宮部みゆき先生の時代小説、深川シリーズを思い起こす文章。
江戸の下町を舞台にするだけでなく、人情物的な進め方をする一方、決してご都合主義には甘んじない。馬鹿な奴は幸せになれぬ、と言うか世間の理を曲げることなく、筋を貫いた点に好感を持ちました。そこが宮部作品群に通底すると思う。
私自身は深川にも千住にも住んだ事が無い。住民性に関しては不案内なのだが、話は変わって、何故か個人タクシーの運転手には千住近辺にお住いの方が多い。あなたも街中で観察すれば、足立ナンバーの多さを確認できるだろう。
まぁ、私が知ってるのは、深夜営業の残業や接待帰りの客を相手するタクシー。2000年前後に「居酒屋タクシー」と呼ばれていた方ですね。
深夜営業は体力的にキツいけど、東京の場合は長距離ばかり。だってサラリーマンは23区内に家を買えないから。しかも、首都高を使い渋滞が無いので、車両回転率が高い。稼ぐには効率的なんですな。
なんだか、本作品の栄屋関係者みたいでしょ? 真っ当な中でも計算高く、それでいて人情味の多い方が多い。固定客になると、車中で話が弾むんです。
大幅に脱線したレビューでしたが、兎に角、秀作です。読んで損は無い。
満足できたので、今更どうでも良いのだが、作品タイトルの「撫子踏まずに焔を背負え」の意味がさっぱり分からない。後ろ半分は終盤のアレかな?とは思うが、作品タイトルに冠する程に重要だとも思えない。それだけが気になりました。
本作は時代小説のようであって、時代小説ではない。強いて言うならば、江戸時代を舞台にした出会いの物語だろうか。
そう、まったく異質な二人の男女が出会う。それが偶然、江戸だったというだけ。
ただし、しっかり時代考証された舞台は、現代とはちがう価値観があり、命の軽い時代だからこそ、その大切さが際立つ。
妙に現代的なカップルが出て来たと思えば、いまの時代の人には描きづらい大器の殿様が登場したりと、キャラクターの幅も広い。だがやはり白眉は、現代人には皆無と思える、相模の骨太なキャラクターであろうか。
時代劇のように型には嵌まらず、かといって好き勝手するわけでもなく、そのくせ美味しいところは持ってゆく。そんな本作の中心に一本通る筋とは、生きること。生きていたいと強く願う結衣の想い。
こうゆう書き方もあるのだな、と本作を読んでひとつ、首肯した。
江戸末期、悪名高き『天保の改革』が背景に色濃く描かれた千住。
えっ、この時期を舞台にしちゃうの!? すごくない?
非常に難しい時代背景です。
江戸は江戸でも、中期くらいの安定した時代にすればもっと楽に書けたはず。有名どころの時代小説もその時期が多いのに。
あるいは、もう少し後の黒船だ尊王攘夷だので倒幕される激動の時代なら人気が出やすいのに。
でも、あえて天保の改革。
老中・水野忠邦が失政した時代。
改革のうねりに巻き込まれるようにして、失踪した武士の兄。
兄を探しに江戸へ旅立った妹。
右も左も判らぬ都会で、命を救ってくれた一人の男との出会い。
兄探しとともに明かされる水野忠邦との関連、当時の世相、文化、風俗が克明に書かれており、一体何冊の参考文献が積み重ねられたのだろうと脱帽しました。
それでいて本作は歴史小説ではなく、恋愛小説を軸にしているって言うから、何とも贅沢な仕様です。
改行多めの短文で綴られた簡素な文章なのに、恐ろしく緻密に詰め込まれた描写の数々。
それが背景でしかないって言い切っているんです。
さらに老中たちの政争を交えたサスペンス的な駆け引きもあり、謎を解く楽しみまで用意されています。
時代背景を巧みに利用したストーリーテリング。
古い家柄を確変しようとした傲慢な叔父、それに振り回されて家を捨てることになった妹の顛末。
それは、改革を強行した水野忠邦と、それにほだされて全てを失った兄と対比し、対照的な結末を迎えるのも印象的でした。
舞台は天保時代、江戸の千住。
兄を探して遥々この地へとやってきたヒロイン・結衣は、危ういところを相模と名乗る男に助けられ、榮屋で働くことになり――というところから物語は始まります。
この相模がとにかくカッコイイ!
女性の目から見てももちろん、訳ありの男衆達からも人気があるのも頷ける問答無用の格好良さ。
飄々としていながら心にはしっかりと熱いものを持ち、怖そうに見えて誰よりも優しい彼の人柄に、結衣だけでなく私も惚れてしまいました。
また結衣という女性も素晴らしく魅力的。
健気で純真で無垢で、時に悩み時に言いたいことを言えずに立ち竦みますが、しっかりと芯の強さを秘めていてます。もどかしいまでの共感を覚えただけでなく、気付けば夢中になって、彼女を心から応援していました。
結衣の行く道は、決してやさしいものではありません。
しかし榮屋で出会ったたくさんの人々の人情に支えられながら、彼女は悲しみや辛さ、苦しみを乗り越え、己の『居場所』を見付けるのです。
襲い来る様々な苦難に手に汗握る場面も多いのですが、その度に結衣の真っ直ぐさ、相模の男っぷり、他の登場人物達の魅力が際立ち、雨降って地固まるの諺の如く、一層作品の世界に惹き込まれていきました。
歴史が得意でなく、時代物小説にハードルを感じている私のような方にもオススメ!
温かさとやるせなさ、甘酸っぱさと切なさ、そして可愛さと格好良さ、様々なものに包まれた恋物語を、江戸の空気と共に味わって下さい!!
恥ずかしながら時代物の小説を読むのは初めてだったのですが、冒頭でのヒロイン結衣さんの危機とそれを救う相模さんの二度の出会いに引きつけられ、舞台となる榮屋とそこに出入りする人々を眺めているうちに、気づけば夢中で物語を追っていました。
物語が、よいです。
お兄さんを探しに田舎から出てきた結衣さんが、ひょんなことで奉公人として働くことになった旅籠と口入屋をかねた榮屋で頑張っていく、という親しみやすいお話に、自分を助けてくれた相模さんに対する恋心と、失踪したお兄さんに関わる大きな事件というふたつの流れが加わって、物語の続きへ、続きへと誘ってくれました。
健気な結衣さんと人情に溢れた相模さんをはじめ、肝っ玉お母さんの沙也さんと孤高の美人小督さん、榮屋に出入りする三人組の男性たち。物語の中心にいる人たちがみな魅力的で、ついつい応援したくなってしまいます。
結衣さんや相模さんと対比するように描かれた、最後まで現実が見えていないお兄さんの賢太郎さんと許嫁の奈津さんにまでそう思ってしまうのは、相模さんの懐の深さの影響でしょうか。
ここに、人々の息遣いや江戸の町並みの賑わいを感じさせてくる文章まで加わるのですから、おもしろくないわけがありません。
天保の北千住の気配に浸りながら、撫子踏まずに焔を背負えというタイトルの意味が明かされるところまで、読んでみてください。そこに込められた思いの熱量を、胸の奥に感じられるはずです。
レビュータイトルで、もう、私の言いたいことは凝縮してしまった感じだが、それだけでは味気なかろう。
忠邦、もとい、叩くにもってこいの木魚と誹られるわけにもいくまい。
そう、水野忠邦――時は、天保である。
大飢饉も、失政も。お上がどうであろうと、下々の者は、生きねばならぬ、食わねばならぬ。ままならぬ世の中にあって、逞しく、或いは。慎ましく。知が無くとも、血を吐こうとも、地に伏せようと、恥に泣こうとも。
童や生娘、芸者や商い人、果てはお侍からお殿様まで。
そんなご時世、そこかしこに描かれる生きる日々の触れ合いは、かすがいであり、縁を結び付けるものである。その生活臭、息遣いを、この作品から感じ取ることが出来る。
膝を打つのが、人間模様だ。
国家を論ずるも良い。大局を憂うも良い。愛に殉ずるも良い。
聴き心地の良い、見栄えの良い、大輪の花を、誰もが夢想する。
だが、しかし。
ふと、足下に咲き、小さな花を愛でても良い。
撫子には、早咲きと遅咲きがあるのだそうだ。
早咲きは結衣、遅咲きは相模であろうか。
この二人の抱擁に思うことは。
人は、顔を上げ、前を向き、歩みを進める生き物であり、しかし、その背に負うものを捨てることもまた、出来ぬ生き物であるということだ。
誰かを抱き締める、という触れ合いは、その背に負う過去、その人生を受け止める行為ではないだろうか。
さてに、さてはと、お立ち会い。
江戸は千住、榮屋、縁の結び目。
誰もが何かを背負いし人情絵巻。
これを読まずに、何を負う?
突然失踪した兄を探しに江戸にやってきた結衣は、到着早々危険な目にあい、相模と名乗る男に助けられます。
泣き虫で、受難だらけの結衣が、口入屋の榮屋に身を寄せ、兄を探し続けるうちに、さまざまな人に出会い、事件に遭遇し、やがて、恋を知ります。
江戸の街の時代背景、活気、たくましく生きる人々の伊吹が伝わってくる、とても素晴らしい作品です。
その中で、とにかく結衣ちゃんのけなげさ、可憐さを、ひたすら応援したくなりました。
彼女の周りの人々も、とにかく個性の塊です。
しかし、まさか兄様とお奈津ちゃんが、ああいったお人柄だとは……。
どっかの二人みたいに苛々しないから、という台詞に思わずうんうんとうなずいてしまいました。
そして、相模さんの芯の通った男前っぷりに顔が緩みっぱなしです。
とても素敵です。
これかの彼らが、幸せであらんことを願ってやみません。
江戸の天保年間、老中・水野忠邦の改革がたけなわのころ。
下総の出身である少女「結衣」は、叔父に連れられ江戸に行った兄を探しに千住まで来ますが、危ない目に遭う所を「榮屋」の相模なる男に助けられます。
さらにお結衣ちゃんの身の上はある事情で一転、榮屋に寄寓することに。彼女の眼を通して、榮屋はじめ周囲の人々の人間模様が描かれます。
めっぽう強いばかりか、何やら「訳アリ」な相模を始め、個性的な人物が絡み合い、やがて…。
読む者の鼻腔にまで江戸の香りと情緖が漂ってくるような、味わい深い文章で、男気、おきゃん、優しさ、強さだけではなく、人間の弱さやどうしようもなさも余すところなく描かれています。
結衣ちゃんが可愛いです、どうか幸せになっておくれ。相模さんのカッコ良さは言うを俟たず。
中盤から終盤はハラハラ・ドキドキさせられますが、最後はさっと粋に締められ、余韻が残ります。
そして、天保ということは、幕末・明治維新まであと少し。激動の時代でもここの人達はきっと逞しく生きていくんだろうなと、物語が終わった後にも思いを馳せ、またこのような良き時代小説、心が満たされるような物語に巡り会いたいと願うのでありました。
江戸時代も後期になると、あちこちの沖合に外国船の姿がちらつき、
町人文化が爛熟する一方で、幕府財政の破綻が深刻化し始めている。
作中で「妖怪爺」と渾名された老中の土井利位《どい・としつら》は、
大坂在任中に大塩平八郎の乱の鎮圧に功績のあった遣り手の政治家だ。
大塩の乱は、天保の大飢饉による庶民の窮状を顧みない幕府に対し、
与力の大塩が決起したものだ。その鎮圧を成した土井は何を思ったか。
いきなり話が変な方向へ行ってしまったが、
本作はそんな天保年間、改革の世を背景に、
大江戸八百八町の隅にある宿場、北千住で
逞しくも粋に生き抜く人々を描いた作品だ。
結衣は、失踪した兄を捜す為、江戸の入口である北千住へやって来た。
偶然から、栄屋の相模という男の世話になり、兄捜しの協力も得る。
結衣の兄は老中の土井に才覚を見出され、召し抱えられたのだが、
唐突に行方をくらました。同僚の近野や恋人の奈津も彼を捜していた。
訳ありの口入屋、栄屋に集う面々の力強く洒脱な人柄に心を惹かれる。
皆、一度は踏み外した道を、脛にキズを持つ脚でしっかり歩んでいる。
中でも、相模という男。極悪人と名乗りながら、何て温かいんだろう。
ふんどし一丁で奔走する入墨男たちのむさ苦たのしさも、すごくいい。
儘ならない世の中で「正しさ」とは何なのか。誰の為のものなのか。
結衣は、悔しさや理不尽やすれ違いに泣きべそをかきながら前を向く。
身の丈に合った幸せを見付け出すのは、きっと、とても難しいことだ。
背負い込んだ咎こそが、或いは、幸せの在処を照らすのかもしれない。
舞台は江戸、千住宿。
これだけで「私時代劇嫌いor苦手だし~」という人は敬遠するかも知れない。
でも、そんな人にも是非読んで欲しい。読まなきゃ損するよ!
行方不明になった兄を捜して江戸に出て来た結衣。彼女は泣き虫で、ちょっとしたことにもすぐ涙をぽろぽろ零すけれど、それは心が優しく温かい情に厚いからだろう。
そんな結衣が危険な目に遭っているところを助けてくれたのが、ちょっと訳ありの口入れ屋の男相模。
結衣は相模の下で炊事などをして働きながら兄の行方を捜すことに。
相模のいる榮屋に出入りするのはやはりちょっと訳ありで、強面な男達が殆ど。初めは怯えていた結衣も彼等の優しさや気の良さに触れ、次第に慣れて気さくに接するようになっていく。
登場人物達の誰もが活き活きとしていて、情景が目に浮かぶようです。
主人公達は有名なお奉行様でもお忍びの将軍様でも縮緬問屋のご隠居でもなく、市井に暮らす人々だけれど、それがまたいい。
時代劇や時代小説を読んで目が肥えた人でも楽しめるだろうし、
普段そういうのはまったく読まない人も、結衣というひとりの年頃の女の子の物語として楽しめると思います。
江戸と聞いて、時代モノの好きな私は読み始めました。
設定としては入り込みやすい、兄を探す旅の途上。
そこで出会う、様々な出来事と、人物。
それを軸に、物語は旋回する。
その面白いことはまず読めば分かるのでここではあえて言わぬが、特に目に止まったのは、人物、描写、背景が、実に巧みに、寄せ木細工のように組み立てられ、一つの造形を成していることであった。
繊細な心理描写は、触れれば壊れそうな硝子細工のようで、勢いづいたシーンにおいてそれは岩を鑿でもって削り込んだようになる。普段の会話の軽妙なやり取りは、街の職人の造る竹細工のように、日常的。
さまざまな、それらの手工品が並ぶ店先を、ちょっと覗くような楽しみ。
その店内深くにまで入り込めば、びっくりするような掘り出し物がある。
そんな期待に胸躍る感覚に似た気持ちで、ページをめくれる秀作です。
江戸の情緒に溢れたこれらの手工品、好きなものを手に取って、是非眺めてみてほしい。
楽しめます。
兄を探すために江戸までやってきた、結衣。
危ない目にあう彼女を助けてくれたのは、南千住界隈で慕われ、怖れられる一癖も二癖もある男、相模。
果たして兄は見つかるのか? 兄が失踪した目的とは?
そして結衣は、江戸での暮らしの中で何をみつけ、これからの人生をどう決意していくのか。
もうとにかく、地の文、会話から匂い立つような江戸情緒が素晴らしい。
相模を初めとする江戸で生きる人たちの、粋な姿が格好良いい。
生き生きとした、江戸での暮らしが、まるでいまそこにあるようで。
気がつくと、その世界にどっぷり浸っていること間違いなし。
かと思えば、ストーリーはなかなかにシリアスでシビア。それでも、江戸の人たちはきっとその日その日を笑いながら、逞しく超えていくんだろうなと頼もしく思いながらも、でもやっぱり今よりも民衆は生も性も軽い時代。どうなるのか、はらはらしっぱなしで、続きが気になって止まらなくなります。
個人的には、結衣ちゃんが想い人とこれからどうなっていくのか、とても気になります!
会話でのやり取りが実にいい。
健気で優しい主人公の感情がすんなりと入ってくるし、相手の反応もとても自然で、場面が変わってもシーンごとに作品世界をすんなりと楽しめる。
また、地の文で情景をさりげなく補足し、目の前で起きている場面のように感じながら読み進められる。
タグにもあるように、まるで時代劇をTVで観ているような感覚で、気楽に気持ち良く楽しめる作品です。
置かれた状況が辛めのものでも、地道に、そしていつも通りに生きる主人公達の様子も所々で察せられ、それが作品世界を厚くし、リアル感あるエンタメと感じた。
時代小説と意識することなく、作品世界の時代感に没入させてくれる作者さんの手腕には素直に脱帽です。
ストーリーはこれから佳境にはいるのでしょう。
きっと最後まで、読者を作品世界へ浸らせてくれるに違いありません。
時代小説とといえば、人の機微。ちょっとした心の触れあいが丹念に描かれていると、江戸というある種のファンタジー空間との相乗効果もあいまって、素晴らしい輝きを発する。登場人物のわずかな喜怒哀楽が、読み手の心を揺るがす。
千住を舞台としたこの物語では、心の動きが丹念に描かれていて、自然と引っ張り込まれてしまう。設定や時代考証も巧み。やわらかい文章も物語にマッチしている。時代小説が好きな人ならばするっと読んでいけるし、詳しくない人でも登場人物の心情に絞って読んでいけば、さして気にすることなく、先にいけるんじゃないだろうか。
本当におもしろい。今は連載中なので、先が楽しみ。
あと、登場人物の一人が本編中で、何度かある仕草をする。それが当人のキャラをよくあらわしているのに加えて、時代小説っぽくて、本当にかっここいですねえ。
こういうタイプの作品が一定数あることは知っていましたが、あまり触れる機会はありませんでした。作品で扱ってる時代にもあまり詳しくなかったので、ほぼノーヒントで読みました。
まずは今と違う文化や感覚などが随所に散りばめられており、特に死刑と賭博、売春なんかに関係するシーンは面白かったです。資料の引用というのをあまり感じさせず、作品の世界に溶け込んでいて興味が湧きました。
そしてその中に生きる男たちの会話や行動がリアルで、時代の面白さがある一方で、時代が変わっても変わらない男の格好よさとアホさも楽しめました。特に相模のキャラクターがよく、恋愛シーンも盛り上がるメリハリがあってうまいです。
なんというか、堅苦しい時代物のように見せかけておいて、結構欲望まみれというか、端的に言ってしまえばえっちだなあ、と思いました(笑)
総じて質が高く、私には面白かったです。女性向けではあるのでしょうが、きゃーきゃー言いながらこういうのを読んでる女の子の気持ちが少しわかったような気がしました。