1 長いチュートリアル—ファンタジー世界で暮らそう
1-1 大目的を決めよう
第一話 転生神との遭遇
自らの意思で戦いに臨み、正義のヒーローに敗北した俺には心残りがまだあった。
それは、カニトロ博士を置いて逝ってしまったことだ。
悪の怪人としての本懐は組織の目的を果たすことだ。だが、俺は作戦を無視して単独で戦闘を行い、死んだ。
全ては己の実力への過信からくる行動だった。
俺の肉体はカニトロ博士が開発した最強戦士の肉体だ。その俺が、負けていいはずが無い。
だから、己以外の実力に頼ることは、カニトロ博士の知恵と努力すらも敗北することを意味する。
それだけは絶対に許されない。
「それだけは断じて許されないッ!」
緑色の生命エネルギーを流し込まれ、爆死した後も俺は叫んだ。
だが、それは死後の魂がそうさせた、虚しい孤独な反響だった…
「ここは…どこだ?俺はアロエマンに負けて死んだはず」
先ほどまで戦っていた東京湾埠頭では無いようだ。
辺りを見まわしたが、どうやら見たこともない石造りの広大な空間にいるようだ。
東京の地下空間にこんな広大な下水道があると聞いたことがある。
「どこだここは?死後の世界と言うやつか?」
体は心地よい脱力感と、奇妙な浮遊感に包まれている。
よくよく自分を確認してみれば、俺の肉体は単赤色の半透明の姿に変わり果てていた。
「答えてくれッ!誰か答えてくれーーッ!俺は一刻も早くカニトロ博士の元へ帰還し、今度こそ作戦を成功させねばならんのだ!!」
「そうはいくまい。エビボーガンよ」
突然、俺の名を呼ぶ声が聞こえたかと思うと、目の前に現れたのは石壁に映し出されたプロジェクターの映像だった。
「私は死した魂の運命を導く神。名を龍神ソマリアと言う」
突然現れた声の主はプロジェクターに映し出された巨大な西洋風の白いドラゴンだった。
ドラゴンは龍神ソマリアと名乗った。
「龍神ソマリア!聞いたことも無い神様だな!」
「お前は運が良い。私に選ばれる魂はそうそうあるまい。それ程までにお前の死に様が惜しいものだったとも言える」
悪の怪人特有の理解力で、目の前に映し出された映像のドラゴンが本物の神様だと悟った俺は、心して龍神ソマリアの話を聞く準備が出来ていた。
まだ何も話を聞いていないが、もしやこれは元の世界へ帰るチャンスなのでは?
だが、今しがた、もう帰還できないみたいなことを言っていたな、この龍神ソマリア…!
「龍神ソマリア…!俺は…カニトロ博士の所へ帰りたいんだ」
「残念だが、エビボーガンよ。一度トラックに轢かれて死んだお前の魂は、二度と同じ世界に定着できない決まりだ」
龍神ソマリアは不甲斐なさそうに大きく嘆息する。
純白の体躯。巨躯の西洋竜。翼を折り畳み、地に伏した姿すらも神々しい。
まさにまごうことなき神の風格を漂わせており、流石にその長い口から吐き出される言葉一つ一つにも説得力がある。
「俺の魂が定着できないだと…!つまり、元の世界へは帰れないという意味か!」
「察しが良くて助かる。これも魂を定量化するために神々の間で取り決めた条項でな。
私は無作為に抽出した魂を、新たな世界へと送り出すことくらいしか出来んのだ」
「新たな世界へと送り出すだと…!つまり、龍神ソマリア!お前は俺を異世界へ転生させることができるということか!」
「そういうことだ。私はお前の死に様を思うところがあり、新たなる人生を与えようと思い、こうして話しているのだ」
俺は悪の怪人特有の理解力で、龍神ソマリアの言っていることをなんとなく理解した。
つまり、俺はこれから異世界へ転生し、一から人生をやり直すということだ。
龍神ソマリアは不定期で目に留まった死人を異世界へ転生させる、暇な神ということである。
「エビボーガンよ。お前はアロエマンに敗れた。だが、死の間際、アロエマンを庇ってトラックに轢かれて死んでしまった」
「龍神ソマリア!それについては言っておかねばならないことがある!!」
俺は単色赤の半透明の両手を振りかぶり、悪の怪人特有のプレゼン能力で龍神ソマリアに食ってかかった。
「俺はアロエマンに敗れたが!俺の肉体は緑色の生命エネルギーしか効かない!だからあれはアロエマンに殺されたのであって!トラックに殺されたわけでは無いんだ!」
俺は必死に自己主張をする。このプレゼンに元の世界へ帰られるかどうかが掛かっている。必死になろうものだ。
「故に!龍神ソマリア!もう一度俺を元の世界へ帰してくれれば!次こそは必ずやトラックにも耐えて見せよう!」
「それが無理なのだ。残念だが、世間はお前のことをトラックに轢かれて死んだ怪人だと思っている。それがこの世界の運命なのだ」
龍神ソマリアの話には説得力が無かった。
「信じられるか!そんな話…!俺が居なくなれば、カニトロ博士はどうなる!」
「カニトロ博士は次なる怪人を用意するだろう。それが悪の組織の営みというものだ」
龍神ソマリアの話には説得力があった。
何があっても、元の世界は帰れないということか…!
独断専行した俺など、もはや組織にとっては不要。悲しいことだが、それが現実だ。
今更戻ってトラックに耐えたところで、組織に戻ることも出来ない。
「…そうか。どうしても元の世界へは帰れない、か」
「そうだ。故に、お前に第二の人生を与えよう」
俺は組織の最強戦士。カニトロ博士の最高傑作。
だが、俺は驕りから失敗した。
ならば、次こそは失敗しない。
「分かったよ。龍神ソマリア。俺をどこへなりとも連れて行くがいい」
「威勢の良いことだ。元より、納得しなくともそうするつもりだったがな」
龍神ソマリアは一定の満足を示したように息を吐いた。
「…エビボーガン。お前の言うように、本来はアロエマンに負けて死ぬはずだったお前が、トラックに轢かれたのは、手違いだ。
神々の設定ミスと言うやつでな。そもそも、神々のプロジェクトリーダーが現場を放棄して逃亡してしまい、そのシワ寄せで業務委託先の私に全権が委任された形なんだ」
「そうか」
ぎょむっ…業務委託!?
委託業務って、転生の業務!?
じゃあプロジェクトリーダーって、世界にトラックを配置する神様ってことか!?
…様々な疑問を呑み込んで、俺は決然とした表情を取り繕った。
「お前たちの事情など、どうでも良い。俺は俺のすべきことをするだけだ」
「いやに冷静だな。お前は『エビビビビ〜』みたいな驚き方をするタイプだと思っていたが」
「それはカニトロ博士の命令さ。これが本来の性格だ。…さあ、そうと決まれば早く俺を異世界へ転生してくれ!」
「覚悟は決まったか。しかし…その前に、これから転生するお前に、一つだけ新たなスキルをやろう。これも神々の間での取り決めと言うやつだ。さあ、好きなスキルを言うが良い」
こいつ、段取り悪いな。
早く転生しろよ。
説明の順番が丁寧すぎて、時間がかかるタイプだ。
悪の怪人特有の理解力が無いと、事態に追いつけないかもしれない。
…暇つぶしに死者を転生させるような奴だからか。
しかし、スキルを一つだけ貰えるのか。
なら考えがある。
俺はかつて失敗した。
だが、次こそは絶対に最強を証明してみせる。
俺の存在証明こそが、悪の組織が最も優秀だという証明になるからだ。
そのために必要なもの。
「龍神ソマリア!俺はかつて…独断専行に走り、失敗した!命令を無視し、あまつさえ敵に利する行為まで取った!
だが、俺は学んだ。一人だけでは限界があると。組織あっての俺なのだ。これからはチームワークを大切にしていきたい!」
「ならは…どのようなスキルを望む!?」
「『強くてニューゲーム』にしてくれ!前世のスキルを来世に継承してくれ!」
これが俺の導き出した結論だ!
「…えっ」
「俺は組織の最強戦士!その肉体は緑色の生命エネルギー以外の攻撃を一切通さず、ハサミ型ボーガンの威力は20t!それこそが組織の科学力の証明!そのスキルを異世界に持ち込み、チームワークで最強を証明したい!」
「チームワークとは一体」
「俺は最強なんだ!最強の俺が強くてニューゲームすれば最強に決まってるだろ!」
「いや、出来るけど…出来るけどね?こっちは人間の両親の下へ転生させるつもりだよ?君…どう見てもエビじゃん?エビでしょ?見た目で色々苦労すると思うよ?いいの?」
「良い!」
龍神ソマリアは与り知らぬことだが、俺は悪の怪人特有の擬態能力も併せ持つので、社会へ溶け込む能力は常人の比ではない。
例え人間の両親の下へ生まれついても!!
なんとか人間社会に溶け込んで見せよう!!一応人間形態もあるし!
好きじゃないけどな!人間形態!
「分かったよ。そこまで言うなら君の望むとおりにするよ。一応向こうでも極端に苦労はしないように調整してやるからさ。なんというか、程々にな」
龍神ソマリアがため息を吐くと、辺りの景色が朦朧とし、それに比して、石壁の映像は青い海と緑の大地を鮮明にハッキリと映し出した。
「エビビビビ〜!生まれ変わって異世界を侵略してやる〜!」
そして、俺は赤い色の塊となって、映像の中へと吸い込まれていった。
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