第五話 誕生日プレゼント(5歳)

 フグテル先生との個人授業はまだ続いていた。


 魔法の知識は会得したが、しかし、一番の問題は実戦で魔法を使えるのか、ということである。


 魔法は詠唱や魔法陣さえ覚えれば、誰でも使える。

 ただし、魔法にはMPという制約が伴う。

 ここまでは最初の授業で理解できた。


 では、この制約とは実際にはどんなものか。

 それが判明したのは次の授業だ。

「坊っちゃま。今回は一度魔法を使ってみましょう」

「本当かい先生」


 魔法使いというよりも哲学者といった厳格かつ気難しそうな雰囲気のフグテル先生だが、その授業は意外と実践派なようだった。

 もしくは、俺の端から見てヤンチャな気質に合わせて授業の内容を変えてくれたのか。


 まあ、実際に授業が楽しい方がお痛は少なくなるしな。

「儂は嘘を吐かない主義です。それに坊っちゃまが失敗して怪我するなら儂が見ていた方がまだ生存率は高くなる」

「頼もしいことだ先生。ならば俺から希望がある」

 俺は正義のヒーローの力以外でダメージを負うことはないので、フグテル先生の心配は杞憂なのだが、その心意気は素直に感謝すべきだろう。


 ていうか、やっぱり失敗したら怪我するものなんだ。

「希望ですか?マナ消費は少ない方が良いのですが…」

「それは分からんが、欲しいのは簡単な退魔魔法だ」

「退魔魔法…」


 退魔魔法。ファンタジーなら多分そういうのもあるだろう。

 ゲームなどで見かける、自分よりレベルの低い魔物を追い払うタイプの呪文だ。


「弱い魔物などを寄せ付けないような効果のある呪文だ。そういうのはないか先生?」

「あるには有ります。まさに坊っちゃまが欲するものが。しかし…それは坊っちゃま」

 俺の意図を察したフグテル先生は怪訝な表情をする。


「坊っちゃま。あなたはこの呪文で自分が魔物なのかを確認されるおつもりでしょうか?」

「そうだ。俺はこれでも人の輪の中へ溶け込む努力していてな。もしこの呪文を俺が唱え、俺が魔物ならば即座に追い払われるだろう?しかしそうでなければ人間ということだ」


「成る程。覚悟は伝わりました。齢5にしてそこまでの思い切られるとは、そうさせるのは貴方の外見か血か…いずれにせよ、このフグテルが止められると思うならばそれは間違いですぞ」

「話が早くて助かる。ではまずマナの集め方を教えてくれ」

 いくら実践と言っても、結局はそこへ立ち返る。


 魔法のエネルギーを生み出す為の制約とは何か?

「そうですな。手順を理解されていてなにより。まずはマナを集めるところから始めましょう」

「マナを集めるとはなんなのだ先生。効率の良い集め方とは限られるのか?」


「はい。実際は他にも方法はありますが、まず貴方が覚えるのは最もオーソドックスな一つに限られるでしょう。それとは即ち晶霊による加護です」

「加護?また新しい概念ですね、先生」

 魔法を使う為のエネルギーを作り出すのに、さらに別の概念を用いるのか?


「そうですな…魔力というものは実在せず、マナを想像することでエネルギーに落とし込む他ないのですが。それらとは起源を別にして、この世には万物に力を与える晶霊という種族がいるのです。万人には生まれついて晶霊が何体かついており、これらは魔法のエネルギー以外にも筋力や敏捷性、精神力などを増幅させます」

「ほう…それは初耳だな。要するにドーピングみたいなものか」


 これは何だろう。現代世界での創作物におけるいわゆる気やオーラといった物に相当するものだろうか?

 それとも魔法以外にも身体能力を増幅させるということは、ゲームで言えばパラメータに該当するのか。


「晶霊の加護…ということはつまり、父が俺を持ち上げられるのもその賜物ですか?」

「いかにも。魔法使いなどはこの加護を精神力や知力に割り振ります。なぜなら、これらが制約によるマナ誘引効率に大きく関わるからです」

「成る程。説明を続けてくれ」

 精神力と知力がMP決定に関わるということか。

 逆説的には即ち、もしやMPを設けるということが魔法行使の為の制約になるのか?


「魔力は実在せず、マナは想像の賜物ゆえ無限。しかしそれをエネルギーとして魔法に組み込むには制約が必要。そして、晶霊の加護がエネルギー消費を可能にするのです。この加護の多寡は個人差があるゆえ、巷には『魔力の総量が決まっている』などと嘘が絶えんのです」

「生まれつき決まってるのは、人間のパラメータということか」

「はい。我らはそれを総称してパラメータと呼びます」

 呼ぶみたい。


 楽で良いな。

「では早速坊っちゃまの魔法ポイント、略してMPを想定していきましょうか。」

「本当にMPって言うのか…」


 さて、漸く魔法を使う為のマナを集める作業を教えてもらえる。

 先生は色々と前提の多い人間だ。

 そんな先生は俺に両手を差し出す様に言った。俺は両手のハサミを前に出した。

「まずは想像するのです。世に遍く満ちるマナを。それらは貴方の肉体の内外に存在します。魔法の行使にはマナを集中させる必要があります。 」

「マナ…エネルギーを」


 先生は俺の両ハサミを優しめに掴んだ。

「そうです。中々才能がありますな。精神力の加護は上々のようです。貴方にマナが満ちてゆくのが分かる。ではマナを集中させましょう。ご安心なさい。マナを誘引するには制約が必要。しかし、制約は自分で決めるのではなく、晶霊の加護こそが制約。パラメータこそ制約。使用可能なMP総量をこそ制約とするのです」

「成る程…精神と知識によって決まる消費MPの総量こそ…魔法の効果に完全に釣り合う」


「そうです。MPこそ制約…あえて他の変換効率の悪い制約を設け、挙句に肉体を消費する必要はないのです」

「MPと…パラメータ…が制約」

 晶霊の加護でパラメータが決まる。

 パラメータは人間の能力を増幅させる。パラメータのうち、精神力と知力でMPの総量を割り出す。


 この割り出されたMP総量と、制約で設けたMP総量が完全に一致した時、マナを誘引可能となる。

「よろしい。マナが蓄積されるのが伝わります。では魔法を唱えましょう。簡単な退魔呪文です。私が唱える呪文に続けてください。『悪霊よ光の彼方へと消え去れ、バニッシュ』」

「あく悪霊よ光の彼方へと消え去れ、バニッシュ」


 ちょっと詰まったが、先生に続けて呪文を詠唱すると、両手の閉じたハサミの隙間から淡い真珠色の光が漏れ出した。

「おお…これが退魔魔法。俺の体にも何の影響もない。影響がないということは、成功と捉えて良いのですか、フグテル先生。」

「うむ。中々筋が良い。これで魔力などと曖昧なものが実在せず、MPとパラメータを制約と一致させることが重要だと理解されたと思われますな。」

 先生は初めて俺に笑いかけた。

 実戦で教えた方がいいのは、俺だけの問題でないのかもしれない。


「それにしても光まで出るとは中々便利な呪文ですね…退魔魔法とは…うわっ」

「坊っ!?坊っちゃま!!お身体が…」

 初めての魔法が成功したと思われたのもつかの間、突然俺は体が硬直し、呻いた後に動かなくなってしまった。

「そんな…!?坊っちゃま!!まさか退魔魔法がお身体に影響を!!」


 最強を誇る俺の外殻に亀裂が入り、みるみるうちに剥離してゆく。

「いかんっ!早く回復魔法を…」

「安心しろ先生。これは退魔魔法の影響ではない。」

 古くなった外殻を突き破ると、中から新しい俺の肉体が出てきた。

「脱皮だ!!」


 そう、誕生日が来ていたのをスッカリ忘れていたのだ。

 俺は一年に一度脱皮して成長する。

 そしてその度に強くなるのだ。

「だっ脱皮!?」

「退魔魔法は通用しない!これこそ俺が人間である証拠だ!」


 初めての魔法が成功した俺はその後も先生との個人授業を受け、魔法の知識と訓練を重ねた。

 この話を聞いた妹などは随分と羨ましそうにしていた。


 妹は妹で、父に剣の手ほどきを受けているらしい。

 とはいえまだ2歳の子供相手に剣を振るうわけはなく、しばらくは基礎修行のようなものを一通り教え込むようだ。


 まあおそらくフグテル先生の言っていた晶霊の加護に関する講義だろう。2歳児にも分かる内容となると、かなり幼稚な座学なのではないか。


 それがまた妹には退屈らしく、実技を伴う魔法の授業は当然に羨ましいものだったろう。

「兄上だけズルいわ。私がも魔法が使いたい」

「お前もあと2年もすれば魔法の授業がわかるよ。まずは父上の話を聞いて理解してあげないと」


 言っては見たが、正直妹の気持ちも分からんでもない。だが、力の伴わぬ主張はただの我が儘だ。

 俺も経験があるから分かる。

 かつての俺も、カニトロ博士が中々出撃させてくれようとせず、業を煮やしたものだ。

「妹ゆかりよ。お前は何がしたい。なぜ力を求める」

「兄上が世界を求めるからよ。私も世界が見たい。世界を支配したいわ」


「成る程な。支配者の素質は充分か!流石は我が妹。ならば支配の為に何が必要なのか分かるか!?」

「力よ。だから兄上もそれを求めてるんじゃないの」

 この子、核心を突いてくるな。


「あら力だけでは支配には程遠いわ。個人の力量には限界があるもの。」

 子供たちの可愛らしい会話に入ってきたのは我が母ネレイドかすみだ。

 まあ、母の寝室で会話してたのだから、母が話に介入してこない理由はないのである。

「母上!」


「ゆかり。大事なのは人を動かすに足る個人の人間性なのよ。それは力だけでは成り立たないわ」

「母上、では私は何をすれば良いのです。」

「母上、その話は不肖エビボーガンも気になりまする」


「エビボーガン、ゆかり。よく聞くのです。人を動かすもの、それは利益。集団を操る術を身に付けるのです。その為には理論もまた重要になりましょう」

「母上の話は難しいわ」

 ゆかりはつまらなさそうに答えた。


「ならばゆかりよ。これをやろう」

 俺は脱皮したてのハサミの殻を妹に手渡した。

「なあにこれ。とても硬いわ」


「その殻は無敵。どのような攻撃とて通さぬ。いわばお前はそれがあれば剣の稽古はしばらくは要らぬ」

「兄上…」


「ならばこそ。お前は父の授業に集中することができよう?それでも満足せぬなら俺もまた共に父の手ほどきを受けてやろう。冒険にも一緒に連れて行ってやる」

「兄上、こんな強いハサミをありがとう。大好きよ。私わかったわ。これが人心掌握というのね。」

 俺と母ネレイドかすみは静かに頷いた。


 今でも思い出す。

 元の世界で同じくらいの年齢だった時。無益な戦いが嫌いだった俺は出撃を良く嫌う子供だった。

 だが、カニトロ博士はそんなワガママな俺を慮り、誕生日に強敵をあてがってくれたのだ。

 この敵との死闘がきっかけで、俺は単独戦闘の楽しさに目覚めたのである。

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