第3話 街
体感1時間ほど歩いて、森を出た。目の前に広がったのは、平原にぽつりぽつりと畑のある景色。しかし人影はない。かかしが鳥に突つかれ、柵も所々壊されている。遠くに、高い石の壁のような物が見えた。
「街、かな?」
名倉が何も答えないので独り言になってしまったが、そうであって欲しいと思った。腹もすいてきたし、何より名倉と2人きりの時間がやだ。
壁までトボトボと歩いている間も、誰にも会わなかった。結構広大な敷地の農場だが、今は何も作っていないらしく廃れている。おそらく以前は農家が暮らしていたであろう家も覗いてみたが、もぬけの殻だ。
壁にたどり着いた。登って超えられないかと思ったが、近くで見ると意外と高く、名倉に肩車してもらっても無理そうだ。仕方なく壁伝いに歩いていると、人影が見えた。手を振りながら近づく。
「何者だ?」
人影の正体は兵士だった。2人とも、鉄の兜と鎧。槍を持っている。
「あ、えーと旅の者です。食事と宿が必要なんですが……」
旅の者、なんて初めて言った単語だったが、それ以上詳しい説明も出来ない。異世界で死んでこちらに転生してきました。職業は、
「職は?」
ああ、聞かれちゃったよ。答えるのなんか嫌だな。と思いつつ、もしかすると、こっちではメジャーなのかもという可能性に賭ける。
「名倉マンサーです」
「何だそれは?」
こっちが聞きてえんだよ。そしてやっぱりこの世界においてもマイナー職業であるようだ。ますます何で箱に入ってたんだという不満が募る。
「そっちの男は?」
もう1人の兵士が尋ねてきた。名倉は当然何も答えない。「名倉です」と答えても、まず通じないだろうなと思って困っていると、最初の兵士が答えた。
「見る限り、チャムタイ族の奴隷だろう。妙な格好をしているが、色黒の肌、エラの張った輪郭、彫りの深い顔、見た目からして間違い無い」
チャムタイ族。当然知らない名称だが、兵士の挙げた特徴は名倉と一致している。あと現世におけるタイ人にも一致している。
「えっと、そうです。チャムタイ族の奴隷です」
名倉ごめん。まあでも、似たようなもんだろ。
「奴隷を連れての旅という事は、貴族の方ですな。失礼致しました」
あれ? なんか話が好転している。
「一応簡単な身分の確認と検査をしますので、こちらへどうぞ」
案内されたのは衛兵の詰め所のような場所で、そこで荷物を改めさせられた。と言っても、俺の持ち物は服と杖1本。名倉はスーツだけで金すら持っていない。貴族なのに文無しという所でかなり怪しまれたが、名倉が俺の命令には従順なので、それで身分が証明された。デタラメな名前と出身を言い、なんとか受け入れてもらえる事になった。
やはり持つべき物は名倉だ。
「改めましてようこそ。宿は西と南の門近くに1件ずつ。領主はウェダ様だ。失礼のないように」
簡単な説明の後、俺はようやく街の中に入る事が出来た。
「おお……」
思わず感嘆のため息を漏らす。街はまさに中世ファンタジー風世界観の、古びれつつもどこか気品のある洋風建築物が並び、現代っぽい物は1つとしてない。RPGで訪れるような街その物が広がっている。
この圧倒的な現実に、名倉も何か感じる所があるのではないかと横目で様子を伺ってみたが、無表情のまま俺の命令を待つばかりだった。
「とりあえず、宿に行ってみようか」
街をぶらぶらと歩く。海外旅行すら行った事のない俺にとっては、全てが珍しく、わくわくする物ばかりだ。商人達が並べる出店に、路地裏の乞食。無職っぽい男もちらほらといて、道端に寝転がっている奴もいる。
「……いや、なんかガラ悪くないか? ここ」
北門につく頃には俺の疑問は確信に変わっていた。この世界の生活水準や社会制度がどの程度なのか分からないが、少なくとも俺のイメージしていたのとはかなり違う。人々にじろじろ見られている気がするし、よく考えるとさっき道端に寝転がってた人も死んでたんじゃないか。
不安だ。もし強盗に襲われたらどうしたらいいんだろう。魔法やら剣術やらまともなスキルを持ってれば返り討ちに出来るだろうが、こっちは名倉しか無いんだ。相手が武装してたら、名倉もろとも殺されて終わりじゃないか。
まずは宿だ。歩いて疲れたし、拠点を決めたい。それに神の言ってたこの世の悪とやらの情報も必要だ。
「金がないだって? しっしっ帰んな。こっちは慈善でやってるんじゃないんだ」
宿の主に軽くあしらわれてしまった。「この奴隷に皿洗いとかさせますよ」と交渉してみたが、駄目だった。人は足りているし、どこの馬の骨かも分からない奴隷に仕事は任せられないそうだ。
そりゃそうか。意気消沈しつつ、今後の事について考える。名倉に意見を求めてみたが、答えてはくれない。相談は使役とは違う、か。
「あの、何かお困りですか?」
落ち込む俺と名倉に、救いの手を差し伸べてくれる人がいた。
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