第5話 原始的な欲求
レイは、広い遊技場を求めた。
「広い」
部屋の隅には、滑り台や平均台、ピアノ、ギター、イーゼルなどなど、遊具がたくさん置かれていた。
「なんでもあるんだな」
レイは、テニスラケットを拾い上げ、素振りしてみた。
「考えがあるとのことでしたが、テニスをなさるのですか?」
「いや、つい……違くて、本当は」
握っていたテニスラケットを静かに壁にかけ、今度はイーゼルの前に座った。
「自己表現をやってもらいたい」
箱から筆やパレットや絵の具を見つけ出し、310014に手渡した。
「なんと……」
310014はアクリル絵の具をパレットにひねり出した。
「ロボットが自己表現とは、滑稽ですが……やりましょう
人類の存続のため!」
「おお!」
それから数時間、この遊技場でレイが退屈することはなかった。
暇潰しに壁打ちするなどした。
「できましたっ」
「おお、見せてくれ……って、何だこれ?!
アカデミスム……ってか、コピー機かよ!」
モチーフは滑り台とボールと道具箱。
そんな310014の作品は、あまりに緻密で透き通っていた。
「何を描くべきか分からず……」
「目の前の物をそのまま描いたってか?
つまらんやつだ!」
「う……」
「リンゴは赤くて目を引く、とか、人間の瞳が気になる、とかさ……
何か描きたくなるものを自分で見つけるんだよ
自己表現だぞ
やりたいことをやれよ」
「……」
「その結果、他人の心を動かせたら、嬉しいっていう気持ちになるんだよ」
310014は、筆を握りしめた。
「はい……『自己表現』を、更新します」
「人間の理解がまだのまま、心を手に入れようとするなんておこがましい」
レイは、310014の頭を撫でた。
「感情豊かな設計を生かしてみろよ」
「はい……」
「よし、次は音楽表現だ
ひとつテーマを考え、作曲してみるんだ」
「がんばります!」
それからまた数時間、作曲に励む310014を横目にレイは、壁にもたれてうつらうつらしていた。
「できましたよう」
310014はレイの体を揺すった。
レイは、いつしか眠っていたようだった。
「ん……聞かせてくれ」
310014は、レイにヘッドフォンを装着した。
「テーマは『人類』です」
「……なんか、ショパンとバッハとヴィヴァルディを足して3で割ったようだ」
「彼らは偉大な音楽家です」
「まあ、その三人が気になっている、っていうのを表現していると、自己表現と言えなくもない……」
「気を遣わせてしまいました……」
レイは、不満そうに言った。
「次は身体表現だ」
音源をスピーカーに変更すると、遊技場いっぱいに曲が
響いた。
「こんな風に」
レイは、両手両足を大きく動かした。
その滑稽な姿に、310014は吹き出した。
「『人類』って感じします!」
「馬鹿にしやがって……」
310014は、それを真似るように動きだした。
「これが人類復興に繋がるんです
やってやりますよ」
「おう」
それからまたしばらくして。
「そんなに飛べんのか?!
シルク・ドゥ・ソレイユじゃねーんだから!!」
「インパクトを重視しました」
「人間基準でやれっ」
「わかりました……
それでは成人女性の身体能力の全データを参考にして……」
「もういいっ
今日は解散だっ!」
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