1-3 システム面—魔法について

第四話 剣と魔法をまなぶ(5歳)

 5歳になった。

 この一年で行動範囲は島全体に広がった。


 俺は庭の柵を超える登坂技能を鍛え、父親に見つからない隠密技能を磨き、己の足で歩く歩行能力を高め、さらには植物や岩、自然や町の風景などを見る観察技能を向上させた。


 そうすることで急速に島の全貌が明らかになった。


 独学だった読み書きも、4歳の誕生日から母に教えてもらってから上達した。

 今では妹のゆかりとともに字の書き方などを必死に覚えている。


 また、俺だけでなく、僅か2歳に過ぎない妹ゆかりの言語能力の成長ぶりもまた目を見張るものがある。


 俺とともに字を学んでいることからも分かるように、妹は他の幼児に比べて、大人の複雑な会話を明らかに理解できているようだ。


 思い当たる理由としては、以前に俺で取ったダシを飲んだ際、我が肝臓に仕込まれた翻訳コニャックが染み出してしまい、これを飲んだことによる作用が大きい。

 翻訳コニャックは前世でカニトロ博士が俺の肝臓に融合させた自動翻訳装置なので、僅か2歳の妹もこれで言葉が理解できるようになったとしか考えられない。


 話す言葉自体は覚束ないが、自宅に出入りする商人達の売り文句を聞いては頷いたり、父と母の会話に単語だけで介入したり、果ては家臣の魔導師が唱える呪文を諳んじる始末だ。


 俺で取ったダシは妹以外も飲んでいるので、最近は母も外国人の言語を理解できるようになった。自分が怖い。


 言葉を覚え、家族との対話を大事にするのは、人を見る能力を身につけるためだ。全てはこの世界を悪の組織の名の下に征服するという大目的あっての下積みである。

 確かに心安らぐ時間は増えたが、俺は未だ悪の組織としての矜持を捨ててはいない。


 むしろ、全く未知の世界で、この目的と俺の最高傑作の肉体だけが自己証明とも言えないだろうか。


 少なくとも、人の話を聞き、自らの足で歩くことで、自分の暮らす島のことが分かったのは大きい。

 まず、この島は中央大陸の南東に浮かぶ小さな小島だという点だ。


 島の名はレモネン島。正確にはレーモーンエンと発音するのが近いが、島の外から来た者は音を伸ばさずに発音する。

 人によってはどう聞いてもラモネン島、ラモンナン島などとも発音している者もおり、これは単に地域による訛りと思われる。


 レモネン島は遠く離れた東の大陸から中央大陸へと至る交易の中継地点だ。

 我が家は島の交易を取り仕切ることで莫大な資産を得ているようだ。また、島に自生するレモン的な果実も特産品として有名である。


 島の面積はそこまで広くない。

 だが、交易のために種々多様な人々が島を訪れる。

 これは情報を集めるには有益と考えられた。

 また、市場で見る交易品も元いた世界に見られない物が多く、これも調べなければならない。


 島の北西部には唯一の港町があり、我が家の屋敷は島の中央部に位置するようだ。

 この辺りは島中を歩き回って推測した距離から割り出したので、正確ではないかもしれない。


 島のことも分かってきたことだし、そろそろ次の段階に進みたい。戦闘技能を身につけたいところだ。


 この世界はいわゆるファンタジー世界のようで、剣と魔法を備えた冒険者達が島を往来するのも幾つか見聞きした。


 そして、彼らが南西の洞窟へと入って行くのも。帰らぬ者も数名いたが。


 ここから分かることは、この世界には独特の戦闘様式があることだ。

 虎子に入らずんばまず虎子を得ず、だったか。それら学ばずして世界征服は成り立たないだろう。


 というか純粋に興味がある。


 そんなことを考えていた俺の気持ちを知ってか、はたまた勝手に出歩くヤンチャな子供を黙らせる為の苦渋の決断か。


 その日、俺は島を冒険するでもなく、字の勉強をするでもなくら妹ゆかりとともに父の書斎に呼ばれた。

「お前たちも貴族の子なら、そろそろ剣と魔法を覚えても良い年齢だ」

「はい父上。ウチって貴族だったんですか」

「はい父上。兄上はともかく、私はまだ2歳です」

 妹は2歳なのに3歳児くらいの会話ができる。すごいと思う。


 そんな妹もまた俺を真似して屋敷を抜け出そうとしているので、まあこれは剣と魔法を教えることを口実に、俺たち兄妹を自宅に留めるための苦渋の決断なのだろう。


 下手に生兵法を身につければ、最強戦士の俺はともかくただの人間である妹などはむしろ危険度が増す。

 …枷、というわけか。俺にお守りをさせる気だな。


「俺は東の大陸から伯爵の称号を与えられている。これでも中央大陸のサルモン伯と同じ位階だぞ。れっきとした大貴族だ」

「でもウチの屋敷って城とかではないでしょ。二階までしかないし、城攻めに弱そうだし」

「はい父上。また兄上が難しいこと言ってます!」


「いや、エビボーガンの言う通りだ。実際弱いからな、ウチの土地。大貴族なのも名前だけだ」

 父はあっけらかんと言うと、鞘に収まった剣を俺に手渡した。

 たかが5歳の子供に刃物を持たせるとは、流石は戦士と言えよう。


「エビボーガンよ。お前は生まれつき戦闘力が高いが、貴族の息子が剣も握れんようでは公の場に出られん」

 父の指摘はもっともだ。


 幾つか試してみたが、俺はこの世界の剣術というものが苦手なようだった。

 というのも、俺の両手は巨大なハサミで出来ているので、マトモに剣を握れないのだ。

 まあボーガンがあるので剣などいらないのだが。


「うーん。お前は普通の武器術が向いてないのかもしれんなあ。その基礎体力で勿体無い」

「父上。我がことながら、俺の肉体は最強です。むしろ俺が怖いのは眠りや毒などの状態異常で仲間を守れなくなることです」

「はい父上!兄上が想定してるのは小規模な集団戦闘のことで、戦略戦術を操るにおいてはまた別の技能が必要になると思います!」


 妹の指摘はもっともだがなんなのこいつ。夢は支配者なのかな?

 俺は元いた世界でも戦闘員を指揮する作戦隊長クラスの働きしかしてなかったので、戦いに対する意識も自然とそちら側に傾倒する。

 というか、指導者的な立場は制約が多いので目指したくない。


「そうか。ならばまずは魔法を学ぶのが良いだろう。剣はまた今度だ」

「魔法ですか。魔法は以前から興味がありました」

 元いた世界には無かった技術。

 魔法とやらが俺の肉体にどの程度通用するのか、興味は尽きない。


「魔法のことならフグテル教授かトリキヨのどっちかだな」

「個人的にはフグの方が好きですね」

 こうして俺は父の家臣のフグテル教授に魔法を教えてもらう事になった。


 フグテル教授はフグのように膨らんだ体型をしているわけではなく、意外と小柄な白髪のおじいさんだ。

 しかし身なりは整っており、どちらかというと魔法使いよりも哲学者然とした印象である。

「どうも坊っちゃま。儂は高等魔法学院の元学園長を勤めていたフグテルと言う者ですじゃ。あなた様がトリキヨよりも儂を選んでくれたことを光栄に思いますぞよ」

「よろしくフグテルさん。魔法というものに前から興味があってね。どれくらい役立つのか、知りたいんだ」


 フグテル教授はしかし、言葉とは裏腹に不服そうな表情をしていた。それはまるで「どうしてこんな子供なんかに自分の時間を削らなといけないんだ」とでも言わんばかりだ。

「坊っちゃまは良く外を出歩かれるゆえ、軽率にも魔法を騙る輩から話を聞いておるかもしれんが、本来魔法の原理は複雑にして多岐に渡るもの。外で聞かれる内容と些か異なるにしても驚かれぬことじゃ」

「安心してください、フグテルさん。外では魔法のことは教えてくれなかった」


 実際、島では魔法を扱える人間は貴重なようで、聞く話もまゆつば物。人間の魔力の総量が生まれつき決まっているという事くらいしか分からなかった。

「それは重畳。しかし儂は長年学園で教鞭をとっていた故、その形式上、儂の授業では先生と呼んで欲しい」

「分かりました。先生」


 これからは冒険の時間に加えて、フグテル先生の個人授業もするわけだ。

「よろしい。では授業を始めよう」

「その前に、先生。そもそも俺に魔力はあるのか疑問なのです。人は生まれつき魔力の総量が決まっていると聞きました。」


 俺が質問すると、フグテル先生は残念そうに溜息をついた。

「はぁ〜あ。…坊っちゃま、巷の話に惑わされてはなりませぬ。そもそも魔力という曖昧な物は存在せず、魔法に魔力は必要ないのです」

「えっじゃあ魔法ってどうやるのですか。何か魔力的な物を使わないんですか」


「そうですな。まずはその固定観念から捨てて行きましょう。魔法にも幾つか種類があり、原理も多様。ですが多くは一定の所作や儀式だけで魔法は行使出来るものばかりです」

「それだけで良いのですか」

「いかにも」

 それでは、要するに呪文を唱えるなり、魔法陣を描くなりすれば魔法は使えるということか?

 そんなに簡単に使えるのでは、もっと島の人々も魔法を使うところを見せてくれても良い筈だが。


「先生、それでは矛盾するのではないでしょうか。誰もが魔法を使えるのでは、もっと使い道があるのでは?」

「魔法とはエーテルを介して抽象を具象へと落とし込む技能全般を指します。魔法にエネルギーが不要というのは嘘になりますが、しかし、魔法の行使に必要なマナは遍く満ちておるのです」

 ふむ。難しい言葉使いだが、要するに魔法の為に必要なエネルギーはそこいら中に満ちているので、人間個人が持っているわけではないと。


 しかし、では尚更島民達が魔法を使わないのはおかしいのではないか。

「先生、それはいちいち人間が持つエネルギーを使わずとも、魔法は使えるということか?」

「より正確にはマナが満ちていると"想像"するのです。魔法とは抽象を具象へと落とし込む技能。マナが満ちていると考えれば、自然にマナは満ちるのです」

 そこは精神論なのか。

 成る程、さっぱりわからん。というよりこの先生、説明が下手くそだな。


 結局何らかのエネルギーは必要なのか。

 回数制限はあるのか。

「ではフグテル先生。正しい使い方さえ覚えれば、幾らでも魔法は使えるのですか?」

「そう簡単にもいきますまい。マナの誘引には制約が伴う。制約無きマナは量、質ともにゼロに等しい」


 制約。

 成る程。分かってきた。

 制約を課すことで、能力の威力が上がるということか。それなら理解できる。

「では先生、その制約も自分が自由に決めて良いのでしょうか?」

「鋭いですな。しかし答えはそうでもあり、そうではなくもある。制約にもマナ誘引効率というものがありましてな。通常、制約とは物質的なものほどマナ誘引効率が高い。マナは通常、誘引効率の高い方へ引っ張られる性質を持つ。つまり、下手な制約では自分自身の肉体を消費してしまうのですな」


 この世界では制約の設定にも制限があるということか。

 魔法とは、詠唱や魔法陣などを覚えるだけで使用できる。

 しかし、その習得の最も困難な部分は、むしろエネルギーを使うことにある。


 魔法の為のエネルギーをどこからか引っ張って来るには、大きな制約が伴うのだ。

 そのエネルギーを使う困難さが、いわゆるMPというやつなのではないだろうか。


 つまり『魔法は呪文を覚えるより、MPを消費する方が難しい。』下手したら死ぬ。

 まとめると、こうだ。


 これはさらに魔法について踏み込む必要があるな。

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