アウトサイダーズ
ふくらはぎ
監獄編
第1話 監獄にて
暗く、嫌に湿った、冷たい空気だった。
監房は血なまぐさく、じめじめとした床石の上で、実に粗い素材で出来た衣服を着て、囚人達はまた朝を迎えた。そこは薄暗く、じめじめしていた。石を張り巡らして作られたそこには、窓もなく、日光が差し込むこともなかったため、冷たかった。監房には、雑に集められた藁の束とその横に三十センチほど穴が空いた便所があるだけで、他には何もなかった。壁は、黒ずんでいた。ハンスは疲れ果てた体を起こしてから、ナンバー9に言った。
ナンバー9はハンスにとって監獄に来てから初めて話した人物であり、命を助けてもらったこともある恩人になっていた。彼は中年の男であり、ヒゲが彼の顔の輪郭を覆うほどに何年も剃られていないほど伸びていた。中でも彼は顎髭を弄りながら話すのが癖であった。次第にハンスは彼に対して信頼感を抱くようになり、また自分の疑問を尋ねるようになり、何よりの話し相手となっていった。
「在監者となった者はさまざまな権限が制限されている。いや、在監者でなくても今の国には権利はない。権利。もともと俺たちには、権利なんてものはなかったんだ」
ナンバー9はハンスの言うことに反応し、答えた。
「確かに今じゃ、国はあの黒騎士とかいう奴が権力を握っている。噂じゃ、彼の為政になってから碌なことがないらしい。本当にこのままでいいのだろうか。誰か声の上げる者がいた方が良いんじゃないだろうか。なんてことも考えることもある。でも……」
「でも……?」
「でも、僕は諦めかけてるんだ」
「へっ」
ナンバー9の言ったことにハンスは反論することもなく、ただ舌打ちをするように唾棄しただけであった。何故ならば、ナンバー9はもっともらしいことはいつも言うものの、彼はちっとも行動する気がなかったからだ。それに対してハンスは国の悪化を打開することばかりを考えていたのだった。
それからハンスは寝転がって、壁と顔を向かい合わせ、ナンバー9と顔を合わせることをやめた。その様子を見てナンバー9は言った。
「君は相変わらず、まだ脱獄する気なんだね」
「ああ」
「君の熱情がいつまで続くか楽しみだよ、ほんとに」
そう言った彼の目つきはどこか虚ろに思えた。
監獄されてからというもの、囚人たちに自由な時間というものはなかった。囚人たちは生きる価値のないものとして扱われていた。彼等はただ牢獄の中で、じっとしているか労働することを強制される。食事は一応与えられるが、食えたものではない。
「おい!囚人ども!労働の時間だ!」
看守のこのセリフと共に、いつものように労働時間がやって来る。牢獄を出ると、労働場である広場があり、そこで囚人たちは日々、労働をこなしている。
西には、囚人たちが食事したり休憩する場所があり、またその広場の東には囚人達を常に監視している塔があり、北には外の世界へとつながる跳ね橋がある。またその監獄は、国の城からは少し離れた辺境にある地上300メートル程の高さのかなり険しい岩石の山の上に、聳え立っていた。そこに囚人の彼等は閉じ込められていた。そこは囚人を百人ほど収容できる場所であった。
ハンスは狭い監獄の中、外の太陽の光を浴びた。顔を見上げ、太陽を見た。ナンバー9はハンスとは対照的にすぐに労働の準備をしつつ、さっきの話をハンスに投げ掛けた。
「なんで君はそんなに抜け出したいんだ?見たとこお前さんはお人よしにしか見えない。脱獄なんかして死ぬのはやめておいた方がいいさ」
しかし、ハンスは地面を見つめ、拳を握りしめて強く答えた。
「どうしても出ないといけないんだ」
「前々から気になっていたけど、どうしてそんなに出たいのさ」
「俺は……騎士だったんだ」
ハンスはあまり気が乗らない様子で話した。ナンバー9は横目で見てから、特に驚くこともなく、ハンスに言った。
「へぇ。で、何故、騎士様がこんな暗くて狭いところにいるんだい?」
「俺がなんでここに来たのか、昔、聞いてきたことがあったよな?」
「ああ、そんなことを聞いた気がするよ。君が初めてこの要塞に来た時にね。あの時は答えてくれなかったけどね」
「俺は人殺しも盗みも、詐欺も何も悪いことはしてないんだ。今まで一度もな。そういう意味ではお前の推察どおり俺は善人だ。善人……。でも俺はここにいる」
「だから、何故ここにいるんだい?」
「それは……」
ハンスはかつて騎士団に入った時のことを思い出した。かつて勇敢に戦って、国を守ったことを。ハンスは人一倍に正義感に溢れている青年だった。その正義感は鋭く曲がらない剣のようだった。また彼は投獄された日を思い出した。彼は当時のことを思い出して、気分が悪くなっていた。
「どうした?」
「いや、なんでもない。その話はまた今度にしよう。最近、思うんだ。黒騎士はそろそろこの国を完全に統治し始めるだろう。もうここにいるのも一年ばかり経ちそうだ。今まで脱獄をしようとして殺された囚人を何人も見て来た。それでも、俺はここを出ないといけない」
「……抜け出すってのは、きっと誰かのためなんだろ?」
「ああ……」
「いいじゃないか」
「そういうお前は脱獄とかしようと思わないのか?一生こんな暗くて、飯も不味くて、酒も飲めないようなところで」
少し目を俯かせて、口角をあげて答えた。
「たしかにね」
ハンスはそのナンバー9の姿を見て、やはり彼は脱獄する気がないということが分かった。彼はただ顎髭を触っては、何か思惟していたのだった。ハンスはナンバー9の顔を見た。髭を伸ばして、外に出る気もないのに、どうして「いいじゃないか」なんて言えるのだろうか。それなのにナンバー9の顔つきは本心から言っているように優しい顔つきであった。
「それにしてもまぁ君が初めて来たときはビックリしたよ!はっは!あの時は面白かったなぁ。君みたいな生きのいい奴はなかなかここにはいないからね」
「俺はこのままここで死んでいくのはごめんだからな」
「そうか!はっは!」
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