第11話 騎士団長の行方


 ユゴージンは二人の待っているところへ戻った。


「おう。戻ったぞ」


 ユゴージンはそう言うと、二人はびっくりしながらも、少し安心した顔つきになって言った。


「ああ、あんたほんとうに戻ってきたのね」


「そりゃそうさ。散歩なんだから、そう遠くは行かねぇよ」


「すまない。ユゴージン」


「ほんとうだよ」


 彼はわざとらしくそう言った後に、衣服を約束通りに持ってきた。それをハンスとレイナに渡した。


「なるべく地味なものにした。まぁ服のセンスは、俺じゃなく、その服の持ち主に言いな」


「その、助かったわ……」


 レイナは何か悲しそうな顔して、そう言った。


「なんだそんな急に辛気臭せぇ顔してよ」


 レイナは表情を変えることもなく、そのまま辛気臭い顔で、話し続けた。


「前にもこんなことがあったのよ……私。ハンス。あなたに会いたい人がいるって言ったの覚えてる?」


「ああ」


「……私、一年前にこの国が一時期、政権クーデターがあった時あったでしょ?」


「ああ、あったな。黒騎士がちょうど台頭してきたころだ」


 ハンスは暗い声で言った。ユゴージンはその姿を見て、ハンスは昔に何かあったのだと気が付いたが、何も言わずに、レイナの話を聞いていた。


「その時、私はお金もなくて、食べるものがなくて。餓死しかけてたの。その時、助けてくれた人がいて……」


「ほう。とんだ善人がいたもんだな」


「ほんと、そのおかげで私は助かった……」


「そりゃ立派なお話だな!けっ!まぁしかし人に助けを与えることで、そいつが助けられることを覚えちまう。俺は反対だけどな。で。それで何がしてぇんだよ。そいつに会ってよ。多分向こうは憶えていないぜ」


「うるさいわよっ!」


「へっ。それで?だからどうしたってんだよ?ただ助けてもらったってだけじゃねぇか」


 ユゴージンが決まり悪そうにレイナに言うと、レイナは少し恥ずかしがって、心の底から感謝しているような表情になって、言った。


「その人にただ一言でいいから……お礼が言いたいの……」


「はっはは!」


 ユゴージンはそのレイナの顔を見て、笑いだした。


「なによっ!何が可笑しいのよ!」


「おめぇがそんなことを言うなんてな!はは!あー可笑しい」


「ちょっとっ!あんたやめなさいよ!」


「分かったよ!いつかお礼が言えるといいな!」


「これ以上からかわないでっ!もう……!それにしても、あんたのその格好、盗人には見えないわよ」


 ユゴージンは、既に着替えており、見た目は盗人には全く見えなかった。ただ、彼の目つきは、どこか鋭いものがあり、それが彼を盗人と思わせる要素の唯一の要素だった。


「それは褒めてるのか?」


「褒めてないわよ!なんかその格好、どこかの育ちの良い家の出みたいじゃない」


「ちっ。うっせえよ」


 ユゴージンはそっぽを向いてた。その姿を見ながらレイナは恥ずかしそうにしてユゴージンに言った。


「とりあえずは……その……私、あんたを信用してなかったわ」


「へっ!お礼も言えねぇのか?育ちがわりぃな。おめぇ」


「なによ!あんた!この浮浪者!」


「へいへい。その調子じゃ、その人へのお礼はまだまだ先だな」


「なによ!あんたになんてお礼言う必要がどこにあるのよ?」


「それじゃあ、俺はこの辺で御暇をもらうとしようじゃねぇか。服も手に入れたし良いだろ?」


「ちょっと、何言ってるのよあんた!多少は信用してるけど、まだ私はあんたを完全に信用してるわけじゃないからね!だから勝手に外を歩かれると迷惑なのよ!」


「なんだい?レイナ。俺がいねぇと寂しいのか?」


 ユゴージンはレイナをからかって笑っていた。


「そんなんじゃないわよ!」


「そうそう。それでいいのさ」


「ハンス。あなたからも何か言ってよ」


「ユゴージン」


「なんだよ」


 ハンスはユゴージンが好かなかったが、それまで黙っていたハンスは彼に真摯に言った。


「もう少し、俺達と行動してくれないか?俺はお前のように頭はキレない。多分、ナンバー9はそれも知っていて……。俺はお前が必要だと思ってる」


「……へっ」


 ユゴージンは一瞬、固まり、その後にその場で腕を伸ばし、背伸びをして、二人に背を向けた。そして小さな声で囁いた。


「ったく。それはずりぃだろうがよ……」


「え?何か言ったか?」


「なによあんた。本当にどっか行くつもりなの?」


 ユゴージンは、振り返り、二人の顔を見てから、笑って言った。


「まぁ、お前らとまだ行動するのも悪くねぇかもな。あはっは!」


「当り前よ!こんな時に単独行動したら許さないんだから」


「助かるユゴージン」


「さぁ、しかしよ。問題はこれからどうするかだ。服は手に入れたから行動はしやすくなったとはいえ、俺達が脱獄囚なのは変わりねぇ。とりあえず、どこかへ移動した方が良い。暗闇に乗じれる今がチャンスだ」


「でも、あんた。目的地がないじゃないの。あんたバカなの?」


「ちっ。ムカつく女だな。で、ハンスさんよ。どこか潜伏するのにいい場所はあるかい?」


 ハンスは考えた。真っ先に浮かんだのは嘗て、共に働いていた騎士団メンバーたちだった。——シュバーベン団長。そうだ。団長を探そう。でも、どこにいるのだろうか。団長の行方は知らないし、嘗ての騎士団訓練場に行くのは危険すぎる……。

 考えあぐねていた彼にユゴージンは言った。


「じゃあ、俺のハーマン盗賊団のアジトでも行くかい?きっと子分たちがまだそこに残ってるはずさ。どうするよ?」


「嫌よ。信用できないわ。あんたのアジトだって、もう駄目になってるかもしれないし。子分たちだって、あんたがいなくなった今、新しいボスがいるのよ?元ボスが今さらのこのこと帰って来て誰が助けるのよ?むしろ通報されるかもしれないわ。それとも今でも子分たちはあなたに陶酔してるの?」


「けっ。どんなものにもケチつけやがって。そんなに楽しいかい?今は生きるか死ぬかの瀬戸際だっていうのによ」


「おい。二人とも聞いてくれ。とりあえず俺にひとつ、行くべきところの見当があるんだ」


「おう。やっと、逃走生活らしくなってきやがったぜ。で、そこは?場所は分かるのか?」


「場所はまだ分からないが……」


「なんだい!何を言うかと思えば、ただのでまかせか?」


「いや。違う。正確に言うとただひとり、探さなきゃいけない人がいるんだ。その人なら、俺達をかくまってくれるし、何より……」


「何より?どうしたのハンス?」


「いや……なんでもない。とにかく、その人を探そう」


「探そうって言われたって、そいつがどういう名前か分からねぇからな」


「そうだったな。かつての俺が所属していた騎士団の団長シュバーベンだ」


「ほう。騎士様か。本当に信頼できるのか?」


「ああ、団長は俺達の味方だ」


「根拠は?」


「一年前、俺を助けてくれた。【あの日】にな」


「おいおい。それが根拠か?それじゃあ、犯罪者の俺やレイナは助けてくれねぇかもしれねぇじゃねぇかよ。それによ」


 ユゴージンはさっき街で聞いてきた会話を思い出して、続けて言った。


「俺達が脱走したことはもう既に、街に広がってんだぜ?人は慎重に選ぶべきだ」


「もう……バレているのか?」


「え?ほんとに?」


「ああ、さっき服を……じゃなくて散歩してる時、盗み聞きしたんだが、まぁ黒騎士様とやらがカンカンに怒っているみたいだぜ」


「黒騎士……」


「ハンスおめぇ知ってんだろ?一年前の【あの日】のことをよ。そして黒騎士のことをよ。俺やレイナはもうその時に不幸中の幸い、【あの日】に捕まっちまったし、当事者じゃないもんで詳しいことは知らねぇのよ」


「そうね。ユゴージン。私達、黒騎士について何も知らないの。ハンス。黒騎士って奴が何者なのか教えてくれない?」


「……ああ」


 ハンスは思い出したくなさそうに答えた。俯いてから、手で頭を押さえ、顔をあげて言った。


「黒騎士は、実は一年前の【あの日】にクーデターを起こした張本人なんだ」


「なにっ?じゃあ、【あの日】の騒動を起こした奴が今、為政者になってるってことか?」


「……でも、ハンス。黒騎士がクーデターを起こしたんだったら、市民や騎士団、この国の人達はやすやすと見逃さないじゃない。何でその張本人が今、トップの座に居座っているのよ?」


「奴は……俺達シュバーべン騎士団にクーデターの反逆罪を擦り付けたんだよ」


「えっ!?……それって……」


「ああ、レイナ。黒騎士って野郎はおそらくそれで民衆を騙した訳だ。今じゃ英雄と呼ばれるのも、それで合点がいくな」


「そうだ。ユゴージンの言う通りだ。その時、俺を逃がしてくれたのが団長だった……」


「なるほどな。だからお前は団長に堅い信頼を置いているって訳か」


「ああ。そういうことだ」


「そうね。それならその人、信頼できそうだわ」


「そうだな。黒騎士と敵対的関係にあるなら、俺達を助けてくれるだろうな」


「そういうことだ。いいか?」


 その後、二人はハンスの様子を見て、ただ了承した。その日はそのまま、夜に紛れて身を隠しながら、明日のために三人は休息することに専念した。

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