第十四話 仲間を信頼しよう(21歳)
俺たちは暗く狭い洞窟の中を駆けていた。
背後に迫るのは緑色肌に全身刺青した蛮族のマフィア達。
彼らは敢えて洞窟内部に入ろうとはせず、炎系の魔法を唱えて洞窟の中ごと俺たちを焼き払うつもりのようだった。
「詠唱している。アレは晶霊や妖精を用いる晶霊魔法という分野だ。この洞窟ごと焼き払われるぞ。みんな、俺に隠れろ」
どれだけ魔法が強力でも、個の力では洞窟を丸ごと焼き払うなど不可能だ。
だが、連中は20名近くいる。その全員が魔法に特化していれば、単純に威力は20倍だ。
「…コン?」
狐耳の少女コンは、少年レンの死体を決して離そうとはしなかった。自分自身が重傷を負っているにも関わらず、決して足を止めようとしなかった。
しかし、その足は動いているだけで、とても走れているとは言えないほど歩みは遅かった。
「…もう聞こえてないのね」
エルフ族の女剣士は悲しそうにコンを見た。
コンは瞳孔が開き、口と鼻から血を垂らしていた。
「毒か。矢に毒が塗ってあったのか」
これではもう助からない。
自らが助からないと分かっていてなお、コンは先陣を切って歩いていた。
「あっ」
そんなコンが前方から来たリザードマンに心臓を貫かれたのは直後のことだ。
「あっ死んだ」
エルフ族の女剣士が悲しそうに呟いた。この世界の命の価値は比較的軽い。
前方から現れたリザードマンは十数体。その全員がキノコに覆われ、中にはキノコの怪物にしか見えない者もいた。
「どこだっ…!どこに敵がいる…!」
コンの心臓を槍で貫いたリザードマンはまだトカゲ人間の形状を保っていて、意識も残されているようだが、精神は破綻していた。
しかし、残りのリザードマン達は最早キノコなのかトカゲなのか人間なのか判然とせず、ただ同じ発言を繰り返すのみだった。
「こ…殺して…くれ…」
「頼む…俺たちを…」
リザードマンの槍に刺さったコンが動いたのはその時だ。
「がっ…がふっ…!」
先程まで散大していた動向は収縮し、暗闇特有の丸い瞳に戻っていた。
「コンよ。なぜ生きているのだ」
「お…おばあちゃんの形見。私が装備しているネックレスは、一度だけ死亡ダメージを回避してくれるの」
だが、槍に心臓を貫かれたままでは一度回避出来た死も、もはや不可避のようだった。
「そのまま動くなコン。今すぐ回復してやる」
「だっダメよ。私はマイコニドに攻撃された。このリザードマンはもはやキノコ人間マイコニド。私もじきに感染する」
コンが悲痛な覚悟を示した時、キノコに覆われマイコニドと化したリザードマン達が呻き始めた。
「ひいっ誰かそこにいるのか!くるなよ…!俺のそばに近寄るな…」
「ちょっ動かないで」
「ひいいいい!寄るな!寄るな!」
しばらく暴れていた2人だが、他のリザードマン達が群がり始めると、恐怖で叫びだした。
「頼む…殺してくれ…」
「寄るな!寄るな!」
「動かないで!痛いわ!ぎゃあああああ」
下手に暴れた連中はトラップを踏み、足元に落とし穴が現れた。
「危ないよ。コン」
「ああああああああ」
槍に貫かれてキノコに寄生されたくらいならまだ助かる見込みはあったが、落とし穴に落ちてしまってはどうしようもない。
コンとレン。そしてキノコに覆われマイコニドとなったリザードマン達は深い穴の下へ落ちていき、やがて見えなくなった。
「深いな。アレでは助からん」
「私たちのパーティーが全滅した罠だ。初心者の冒険者ならその末路は想像に難くない」
しかし、悪い言い方だが足手まといがいなくなったことで、俺とエルフ族の女剣士はようやく迎撃態勢に入ることが出来た。
いつの間に抜き取ったのか。レンの装備していた剣をエルフ族の女剣士は抜き払っていた。
「残酷だが、死ぬ見込みのある奴を連れて戦うのは余計なリスクを背負うことになる。コンちゃんが死ぬのを待っていたあなたの判断は間違ってないと思う」
「生きてダメージを負えば復活する確率が下がる。可哀想だが、死ぬならさっぱりと死んでくれた方が良かった。…それより、俺の名前は"あなた"ではない。エビボーガンだ」
俺はハサミ型ボーガンを展開した。
蛮族の村人達は呪文の詠唱を終えようとしていたところで、俺たちはあえてそのタイミングを待つことにした。
「そうか。私はエルフ族の女剣士だ」
エルフ族の女剣士は剣を蛮族達に向けて構えた。
「エルフ殿。明らかに前衛型の戦い方をするようだが、魔法の心得は?」
「ない。エルフ全てが魔法を使うとは思わないでくれ。それにしてもレン君の剣、かなり細身だな。軽剣士の使う剣だ。私としてはもっと肉厚で重い方が好みなのだが…」
「ならば俺のを使え。聖都謹製の量産型聖剣だ。ただのブロードソードよりは頑丈だ」
「では遠慮なく」
エルフ族の女剣士は躊躇なく俺の腰から剣を抜いた。
「防御は任せてくれ。絶対に俺から離れるなよ。」
「生憎と前線に突っ込む性分でね」
エルフは俺の聖剣を肩に担いだ。
その特徴的な構えは明らかに防御を捨てた攻撃的な構えだった。
「火が来るぞっ!突っ込め!」
洞窟入り口で待機していた蛮族達の口から火球が放たれた。
その数は人数通り約20。
俺とエルフ族の女剣士は火球の群れに突っ込んだ。
エルフ族の女剣士の動きは身軽であり、肩に剣を担いだまま、ひょいひょいと火球を躱す。流麗な歩法で蛮族の村人達へ接近する。
対して俺は硬い外殻頼りに火球を跳ね返しながら敏捷に動いてた。
「なんだこいつら。呪文が効かねえ」
「落ち着け。慌てず数で潰すんだ」
蛮族達は次々と火球を放つ。
エルフ族の女剣士はこの機を待っていたように、あるものを目の前の火球に向けて投げつけた。
蛮族が持ってきた、冒険者の生首である。
冒険者の生首と衝突した火球は爆発し、視界を塞いだ。
「やったか!?」
「いや、やってない。来るぞ」
言葉は理解出来ていないが、蛮族の声がする方へとエルフは瞬時に駆け抜ける。
次の瞬間には、蛮族の首が2つ飛んでいた。
「ふたつ!!」
「あっっっ!この女!!」
慌てた蛮族達が慌てて鉈や鍬で応戦する。流石は村人。その辺りの装備は村人らしいのか。
しかし、エルフは防御捨てた攻撃的な構えで、全身を切り裂かれながらも致命傷は避け続け、一心不乱に村人達へ切り掛かり続けた。
数を打てば当たる。エルフの攻撃はクリティカル的に村人達の首を刎ねた。
「これでみっつ!!」
「舐めやがって剣士めえ。村人達の苦労を思い知れ」
蛮族の1人が日頃の農作業で鍛えた強力な農民パンチを繰り出そうとしたところ、俺は回復呪文を唱えながらその蛮族を跳ね飛ばした。
蛮族は飛ばされ、木に衝突して動かなくなった。
「よっつ!!」
「慌てるなエルフ殿。すぐ回復してやろう」
俺はエルフを回復しながら蛮族の攻撃をいなした。
「このエビ!!回復しながら戦ってやがる!!」
あまりの出来事に蛮族が驚愕した。
「なんでだよ!!神官は後衛でサポートする役目だろ!!なんで神官の防御力がこんなに高いんだよ!!」
ふつう、パーティーは前衛と後衛に分かれて戦うが、俺の場合は後衛が推奨される神官職にもかかわらず、前衛で戦うのが主流だった。
「やるな。エビボーガン殿」
「エルフ殿も相当攻撃的なようだ」
全回復したエルフは俺と背中合わせになる態勢をとり、全方位に対応できる形を取った。
「リーダーをやろう。敵将を討ち取られた軍は容易に崩壊する」
「分かった。エビボーガン殿」
エルフは戦闘経験で誰が蛮族のリーダーかを察したようだ。
俺とエルフは背中合わせに、回転しながら奥の茂みに突撃した。
「なっ」
茂みに隠れていた蛮族のリーダーは、回転しながら突撃せる俺とエルフによってアッサリ首を刎ねられた。
「これでいつつだ」
「5人か。全員うまく蘇生するのは難しいな」
俺は残った蛮族達にハサミを向けた。
「見ての通りお前達のリーダーは討ち取った。お前達の命をどうするかは俺達の自由だ。まずはそこに並べ」
「エビボーガン殿。奴らを殺さないのか」
「今回の件は俺たちにも非がある。ドラッグを精製して平和に暮らしていた彼らの生活に踏み入ってしまった」
「確かに。彼らは犯罪者であることを除けば平和に暮らしていた民。私もリザードマンの軍勢を追って不用意に足を踏み入れたことは詫びよう」
エルフは蛮族達に頭を下げた。
俺たちにこれ以上の殺意がなく、勝機も無いと見た蛮族達は、武器を捨てて降伏の意を示した。
「降伏しよう。頼む。女子供は見逃してくれ」
蛮族語で話す蛮族の1人の肩を、俺はハサミで叩いた。
「お前達のような悪魔を…俺は探していた!!」
「えっ」
俺はハサミから赤い月のブラッドストリームの液体を蛮族の顔面に放った。
「グムっ!ぐううううう」
ブラッドストリームに耐えられなかった蛮族はドロドロに溶けて崩れ去った。
「俺は悪の怪人、勇者エビボーガン!!いまからお前達に悪の組織の勇者の仲間になるチャンスをやろう!!このブラッドストリームに耐えられた者のみ、力を与えてやる!!」
「成る程な。貴方の真意が理解できたよエビボーガン殿。レン君とコンちゃんを殺したこいつらは敵。だが、分かり合えれば仲間というわけか」
エルフは感心したように勝手に頷いていた。
俺もまた心の中で頷いた。
こいつらはレンとコンの仇。落とし前はつける。
だが、それが終われば仲間だ。
逃げ惑う蛮族達に、俺は赤い月のブラッドストリームの液体を高速で発射しつづけた。
先に首を刎ねた5人も蘇生呪文で生き返らせて————これで全員を選別する事ができた。
20名近くいた村人達は1名しか残らなかった。
「さて…生き残りの君はこれで仲間だ。君にはこれから犯罪部門を担当してもらう。これまで通り生活し、我々に貢献するんだ」
「えっ…?えぇ…」
生き残った若い蛮族の男はすごく嫌そうだったが、仲間の死に対してはアッサリしていた。
「嫌かね」
「いや、それはまあ…こっちは負けてるんで文句は無いですけど。ウチにもメンツってもんがあるんで。死人が出た以上、どっかに報復しないと立ち行かないんですわ。そうしないとほら、ウチの上部組織も怖いんでね」
生き残った蛮族は軽い性格のようだった。
彼ら蛮族は西の大陸から移住してきた集団で、村は治安が最悪なのだという。
そんな彼らはいつしか犯罪組織を形成し、西の大陸にある犯罪組織本部の命令で、マイコニドをドラッグに精製する商売を始めたらしい。
ゴブリンが洞窟でマイコニドを育て、村でドラッグに加工する。
簡単なノウハウさえあればマイコニドの寄生は避けられるらしいが、なにぶんゴブリン達は馬鹿なので、今回のような大繁殖が度々起こってしまうらしい。
その度に村人達は炎系の呪文で洞窟を焼き払い、一からマイコニド作りを始めるのだ。
「マイコニドの種はエルフの隠れ里から仕入れるんだけどよぉ…こんなことは、ここいらじゃあちこちの村でやってる事なんだよ。」
「なら冒険者ギルドがこの件を把握してないはずが無い。お前達が報復すべきは冒険者ギルドではないか」
単にギルドが把握してなかった可能性もあるが、それはそれでギルドの怠慢だろう。
真の黒幕はこの依頼をギルドに託した謎の人物だろうが、ギルドも分かっていて依頼を受けた"かも"しれない。
「ところで、実は俺は聖都で蘇生呪文を取得していてな。早くレンとコンを助けてやらねば」
「いや、それは不可能だと思う」
俺が洞窟に入ろうとしたところを、エルフの女剣士は引き止めた。
「何故だ。毒の回ったコンはまあ生き返らんだろうが、それでもせめて遺体だけでも回収してやらねば」
「落とし穴に落ちたレンとコンの回収は不可能だ。残念だが諦めるしかない」
エルフは心底悲しそうに言った。
このエルフもまた自分のパーティーを罠で失ったばかりなのだ。
「成る程。洞窟の構造か」
「ああ。洞窟の落とし穴。私達のパーティーが落ちた時、一緒に持っていた松明こ火が消えたんだ。それに仲間も次々と窒息死した。地下は酸素がないんだ」
「洞窟というものは構造が複雑で、何千年も前から生物が立ち入ってない場所もある。必然、そういう場所は生育に適さない環境が多いと聞く」
俺が言うと、エルフは無言で頷いた。蛮族の生き残りの若者も頷いた。
「あの洞窟よ。地下は酸素より重い気体が充満してるんだ。だから落とし穴に落ちた人間は絶対に助からないし、誰も回収に行けない。俺たち、アンタラに炎の呪文を唱えたろ?あれはわざと落とし穴に追い込んで、窒息死させる為だったんだ」
俺は静かに怒りに燃えていた。
確かにこの村人達は悪人だ。ドラッグを売りさばくなどあまりにも外道すぎる。
いつ殺されても文句は言えない。
だが、悪人にも生活と家族はいる。
そんな蛮族の生活圏に初心者を差し向けたのは冒険者ギルドだ。
人を人とも思わぬ軽率な連中、冒険者ギルド。
レンとコンとは今日会ったばかりで親愛の情は薄いが、あんな良い奴らを間違った情報で死地に追いやった冒険者ギルドを俺は許せぬ。
「冒険者ギルドよ。首を洗って待っておれ。」
悪の怪人が街を襲ってやるぞ。正義のヒーローなとどこにもいないんだ。
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