第三話 世界地図と父の話(4歳)
今日で4歳になった。
俺は身長も伸び、一人で歩けるようになり、言葉遣いもしっかりとしたものになった。
一人で外を出歩けるようになると、俺は自宅やその周辺を歩きまわり、人を観察し、話を聞き、情報を集めることに集中した。
当初の予想通り、我が家は結構な規模の豪邸で、周辺は海に囲まれた島である。島の規模はまだわからないが、これから探索を続けていくつもりだ。
書斎にあった本を読もうともしてみたが、この世界の文字は当初判読できなかった。
また、人々の会話は理解できても、こちらから話しかけることは出来ないので、集められる情報は限られた。
それにしても。
この世界で、俺が人々の会話を理解できる理由。
それは前世でのカニトロ博士の発明品のおかげだと言わざるを得なかった。
翻訳コニャック。
悪の組織としての仕事の関係上、海外の人とのやりとりも多かったカニトロ博士が作った薬品だ。
このブランデーを飲んだ者は、言葉の通じない人間とでも、まるで知識を備えているかのように理解できるという。
原理はよく分からないし、カニトロ博士は天才科学者なので理論までは再現できないが、俺の肝臓にはその翻訳コニャックが埋め込まれている。
この翻訳コニャックがあったお陰で、俺はこの世界の人間の言語を学ぶことなく理解できたというわけだ。
しかし、翻訳コニャックにも限界がある。
会話を理解することは出来ても、文字や文法が分かってないのでこちらから話しかけたり、本を読むことが出来ないのだ。
なので、3歳までは言葉を話し、文字を読めるようになることに従事した。
両親の隙を見てはハイハイしながら書斎に忍び込み、文字を見、家人達の会話を聞いては翻訳コニャック無しで言葉を理解できるように努めた。
お陰で、おそらく一般的な幼児くらいには言葉を話せるようになった。
また、1歳の時に一人で立って歩けるようになると、すぐ屋敷の外に出て、周囲の観察に努めた。
俺の行動は家の人間を大層驚かせたらしい。
我が息子が立ち上がる瞬間を見られなかった父などは、思わず俺に叫んだのだった。
屋敷内の観察をしつつ、俺は外の探索を続けては父に捕まり、連れ戻される日々を送っていた。
「エビボーガン!ダメじゃないか、外に出たら!一人でどこをほっつき歩いてたんだ!?」
その日も俺は、一人で家の外に出たところ、庭師やメイド達に挨拶をし、庭で植物の観察を終え、塀を越えようとしていた時に父に捕まったのだ。
父は俺にどこへ行くのかと聞いたが、
俺は自分がどこにいるのか知らない。
島ということしか分かってない。
それ以外のことを知りたくて、外に出たのだが、分かったのは家の敷地が広いことと、庭の塀は超えられず、結局は家の上階から眺める景色の方が島の全景をよく捉えられたということだ。
広葉樹らしき木々とまばらな色の花々、そして岩礁地帯や海岸線、瀬戸内のような美しい海景であること以外の情報を知りたいのだが。
どう答えていいか検討がつかず、仕方がないので、ありのままを答えることにした。
「…せかいを、しりたかったのです。父上」
「ハッハ…!我が息子は冒険者か!この島はお気に召されたか!?」
父の反応に、思わず心臓が飛び出そうな思いをする。
この島が気に召したか、だと?
島の御統主ぶった、旅の来客者に対しての言い回しをふざけて使ったのだろうが、こちらは本当に来客者なのだ。
この世界への、来訪者だ。
この世界が悪の組織に征服されるに値するか。
まず知るべきは、それなのだ。
「この島はとてもキレイです、父上。はじめて見るものがたくさんだ。もっと色々なものを見たい。世界を手に入れたいのです、父上」
「…そうか!世界が欲しいか!この世界は余すところなく冒険者達の為にある。我が島などは東の大陸から中央大陸に至る中継地である故、交易も一手に握っている。征服するにはうってつけだぞ!!ハハハ!」
高身長でがっしりとした体格の父は、片腕で俺を摘み上げたまま、愛おしそうに頬に寄せた。その髭面は中々に精悍である。
その姿はいつ見ても一流の戦士の風格を思わせた。
そして
東の大陸。
中央大陸。
貴重な情報だ。
そしてこの島は交易地だと言ったな。
ならば、情報は手に入りやすい筈。
これからはより身の振るい方を考えねばならない。
「せっかくだ!エビボーガン、お前に世界を見せてやろう」
そう言うと、父は俺を肩に乗せ、笑いながら屋敷へと駆けて行った。
…おかしいな。
俺の体重、多分もう1トンくらいはある筈だぞ。
まるで平気そうな顔した父は、やはり一流の戦士の風格を備えていた。
「かすみ!エビボーガンが世界地図をご所望だ!」
父は母の部屋に入り、壁の上方に飾られた大きな横長の絵画を俺に見せた。
それはこの世界の地図だった。
「聞きましたよ。また庭の外へ出ようとしたそうね。今回は塀は超えられたのかしら?」
「残念ながら、この小さな体ではまだ思うようにはいきません」
ベッドで本を読んでいた母は優しそうに微笑んだ。
その傍らには1歳くらいの女の子が母が読み聞かせる物語を聞いている。
「ゆかりはまだ歩けんか!」
「そうね。エビボーガンも歩くのは遅かったですしねえ。この子は家にいる方が好きみたい」
ベッドの上で至極つまらなさそうに母の話を聞く、この小さな女の子は我が妹である。
この4年間で分かったこと。
俺の両親の名前。
父、ブリスケ・ゴトーシュ。
島を治めるゴトーシュ家の御統主で、過去には冒険者であったらしく、数々の逸話を残している。
出身はこの島では無いそうなのだが、どうも家人達の話から推測するに、ゴトーシュ家に婿養子になる形で貴族の位を得、島の領主に就いたらしい。
母、ネレイドかすみ。
この島出身で、ゴトーシュ家の地を引く。
美しい灰色とも白色とも銀色とも付かぬ風合の髪色を二股の三つ編みにし、、大抵いつも白いゆったりしたシャツに、黒いコートを羽織っている。なぜかいつも橙色のタイツを履いている。
かつては父と共に冒険に出ていたそうなのだが、どうやら島が大陸に侵略されそうになった折、周辺勢力に顔の効く父を婿に取ることで、島の存続を図った…のだと思われる。話を総合するに。
要するに島の出身者は母の方で、父は婿養子だということだ。
にもかかわらず、父は島民達に慕われ、歓迎されている。
そのカリスマ性は見習わねばならない。
これからは父との対話が多くなるだろう。
そして1歳になる妹、ユズティーナ・ゆかり・ゴトーシュ。
俺を食べ損ねた母が「もう一人欲しい」と言って聞かず、そういう経緯で誕生した、いたって普通の人間の女の子だ。
俺をなんだと思ってるのか、懐いてくれるのは良いのだが、抱き上げてやると良く腕を噛む。
髪色は父にも母にも似ず、紫色だ。
この世界の髪色に関しては、どうもかなり奔放なようで、前の世界には自然になかったような髪色の人間がいることはもちろん、親と同じ髪色になることも少ないらしい。
それが遺伝によるものなのか、はたまた別の要因がそうさせているのかはわからない。
庭の植物も、同じ株から咲いた花の色が違っていたり、木に咲いた花もそれぞれ色が違っているものが存在した。
しかし、場合によっては全て同じ色だったり、別々の木が全て同じ色の花です統一されていたりするものもあった。
この世界の"色"に関しては現在調査中である。
さて、そんな家族団欒の中、父ブリスケは俺に世界地図を見せた。
「あの地図は古代文明遺跡から出土した貴重品でな!一般には流通してないから良く見ておけ!アレが見えるか!?アレが東の大陸だ」
「なるほど。中々広いですね。俺たちの島はどれですか?」
父はまるで少年のように楽しく、世界地図を俺に指し示す。
俺は冷静に地理を学ぼうとしていた。
「おお!東の大陸の東岸からずっと行ったところにな!大きな島があるだろ!アレが中央大陸!その中央大陸の少し南東にあるその小さい小さい島、それが我々の住む島だ!エビボーガンよ!」
「成る程…予想していたよりも世界は大きいですね」
縮尺が分からない以上、大きさについてはなんとも言えないが、地図を見る限りでは東の大陸のさらに東の果てには三つほど大陸があり、
中央大陸のすぐ西にも大陸が一つ。
北にも一番大きな大陸が広がっている。
さらに、南西には三日月型の大陸が、西の大陸と中央大陸を南側から取り囲むように、東の大陸と南端で繋がっていた。
「驚いたか!?世界は広いぞ!我々の住む島なんて小さいもんだ!!」
「成る程…まだまだやるべきことは多いですね」
「そうね。まずは出汁を取らなきゃね」
母は良く脈絡なく俺を風呂に入れようとするのだった。
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