ファイル13「仲間」


 アスと重要な話をしていたら突如遼が現れたのだが、僕としては遼の方こそこんなところで何をやっているのか謎だった。


「遼こそ、何してるの?」


 今までのタイムリープでは、ここに遼が現れることはなかったので、僕は訝しんだ。


「いや何って、これから真音の家行くんだろ。打ち上げ的なパーティするってさっき話していたじゃん。家行く前に菓子買いにスーパー行くところだけど」


「あ!」


 そこまで言われて僕はようやく思い至った。一周目の卒業式後、遼と真音と下校しているときに卒業パーティをする流れになったのだ。そして一周目を再現している今現在の五周目も、当然同じ流れになっているはず。僕は江崎さんの死という理不尽な運命を呪っていて、その間の会話は適当に合わせていただけだからすっかり印象に残らなかったみたいだ。


 それに本来なら、僕はもうこの時間にはタイムリープしているのだ。いうなれば今この時間は、僕が今まで体験してこなかった未知の時間なのだ。そうか、アスのタイムリープを先延ばし、もしくはタイムリープしなければ、この場所このタイミングで遼に遭遇することになっていたのか。


 時間は数式と言ったアスの感覚で言い表すとしたら、卒業式後そのまま帰ることにもったいなさを感じた僕が始めの数値となり、会話の中で様々な数値が組み込まれて途中式ができ、その式の答えが今の遼の遭遇ということだろう。この遼の遭遇も、真音の家で卒業パーティをするという解に至る数式に代入されるというわけだ。


「で、そちらさんは誰?」


 僕が一人で納得していると、遼は僕の隣に座るアスに視線をやり、僕に尋ねてきた。まあ……そうなるよね。


 だがしかし、アスのことをなんて説明すればいいのかまるでわからない。全体的に真っ白な容姿のアスだからなんとなく神秘的に見えるかもしれないが、でもいきなり「未来人です」と説明しても受け入れてくれないだろう。僕の頭を疑われかねない。


「あ……えっと……」


 僕はこの状況で最も適切な返答を模索している。しかしそういうときに限って、事態は進んでしまうのだ。


「ワタシはアスと言います。未来から来ました。アナタにとって、未来人ということになります」


 アス自ら未来人と名乗り出てしまった。あ……いや……違う意味でどうしよう。アス自身は自分の存在の説明をしたわけだけど、でも僕たち現代人からしたら何の説明にもなってない。いきなり未来人と名乗る人は間違いなく頭が残念な人って印象になるはずだ。


 僕がそんな心配をしていると、そのアスの言葉を受け取った遼は、


「え? ガチで!?」


 意外なほど食いついてきた。


「なになにどのくらいの未来から来たんだ?」


 そして遼はそのまま僕とアスの間に割り込みベンチに座った。僕が引いてしまうほどに遼はアスに興味津々のようだ。


「おい。こいつの言っていることを信じるのかよ」


 遼が割り込んできたことによりベンチの端に追いやられた僕は、小声で遼に問い詰めた。いくら何でも不自然過ぎる順応さだ。


「いやだって、めっちゃ面白そうじゃん」


 遼も小声で答えてくれたが、しかし今の遼は完全に揉め事を楽しむダークサイドモードだった。


「お前も相変わらず変なことに巻き込まれるな」


 遼は嬉々として言ってくるが、しかし僕としてはそれを否定したい。僕だって望んでトラブルに巻き込まれているわけではない。


 と思ったところで、僕は妙案をひらめいた。


 今僕が抱えているトラブルに、遼も巻き込んでみてはどうだろう。


 別に遼が楽しむネタを提供するわけではない。そういう意味ではなく、江崎さんの死に関する時間的トラブルを解決するのに、遼の助けを得られないだろうかということだ。僕一人では解決の糸口が見出せなかったが、しかし遼という別視点で事態を捉えれば、何か解決に一歩近づけるのでないかと思い至った。


 多分今の遼は冗談的に未来人アスを受け入れているはずだ。これを本格的に捉えさせるにはどうすればいいか。答えは簡単だ。


「なあアス。せっかくだから遼にもタイムリープさせてみようぜ」


 タイムリープを体感すれば、誰であろうと認めざるを得ない状況になる。シンプルでありつつ効果的な方法だ。


「わかりました。ではどの時間にタイムリープしたいですか?」


「え! マジでタイムリープできるのか!?」


 そして僕の提案に、アスは前向きに捉えてくれ、遼も嬉しそうにはしゃいでいる。うむ、計画通り。


 問題はどの時間に行くかだ。ただ未来に行くのは端から除外した。アスの出現が確定しているのは、卒業式後のこの時間だ。下手に未来に行き、その後アスと遭遇できなければすべてが詰んでしまう。それだけは避けなければならないので、タイムリープは過去に行くしかない。しかし過去に行くにしても、下手に時間を遡ってしまうとタイムパラドックスを引き起こしかねないので、パラドックスの発生を最小にする配慮が必要だ。


 と、そこまで考えて、僕は思いついた。


「なあアス。僕たちの卒業式が終わった頃に戻してほしいんだが、その際に僕と遼の二人同時のタイムリープって可能か?」


 アスとの遭遇は卒業式が終わって下校した頃だ。正確な時間はそのとき時計を見ていなかったからわからないが、でも式が終わった直後なら精々数分か数十分くらいだろう。その程度のタイムリープなら、その場で人殺しレベルの惨事を起こさない限りパラドックスは発生しないだろうと踏んだわけだ。それに万が一の保険として僕も同行すれば完璧だ。


「それは何時頃ですか?」


「わからんが、一時間は経っていないのは確かだ」


「なら大丈夫です。他者のタイムリープは多くのリソースが必要ですが、処理情報を少なくすればそれだけ余裕ができます。それに過去への転送は、過去の意識に上書きするので、戻りたい時間から今現在の時間までの限られた意識だけを情報化すれば事足ります」


「重複するデータはいらないってことか?」


 僕の解釈にアスは「その通りです」と短く答えた。過去への短時間のタイムリープなら複数人できるそうだ。


「そうか。じゃあやってくれ」


 アスは「わかりました」と返事したのちベンチから立ち上がり、僕と遼の前に立つ。遼はこれから何が始まるのか興味津々の様子だ。アスが「目を閉じてください」と指示してきたのでそれに従うと、直後こめかみと片目に圧力が加えられた。どうやら頭を鷲掴みにし、親指で瞼を押さえつけているようだ。相変わらず眼球を押し潰す勢いで押さえつけられており、隣の遼は不愉快そうに呻いていた。


「ではいきます」


 そうアスが言った瞬間、すべての圧力は消失した。アスが僕たちの意識を情報化してタイムリープを行ったのだ。


 それを意識した瞬間に僕は目を開けた。そして周囲を確かめる。ここは、学校の昇降口だ。卒業式が終わり、別れを惜しんで泣く人や高校生活に期待して笑い合う人など、それぞれが卒業の雰囲気にのまれて式後の時間を過ごしている。


「慎ちゃん、帰るってば! ……って、なんで遼君まで立ち止まってるのさ」


 真音は僕の脇を通り過ぎるが、歩き出さない僕と、そして遼を訝しんだのか、振り返って催促してきた。


「おい慎也。あの自称未来人って、まさか本物だったのか?」


 遼は突然の現象を受け入れきれていないのか、隣に立つ僕の肩を掴んで問いただしてきた。


「ああ。アスは本物の未来人みたいだ。僕はもうすでに何回も同じ時間をループしている」


「マジかよ……」


 遼の整った顔が見る見る蒼白となっていき、心底動揺していることがよくわかった。


「アスの時代はタイムパラドックスで滅茶苦茶になっているらしい。それで重大なパラドックスは犯罪として逮捕されるみたいだ。とりあえずこのあとアスと合流するまで、これまでの流れを再現して些細なパラドックスの発生を抑えよう」


 僕は遼にだけ聞こえる大きさでささやく。遼は「あ、ああ」とぎこちなく返事をした。そして僕は真音に聞こえるように、


「なあ、お前ら卒業式なのにやることないのかよ」


 と一周目と全く同じ台詞を言う。


「な、ないな。くだらない奴らと馴れ合うことに、何か面白みでもあるのか?」


「慎ちゃんがやることないなら、わたしもないよ。わたしはいつだって慎ちゃん優先だから」


 遼は引きつった表情で発言を再現する。真音はタイムリープしていないのでスムーズに答えてくれたが、しかし少々遼の態度を不思議がっていた。まあこの程度の差異なら未来に影響することはないだろう。というか表情一つで引き起こされるパラドックスとか想像できない。


 その後適当に歩き出し、校門を抜け、通学路を歩きながら一周目の会話を再現することに。遼は初めてタイムリープしたことで動揺しぎこちなかったが、しかし話を進めるうちに慣れてきたようで、余裕のある話し方になっていった。僕と遼で会話をコントロールし、卒業パーティの話をまとめたところで例の横断歩道に辿り着き、僕は二人と別れた。遼のことだから、いったん別れた後これまでの時間をやり直す形でまたここに来るだろう。


 僕は遼が来る間、例の如く信号無視をしようとしたアスを助ける。


「多分もう六回目だ。ちょっとそこのベンチにでも座って、もう一人がここに来るまで別の時間の記憶でも漁っていてくれ」


 助けた直後僕はアスにそう言い放った。アスはその言葉で察したらしく、「なるほど、そういうことですか。ではお言葉に甘えて」と返事をし、尻餅をついた状態から立ち上がり横断歩道近くの小さな広場のベンチに腰掛けた。僕も遼が座るスペースを確保してからベンチに座る。


 そして数分ののち、遼が現れた。一見平静を装ってゆっくり歩いているが、しかし雰囲気としては興奮状態であり、はやる気持ちを抑えきれない様子だった。


「なあ慎也――」


「ちょっと待ってくれ。アス、別の時間の記憶はもう漁り終わったか?」


 遼は僕たちの前に現れるやいなや問いただそうとしてきたが、しかし僕は一度それを遮り、アスに状況の確認をした。


「ハイ。別の時間で何が起こっていたのか、すべて思い出しましたよ。大変なことになっていますね」


 アスはさもひとごとのように話す。ループによって量子化されたアスの記憶だが、その記憶はただ重なっているだけなので、別の時間で発生した出来事もその時間にならないと読みとることはできないそうだ。いくらすべてを情報化できる全身生体コンピューターの未来人でも、未来の記憶を思い出すことは不可能らしい。量子化されていようが所詮記憶は記憶だ。


「で、遼。何か言いたいことあるか?」


「……いや。いろいろと言いたいことがあったけど、もうどうでもいいや。とりあえず現状を受け入れるよ」


 一度遮られたせいか、興奮していた遼は少々落ち着きを取り戻していた。


「ただどういうことになっているのか、俺にも教えてくれ」


 遼はそう言って僕とアスの間に座った。事前に遼が座るスペースを確保していたので、僕が追いやられることはなかった。


 僕が江崎さんに関する一連のループの話をし、アスは僕にしたように時間にまつわる話をした。


「なんかややこしいことになっているな」


 すべての説明を聞き終わった遼は背を丸め、深く息を吐いた。その吐息が三月の寒さで白くなり、それがまるで休憩がてらに煙草で一服するサラリーマンのようだった。まあいきなりタイムリープなんかさせられたあとにこんな話を聞かされたのだから、脳がパンクしても仕方がないな。


「なあ遼。僕はどうしたらいい」


「自分で考えろ」


「冷たいこと言うなよ。本当にどうすれば江崎さんを助けることができるのかわからないんだ。知恵を貸してくれ」


「この状況で知恵を借りなきゃならないなら、お前は正真正銘のバカだ」


 遼は鋭い眼差しで僕を睨みつけた。失言した相手を本気で軽蔑するかのような目だ。


「江崎を助けるだと? そんなの簡単だろ。お前が江崎を諦めて、告白なんかしなければすべて丸く収まるんだよ」


 わかりきったことを言わせるな、と遼はあとから小声で付け足した。


 そんなことは僕だってわかっている。僕の告白が最初の数値となり、その後何かしらの途中式があって、江崎さんが死亡するという解に行きつく。なら最初の数字さえなければ式は破綻するので、江崎さんが死亡する答えには至らない。そんなこと、わかっているよ。


 でもそんな簡単に割り切れるわけないじゃないか。


 決して伝えてはいけない想いがあるなんて、僕は認めない。


 僕は江崎さんが好きだ。ずっと、江崎志保という女の子が好きだった。中学生にしては小柄だけど独特の穏やかさと包容力があり、それが魅力的な女の子。柔らかそうな髪も天使のような笑顔も好きだ。恋するなという方が無理なくらいだ。


 この恋をなかったことにするのは容易い。だけど、この恋がであることは、決して認めるわけにはいかない。その人が置かれている状況によっては許されない恋だってあるだろうけど、でも恋する自由を時間や運命といったわけのわからない要素で否定されるのは我慢できない。


「わかっているよ、そんなこと」


 僕は遼を睨み返す。


「わかったうえで言っているんだ。僕は、江崎さんに告白したうえで、江崎さんを助けたいんだ」



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