咎無くして死するか、咎を負いても生くるか。大川の畔に仇花は咲き乱れる。

江戸時代も後期になると、あちこちの沖合に外国船の姿がちらつき、
町人文化が爛熟する一方で、幕府財政の破綻が深刻化し始めている。

作中で「妖怪爺」と渾名された老中の土井利位《どい・としつら》は、
大坂在任中に大塩平八郎の乱の鎮圧に功績のあった遣り手の政治家だ。

大塩の乱は、天保の大飢饉による庶民の窮状を顧みない幕府に対し、
与力の大塩が決起したものだ。その鎮圧を成した土井は何を思ったか。

いきなり話が変な方向へ行ってしまったが、
本作はそんな天保年間、改革の世を背景に、
大江戸八百八町の隅にある宿場、北千住で
逞しくも粋に生き抜く人々を描いた作品だ。

結衣は、失踪した兄を捜す為、江戸の入口である北千住へやって来た。
偶然から、栄屋の相模という男の世話になり、兄捜しの協力も得る。
結衣の兄は老中の土井に才覚を見出され、召し抱えられたのだが、
唐突に行方をくらました。同僚の近野や恋人の奈津も彼を捜していた。

訳ありの口入屋、栄屋に集う面々の力強く洒脱な人柄に心を惹かれる。
皆、一度は踏み外した道を、脛にキズを持つ脚でしっかり歩んでいる。
中でも、相模という男。極悪人と名乗りながら、何て温かいんだろう。
ふんどし一丁で奔走する入墨男たちのむさ苦たのしさも、すごくいい。

儘ならない世の中で「正しさ」とは何なのか。誰の為のものなのか。
結衣は、悔しさや理不尽やすれ違いに泣きべそをかきながら前を向く。

身の丈に合った幸せを見付け出すのは、きっと、とても難しいことだ。
背負い込んだ咎こそが、或いは、幸せの在処を照らすのかもしれない。

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