1-4 戦闘してみよう
第六話 剣と魔法の冒険団(8歳)
魔法の授業が始まってから3年が経過。俺は8歳になった。
妹のゆかりは5歳だ。
この3年間、俺は魔法の理解とMPの向上、呪文の取得に重点を置いた。
身体能力は十分過ぎるし、むしろ今の俺に足りないのはこの世界の知識だからだ。
俺のパラメータは、精神力と知力の加護が低くないらしく、それゆえ算出される基礎MPもまた比較的高いらしい。
適正を伸ばせばさらなる呪文取得にもつながる。
取得した呪文は3つ。
これらの呪文は詠唱と紋章をそれぞれ覚えることで取得した。他にも魔法を発動させる方法はあるらしいが、即席で呪文を覚えるには詠唱か紋章のどちらかが最も手っ取り早いのだという。
一方で剣術は、あまり芳しくない。
元より剣は苦手であり、一応努力はしたものの、生来両手がハサミであるゆえ、物を持つのが得意ではないからだ。
しかし、我が父はどうしても俺に剣術を教えたいらしい。
「父上、剣を使えぬなら、俺は剣を使わぬ戦い方をすれば良いではないですか」
「エビボーガン。確かにそうだが、お前は長兄なので、剣を振るう機会がある。貴族とはそういうものなのだ。その時に剣を握れんようでは、体面が立たん」
父の言い分としては、貴族の男が剣術も使えんようでは恥ずかしいとのことだが、これは半分本音、半分嘘だろう。
父は伝統や格式を軽んじる人間ではないが、だが同時に型破りな人間である。
それは周囲の反対を押し切り、俺を息子として接してくれていることが何よりの証拠だ。
この世界には『剣の勇者』という救国伝説があるらしく、俺を周囲から恐れさせため、予言の勇者として認めさせたいのだと思う。
島民達にもバレバレの嘘だが、しかし皆甘んじて受け入れてくれているようだ。
あとは剣術に時間を割かせることで、俺の自由時間を奪いたいのだろう。
「父上、徒手格闘で戦うほうが俺は性分に向いてます。それに、妹のゆかりは剣術の基礎修行と称して格闘術にばかり耽ってるではないですか」
「驕るなよエビボーガン。俺は神官剣士だ。一流の剣士は他者を守る技能に全てをかける。お前は兄としてゆかりを守る義務がある。違うか」
「父上」
「剣士でなくば取得出来ぬ技能もある。それにゆかりは決して剣の修行を怠っているわけではない。むしろ魔法の授業もお前並みに受けて、バランスが取れている。そんなゆかりが心配でならんのは父も同じ。父がいない時に、先んじたゆかりを守るのはお前の剣なのだ」
父は優しく諭すように微笑んだ。
良く笑う方だ。カニトロ博士も良く笑っていた。
だから、俺もまた人前では笑うことにしよう。
剣士の技能は守りに特化している。
これは父から良いことを聞いたものだ。
それからは剣の稽古にも励むようになった。
そうした日々が続いていたが、たまたまある日、唐突に己の腕を試す良い機会に恵まれた。
その日は屋敷に客人が来訪した。彼らはいずれも鎧に身を纏った戦士達だった。
彼らは『剣と魔法の冒険団』という、西の大陸からやってきた冒険者達の集団。
この世界の冒険者達はダンジョンを攻略などする際に必然と集団でパーティーを組むことが多い。
そんな冒険者達の集団は規模が大きくなるにつれ、冒険団と名を変える。
代表的な冒険者集団と言えば冒険者ギルドが最大手だが、『剣と魔法の冒険団』は、この地より遥か西の大陸で最も力を持つ冒険者集団なのだそうだ。
そんな『剣と魔法の冒険団』が何の用なのか。団長の男は父と知り合いのようだった。
結局、彼らは父の書斎に篭っていた為、何を話していたのかは分からない。
しかし、その日は冒険団への対応に追われて我が家の教師陣がいずれも多忙のため、午前中の授業が無かった。
突然出来た休み時間を、俺と妹は島の周辺の海域を泳ぎつつ、行き交う交易船を近くから眺めては船員達を驚かせて遊ぶことにした。
俺と妹ゆかりは普段は夕方か真夜中に泳ぐ海域を、真昼間から遊泳して漁船に上がり込んだ。
「うぃーす。お仕事お疲れ様です」
「うわあビックリした。ゴトーシュ伯のせがれ様か」
細長い船に上がると、俺はいつものように船長に挨拶をした。
「魔物かと思っちまったよ。相変わらず、わけわかんねえ体つきしてんなあ。せがれ様も」
「ははは。勘弁して下さいよ。船長の中年太りに比べりゃ幾分かマシですよ」
「こいつぁ一本取られた」
俺は島の調査の過程で、商人達や島の船乗り達と会話する機会も多い。
今では船乗り達から冗談を言われるほど親しまれている。
しかし、彼らの軽口を芳しく思わない人物がひとり。
「魔物だなんて酷いわ船長さん。それじゃ、せっかくみんなを怖がらせないようにしている父上の努力も台無しよ」
「お嬢さまも言葉が流暢なことで」
俺の背にしがみついている妹ゆかりは物心がついてより、外を出歩く時は必ず付いてくるようになった。
止めても、妹はしがみついて同行を試みるので、いつしか妹を背に乗せて野を走り、海を泳ぐのが当たり前になった。
妹は俺を慕っており、そんな俺が魔物呼ばわりされるのが辛いのだろう。
「父上はみんなが兄上を怖がらないようにしてるのに。島に古代信仰を広めたり、勇者伝説の予言を流布しているの、私知ってるわ。そうしたらみんな兄上を怖がらなくなるもの。でも、あなた達が冗談でもそんなことを言っては差し支えがあるのよ」
「我が妹ゆかりよ。偏見を持つ者は恐怖を抱いてしまうものだ」
「あら兄上。もちろん冗談よ。私も彼らが本当は兄上を怖がってないことくらい、わかりますもの」
「その父上様についてなんだが…スマねえなあ。今日俺たちが海に出たのは、漁の為でも交易の為でもねえんだ」
対話する俺達を見て、船長は申し訳なさそうに微笑んだ。
「えっ?船長さん、それはどういう…」
妹は何か言い終わる前に、船長の背後から出てきた、俺たちを睨みつける父上を見て黙ってしまった。
「げっ父上!なぜここに」
「また屋敷を抜け出したのかお前たち。少しは大人しくできんのか!」
父上ブリスケは俺たちに先回りして、海に出ていたのだ。
「いつまで冒険ごっこをしてるつもりだ。普段どこをほっつき歩いてると思ったら、海にいたのか!見つからんわけだ」
父上は俺の触覚を掴むと、圧倒的な膂力で引っ張った。
我が父ブリスケは俺の2トンの体重を無視して連れ回す膂力がある。筋力の晶霊の加護があるといえど、こんな芸当が出来る者は少ない。
「勘弁してください父上。良いのですか。大方こんな海域にいるのも用事があるからでしょう?」
「そこまで分かっているなら父を困らせんでくれ。この海域は危険だ。お前はもとより、妹を連れ回すんじゃない」
「最近は中央大陸の街を魔王軍が占領したというし、御統主様の言う通りだよ。」
船長もまた俺たちを窘めた。
妹ゆかりは俺にしがみつき、父ブリスケから俺を取り戻そうと躍起になっていた。
「そんな〜勘弁して父上〜。今日だって海に魔物は一匹も出なかったわ」
「だからこそなんだ。世には力の均衡というものがある」
兄妹揃って父の言葉の意味を咀嚼しようとしていると、海の向こうから何かがやってくる気配が察せられた。
「突然ですが父上。西の方角より何かが来ます。間もなく船影が見えるかと」
「勘がいいなエビボーガン。父もちょうどそんな頃合いだと思っていたところだ。」
海の向こうからやって来たのは、一隻の小舟だった。
細長い木製の舟に三人乗っている。
しかし、船員達は人ではなく、肌に毛が密集し、その顔は野犬だった。甲冑を着て、剣を帯びている。
初めて眼にする、それは獣人という奴だ。
「止まれええええええい!!」
父が直立姿勢で、舟に呼びかけた。
「不可侵条約ゆえ、貴公らをこれより先の島へ上陸させることは出来ぬ!!」
その声は今まで父の口から聞いたこともないような怒号。四海に響き渡るほどの大音声。妹ゆかりなどは耳を押さえている。
「父上の声が怖い」
妹ゆかりは非難の目を向けたが、父は意に介する余裕など無いようだった。
「不可侵条約は未だ有効だ!速やかに帰れ!!さもなくば、これが最後通告となろう!!」
しかし舟が海の只中で停泊など出来るのだろうか。
やはり軍船は進路を変えず、こちらへ向かっていた。
「二人とも下がっていなさい。船長、二人を頼む」
「かしこまりました」
父は直立不動のまま、微動だにしない。その表情には怒りがこもっていた。
近づく小舟に乗った獣人はしかし、一体は背に刀傷を負い、そこから黒々と血が流れていた。残りの二体は守るように取り囲んでいる。
「助けてくれ。弟が重傷なんだ」
獣人は言葉を解した。
獣人の言葉はしかし、島の言葉とは違っていた。その音は濁り、遠吠えのようでもある。
翻訳コニャックが無ければ理解できなかったろう。
一飛びすればのり移れるほどに舟との距離が迫った中、未だ父は憤然として獣人達を見つめるばかりだ。
「ほう…獣どもの言葉を話すか。北方の言語だ。魔物達が使う」
「水と食料をくれ。弟を手当てしてくれ。頼むっ!島は襲わない」
父は獣人達の言葉を理解していないようだった。が、何を言いたいのかは分かっているようだった。
「ユバの街から来たか。魔王軍だな。戦線から離脱し、ここまで逃れたというわけか。しかし、お前達を招けば島が咎を受けるのだ。済まない」
「人間達の言語も分かる。頼む、せめて弟だけでも。こいつは舟を出す時間を稼ぐために一人で戦ったんだ」
獣人は島の言葉を理解できるようではあるが、しかし話すことは出来ないようだった。
事態が膠着するかと思われた時、父は腰に帯びていた両手剣を抜剣した。
「事情は把握した。しかし俺の言い分は変わらん」
「もはやここまでか。いざ参らん」
獣人達二体は死期を悟ったように剣を抜いた。
と、思ったその時。父は大きく跳躍、獣人達の舟に飛び乗ると、その勢いで獣人の一体を両断した。
中々速い。流石我が父である。
「でぇぇあ」
父は振り向きざま、もう一体にも剣を浴びせた。
しかし、獣人は自分の剣で父の剣の軌道を逸らし、そのままの勢いで跳躍した。
獣人は俺たちの乗っている舟へ飛び移り、俺に剣を向けた。
「ちいっ!」
「こちらの勝ちだ人間の戦士よ。人質を殺されたくなくば、剣を捨てよ」
獣人は獣の言葉で話した。
獣人は初めから父の攻撃を誘い、一名が囮となり、もう一名が俺たちを人質にとる算段だったのだ。
これは戦闘経験を積むいい状況だ。俺は獣人にハサミを向けた。
「相手が悪かったな客人よ。『悪霊よ光の彼方へと消え去れ、バニッシュ』」
「なにっ?うわっ」
獣人も俺が呪文を使えるとは思ってなかったのだろう。俺のハサミから放たれた白い光は獣人を包み込んだ。
「ぐうぅっ!その赤き鎧。まさか貴様がユバで聞いた『剣の勇者』…!だがまだ幼きそのような光で俺を退けられるとでもっ…!」
呪文は獣人を消し去ることはなかった。それほどに強力な魔物なのだろう。
当然、それも想定済みだ。
俺はハサミから光を放ちながら、そのハサミで獣人の剣を掴んだ。
「あっ」
「剣とは難しいものだな。こんなにも扱いにくい」
やはり魔法とは便利なものだ。
俺はそのまま剣を持ち手に替え、獣人を切り伏せようとした。
「うがああっ!」
「僅かに体を逸らしたか。済まん、一撃で楽にしてやれなんだ」
俺の一閃は浅く、獣人の胸を切っただけだった。
「良くやったぞエビボーガン。やはり我が息子だ」
そして、父が投擲した両手剣は確実に獣人の後頭部に突き刺さり、その命を絶った。
父は獣人達の舟に乗ったまま、両手で持つ程重い剣を正確に敵の頭部に投げたのだ。
まさに筋力と器用さの加護がなければ出来ない芸当である。
「お見事です、父上」
おそらく、俺が何かしなくとも、先に父が剣を投げれば決着したのでは。
敵は父を手玉に取ったようで、その実、全て父の読み通りだったのだ。
「さて、生き残りも殺さねばならんな」
父は両断した獣人の剣を拾い、生き残りの獣人に剣を向けた。それは死んだ二体から弟と呼ばれていた奴だ。
「最後に言い残すことはあるか」
「…」
しかし、『弟』は元から傷が深く、言葉を話せない程に疲弊していたようだ。
「父上!お待ちください」
俺は父の乗る舟へ泳いで飛びついた。妹ゆかりも俺の背にしがみついていた。
「その獣人を治療しましょう。義は蔑ろにせぬものです。この者は死んだ二体より弟と呼ばれていました」
「そうです父上。出来れば情報を聞いてからの方が良いわ」
獣人は憎しみのこもった眼で俺たちを見上げていた。
「…ハア。確かに、こいつからは有力な情報が得られるか。『剣と魔法の冒険団』もこいつを探していたようだしな」
そう言うと、父は俺と妹ゆかりを両脇に抱え、瞬時に元いた舟に跳躍した。
「この速さ。父上、もしや俺が何かしなくとも良かったのですか?」
「これが剣士の技能だ。お前も真面目に修行をしなさい」
こうして、一体の重傷の獣人を連れ、俺たち家族は屋敷へと引き返した。
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