そんな俺を今、お前は見過ごしてるんだぜ?それに力のないものを助けてなにになる?くだらねぇんだよ。お前のやってることは偽善だ」


 ハンスは無言のままユゴージンの挑発に乗って剣を持ち始めた。


「はい。二人とも。そこまでよ。ここで揉めたってしょうがないわ。それよりも今は」


 それを見てレイナが止めに入った。が、


「あそこです!あそこの三人です!」


 三人は振り返ると、そこには重装備された騎士と、さっきの八百屋の店主が立っていた。レイナが二人を止めている間、青果店の店主が国の治安維持をする国家騎士を呼んできていた。その騎士はハンス達の前に厳かに立ちはだかっていた。


「ほら、油売ってるからこんなことになるのよ!」


「さっきのおっさん!なんで!」


「お、お前たちみたいな傭兵様達を倒す反逆者に売るものはない!さっさと出ていけ!聖騎士様!お願いいたします!」


「聖騎士だと?」


「任せなさい」


 重装騎士は剣を抜き、重い足でハンス達のもとに近づいてきた。


「おい、どうするんだよハンス。お前が蒔いた種だろ」


「くっ」


「だから言っただろ。あのおっさんもお前の助けなんて求めてなかったんだよ。結局は偽善だったんだよ。偽善なんてもんは」


「うるせぇ!ちょっと黙ってろ!この盗人が!」


「あ!?なんだと?てめぇ、ここであの日の雪辱を果たしてもいいのかよ?」


「ああ、いいぞ。やるか?」


「ちょっと二人ともそんなことよりもこの場をどうするかでしょ!?」


「ちっ」


 重装騎士はハンス達のもとに徐々に近づいてきていた。ユゴージンはさっき戦った傭兵の腰からくすねた短刀を使って、重装騎士に近づいた。


「先攻は貰うぜ!のろま野郎!」


 ユゴージンは重装騎士に攻撃をした。ハンスも同じく近づき、剣を大きく振り上げて、切った。しかし、二人の刃は全く刃が通らなかった。ハンスとユゴージンは一回、距離を取った。


「硬すぎる……」


「こりゃ、相手にするのは無理だな」


「同感だ」


「へっ!俺にいい考えがるぞ」


「何よ?」


「三十六計逃げるに如かずってな」


「それがよさそうね」


「盗人の意見に賛成だ」


 ハンス達は重装騎士に背中を向けて逃げ出そうと走り出した。すると、重たい足を運ばせていた重装騎士から声が聞こえた。


「騎士が背中を見せて逃げるなんて。堕ちたものですね。ハンスさん」


「っ!?」


 その声にハンスは立ち止まり、振り向いた。


「誰だ?俺を知っているのか?」


「おい!偽善野郎!何してる!今は気にせずに行くぞ。増援が来たらどうするんだ!」


「……お前は……誰だ?」


「ハンス!ねぇ、早く行きましょう!」


 重装騎士は鎧兜を取り、素顔を見せた。

 その姿は重装された装備とは異なり、体格も大きくはない、か弱く小さな女の子だった。静かに彼女のピンク色の髪が風になびいていた。


「女だったのかよ!?」


「なにあの子……。ハンスと知り合いなの!?」


 その女の子はハンスに向かって言った。


「ハンスさん。あなたは悪党と手を組むようになったのですか?あんなに正義感の強い方だったのに」


 ハンスはその姿をじっと見て、その人物の名前を思い出して、口にした。


「モモ……」


「覚えておりましたか……こんな形で再会するなんて残念でなりません……ハンスさん」


 モモ・ハーレン。彼女はハンスが可愛がっていた後輩騎士であり、ハンスのことを尊敬して慕っていた。彼女は重装騎士としてかつては見習いであり、修行中の身であった。


「成長したんだな。モモ」


「やめてください!この裏切者!」


「え?」


「私は信じていたんですよ。シュバーベン団長のこともあなたのことも……信じていたのに」


「それには……お前の知らないことがあるんだ!」


「そうですか。とぼけるおつもりですね。すっかり悪党になってしまったのですね」


 そう言ってモモはハンスの横にいるユゴージンとレイナを睨んだ。


「お前ら……。ハンスさんをたぶらかしたのか?」


 モモは急に険悪な顔になって、怒鳴った。


「は?何言ってんだてめぇ。俺はこんな奴をたぶらかす気はねぇ。たぶらかすならもっと利益になる奴をたぶらかす。久しぶりの再会に水を差すようで悪いが、俺達ぁ忙しいんだ。お引き取りくれねぇか?」


 ユゴージンはモモを挑発した。


「ふざけるなぁ!!!」


 モモはそう叫んでハンス達のもとまで走った。その足は以前まで重い足で歩いていたスピードとは雲泥の差、逃げる暇もなかった。モモはハンスに切りかかろうとした。


「はやすぎるっ!避けられない」


 ハンスは辛うじて剣で受け止め、つばぜり合いになった。そのまま、モモは言った。


「なんでですか……なんで私達を裏切ったのですか……?」


「俺は裏切っちゃいない!本当だ!【あの日】、全てを滅茶苦茶にしたのは黒騎士じゃないか!」


 モモはその台詞を聞いて、力が入り、つばぜり合いでハンスを圧倒し始めた。


「うっ!」


「ハンスさん。今の国の英雄までも悪く言うようになったのですね……もう昔のハンスさんはいないのですね……」


「ちょっと待て!【あの日】何があったのかお前は知らないんだ!」


「知っていますよ!全部黒騎士様から聞きました。あなたを含めるシュバーベン団長率いる騎士団が国を裏切り、クーデターを企てたことを……!そして、その裏切者の中には……私の兄もいた……」


「え……それって」


「なるほどな」


 その話を聞いて、レイナとユゴージンは昨日、ハンスが話していたことに納得していた様子だった。


「モモ!違うんだ!俺は本当に何も知らない。でも、その話は嘘だ。だって、俺は黒騎士に殺されかけたんだからな!それに……」


「それに……なんですか?言葉に詰まるなんて、嘘っぽさが増しますね」


 ハンスはシュバーベン団長のことが気になっていた。


「そうだ!シュバーベン団長は今、どこにいるんだ?団長が全部知ってるはずなんだ!」


「知らないのですか?裏切者の主犯の彼は……」


「団長は!今団長は何やってるんだよ!?」


 モモはそれを聞いて、少し黙って間を置いた。そして、モモは静かに言った。


「死にました」


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