2-5 勇者らしく振舞うコツ

第十八話 ドラッグ撲滅作戦(21歳)

 押しかけ女房フィノッキオを倒した俺とエルフさんは、動かなくなったフィノッキオをギルドに返してあげることにした。


 晴れやかな、早朝のことだった。

「さて…今日のギルドマスター戦だが、どうする?」

 朝一番にフィノッキオをギルドの壁に立て掛け、エルフさんがことも無げに聞いた。


 エルフさんは魔王の服を完全に私物化し、パッとした見た目は街娘と言って差し支えなかった。ロングスカートが動きづらそうである。

「まあ一応戦おうか。どちらかというと、あいつらの野望を邪魔するのが一番の目的だけどな」

「そうなのか。邪魔するだけでいいのか」


「ああ。目的ははじめから報復だからな。そして奴らの企みがこの街全体を巻き込むものなら、尚更良い。派手に邪魔をしてやろう」

「派手か。それは楽しみだ」

 エルフさんは楽しそうに笑った。


 その後は朝食を恵んでもらう為に魔王の家へ引き返した。

「なんで戻って来たんじゃ、お主ら」

 魔王は花に水をやってる最中だった。

 分身体とはいえ意外と庶民的な魔王もいたものである。

「すまんが飯を恵んでくれないか。昨日から何も食ってないんだ」


「せめて金を払わんか馬鹿。お主らは社会のルールすら知らんのか」 

「うぅ…金さえあれば、もっと良い店に行っとるわい!」

「そうだぞ魔王。世界が魔王のものなら、魔王の朝食くらい恵んでくれ」

 我ながら意味不明なことも言ってみたものである。


 結局、魔王はケチなので俺とエルフさんはひもじい思いをしながらこれからの方策について話し合うことにした。


 全員がテーブル席に着いたところで、まずは魔王が話を切り出した。さすがは魔王。本当の会議みたいで真面目だ。

「2人とも昨日の密会を聞いたじゃろ。奴らは違法なドラッグをハムの街で独占販売するのが最終目的のようじゃ。お主らはその計画に巻き込まれたんじゃよ」


 違法なドラッグの売買。

 当たり前だが、使用に危険が伴う薬物は、取引が制限される。

 それを決めるのは、街の総会だ。


 中央大陸西側諸都市は、商業の活発な西の大陸から移住した商人連合の息のかかった街が大半を占める。

 ハムの街は総会を中心とする一部の商人たちの自治で成り立っており、総会を牛耳るクロック商会はつまるところ街の首長だ。


 その気になれば、ドラッグの解禁くらいは出来るだろう。


「クロック商会はドラッグの取引を解禁するというのか?」

「実際需要はある。周辺の村々を見たじゃろ。アレは魔王軍の末端組織なのじゃが、あんなのでも飛ぶように売れるんじゃぞ!」

 魔王は踏ん反り返った。お前のせいか。


「成る程な。じゃあクロック商会がドラッグを自前で用意し、それを売るなら、どうしても周辺のドラッグ精製村が商売敵になるわけだ」

「だが、村が魔王軍と繋がりがあるなら、ギルドマスターはすぐにでも村を攻撃して良いはずだ。何か攻められない理由でもあるのか?」


「それはお主。拝月教は蛮族の存在を容認しておるんじゃ。信仰の厚い西の諸侯は蛮族の保護政策を取っておるほどじゃ。ゆえに蛮族じゃからという理由で、魔王軍と結びつけることは出来ん。その辺はワシもバレんように巧妙に仕組んどるぞ」

「やっぱお前のせいじゃねーか!!」


「ちなみにこの辺の蛮族は蛮族と名乗っとるだけのオークの血を引く呪術師の人間達なのじゃが、面白いくらいにみんな騙されとるのー。オークの血を引く呪術師は厳密な分類では蛮族ではないのじゃが」

「知らねーよそんな細かいこと。レンとコンに詫びろ」

 なんか細かいしがらみとかいっぱいあるみたいである。


 話を聞いていたエルフさんは頭を抱えた。

「しかし、アレだな…私としては、自治を謳うハムの街周辺で平然と蛮族がドラッグを精製している事実に頭がクラクラするな…」

「まあ…ハムの街は村々から税金という名目で色々と取り立てとるからのう。ついでにドラッグを取り立てたいというのも、連中の目的じゃと思うよ」

 自治都市、やりたい放題である。


「ハムの街は今はドラッグを取り立ててないのか?」

「当たり前じゃろ。ドラッグは街での取引が禁止されとるんじゃから」

「あっ…そっか。」

 ハムの街にとって、蛮族の村は本当に邪魔なだけのようだ。


「エルフさん。以前、南にあるガムの街からクロック商会の荷物を輸送したと言ってたな」

「ああ、生きた川魚を大量にな。だいたい、ハムの街のほうがトーニュ河に近いだろうに、川魚を売る意味がわからん」


「それはもしやキノコ系モンスターのマイコニドに寄生された魚だったのではないか」

「お前もそう思うか。私もちょうど同じことを考えていた」

 蛮族程度がドラッグ精製できるなら、人間にも出来ないわけがない。

 ガムの街で、川魚をキノコに感染させれば、ハムの街へ運び込む頃にはイキのいいマイコニドが手に入る。


 しかも、川魚なら税関もすり抜ける。小賢しい手段だ。

「決まりだな。おそらくクロック商会の倉庫には大量の川魚の備蓄があるはずだ。それを所定の作業でドラッグに精製したものを、ドラッグの取引の解禁と同時に売りさばくのだろう」

「そして、商売敵の村は冒険者ギルドに襲わせる。村からのドラッグが断たれれば、それだけドラッグの価値は需要とともに跳ね上がる」

「クロック商会が独自にドラッグを作っとるなら、もはや村からとりたてる必要すらないからのー」


 こうして、俺たちはクロック商会を襲撃することが最も手っ取り早い報復になるとの結論に達した。

 連中のドラッグの在庫を潰せば、クロック商会は大損だからだ。


 だがそれもタイミングが大事だ。

 功を急り、早々にクロック商会のドラッグを破壊しては、困ったクロック商会が周辺の村々からドラッグを搾取する強行手段に出るかもしれないからだ。


 なので、まずはギルドマスター戦を優先する。俺とエルフさんは魔王と別れ、冒険者ギルドの建物へ向かった。


「…つまりエビボーガン。お前がオルツォを倒し、ギルドマスターになれば冒険者ギルドを掌握できる。そうなればクロック商会が村々を襲う選択肢も無くなるんだ」

「クロック商会を襲うのはそれからで良いか。だが大丈夫か?それまでにドラッグの在庫を隠されては探す手立てはないぞ」

 俺はそう言いながら、周囲を見渡した。


 時刻は既に正午。

 今は冒険者ギルドの建物の待合室で歓談中なのだが、未だオルツォどころか『烈風隊』の1人も見当たらない。フィノッキオは壁に立てかけられているが。


「これは不戦勝ですねえ」

 受付嬢が困ったように言った。

「いいのか!?」


 エルフさんが驚いて言うと、受付嬢はニッコリと微笑んで答えた。

「はい。決闘の対戦者が時刻までに来ない場合、敵前逃亡とみなされ、自動的に不戦敗となります」

「つまり俺が今からギルドマスターか」


「はい。ついたたった今から、エビボーガンさんがハムのギルドマスターです」

「やったな。相棒」

 エルフさんは俺の腰を叩いて祝ってくれた。


 何か今ひとつ締まらない。やはり冒険初心者として、悪怪人として、ここはクロック商会を襲撃したい。

「では早速クロック商会に祝ってもらいに行こうか。派手にな」

 俺は立ち上がった。

「そうだな。派手にな」

 エルフさんも立ち上がった。


 その時だ。建物に来客者が2人入ってきた。

「頼もう。ここにエビボーガンという冒険者はおらぬか」

「エビでボーガンといった見た目なのですけれど」

 来客者は男女二人組だ。


 男は大柄な岩男。大型剣を携え、鎧を纏った戦士だ。

 一方、女は村娘風の衣装の上に黒いマントを羽織った紫髪の少女だった。


 その2人には見覚えがあった。

「おお、アボガドニス、ゆかり。2人ともどうしたんだ」

「坊っちゃま!ここにおられましたか。しばらく見ないうちに見違えましたぞ」

 アボガドニスはこちらに気がついたようだ。

「兄上!またお会いできて嬉しいです」

 ゆかりは俺に抱きついてきた。


「おお、なんだお前。知り合いか?というか

坊っちゃまって何だ」

 エルフは2人の突然の来訪に面食らったようだ。目を丸くしてアボガドニスとゆかりを交互に見渡した。

「ああ、紹介しよう。エルフさん、2人はアボガドニスとゆかり。俺の家族だ。アボガドニス、ゆかり、こちらはエルフ族の女剣士さん。一緒にパーティーを組んでいる」


 簡易に互いの紹介をすませると、アボガドニスはエルフさんに手を差し伸べた。

「これは、坊っちゃまの仲間でございましたか。よろしくお願いします」

「ああ。これは家族の方か。エビボーガンには命を救われてな。感謝している」


 アボガドニスとエルフさんが握手した後、ゆかりとも握手を交わした。

「兄上に友達が出来るなんて、初めてです。妹として感激です」

「ああ、エビボーガンとは相棒の間柄だ」

「相棒っ…!?」


「ゆかり、詳しい話は後だ。アボガドニス。どうしてここに?」

「ええ。実は坊っちゃま。ハムの街に妙な動きがあると言伝に聞きましたな。こうして馳せ参じたのです」

 アボガドニスは厳しい口調で話しだした。


「ああ、クロック商会の噂か。実はそのことで今から連中とことを構えることになっててな」

「なんと!既に巻き込まれておいででしたか。ですがこのことはご存知でしたかな?これは総会のメンバーを務める友人から密かに聞いたのですが…」


「どうしたんだ?何か動きがあったのか?」

「はい。なんでも友人によれば、クロック商会は近くドラッグを解禁するとの話だったので、これは何やら不穏だと感じて駆けつけたのですが、いざ街に着いてみれば話がまるで違っておったのです」


「話が違っていたとは?」

「それが、これはたった今当の友人から聞いた話で未発表の情報ゆえ内密に願いたいのですが…どうやらクロック商会はドラッグ自体を解禁にせず、医療用の薬品という名目でのみ一部取引を認めるとのことです」

「なんだって!?」


 エルフさんが驚いて転けた。気取ってロングスカートなんか履くからだ。

「マズイぞエビボーガン。医療用の薬品としてドラッグを売るということは、これは言わば薬品精製の素材として販売するということだ」

「それがどうした?」


「薬の調合は種々多様だ。組み合わせ次第では回復薬にもなる。つまりなんら危険性のない、安全な薬になるんだ。そんなものを売るのは違法でも何でもないし、ただの安全な薬の素材としてのみ取り扱いを認めるのなら、周辺の村々は違法なドラッグを売る手立てがない。つまり、蛮族の村を襲う理由が無くなるんだ」

「成る程。ブタリオンはオルツォを切り捨てたのか」


「いや、まだ分からない。街の関税がかかったドラッグより、村の違法なドラッグの方が安いのは確かだ。だから、商人は村のドラッグを求めるだろう。村を襲うメリットはまだある。クロック商会としても苦肉の策の筈だ」

「ではこうしてはおられんな。さっさとクロック商会を潰しにいくか」

 俺たちは4人でクロック商会の建物へ直行した。


 だが、大広間のあたりに出た時だ。

「おっと、見つけたぜ」

 現れたのは『烈風隊』の僧兵ビエトラ、魔法使いアスパラジ、武装弓手トーマの3人だ。多分。


「お前たちのせいでよお、オルツォはギルドマスターでなくなり、『烈風隊』は解散だ。オトシマエはつけてもらうぜ」

「数が増えてるみたいだけど、慢心しないことね」

「グヘヘへぶっ潰してやる」


 アボガドニス、ゆかり、エルフさんの3名が前に踊り出た。

「兄上、ここは私たちが引き受けます。どうかお一人で先にお進みください」

「済まない。感謝する」

 ロクに事情も把握してないであろうのに、ゆかりは気丈だ。


 だが、そう思ったのもそこまで。

 次の瞬間には、俺は突然現れた剣に突き上げられていた。

「ビェェェイ!」

 超高速で突進し、俺を剣で突いたのは、元ギルドマスター、オルツォ・マグロディオだった。


「貴様のせいで…俺は名声を失った!貴様さえ…貴様さえいなければ!!」

「馬鹿な…この剣は!」

 オルツォが持っていたのは、第四聖剣隼の剣アルベールだった。


「勇者は俺だああああ」

 第四聖剣から竜巻が巻い、俺とオルツォは宙へ舞い上げられた。

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