三月のソリューション

杉浦 遊季

三月のソリューション

フォルダー1

ファイル1「邂逅」



 ――時間とは何ですか?


 ――自分自身の時間を、どのように定義付けますか?







 三月の気温は十二月の気温と同じくらいか、もしくはもう少し低いらしい。時期的にもうすぐ春なので上着を脱ぎたくなる衝動にかられるが、しかし実際は冬真っ最中である。今日僕は中学の卒業式に出席したけど、式のあと見上げた昼の空は、冬独特の曇り空だった。その今にも落ちてきそうなくらい圧迫感のある冬空は、門出の日には不釣り合いな景色だった。


 僕を含め、証書を手にした卒業生が昇降口に溢れている。別れを惜しんで泣く人や高校生活に期待して笑い合う人など、それぞれが卒業の雰囲気にのまれて式後の時間を過ごしている。僕もそのうちの一人だった。だった、と過去形なのは、いましがた僕の目的が達成できないという事実を無慈悲にも突き付けられてしまったからだ。


 僕は中学校生活の中で、とある女の子に片想いをしていた。同じクラスの江崎志保えざきしほという子で、中学生にしては小柄だけど独特の穏やかさと包容力があり、その要素が謎の母性を感じさせていた。


 僕には綾辻遼あやつじりょうという親友がいるが、その遼が言うには「あれは男をダメにするタイプの女子だな」だそうだ。そして現に、江崎さんは学年の男子の間では密かに人気があり、江崎さんのことを「B組の天使」だとか、はたまた「バブみ製造機」なんてよくわからない通り名で噂することが多々あった。まあ僕も、その江崎さんの暖かくて優しい雰囲気の虜になっていたわけなのだけど。


 今までまともに会話したこともない。いや会話したことはあることにはあるが、しかしそのときは僕の心が舞い上がってしまっていて、会話の内容など全然記憶に残っていなかった。なので当然告白とかそういうことなどできずにいた。


 しかし、中学を卒業して離れ離れになってしまいもう一生会うこともない、という何とも筆舌に尽くしがたい虚無感に襲われたので、僕は勇気を出し、卒業式後に呼び出して告白しようと意気込んで今日家を出たわけだけど、実際、江崎さんは式を終えた後すぐ帰宅してしまったらしく、僕は江崎さんに想いを伝えることがかなわなくなってしまったのだ。そんな経緯があって、僕は今証書を手にしながら昇降口で呆然としていた。


 もしやり直せるのなら、もっと早く江崎さんに告白したかった。


「おい慎也しんや、そんなところに突っ立ってても江崎は現れないぞ」


「慎ちゃーん。帰るよー」


 後悔して落ち込んでいる僕を挟むようにして現れたのは、幼稚園からの親友である遼と、同じく幼稚園からの幼馴染の牧瀬真音まきせまおんだった。


 遼は在学中、長身を生かしてバスケ部に入部し、最終的には部長になり部のエースだった。そしてイケメンともてはやされるほどに整った顔貌もあり、学年問わず女子から絶大な人気があった。多少斜に構えるきらいがあるものの、その部分も「なんか知的」として女子を虜にしていた。


 遼の反対側に現れた真音も、遼と同じく学校の有名人だった。


 真音は所謂オタクであり、コスプレ趣味がある。そのため自身の見栄えを気にしている関係で、日々スタイル維持として身体を鍛えている。よって真音はほどよく引き締まったいい身体をしていた。その美しいボディラインがまた「くびれがいやらしい」とか「足がエロい」などと男女問わず評されており、アイドル活動していてもおかしくないくらいに可憐な容姿も相まって、校内では非常に目立つ女子であった。


 そんな容姿端麗で無駄に運動能力が高い二人の幼馴染に挟まれると、なんだか自分が特別な存在になったかのような錯覚をしてしまう。しかし僕は特徴もないし特技もないつまらない男でしかないので、それは錯覚以上の何ものでもなかった。


「慎ちゃん、帰るってば!」


「お前まだ落ち込んでるのかよ。どうせお前じゃ無理だ」


 真音と遼は僕の脇を通り過ぎるが、歩き出さない僕を訝しんだのか、振り返って催促してきた。


「なあ、お前ら卒業式なのにやることないのかよ」


 僕はたまらずそう問いかけると、


「ないな。くだらない奴らと馴れ合うことに、何か面白みでもあるのか?」


「慎ちゃんがやることないなら、わたしもないよ。わたしはいつだって慎ちゃん優先だから」


 と二人らしい答えが返ってきて、僕はたまらず「そうですか」と投げやりな反応をすることしかできなかった。


 遼は遼で寄ってくる女子でハーレムを形成することはできるし、真音も真音でオタサーの姫的なポジションにつける。二人ともその気になれば、自分を中心としたグループを校内に作ることは容易いはずなのに、性格に難があるのかあまり他者と関わろうとしない。物好きなのか幼馴染の僕とずっとつるんでいる。遼も真音も、なぜか僕のことが大好きなのである。


 そのことについて、前に尋ねたことがある。


 遼曰、「お前といると飽きない」とのこと。これは僕としては別にいい意味などではなく、僕は割といじられキャラなところが不本意ながらあり、何かと揉め事に巻き込まれることがある。遼はその揉め事が大好きなのだ。斜に構えたところがあるというが、僕からしたら人を見下している傲慢野郎で、心の底からクソみたいな性格をしている奴と認識でいる。


 一方真音は、「幼稚園のときに結婚してくれるって言ったじゃん!!」と詰め寄られた。いや僕としてはそんなことを言った記憶などなく、そもそも幼稚園のときのプロポーズを真に受けているのはどうかと思う。だが真音としては大事なことらしく、小学生のときも中学のときも何かと僕にべったりだった。僕としては正直ウザいし、重い。


 そして僕がいじめられたときは、いつだって真音がいじめっ子を殴り飛ばし、その後ろで遼が爆笑していた。たまにやり過ぎた真音を遼が止めたり、逆に劣勢になった真音に遼が加勢して泥沼の乱闘にまで発展したりすることもあった。真音は僕のことになると感情の制御ができなくなり、遼はそれが招く揉め事を楽しんでいた。


 結局、二人が僕のことを好いている理由はわかったが、しかし僕としては納得などできなかった。幼馴染だけど、二人に関しては今も謎な部分が多い。


 そしてそんな、身体はエロいが若干ヤンデレ気味な女といけ好かない傲慢イケメン男に好かれでも、僕は全くもって嬉しくはなかった。どうせ好かれるなら江崎さんに好かれたい。


「でもさ、卒業式の日に何もしないで過ごすのも、やっぱなんか味気ないよな」


 適当に歩き出し、校門を抜け、通学路を歩きながら僕は呟いた。


「じゃあ、なんかするか?」


 すると前を歩いていた遼が立ち止まって振り返った。


「なんかって何?」


「なんかはなんかだろ。打ち上げ的なパーティとか」


「あ、じゃあわたしの家でパーティする?」


 そして僕の後ろをまるで背後霊のようにピッタリとくっついて歩いていた真音が食いついてきた。真音は僕に密着して身を乗り出し、遼に向かって自宅でパーティすることを提案してくる。


「深夜まで劇場アニメの上映会でもしようよ。円盤いっぱいあるよ」


「あー、それなら、俺ネット配信されている海外ドラマみたいかも。真音の家そのへんも充実しているしな」


「お! たまにはいいね。じゃあ各自自分が飲み食いしたいもの持参して家に来てよ。それともわたしがなんか用意しようか?」


「やめてくれ。この前のバレンタインのときも、慎也の本命チョコになんか混ぜ込んでいただろ。慎也吐き出したあと残りを捨ててたぞ」


「大丈夫だよ。今日は遼君もいるから特別なものは作らないよー」


 いや、本当にバレンタインのチョコはヤバかった……。味は美味しいけど、なんか中から毛(?)みたいなものが出てきて一気に気持ち悪くなったよ。そしてそれを見て遼は腹を抱えて笑っていたし……。


 バレンタインの話はさておき、今はパーティの話だが、しかしながら二人が企画している卒業パーティは、普段僕らが遊んでいることと何も変わらなかった。オタク両親を持つ真音は自宅に簡単なホームシアターがあり、その部屋を占拠してアニメや映画の他、海外ドラマ、ゲーム、ライブ映像などを垂れ流すのはオールシーズンやっていることで、卒業パーティとしては何の意外性もなかった。


 僕としては、せっかくの特別な日なのだから、もっとこう普段やらないことをやってみたいと思うのだが、しかし二人が企画している上映会を覆す代案があるかといえばそんなものはなく、結局僕は黙って二人の調子に合わせるだけだった。


 僕たちは再び歩き出して帰宅する。その間前を歩く遼と僕にへばりついている真音――なぜまだ密着しているのかが謎だが――が、このあと見るタイトルを言い合っていた。ときたま真音が僕に話を振るが、僕も思いついたタイトルを適当にあげるだけで、積極的に会話に入ろうとはしなかった。もうお二人に任せます。


 そんなこんなでいつもと変わらない下校をし、いつもと変わらない予定を計画していると、いつの間にか自宅の近くまで来ていた。幼馴染ということもありお互いの家は近いのだが、しかしこのあたりになるとさすがに家の方向が違う。僕たちは適当に別れ、各々の自宅へと向かっていった。


 僕の家は二人の家と違い、道路を渡った先にある。僕は歩行者用の信号が青に変わるまでの間、真音の家にどんなお菓子と飲み物を持っていこうか悩み、家に行く前にスーパーにでも寄らなきゃと考えていた。


 目の前では速度を明らかに超過した車やバイクが通り過ぎていく。この住宅街の道路は見通しがよく若干道幅が広いのか、無茶な運転をする人が多くある意味危険な道であった。しかしこの辺の住民は子供を含めてそのことを十分理解しているせいか、速度超過多発エリアであるにも関わらず交通事故は意外と少ないようだ。いくら車がスピードを出していても、こちらが信号を守ってさえいれば事故にはあわない。


 だからこそ、堂々と信号無視しようとしている歩行者が僕の視界に入ったとき、僕は一瞬理解できず反応が遅れた。しかし次の瞬間には本能的に危機感を認識し、僕は反射的に手を伸ばした。幸い、僕の手は相手のシャツの襟首を掴むことができた。


 しかし相手はなおも進もうとするので、僕は力を込めてこちら側に引き寄せようとする。すると、まるで羽毛でも掴んでいるかのようになんの抵抗もなくこちら側に倒れてきた。その瞬間、僕たちの目の前を過剰に加速した自動車が通り過ぎていった。


「あんた、何やってんだ?」


 僕の足元で尻餅をついた相手を見下ろしながら尋ねてみた。相手は今しがた何が起こったのか理解できていない様子だったが、しかし目の前を走る車と、そして僕の存在を認めると、自身の状況をゆっくり理解していったようだった。


「ア、助けてくれてありがとう。ワタシの名前はアスと言います。まだこのに来たばかりだったので、この時代の危機的状況を把握しきれていませんでした。本当にありがとうございます」


 アスと名乗ったこの人は、尻餅をついたまま僕を見上げて礼を言ってきた。しかしその内容は実に奇妙なものだった。


「えっと……この時代?」


「ハイ。ワタシは未来から来ました。アナタにとって、未来人ということになります」


 ……あー、なんか変な奴に関わっちゃったみたいだ。




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