第11話 ネプチューンよ永遠に
俺を掴む邪神の手がゆっくりと動き、血のプールと化した大口が迫ってきた。一切の身動きは取れない。ウェダも、ウェダが連れてきた名倉も全員死んだ。助けもこない。一瞬の間に、俺は生の可能性を唯一自由な頭の中で探った。
邪神の動きがやけにゆっくりしているように見えるのは、俺が走馬灯を見ているせいだ。何か少しでも生き残る可能性がある行動。全精力を使って見つけたのは、喋る事だけだった。
「やめてくれ!」
邪神に命乞いなど効くはずがない。何せこいつは、自分を信奉して生贄を用意していた奴まで遠慮なしに喰ったのだ。俺の言葉など何の意味も持たない。そんな事は分かっていたが、他に手段はなかった。
俺の苦し紛れの叫びを聞いて、邪神の動きが止まった。ぐるる、と唸り、大きな口から小さな声がする。
「かま……へ……か……ま……」
何かを言おうとしている。聞き覚えのある、いや、この1カ月死ぬほど聞いた台詞だ。
「ぐ……何だこれは……一体……」
狼狽する邪神の様子に、確信を持った俺はもう1度大声で命ずる。
「俺を離せ!」
「かまへ……かま……へん」
命令通りに俺を解放する邪神。既に俺は理解していた。
邪神の復活の為に今日まで生贄に捧げられたのは、約700体の名倉。それらを全て胃袋に収めた邪神の肉体は、もう既にほぼほぼ名倉になっていると見て間違いない。名倉を召喚し、「使役」する力。それが俺に唯一与えられた能力だ。
「そのまま動くなよ!」
「かまへんかまへん」
邪神を自由に動かすのは気分が良い物だ。しかしこんな奴を放っておく訳にはいかないし、かといって俺1人でこいつを倒すのは骨が折れる。人手がいる。そうつまり、名倉マンサーの出番という訳だ。
40人。先に召喚した分も含めれば、なんと40人もの名倉を1日で召喚した事になる。それだけの人数がいれば、抵抗出来ない邪神を解体するには十分だった。
「お疲れさん」
解体中、突如として俺の背後に立っていたのは、俺をこの異世界に放り込んだ張本人である神だった。
「この世界に蔓延る悪を未然に倒し、見事に目的を達成したね。ご褒美に現世への再転生権をあげちゃうよ」
クイズ番組の褒賞を渡すような軽いノリの神に、俺は質問する。
「未然にってどういう事ですか?」
「ん? もしかして気づかずに倒しちゃった? 今解体している邪神は、この後更に大きく成長し、凶悪な魔物を放って世界を混沌に陥れる予定だったの。お前さんはそれを未然に防いだって訳。すごいね」
神には未来の事が分かるのか? と心の中で疑問に思うと、神はにやりと笑って、「全知全能舐めんな」と言った。じゃあ最初から神が倒せば良かったんじゃないかという疑問も同時に浮かんだが、「神は試練を与えるものなのだ」とそれっぽい事を言われて誤魔化された。
「何はともあれ、現世への再転生権、どうする? 今使っちゃう?」
「使わないってのもアリなんですか?」
「アリよ。こっちが気に入ったんならね。こっちでは君は英雄だろうし、現世に転生したとしても生まれる時代ランダムだからね」
「え!? そんな事までランダムなんですか?」
「そだよ。これも職業決めの時と一緒で、クレーム対策ね。その代わり名倉マンサーとしてのスキルだけはそのままにしておいてあげるよ」
いやいらない。
「再転生するメリット無くないですか?」
「まあね」
「じゃあいいです」
「あいよ。ただ権利は失わないから、いつでも再転生したかったら言ってな」
「あ、はい。分かりました」
威厳はないけど親しみやすい神にお別れをして、俺は街へと戻った。
事の顛末をマリナさんに話そう。そして、領主を失ったこの街を一緒に再生していくのだ。現世なんかに戻るより、それは遥かに魅力的な提案に思えた。
名倉をぞろぞろと引き連れて、教会に戻る。そこには祈りを捧げるマリナさん。相変わらずお美しい。俺は真剣な表情で近づき、経緯を話した。ウェダの企み、犠牲になった名倉達、倒した邪神、そしてこれからの事。
会話の最中、僅かに間があいた。俺はゆっくりと切り出す。
「聖職者の方にこんな事を聞くのは難ですが、マリナさんには今好きな人はいますか?」
マリナさんは頬を赤く染めて答える。
「ええ……います。すぐ近くに」
反応良し。俺は右手を差し出し、お付き合いを提案する。
断られた。
え?
断られたんだけど。
何これ?
「えっ……じゃあ好きな人っていうのは……?」
マリナさんは黙ったまま、俺の横にいた人物に視線を移す。
名倉やないかい!
ヒロイン名倉に取られるの? 俺。そんな事ってあります? 異世界転生ものだよね、これ。別にハーレムしたいとかパンツ見たいとかそんなゲスな事考えた訳じゃないじゃんか。なのに名倉に取られて終わり? マジで?
混乱しつつも、やるべき事は決まっていた。
俺は天に向かって叫ぶ。
「再転生させてくれ!」
願いを叶えよう。どこからか神の声が聞こえ、俺は意識を失う。ふわりと身体が宙に浮かぶその刹那、以前にマリナさんとした会話が頭の中をよぎった。
「ハラダさん」
マリナさんが俺の名前を呼ぶ。
「召喚される名倉さんは、ハラダさんが元いた世界でその『お笑い』という物をやっていたんですよね」
「ええ、そうですよ。3人組の芸人です」
「3人組だったんですか。残りの2人の名前は?」
「えーと1人がホリケンって人で、もう1人は……何て言ったかな、忘れました」
終
職業:名倉マンサー 和田駄々 @dada
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