第14話 正義

 朝は陽が眩しく、目覚ましかった。その陽の眩しさで目を覚ましたのはレイナだった。体を起こし、周りを見ると、ハンスの姿がなかった。レイナは立ち上がり、辺りを歩いて、ハンスを探した。すると、少し歩いたところに森の出口があり、ハンスはその出口で佇んで、B地区の街を見ていた。


「こんなところにいたのね」


「レイナか……」


「どうしたの?そんな悩んでいるような顔して。団長のこと?モモって子のこと?それともユゴージンとの昨日の話?」


「全部かな……」


「そっか……」


「俺の正義は……団長は死に、モモには信用されず、ユゴージンには散々、偽善と言われる……俺の正義は間違っているのかな?」


「……あなたは間違ってないと思う」


 レイナは続けて言った。


「でも、正しくもないと思うの。私、昨日ユゴージンが言ってたことも分かるのよ。実は私、孤児だったんだけど、世の中のことをすごく憎んでいたの」


「そうだったのか……」


「親に捨てられてからは街で物乞いをしていたわ。生きるために必死で恥ずかしいなんて思いもしなかった。誰か助けてくれる人がいるって思っていたわ」


「誰かいたのか?」


「誰もいなかった。その時、思ったの。誰も助けてくれないんだって。なんか心のどこかで大切なものがなくなった感覚がしたわ。それから私は人を騙して騙して騙して、自分の欲しいものを手に入れたわ。生きるために」


「そうか……」


「でも、そのせいで世の中の標的になっちゃって。騙した人達から追われるようになっちゃったの。安全に暮らしていた時間は短かった。私はずっと逃げ回って、逃げ回って、A地区に辿り着いたわ。そこではその日、大事件が起きてたみたいでね」


「それって……」


「そうよ。あなたもよく知ってるでしょ?例の【あの日】よ。その日、逃げ回って、疲れ果てた私達は身を隠しながらも、もう餓死寸前だったわ。でもお金も何もなかった。あったのは命だけよ。その時、死んだって思ったの。それで子供の時とか思い出しちゃって、『誰も助けてくれないんだって』ってことが頭の中で繰り返し、繰り返し、響いていたわ。でも」


「でも……?」


「そんな時、ある人が私にパンをくれたのよ。その人は右腕に大きなアザがある人で、すごく急いでいたのに、彼はパンだけ私に渡して急いで、何処かへ消えて行ってしまったわ。私はびっくりした。助けてもらえるなんてって」


「そうか……そういう人もいるんだな」


「つまりね。ハンス。あなたは間違ってないの。いつだってあなたは正義感のもと、誰かを助けようとしてる。たとえ、それが危険なことであってもそれに逆らって。それで救われる人もきっといるはずよ。私みたいにね」


 レイナは笑ってハンスに言った。ハンスは少し元気を取り戻したように、レイナに言った。


「ありがとうレイナ」


「それは私の台詞よ」


「それでも、ありがとう」


 レイナは朝日を見ながら、両手を組んで、背伸びするように腕を上げて、言った。


「あー。私もただお礼が言いたいなぁ。その人のお蔭で私は今生きている。そして誰か助けてくれひとがいるんだって分かったってことを伝えたい」


「いつか伝わるさ。その人もきっと喜ぶさ」


「そうね!」


 すると、森から誰か現れる音が聞こえ、ハンスとレイナが後ろを振り向くと、丁度ユゴージンが、やって来た。


「おいおい。お前ら早起きだな。まだ明け方だぞ?」


「あんたが起きるのが遅いのよ」


「そうかよ。それでよ。昨晩、これからどうするかを考えたんだが、ハンスの頼みの綱である団長とやらがもういない以上、他の人間に頼るしかない。まぁ今日はB地区で情報収集がてら行くとしても、この国は俺達にとって危険だ。もう監獄暮らしはごめんだし、行動するなら早い方がいい」


「そうだなユゴージン。昨日は……その……すまなかった」


 ハンスの言葉に一度ユゴージンは目を丸くし、昨日言い争ったこともあったが、ユゴージンはそれを聞いたせいか、顔を見られないように黙ってそっぽを向いた。


「でも、あてはあるの?その他の人間っていったって私にそんな当てはないし……ユゴージン、あんたも盗賊団しかあてがないでしょ?」


 ユゴージンはハンスの方を向いた。


「それは立派な騎士さんのあてがあるだろう。なぁハンス」


 ハンスはしばらくの間、考え込んだ。しかし、身を匿ってくれ、頼れる人は団長以外にハンスの頭の中で思い浮かぶことはなかった。


「ない……」


「はぁ……どうしたものかね」


「……とりあえずB地区を探索し、情報を得よう。A地区よりは騎士も少ないはずだ」


「そうだな。行くとこがねぇなら、探すしかねぇ。何か情報が手に入るかもしれねぇしな」


「そうね。じゃあ、とりあえずB地区に降りて行きましょう」


「ああ」



        ○



 森を抜けて、彼等はB地区の街まで降りて行き、B地区の入り口までやって来た。彼等はB地区に潜入した。街は静かであった。


「嫌に静かだな……」


「街の人が全然見当たらないわね」


「そうだな……」


 街は以前よりも閑静としていた。しかし、その静けさはどこか違和感があった。街の店は殆どが閉まっており、行き交う人もいなければ、立ち話をしている人もいない。

 三人はそんな市場を抜けてから、どこか情報を得られ、または潜伏できる場所を探していた。すると、


「あそこは確か……まだあったのか」


「どうしたの?ハンス」


 ハンスはある酒場を見つけた。その酒場はハンスのかつての顔なじみの店主、コリンズがいたのだった。コリンズとは騎士の時からの付き合いであり、もしかしたらハンス達を匿ってくれるかもしれないと思った。


「あそこは俺の知り合い、コリンズって奴がやってる酒場だ……もしかしたら俺達を匿ってくれるかもしれない」


「……どうやら、店はやっているようだな。しかし……」


「信用はできるのかしら?その人……」


 ハンスは心配そうに言うレイナに、強気で言った。


「大丈夫だ。コリンズは俺の友達だ。きっと事情を分かってくれる奴さ」


「そう……ハンスがそう言うなら行ってみましょう」


「……」


 ユゴージンは何もいうことなしに二人に付いて行った。慎重に三人はその酒場に近づいてから、扉を開けた。その酒場へ入ると、恐い顔つきでがたいのいい男がハンス達のもとへやってきてから、尋ねた


「いらっしゃい。お客さんたち、ご注文は?」


 しかし、そう尋ねた後、しばらくハンスだけの顔をまじまじと観察するように見てから、ビックリして大声を出した。


「ん?あれ!?ハンスじゃないか!」


「久しぶりだなコリンズ」


 コリンズはハンスの体の至る所を触り、本当にハンスであるかどうかを確認した。


「おお!本当にハンスか?生きてたのか!」


「ああ、なんとかな。俺の今の状況、知っているか?」


「ああ、この国で知らない奴はいないぞ。それにしても生きていたんだな」


「そうか……実は俺達……行くところがなくてだな……でも、お前に迷惑を掛けたくない……その……なんていうか……」


 酒場のマスターであり、旧友であるコリンズは言葉に詰まったハンスを力強く抱きしめ、


「気にすんじゃねぇよ!俺達はただの友達だろ?今のお前がこの国の敵かどうかは俺には関係ねぇ。違うか?」


「……コリンズ」


「ちょっと待ってな、今、ご馳走を用意するからよ。それにしてもなんだ?体汚れてんじゃねぇのか?風呂でも入っていくか?」


「い、いいのか?」


「ああ!当たり前だろ!俺達の仲だろ!?」


「ありがたい……」


 ハンスが答えた後、レイナとユゴージンは、黙ってその様子を見ていた。それに気が付いたマスターは、


「おうおう!後ろの二人も、遠慮はいらないぜ、ハンスの仲間だろ?気ィ遣うんじゃねぇよ!」


「助かるぜマスター」


「ありがとう」


「いいってことよ!おい、エリー!すぐに食事の準備を頼む!」


「はい、わかりました」


 コリンズは厨房に向かって、大声で言っていた。それから彼は、ハンス達を客人部屋に連れていった。


「お前ら、今日はここでゆっくり休むと良い。武器も全部ここにおいて、とりあえず風呂でも入って来い」


「コリンズありがとう」


「いいってことよ!」


 ハンス達はその酒場で風呂を借り、その後に食事をさせてもらうことになった。ハンス達もまさかここまで歓迎されるとは思わなかったようで、驚いていたが、彼等にとっては助かる好意だった。

 三人は体を綺麗に洗い流した後、酒場のテーブルに座った。酒場の経営を回すために給仕女が一人いたことにハンスは気が付いた。昔来た時は、マスター一人ですべてをこなしていたが……。


「あの給仕さん、雇ったのか?昔はケチだったのに、嫌に歓迎的だよな」


「ああ、久しぶりの再会なんだ!当たり前だろ?それにあれは給仕じゃない。俺の奥さんだ」


「え?そうだったのか……はは!なんだよコリンズも隅に置けないな!」


「やめろよハンス」


 コリンズは笑いながら、テーブルに料理を持って行きながら、そう言った。そしてご馳走をテーブルの上に置いて、


「さあ!食え!」


 と、力強く言った。


「おう、いただきます!」


「いただきます」


 ハンスは一気にその料理に食いついた。またレイナもお腹が空いていたのだろうか。パンやら酒やら前菜やらを口に運んでいた。


「ゆっくり食えよ!酒も持って来てやるからな!」


「助かるぜ、コリンズ」


「ほら、そこの金髪の兄ちゃんももっと食え!」


「ああ、後でありがたくもらっとくよ」


「ハンス!積もる話でもしようじゃねぇか!」


「そうだな!」


「おうよ!ハンスこれまでどうしていたんだ?どこに行ってた?それにこれからどうするんだ?」


「俺は一年前の【あの日】、黒騎士と闘ったんだ。でも挙句はつかまっちまったんだ」


「黒騎士?黒騎士って今、この国の英雄の黒騎士様のことか?」


「ああ、そうだ。コリンズ。お前には話しておかないといけないな。黒騎士は【あの日】、クーデターを起こした張本人なんだ」


「なっ!?ほ、本当なのか……?」


 ユゴージンとレイナは静かにその話を聞いていた。


「ああ、そうだ。俺達シュバーべン騎士団に反逆罪を擦り付けたんだ。そして、その主犯格として団長を吊し上げ……」


「そうだったのか……」


「コリンズ、俺達三人はこの一年間、監獄に入れられていた。たった一年でこの国は大分変わったな……」


「ええ、私もそう思うわ。色々変わった。街の外観から人々の雰囲気まで」


「そうだな……確かに、色々なことが変わったよこの国は。傭兵達も略奪をするのが当然になってやがる」


 ハンス達三人は奇しくも同じ【あの日】に捕まり、監獄に投獄されていたため、この国の変化に気が付いていた。コリンズは黙って話を聞いていた。

ハンスはコリンズにどうしても聞きたいことがあった。ハンスは料理を食べながら、コリンズに訊いた。


「団長は本当に死んだのか?」


 コリンズは俯きながら、答えた。


「……ああ」


 ハンスはそれを聞いて固まった。しかし、しばらくしてから、コリンズを見て、言った。


「コリンズ。何でもいい。この国で一年間、あった日のことを教えてくれないか?これから起こることでもいい。何でもいいんだ……」


「……それは」


「どうしたんだ?」


「い、いやなんでもない!ハンス!そんな辛気くせぇ話はまた今度にしないか?久しぶりの再会なんだぜ?」


「え?ああ、まぁそれもそうかもしれないけどよ。ただ俺達はあんまり時間がないんだ。何でもいいんだが、何かこの先、この国で行われることとか知らないか?」


「……ああ、そうか……まぁ俺の知ってることなんて、大したことはないが、数日後に東へ遠征が行われるらしい……東の《黄色い鬼》もそれを聞いて、戦闘態勢になっているらしいが」


「東の地域の《黄色い鬼》……そうか。そういえばあそこには確か……。他は?何か黒騎士が何をするとか、この国の政策だとか、何でもいいんだ!」


 ハンスはお酒を飲み干して言った。少し顔が赤くなって、ハンスは必死にコリンズに尋ねていた。レイナはハンスの様子を見て、宥めるように言った。


「ハンス飲み過ぎよ」


「今日は旧友に会ったんだ。それくらいいいじゃないか」


「ハンス。飲みたい気持ちも分かるけどそれくらいに……」


「レイナ?どうした?おい!」


 レイナは急にその場に倒れこんだ。ハンスはすぐにレイナのもとへ行った。

 ハンスは突然倒れたレイナを介抱しながら、ふとコリンズを見た。目が合った瞬間に、コリンズは冷静に言った。


「ハンス……お前はこれから何をするつもりなんだ?」


「それは決まってんだろ。黒騎士を打つんだ」


「そうか……」


「……コリンズ?それよりもレイナを早く——」


「すまない」


「……え?」


 すると急に、ハンスは目の前が真っ暗になった。気が付くと体中が動かなくなってきた。


「あれ?なんだこれ……コリンズっ……?」


「お前はもう引き返せないところまで堕ちちまったんだ……悪いなハンス。妻のお腹に子供がいるんだ」


「コ……」


 既に意識が遠くなり、少しの力を振り絞り、マスターを見ようと目を凝らしてみると、マスターにユゴージンが料理を投げつけていた。ハンスはそのまま気を失った。気を失ったのはハンスだけではない、レイナも同様だった。レイナはテーブルにもたれかかるように倒れていた。それは料理の中に麻痺薬が入っていたからだった。酒場のマスターは料理の中に薬を入れ、ハンス達を麻痺させようとしていたのだった。

 そんな中、ユゴージンは料理に一切手を付けずにいた。彼は用心深い性格もあり、酒場のマスターを信用していなかったのだった。


「おいおい。何が『俺達の仲』だよ。ハンスに麻痺薬でも飲ませる仲だったのか?」


 コリンズは投げつけられた料理を払い、叫びながら、ユゴージンに襲い掛かった。


「うおおおおお!おとなしく捕まってくれ!」


「物騒になったな。まったく」


 ユゴージンは素早くかわして、再び彼はすぐさまマスターに料理を投げつけ、攻撃した。


「なんでこんな俺たちに敵意を出してくるんだこの国の連中はよ?まぁ犯罪者だからってか?それにしても友人を売るなんて美徳がねぇな。コリンズさんよ!」


「俺には……家族がいるんだ!」


「あ?訳わからねぇな。その言い方だと、まるで誰かに監視されているようじゃねぇか!」


「だまれ!」


 ユゴージンはマスターの足をナイフで切り付け、腱を切り、立てないようにした。


「くっ!くそ!待て!」


「勘定はまた今度になりそうだぜ。すまないな。マスターさんよ」


 ハンスとレイナを抱えて、酒場の外へ逃げ出した。ユゴージンは走って、逃げた。

 しばらくして後ろを振り返ると、酒場には騎士たちが集まり、中へ突入しているのが見えた。おそらく、マスターが呼んだものだとユゴージンは悟った。


「あっぶねぇ。もう少し遅かったら、俺達全員やられていたな」


 そのままユゴージンは走り続けて逃げていた。気が付くと、ユゴージンは二人を連れて、酒場からかなり遠くへ来ていた。


「はぁはぁ……なんとか撒けたか?」


 ユゴージンは振り返ると、誰もおらず、B地区の奥地である富裕層が集まる地域に来ていた。そこにたどり着いた瞬間に、彼は溜め息をついて、また焦るようにそこはかつて見たことがあるところであることを思い出した。

 そこは彼にとって、もう二度と来ることはないだろうと思われた場所だった。

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