1-6 怪人の能力を活用しよう
第八話 魔物軍団襲撃前編(10歳)
この世界に転生してついに10年が経過した。
剣の修行もそこそこに、魔法の修練は大人にもヒケを取らないくらい積んだ。
世界情勢に関しては不安になるばかり。
中央大陸北部を本拠地とする魔王軍は南部の人間国家を狙っていた。
とはいえ、中央大陸から近い我が島は魔物一匹出現しない平和な日々を送っていた。
俺はフグテル先生との個人授業に興じていた。
「フグテル先生。今日はより実践的な魔法を学びたいと思う」
「坊っちゃま。貴方の魔法は既に一人前。我が生徒の中でも秀でた部類に入ります」
言葉とは裏腹にフグテル先生は嫌がっている様子だった。
先生から魔法の手解きを受けてから5年。呪文数種を身に付けてからは精度の向上とMP総量の増加に努めた。
「謙遜は良い。俺の魔法習得速度が人並みなのは俺自身がよく分かっている」
「坊っちゃまのMP総量は低くはありませんが、抜きん出て高いわけではありません。せいぜいが秀才レベルといったところ。それでも儂が評価しているのはその努力です」
「それこそ謙遜だ。努力程度なら誰しもがすること。しかし実践で役に立たなければ意味がない」
「成る程。ではその実践法の考えについてお聞かせ願いましょう」
ここがフグテル先生の良いところだ。
最初は嫌々でも、こちらが真剣に話をすれば、相応の対応をしてくれる。
ちなみにフグテル先生の場合、わざと遠回しに説明した方が話を分かってくれることが多い。
「まず先生の拙い説明から学んだことを纏めよう。世に言う魔力は存在しない。しかし、遍く世に満ちるマナの存在を信じることで、魔力に代わってマナを体内に取り入れる」
「拙いとは心外。しかし、仰られることは正しい。マナは非実在ゆえに、抽象を具象へ落とし込む技術が必要となる」
「マナは制約を設けることで随意に体内に蓄積が可能。しかし、下手な制約は破棄され、肉体そのものがマナへ変換される結果に終わる。ゆえにこの場合、晶霊に加護を受けた『精神力』『知力』を基準にMPを設定す流のが最も効率が良い」
「はい。我らはその制約をMPと呼びます」
「そこで質問だ先生。この場合、『精神力』『知力』がMPの決定に関わるのは何故だ?『腕力』や『敏捷性』『器用さ』などではなく?」
「実を言えばよく分かってません。パラメータとは大きく心技体の三つに分かれます。即ち、心のアストラル界、技のエーテル界、体のマテリアル界。これはアストラル界に由来するパラメータが『精神力』『知力』のみであるからして、抽象、即ちこれもまたアストラル界から魔法という具象即ちマテリアル界を表現するための手段にして…」
残念だ。フグテル先生の説明は全くわからなかった。
本当に掻い摘んで話すのが苦手な人だ。これだから魔法の基礎一つ理解するのに5年もかかるんだ。
「いや、いい。先生。聞いた俺が悪かった」
「そうですか?まあ、この辺は慣例的な部分が多く未だ研究分野。突き詰めて発狂する魔術師も多くいると聞きますし、魔法の起源論に関しては簡単な理解だけで良いと思われますな」
発狂するのか。出来れば早く知りたかった。
魔法、怖いな。
とりあえず、MPの決定に『精神力』『知力』が関わる理由はよく分からない。というのが通説らしい。
随分と適当な通説もあったものだ。
しかし、重要なのはそこではない。
「まあ簡単に纏めると、魔法を安全かつ効率的に使うには自分でMPを設定するしかないってことだな。だが、俺はこれが既に一つの魔法なのではないかと思う」
「ほう。つまり?」
フグテル先生の目が鋭く俺を見据えた。まるでテストに臨む学生を見る教授のような目だ。
「マナを引き出すための制約は何でも良いわけだろう?大抵の場合、それが肉体を失うという結果に終わるだけで。ならば、無限に失わない肉体を持つ者なら如何とする?」
「坊っちゃまの仰られる魔法体系は存在します。しかし、無限に存在する肉体など無いが故に、実現には至らない」
無限の肉体。
それが、あるのだ。
赤い月のブラッドストリームの力。
俺のような怪人の体内に流れるこの力は無限に湧き出る。
通常の人体には猛毒となるこの力。唯一対抗出来るのは、ヒーローの持つ緑色の力のみ。
だが、ここにヒーローはいない。だから、赤い月のブラッドストリームの力を、この世界では十全に発揮できる。
「フグテル先生。俺の体内には無限のエネルギーが流れている。これをマナ変換に用いることは可能か…?」
「結論から言えば、可能。世間ではこれを交換魔法と呼びます」
赤い月のブラッドストリームの力を、マナに変換する。
理論上は無制限に魔法が放てるはずだ。
つまり、MPの概念が不要となる。
「坊っちゃま。聡くございますなあ。魔法は行使する方法によって4つに分かれます。交換魔法、文系魔法、数系魔法、そして心的魔法です。全ての魔法はこれら4つの組み合わされています」
「ほう、四つ…」
何だか学校の教科みたいだが、あまり気にしないでおこう。
文系と数系はなんなんだ。
「あくまで方法論による分類ですが。魔法それ自体は多様にして多岐に渡ります。文系魔法は呪文や紋章を用いた魔法。詠唱なども含まれます。総じて文化的な行為を介して魔法を行使する方法です」
「できるだけ簡単に説明を頼む。交換魔法のことだけを知りたい」
「まあ、焦られるな。数系魔法は数式を解くことでこれを魔法回路とし、マナ量を操る魔法。心的魔法は魔法回路の伴わない原始的な魔法で、己の心そのものをマナの通り道として魔法を行使する技術です。心を拠り所とする故、熟達した魔導師による詠唱破棄や魔法を全く知らない子供の超常現象なども無意識に使います」
ふむ。数系魔法に関しては全く理解できないが、心的魔法はいわゆる超能力という奴だろうか。
「詠唱破棄なら前回の授業から挑戦を始めているだろう?ならばアレも心的魔法に分類されるのか?しかし詠唱破棄は呪文の設定をしない分、随分と扱いの難しい代物なのだが」
「いかにも。坊っちゃまが今挑戦されている段階もまた、分類上は心的魔法になります」
詠唱破棄とは、呪文を唱えずに念じるだけで発動させる類の技術だ。
コツは、マナの通り道を正確にイメージすることだ。全ての魔法はマナの通り道と蓄積、放出の組み合わせで行われる。
その蓄積の方法が言葉や図形、数字、心かの違いだけだ。
「ならば先生。交換魔法とはなんだ?魔法にはマナの通り道、魔法回路が必要だ。交換魔法の魔法回路は何だ?」
「そうですな。交換魔法は交換という行為そのものがマナの通り道となるのです。錬金術やMPなどが交換魔法に当てはまります」
つまり、アレか。等価交換という奴か。
「交換魔法は現代的な方法です。極めれば、マナ誘引無しにMPを直接に魔法と交換ができる。そこにタイムラグはありません」
「成る程。それは詠唱破棄とは違うのか?」
「明確に違います。例えば
フグテル先生は説明しつつ、両手に交互に炎を灯らせた。
成る程。
実演がこんなに実態を伴わない説明というのも珍しい。フグテル先生は本当に教師の才能に欠けるようだ。
流石は研究者タイプ。しかし、そうでなくては困る。色々と実験ができない。
「今のは右手の方が僅かに数瞬速かったように思われるな、先生」
「流石の動体視力。今のは右手を交換魔法、左手を心的魔法の詠唱破棄で行いました」
即ち、交換魔法を極めれば無限に炎を出せるのだ。
「先生。確か、マナの代わりに魔石を使って魔法を発動する方法もあるな。これもまた交換魔法の一種だろう。俺が行うのもまたこれだ」
「分かりました。体内に存在する物質をマナに変換するのですな」
フグテル先生は流石に理解が速い。
そう。魔石を魔法に変換する技術は広く一般に浸透している。2年前の授業でも学んだ。この世には自然の晶霊が勝手にマナを蓄積した鉱物が存在し、これを魔石と呼ぶ。
「俺の体内に存在する無限のエネルギーを、一定量体から切り離してこれを炎魔法に交換する。重要なのはこれらが可能だと想像すること」
俺は両手を広げ、赤い月のブラッドストリームの力をハサミに集中させた。
「来い、炎。ぶっつけ本番だ」
俺の両手のハサミから青色の炎が漏れ出す。
上々だ。これで俺は、無制限に魔法が使える。
「フグテル先生、あなたは最高の先生だ」
「慢心はなさらないよう。儂より上の教師など、ゴマンとおりますゆえ」
慢心、せずにはいられないだろう。
俺はこの力をどうしても試したかった。
午前の授業を終えた俺は父と妹と共に庭の散策に出掛けていた。
通常、書斎に篭ったり交易を取り仕切る父が俺たち兄妹の相手をすることは少なく、むしろ共に庭で散策など、初めてと言ってもよかった。
「どうしてもお前たちに話しておきたいことがあってな」
「どうしたの父上?また統治者に必要な心構えの話?」
妹ゆかりは今年で7歳になる。
この年にして剣と魔法の実力は抜きん出ており、俺に追いつこうと努力を重ねているようだ。
しかし、潜在的なポテンシャルの高さは俺ではなく妹に軍配があがるだろう。それ程までに妹ゆかりが受けた晶霊の加護は計り知れなかった。
パラメータとしては『精神力』『知力』が高く、典型的な魔法使いタイプかと思いきや、『筋力』など体術面も平均を上回るらしい。
これは才能に加えて幼い頃よりのトレーニングの賜物らしい。
特に最近は剣を振るうための基礎修行から、格闘術に目覚めたらしく、島内のちびっこグラップラー大会で優勝した経験すら持つ。
そんな妹ゆかりが戦闘面だけではなく、政治でも覇道を歩もうと考えるのは極めて自然な発想だろう。ただ、流石にパンツ一丁で戦おうとするのはやめて欲しい。
「ははは。統治者に必要なのは心構えではなく行動さ。ところで、エビボーガンよ。『剣の勇者』の査定式が来月に迫っている」
「ええ。存じております。父上」
父は来月に迫った『剣の勇者』の査定式の話をする為に俺を呼んだようだ。
2年前に現れた使者アマナート以来、全く音沙汰が無かったが、天秤教の正式な団体が俺が10歳になる年に来航する予定だった。
巷に流布する『剣の勇者』の伝説だが、聖都においてもこれは有名なようで、天秤教としても迫る魔王軍の脅威に対して旗頭が必要なようである。
「十中八九、聖都はお前を『剣の勇者』だと公式に認めるだろう。俺もそのように根回ししたからな。だが、それはお前が魔王軍との不可避の戦争に陥ることを意味する」
「父上。俺は覚悟はできております」
2年前、魔王軍が中央大陸ユバの街を強襲した。
一度は冒険者ギルドより派遣された『剣と魔法の冒険団』により撃退されたものの、どこからか現れた援軍により再びユバの街は占領されてしまった。
それ以来『剣と魔法の冒険団』の使者が多く来航するようになった。
人数こそ以前の来航した大人数ではなく2、3人の戦士ばかりだったが、彼らが魔王軍討伐に向けて父の助力を図っていることは一目瞭然だった。
「そう。だが、『剣の勇者』が必要なのは『剣と魔法の冒険団』もまた同じ。今朝も使者が俺の元を訪れた」
おそらく、この島もまた戦争に巻き込まれるだろう。
不可避の戦いに対して、父は密かに武力を備えていた。
「ですが父上。『剣と魔法の冒険団』が求めているのは、本当に父や俺の助力だけですか?」
「兄上、どういうこと?」
「この島に戦力上の魅力など皆無でしょう。それを抜きにしても、連中は俺が『剣の勇者』だと注目される以前からこの島に現れたと記憶しています」
「ふむ。実を言うと、エビボーガン。お前の言うとおりなのだ。マッキアートの奴は探し物をしていてな」
父は柔和な表情で解説をした。
「探し物、ですか?」
「ああ、この島は古代文明の遺跡があると言われていてな。マッキアートは古代文明のワープゲートが残されていると考えているらしい」
ワープゲート。空間転移魔法か。
「父上、ワープゲートとは?」
「大規模転送魔法のことだ。大量の人や物を瞬時に輸送可能な巨大魔方陣でな。古代文明遺跡ではしょっちゅう見つかる。東の大陸と西の大陸も幾つかのワープゲートを通して未だに交易が行われている」
「私知ってるわ。ワープゲートの大量輸送技術は現在では失われていて、貴重なのよね」
妹ゆかりはワープゲートのことを知っていたようだ。
大規模輸送魔法。つまり、これを独占出来れば侵略すらもお手の物ということか。
「魔王軍が魔法城から程遠いユバの街を占領できたのも、ワープゲートの賜物なのですか?」
「それはわからん。あの街にはワープゲートは確認されてなかったはずだ。誰かが手引きした可能性もある」
「それは人間側に裏切り者がいるってこと?」
「滅多なことは言えん。しかし、お前たち二人には覚悟はして貰いたい。この島とて安全ではない。どれだけ上手くことが運んでも、俺ないつまでもお前たちと一緒に居られる保証もないのだ」
父は優しい表情だったが、しかし、その言葉は厳しかった。
その日の夜。俺は初めて魔王軍と対峙することになる。
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