2-4 家を探そう

第十七話 押しかけ女房は敵(21歳)

 ギルドマスター・オルツォをギルドマスター戦の前に倒してしまった…

 大丈夫なのかな。血とかいっぱい出てるし。


「ブヒィ〜!この役立たずめ〜!その程度の実力で勇者の称号を欲するなどよくも大口を叩いたものだ〜!早くワシの金を守れ〜!」

 クロック商会の主人、クロック・ブタリオンは怒りながら血まみれのオルツォを殴っていた。

「が…は…馬鹿な…俺の、俺の高速起動が…」

 オルツォは苦しそうにのたうち回りながら悔しがっていた。


「おいエビ坊」

 呆然としている俺に、エルフさんが声をかけた。

「だれがエビ坊だ。馴れ馴れしくないか」

「私とお前は相棒だと誓ったはずだ。それより、もうここに潜入する目的は達成したんじゃないか?」


 エルフさんの指摘ももっともだ。このままここにい続けても意味はないだろう。

「そうだな。エルフさんの言う通りだ。ここはトンズラさせてもらおう」

「ブヒィ〜!何をしておる!フィノッキオ!奴らを止めてくれ〜!」

「仕方ないですね」

 全身鎧に身を包んだ女声の騎士が、長槍を構えて突撃してきた。


「何を呆けておるエビ坊」

「お前まで俺をエビ坊と呼ぶな、魔王よ」

 黒髪の少女、魔王リザが俺とフィノッキオの間に割り込んだ。

「危ないわ貴女。退きなさい」

「退くのはお主じゃ小娘。儂をだれと心得る」

 魔王がフィノッキオの槍を掴み威圧した。それだけでフィノッキオは動けなくなってしまった。


「…っ!」

「ブヒヒヒィ〜何をしておる!もういい、ワシが直々に相手してくれるわ」

 魔王の威圧も物ともせず、それとも単に物分かりが悪いのか、ブタリオンが高級そうな細身の剣を振りながら突撃してきた。

「フン」

 俺はハサミで剣を受け止めた。


「中々堅いなこの剣。というか…」

「ブヒブヒ〜!?ワシの自慢の聖剣がぁ〜?」

「お父様!」

 隙を突き、フィノッキオが槍で俺を突いた。槍は弾け、俺とブタリオンは引き離された。


「こいつらは貴方が相手に取るほどの価値はありません。どうか私にお任せを」

「ブヒィ〜!よいわ!この程度の連中、相手にする時間すら惜しいわ。ワシの金を返せ!ワシが金を稼ぐはずだった時間を〜!」

 そう言うと、ブタリオンは応接間の扉から出て行ってしまった。


「はぁ?えっちょっ…」

 フィノッキオはブタリオンを呼び止めようとしたが、やや逡巡すると諦めたようだ。

 そして、こちらを振り返った。

「ふフン!父上は寛大な人だ!命拾いしたな!元より貴様らがどうしようが、父上の商売を踏みにじることは出来ん!」

「そうか」


 こうして俺たちは、フィノッキオの案内で平和裏にクロック商会を脱出することが出来た。

「なんなんじゃ。あのオッサン」

 魔王もこれには呆気に取られたようだ。


 俺とエルフさんは泊まるところが無かったので、勝手に魔王の自宅に上がり込むことにした。

「何かを企んでいるというより、相手にされてなかったな。私たち」

 魔王の自宅は裏町の一軒家だった。小さいが、不自由は無さそうである。


 エルフさんは魔王のタンスを漁りながら、衣服や金品などを物色しつつ、適当に会話に参加していた。

「ねえエルフさん、何してるの?」

「冒険」

 エルフさんは冒険の旅をしていたのだ。


 これは考えてみれば当たり前のことで、冒険者のエルフさんが旅教の冒険信仰を持っていないはずが無かった。

 冒険者たちは遠く秘境の宝を手に入れ、理想郷に辿り着くことを信じている。


 それは見知らぬ他人の民家とて、変わらない。

「あらよっと」

 エルフさんは魔王のツボを壁に投げつけ、中の薬草を懐に収めた。

 このように、冒険者たちは新しい街へ行けば、まず民家に押し入り金品を略奪するのである。


 そういった行為は敬虔な冒険信仰の一環として、中央大陸では容認されているのだ。

「よい冒険ぶりじゃの〜」

 魔王もエルフの行為を暖かく見守っているようだった。

「冒険」

 はじめての冒険は俺にとって刺激的だった。


 エルフさんは魔王の押し入れから包帯を見つけると、俺の方に歩み寄った。

「そんなことよりお前、その腕折れてるだろ」

「ああ。さっきブタリオンと剣を交えた時にな」

 ブタリオンが持っていた聖剣のせいか。


「油断したな。包帯巻いてやるよ。腕出せ」

「ああ、すまんな」

 俺は甘んじて包帯を巻かれることにした。

 回復呪文唱えたらすぐ治るけど、面白いので黙っておくことにしたのだ。


 エルフは包帯を器用に巻いてゆき、その手つきは幾たびの戦いの経験を思わせた。

「まったく。お前は私の相棒なのだから気を付けてくれ。あの場は戦う必要など無かった。これからは戦う必要のない場は退くことを考えよう」

「すまんな。よもや聖剣の力がこれほどとは思わなくてな」

 俺の怪人特有の外殻は硬い。加えて、怪人の特殊なボディは正義のヒーローの生命エネルギーしか通さない。


 しかし、まさか腕の骨が折られるとは。これが聖剣の力なのか。

「アレに防御は無効じゃ。お主はお主自身の力で腕を折ったのじゃよ。じゃがお主でなくば、腕は吹き飛んでいたじゃろう」

 魔王は楽しそうに口を挟んだ。

「どういうことだ」

 エルフさんは俺の腕に包帯を巻きながら聞いた。


「第四聖剣・隼のサーベルアルベール。それが彼の剣の名じゃ。隼のサーベルアルベールの持つ加速能力が、お主自身の腕の骨を加速させたのじゃ」

「第四聖剣?加速能力だと?」

 エルフは俺の腕に包帯を巻きながら聞いた。


「この世には現在観測されておるだけで十二本の聖剣が存在する。それらは歴史上の様々な場面で現れ、同じ数の勇者が存在する。そして、あのブタが持とったのが第四聖剣じゃ」

「俺の腕の骨を加速させたとは?」


第四聖剣アルベールは斬りつけたものを彼方まで吹き飛ばすことができる。あの場合お主の腕の骨だけを吹き飛ばそうとしたのじゃろう。じゃが、その外殻が止めたのじゃろうな」

「成る程な。それほどまでに強力な剣ということか」


「使い手によっては厄介この上ないのー。儂も見るのは初めてじゃ。しかしのー」

 魔王はニヤニヤしながらエルフさんを見て言った。

「ん?」

 エルフさんはようやく魔王の視線に気づいたようだ。


「お主、巻きすぎではないか?それでは腕を動かせんじゃろう」

 エルフは包帯を巻くのに夢中になり、腕が倍くらいの大きさになるまでになっていた。

「ああ。俺も巻きすぎだと思っていた」


「なっ」

 エルフの顔が赤くなり、耳まで真っ赤に染まった。

「何を言うか!腕が折れてるんだ!たくさん巻いたら治りも早いだろう!」

「それはアホの意見じゃ。そんなに連れが心配じゃったのかのー」


「当たり前だろう!もはや1人しかいない私の相棒だぞ!一蓮托生!こいつに何かあれば困るんだ」

 美しく切り揃えられた前髪から覗く灰色がかった橙色の眼まで真っ赤になったようだった。


 しかし、なんとはなしというか。顔を近付けられると、こちらまで顔が赤くなりそうだ。赤エビなのだが。

「ほーそうかの。儂はお主が番を甲斐甲斐しく世話するオシドリにしか見えぬがの」

 魔王は楽しそうにエルフをからかった。


「はぁっ!?ち、違うぞ!確かに私の好みのタイプは非常食になりそうな男性だが!よもや隙あらばエビ坊を茹でて食おうなどとは夢にも思っておらんぞ!5回ぐらいしか」

「みんな、もうこの話題は止めよう」

 エビは非常食に含まれますか?


 だが、平穏は突如として破られた。窓から槍が突っ込んで来たのだ。

「とうっ」

 窓から槍とともに入ってきたのは鎧を脱いで美女の姿になったフィノッキオだった。


「あら、暫くぶりにあったわね。私は『烈風隊』のフィノッキオ」

「なんだ貴様。戦うのか」

 こんなに愉快な奴だとは思ってなかったが、フィノッキオは窓ガラスの破片を振り払うようにポニーテールを振り回していた。


 見れば、フィノッキオは十代半ば程の黒髪の女性である。身長は高い。

 今は鎧を身に纏っておらず、引き締まった筋肉と小麦色の肌が露わになっていた。


「あら、戦わないわ。私では貴方達に勝てないもの」

「ならばどうする?」

 俺が言うと、美女フィノッキオは俺のハサミを手に取り、口づけをした。


「えっ」

「…そう。籠絡するのよ。生臭っ」

「えっ」

 俺が二回聞くと、フィノッキオは妖艶な笑みを浮かべた。


「実力でダメならば、私の魅力で貴方をこちら側に引き抜き…うぉぉえっ」

「えっ」


 成る程。力で及ばないことを察して、搦手から責めることにしたか。

 フィノッキオはどうやら俺を籠絡に来たらしい。まともに戦うよりも、魅惑で引き抜く選択肢を取ったようだ。


 さながらフィノッキオの役目は女スパイといったところだろう。俺たちの弱点を収集し、仲間との絆を引き裂き、戦力を削ぐことがフィノッキオの目的なのだ。


 その為に正面からやって来たのは正々堂々としすぎているが。

「私、海鮮系がかなりダメなのよね。ゴメンない。私では貴方の押しかけ女房になれないみたい」

「えっあっそうなんですね」


 俺が生返事をすると、フィノッキオは妖艶な笑みをした口元をさらに歪めた。

「フフフフ。私はこれから付きっきりで貴方の側にいると決めたわ」

「消えろ」


「そうはいかないわ。ギルドマスターでは貴方に勝てない。なら、私の選択肢は『烈風隊』を裏切り、貴方の仲間になることのみ」

「なんだと」

 ギルドを裏切るというのは、多分方便だろう。だが、ここは乗っておく方が吉か。


 すると、フィノッキオは我が意を得たりとばかりに、白目を剥いた。

 そして、懐から出したカマボコ板を口に咥え、四股を踏みながら部屋の周りを円形に回りだしたのだ。

「ウッフウ〜ン」


「ちょっと何してるの。頭大丈夫」

「ウフフフフゥ。私の蠱惑ダンスに魅入った者は…全員が私のことを好きでたまらなくなるのよ!!さあ私を仲間に加えなさぁい」

 どうやらフィノッキオは天才踊り子のようだった。


「ふんっ」

 これに怒ったのはエルフさんだ。

 エルフさんはフィノッキオの剥き出しになった腹筋に拳を打ち込んだ。

「ぐふう」

「ふんっ」


 フィノッキオが腹痛でうずくまると、エルフさんはフィノッキオの顔面を蹴った。

「ぐふう」

「ふんっ」

 フィノッキオが床に倒れると、エルフさんはマウントポジションを取り、フィノッキオの顔面を殴り始めた。


「ふんっふんっふんっふんっ」

「ぐふうぅぅぅ」

「ストップ、エルフさん。一旦止めよう」

 一向に止まる気配が無かったので、俺はエルフさんを止めることにした。


「話せ相棒。この手のふざけた奴は殴らないと気が済まないんだ」

「がはああああ」

 フィノッキオは口から大量に血を吐き、痙攣を始めた。


 すかさず魔王がフィノッキオの腹に手を当てた。

「いかん、内臓をかなり損傷しておるようじゃ。このままでは死ぬぞ」

「死ねっ!クソが!こいつは私の相棒だ!」

 エルフさんはいつになく怒っていた。


 これには意外と俺でも驚くようで、フィノッキオの吐血自体が何かの罠なのではないかと勘ぐってしまった。

「待て待て。エルフさん。これはきっと罠だ。これはきっと押しかけ女房殺人事件作戦に違いない」

「何じゃそれ」

「構わねー!おいこらフィノッキオー!正々堂々戦えー!」

 エルフさんは問答無用でフィノッキオの脇腹を蹴った。


「ぐふう!がふう!」

「もう止めろエルフさん。これ以上はエルフさんの好感度が下がる。だが、思考を巡らせろ。敵は逆にこんなマヌケな状況で傷つけば、俺が介抱せざるを得ない。そうして事実上の押しかけ女房におさまるつもりなんだ」

「覇?」

 エルフさんはゴミでもみるような目で俺を見た。

 そしてもう一度フィノッキオに蹴りを入れた。


「がああああ」

「ちょっ」

「おいエビ坊…お前はアタイを舐めとんのか。アタイのことをどう思ってんだコラ」

「えっええ」


「照れとんとちゃうぞクソが…!アタイはお前に命救われて、一緒に旅をして、これはもう相棒やと思とる!!前の仲間は全員キノコになって死んだ。アレではもう生き返らすんは無理や」

「あ、ああ」

 俺が曖昧な返事をすると、エルフさんはフィノッキオの顔面を蹴った。ハナの折れる音がした。


「何やそら。お前は何でアタイを助けてん」

 ここで俺はエルフさんの真意に気づいた。

 エルフさんは冒険者。その人生は危険に満ちていて、いつ死んでしまうかもわからない。

 実際、出会ったとき、エルフさんは死にゆくところだった。


 だが、俺はエルフさんを救った。エルフさんは仲間と財産を失ったが、代わりに俺という仲間を得た。

「エルフさん…俺はお前の相棒。俺はお前の仲間だ。仲間は財産。つまり、俺はお前の所有物でもある」

「そか」

 そう呟くと、エルフさんは満足したように歯を剥いて笑ったのだった。


「やっぱりもう一回蹴っとこう」

「グハァァァァ」

 フィノッキオは動かなくなった。


 エルフさんが気を良くしたこの一瞬を逃す手はなく、魔王がタイミングよく拍手を送った。

「ふむ。男女の仲などとからかったワシが野暮だったようじゃ。仲間は所有物。その仲を割くような輩は、例えどれだけふざけた女でも容赦はせん、ということかの」

「そうだな。そしてそれを認めるのも、仲間としての役割か。だがエルフさん」


 エルフさんは、口だけでなく本気で俺を相棒と認めてくれていた。その覚悟は並大抵のものではなく、口には出さないが、俺に見返りを求めていたのだ。


「なに」

「俺がお前の所有物ということは、お前もまた俺の所有物ということだ」

 すなわち、俺がエルフさんを相棒だと認める言葉を。

「当たり前だ。お前も文句がある時は必ず言ってくれ」


「その男勝りな性格…そしてフィノッキオとかいう小娘を上回る体術。お主、エルフにしてはかなり筋力の加護が偏っておるようじゃのー…MPとかあるのか?」

 魔王が聞くと、エルフは返り血に塗れた服を脱ぎだしながら返事をした。


「ない。私は魔力と呼べるものが殆ど無くてな。子供の頃から才能がないからまともに勉強も教えてもらえなんだ。だからMPとか詳しいことも知らんのだ」

「アホかお主!人前で裸になるでないわ!!」

 エルフは下に黒のシャツ一枚着ていたが、魔王は人前で肌を晒す文化に疎かったのだ。


 エルフの肌は陶器のように真っ白だったが、バチバチの腹筋とガッチガチの筋肉が艶めかしかった。

「いや、もっとよく見せろ」

「おう、見ろ」

 エルフは二つ返事で了解した。


「狂ったかエビ坊!?女子に肌を見せよとはデリカシーの欠片もない阿呆め!!相棒なら労わってやらんか!?」

 魔王は実に常識的な発言をした。

 俺は構わず、エルフさんの腹筋や上腕二等筋に異常が無いかを確かめた。


「やはり…ブラッドストリームの影響が無いな。常人ならば、1日もすれば体が崩れ始る筈なんだが」

「そうかのか?あの赤色のドロドロってやっぱり体に悪いんだな」

 エルフさんはそっけなく答えた。


「ああ。アレは力を与える代わりに、一年もすれば体が崩壊して死んでしまう」

「えっ…あのキモいドロドロ、儂も食らったんじゃけど…」

 魔王は青ざめた。


「私は今のところなんとも無いぞ。すこぶる元気だ」

「儂の端末も問題無いようじゃぞ」

 なんだろう。この世界の人間は勝手が違うんだろうか?


「人間の寿命…アレか?私はエルフだから、人間より生命力がバリ高だぞ」

「儂もダークエルフの血が入っとるから多分5万年くらい生きるぞよ」

「5万年」


「人間は50年しか生きんからのう。調子良くても100年じゃろ?不便よのー」

「すごいな。私はエルフでも下等なレッサーエルフだから200歳程度だけどな」

「ちょっと待って。エルフさん何歳?」


「今年で26歳だ。人間で言うと18くらいか」

「例え寿命が倍だとしても、肉体の崩壊が一切出てないのはおかしいよな。ブラッドストリームはエルフの肌に合うんだろうか?」

 それは永遠の謎だった。

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